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三章 黒の竜王 五話

今回はオリヴィア視点です

 グレンの話を聞いた後、アキトちゃんは思い詰めた表情でどこかへ行ってしまった。後ろにはさりげなくミドリちゃんが付いていた。アキトちゃんを元気付けてあげたい気持ちもあるのだが、今回はその役目をミドリちゃんに譲ろうと思う。彼女は私たちの中で一番アキトちゃんと付き合いが長い。妻であるロゼちゃんがやらないのなら、適役なのはミドリちゃんだ。振られた私が出る幕ではない。


「さて、お前はその鱗についての話が聞きたいんだったか?」

「ええ。あんな意味深な事を言われたら、気になってこの後に控えている戦いにも支障が出るわ」

「繊細な奴だな」


 私を見上げるグレンの目は、アキトちゃんやロゼちゃんに向けるのとは違い、優しさや親しみが籠っている。

 不覚にもドキリと心臓が高鳴った。

 先ほどまではみんなの前だったので何とか隠し通していたのだが、今のグレンは私の理想に最も近い見た目をしているので、平常心を保つのがとても難しい。

 前世の記憶があるせいだと思うが、私よりも背が低く身体付きも少年そのものなのに、態度だけは尊大で気の強そうなつり目がとても可愛らしい。気を抜くと口元が緩みそうになってしまう。


「ん? どうかしたのか? 妙に嬉しそうだな」

「え!? そ、そんなことないわ? それより早く教えてもらえる?」

「……分かった」


 危ない、危ない。

 今は一対一で話しているので、私の表情の細かな変化で心中を悟られてしまう可能性がある。私が少年好きだと知られると何かと面倒なので、ここはポーカーフェイスを貫きたい。


「俺はもともと、ヤマシロで生まれたエンシェントドラゴンだ。といっても、その時も転生しただけなのだが、今回の転生のように記憶を引き継いではいなかった」

「それは何年くらい前の話なの?」

「正確には分からんが、千年は前の事だな」


 千年前か。私も百年以上生きて来たけれど、その十倍も昔の話となると想像するのが難しい。


「実を言うと転生には二種類あり、竜族の子供として親から産まれる場合と、生前にゆかりがあった場所に魔力が集まって肉体が形成される場合とがあるのだが、その時の俺は親から産まれた」

「今回の転生とは違ったということね」

「そうだ。そして、俺には同じ母親から産まれた兄がいた。それが碧羅であり、俺と同じく転生したエンシェントドラゴンの一体だ」


 エンシェントドラゴンのヘキラ。この国で暮らすようになったことで知った知識だが、確か大昔に勇者と共にヤマシロから現れ、当時この地を恐怖で支配していた邪竜を滅ぼしたドラゴンの名前だ。

 竜王ヘキラと呼ばれ、ギドメリアを作り出したと言われている。


「……あまり驚かないんだな?」

「そうね。私はこの国の生まれではないから、竜王ヘキラについては詳しくないのよ」

「なんだ、そうなのか」


 グレンはつまらなそうに目を伏せる。竜王ヘキラが自分の兄だと自慢したかったのだろうか?

 そう思うと、しょぼくれた顔も数段可愛く見えてくる。


「碧羅は青、俺は赤の鱗を持ち、エンシェントドラゴンだと分かるとヤマシロの竜族たちに祭り上げられた。子供の頃は里でのんびりと暮らしていたのだが、大人になってからは外の世界に興味が出てな、碧羅と共に里を出て他の種族の村を巡ったのだ」


 グレンは懐かしそうに空を見上げる。

 私の勝手な想像だが、その頃が彼にとって一番心安らぐ時だったのではないだろうか。


「外の世界は陽炎という悪鬼と大鬼たちが支配する国と人間やその他の種族が死守している国とで別れて戦いをしていた。俺たちには関係のない戦いだったのだが、碧羅は人間側の肩を持つようになっていった」


 グレンの表情が曇る。


「俺はそれが気に喰わなかった……いや、違うな。人間たちの価値観に碧羅が染まっていくのを見るのが嫌だったのだ」


 昔の自分を分析して自嘲するグレンを見て、私は彼の頭を撫でてやりたい気持ちになったのだが、さすがに実行には移せなかった。伸ばしかけた右手を左手で押さえつけ自制する。


「そしていつしか陽炎は酒呑童子と呼ばれるようになり、碧羅は人間たちにまるで神のように崇拝されながら酒呑童子と戦うようになった。白露の奴が碧羅の周りをうろちょろしだしたのもその頃だ」

「シラツユちゃんとはそこで知り合った仲なのね」

「ああ。獣族の化け物の癖に、竜族である碧羅に色目を使う下品でいやらしい女だ」


 グレンは嫌そうに顔をしかめながら吐き捨てる。

 シラツユちゃんとは仲が良さそうだと思っていたのだが、違ったのだろうか?

 だが、先ほどの話を踏まえて考えると、単純に大好きな兄を慕う女性に嫉妬していただけの気もする。そう考えるととても可愛い。


「しばらくは俺も付き合ってやっていたのだが、その後我慢ならない事が起きた」

「何かしら?」


 一応、質問したが、私が本来聞きたかった話とはだいぶ逸れている気がする。今のところ、私の鱗と竜王ヘキラの鱗が同じ青だということしか共通点が無い。

 まさか色が似ているからという理由であそこまでの態度を取るとは思えないのだが……。


「碧羅が眩耀という人間の子供と契約をしたのだ。俺はそれによって兄である碧羅が汚されたような気がしたのだが、当の本人は嬉しそうに眩耀を紹介してきたので、頭にきてヤマシロを出た」

「ちょっと待って? 少し距離を置くとかではなく、ヤマシロを出ちゃったの?」

「ああ。そもそもだが、俺は何度か手合わせする間に、酒呑童子――陽炎を気に入っていた。これ以上奴を殺す戦いに手を貸すのが嫌になっていたというのも理由の一つだ。眩耀はきっかけにすぎん」


 グレンは酒呑童子とどこか似た雰囲気がある。気が合う部分が多かったのだろう。

 ヤマシロで酒呑童子と戦い、彼を倒した一人としては少々複雑な気分だ。それを言ったら、腕を裂かれたミドリちゃんや殺し合いをしたアキトちゃんとロゼちゃんは、グレンに対してもっと複雑な感情を持っているのかもしれない。


「それから数十年後、この地で黒曜と戦っていた俺の元へ、再び碧羅と眩耀が現れた」

「えっ? コクヨウと戦っていた?」

「そうだ。ただし、お前が思っているような理由ではないぞ。俺はただ、黒曜を倒してこの地の支配権を得たかったに過ぎない。その野望を話したら碧羅と敵対することになってな、最後は二人に敗れて火山の地下に封印されたというわけだ。そこからはお前も知っているだろう?」

「ええ、そうね」


 知ってはいるが、経緯が思っていた内容とはずいぶん違った。だが、納得は出来る。

 なぜ竜王ヘキラと勇者ゲンヨウがグレンを殺さずに封印したのか。それは彼がヘキラの弟であり、完全な敵ではなかったからだ。

 グレンの危険な思想を正すことが出来ず、やむを得ず地下に封印したというのが真相だと思う。


「俺はこの身体に転生してから、ハーピーたちの力を借りてこの国とギドメリアの歴史を調べた。だが、碧羅と眩耀の情報は伝承の様な形でしか伝わっていないということが分かって愕然としたものだ」

「勇者や竜王はほとんど御伽噺の登場人物のように扱われているものね」

「ああ。だが、あいつらの子孫は間違いなく世界中にいる」

「そうかもしれないけど、かなり血が薄まっているんじゃないかしら?」

「血の薄さなど関係ない。遺伝子の中にあいつの魔力が刻まれているならば、転生の可能性はある」


 グレンは私の手を取ると、空いた手で優しく鱗に触れて来た。


「……じ、冗談でしょう?」

「俺だけでなく、白露も感じ取っているのだ。間違いないだろう」

「で、でも私、女なんだけど?」

「転生で性別が変わることもある。魂の核と魔力が同じなだけで、心や肉体が引き継がれることはほとんどないからな」


 私はグレンの手をやんわりと遠ざけると、触られた鱗を反対の手で押さえる。


「転生は中途半端な形だったようだが、お前は間違いなくヘキラの血を引いている。それはその鱗に宿る魔力が証明している」

「青い鱗の竜なら他にもいるわ」

「色や属性はそこまで関係ない。ただ、魔力の持つ温かみや匂いのようなものが同じなのだ」


 彼やシラツユちゃんにはそんなものが分かるのだろうか?

 私は魔力の匂いなど感じたことが無い。おそらく嗅覚で感じる匂いのことではなく、魔力感知の感覚の話なのだと思うが、私には理解不能だ。


「でも私……元はラミアなのよ?」

「それはラミアの娘という意味だろう? お前はラミアではない。おそらくはラミアと人魚の間に生まれたのではないか?」

「そうだけど、でもアキトちゃんと契約する前の姿はラミアがベースだったわ。竜の翼は持っていたけど、ドラゴンではなかった。今だって、私は純粋なドラゴンではないわ」


 グレンは私の身体を上から下まで鋭い目で確認すると、首を傾げた。


「ドラゴンではない? お前の今の姿は魔力で変化させたものだろう? そのラミアの下半身も、人間の足に自由に切り替えられるようだが、本来の姿は全く違うはずだ」


 アキトちゃんどころか、ミドリちゃん以外には誰にも見られたことのない私の真の姿まで分かるというの?

 私は彼の洞察力に軽い恐怖を感じながらも、正直に話す。


「確かに進化してからの私は常に竜人化をしているわ。けど、本当の姿もドラゴンとは違うのよ。手足もなく、長い身体とヒレ、それと竜の翼だけがあるわ。だから私はアキトちゃんが名付けてくれたリヴァイアサンという種族名を名乗っているの」


 形としてはシーサーペントが一番近い。あんな魔物と同列に扱って欲しくないから、あえてその例えは使わなかったのだが、グレンには今の説明で伝わったようだ。


「リヴァイアサン……ふん、レヴィアタンから取った名か? アキトにしてはセンスが良い上に的確なネーミングだ。今のお前は転生が不完全でエンシェントドラゴンに進化しきれていない。元々の器となった身体は最上級種族だろう? それをアキトの力で無理やり底上げして特級種族へと進化させている。結果としてお前は原初の竜の特徴を持ちながらも、器の身体の特徴を残した新たなドラゴンになったというわけだ」


 グレンは納得したように頷いているが、私にはさっぱり意味が分からない。

 つまり私はドラゴンであって、ドラゴンでないということだろうか?


「さて、これでお前の聞きたいことは全て話し終えた。満足したか?」

「うん? そ、そうね……納得したかは別にして、意味深な態度の理由は理解したわ」

「そうか、ではそろそろお前の名前を教えてくれないか?」

「え?」


 言われてみれば、私はグレンに対して名前を名乗った覚えはない。だから先ほどからお前と呼ばれていたのか。


「ごめんなさい、すっかり名乗るのを忘れていたわ。私はオリヴィア、アキトちゃんの三人目の契約者よ」

「オリヴィアか、悪くない名だな。しかし、アキトの奴も物好きだな。お前やエメラルドのような女がいるにもかかわらず、ロゼと結婚するとは」


 彼の言葉が私の胸に深く突き刺さる。


「どうした? 具合が悪いのか?」

「い、いえ……ただちょっと、アキトちゃんに振られた傷口が開いた感じかしら」

「アキトに振られた? お前たち二人は愛人ではないのか?」

「違うわよ!」


 グレンには私とミドリちゃんがそういう風に映っていたの?

 まあ、そう見えなくもないかもしれないけど、その勘違いは私の心に大打撃を与えたわ。


「そうだったのか…………」


 グレンは下を向いて何か考える素振りを見せた後で、チラリと私を見上げる。


「恋人は?」

「い、いないわよぉ……」


 言っていて悲しくなってきた。実は今年で130歳なのに、独身な上に恋人無し。ていうか今まで誰かと付き合った事すらないのって、かなりヤバいんじゃないかしら。

 私は大きくため息をついてその場にしゃがみ込む。


「いたらどんなに良かったか……恋人いない歴イコール年齢の非モテ蛇女はこちらです……」


 なんだか自分でも変なスイッチが入ってしまったのが分かったが、下がったテンションは簡単には戻せない。

 この戦いを生き延びたら、ヤマシロでツネヒサさんにお見合いを組んでもらおうかしら。


「そこまで落ち込むことなのか?」

「落ち込むわよ。当然でしょ」

「そうか……俺としては朗報だったのだが」

「え?」


 しゃがみ込んでいた私の前に、小さな手が差し出される。何事かと思って見上げると、そこには心なしか顔を赤くして照れた様子の少年が立っていた。


「相手がいないのなら、俺ではダメか?」


 私は反射的に彼の手を取って立ち上がる。

 すると高さが逆転して、私が彼を見下ろす形になった。


「残念なことに、こんな子供の身体に転生してしまったからな。数年から数十年は待ってもらう必要があるが……どうだ?」


 まずい、感情の急降下からの急上昇で、心臓が爆発しそうだ。

 本当は今すぐにでも受け入れたい気持ちもある。今のグレンは私の好みド真ん中だし、転生した結果性格まで丸くなっている。けれど、私はこれから戦場へ行くわけだし、ここで首を縦に振ろうものならそれがフラグになりかねない。加えて、まだ彼がどういう人物なのか掴み切れていない部分もある。見た目が好みだからという不純な理由で交際を決めるのは褒められたものではないと思う。

 実際には数秒にも満たない時間だったが、私の頭の中であらゆる感情が蠢き暴れた結果、自分でも信じられない返事が口から飛び出した。


「よ、予約くらいなら……」


 待って、待って、待って!?

 予約って何!

 レストランじゃないんだから、いったい何を口走っているの?


「な……予約、だと? どういう意味だ?」


 いや、こっちが聞きたいです!

 真面目に返さないで!


「あ、あう、えっと……その……」

「もしや、婚約のことか? 気が早い気もするが」

「ち、ちち、違うわよ! そうじゃなくて、付き合うかどうかの予約よ!」

「なんだそれは?」

「だ、だから! 急にそんなこと言われても、はい分かりましたなんて言えないでしょう? だから、前向きに検討というか……これからお互いの事を良く知ってから返事したいっていうか……」


 だ、ダメだ、頭がこんがらがってきた。

 私のかつてない取り乱し具合に、彼も若干引き気味だ。


「つまり、友人から始めようということか」

「そ、それ! それよ、それ!」


 どうしてその言葉が出て来なかったのだろう。私が言いたかったのはまさにそういうことだ。

 私の取り乱し方が面白かったのか、彼は初めて年相応の笑顔を見せた。


「ははっ……オリヴィア、お前は案外子供っぽいところがあるんだな」

「んなっ? に、二次成長期前みたいな見た目のグレンちゃんに言われたくないわ!」

「二次? なんだ、それは? いや、それよりも、グレンちゃんというのは……」

「あっ、ご、ごめんなさい。嫌だった?」

「嫌では無いが……そういえば、オリヴィアはアキトの事もそうやって呼んでいたな」

「ええ。親しみを込めてそう呼んでいるの」


 嫌がられたかと思ったが、グレンちゃんはどこか嬉しそうに笑った。


「なら、その呼び方で良い。オリヴィア、少し屈め」

「ん? こうかしら?」


 言われた通りに屈むことで、グレンちゃんと目線を合わす。見下ろされるのが嫌だったのだろうか?

 そんな呑気な事を考えていたら、グレンちゃんは私に近付いて頬に口付けをしてきた。

 あまりの出来事に私の身体は心臓まで凍ったように動かなくなる。


「友人からとは言ったが、その間に他の男に盗られないとも限らんのでな。文字通り、それで予約させてくれ」


 グレンちゃんは、尖った白い歯を見せていたずらっぽく笑う。

 その無邪気な笑顔を見て、私の身体は心臓の鼓動と共に再起動し、理性よりも先に行動を起こしていた。

 グレンちゃんの手を引っ張って引き寄せる。


「お姉さんにも予約させて?」

「なっ!?」


 返答を待たずに、彼の頬に口付けする。

 その後で我に返り、恥ずかしくなって彼から距離を取った。


「……その、俺の方からしておいて何だが、ここまでいったら友人から始める必要があるのか?」


 確かにその通りだ。

 この一瞬の感情だけで突き進めるのなら、今すぐにでも襲い掛かりたいくらいにはこれまで封じ込められてきた性欲が爆発寸前なのだが、さすがにそれはまずい。一時の感情で暴走すると碌なことにならないのは経験で分かっている。

 私は深呼吸を繰り返した後で、鳴りやまない心臓の鼓動を手で押さえながら言う。


「この気持ちが本物なのか、一時的なものなのか、それはやっぱり時間を置かないと分からないわ」

「真面目だな……いや、それだけ真剣になってくれているということか。感謝する」

「ええ。でも、大事な戦いの前によくも私の心をここまで乱してくれたわね」


 ここが公共の場ではなく個室だったならお仕置きしているところだ。


「確かに言う通りだ。もしも黒曜を一人で相手しなくてはならないような状況になれば危険かもしれん。謝罪代わりに俺から一つ、プレゼントをしてやろう」

「プレゼント?」

「ああ。ヤマシロの魔法。妖術を教えてやる」

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