三章 黒の竜王 一話
ハルカが魔王によって連れ去れたという話を聞き、俺たちは彼女を助け出すために行動を開始した。
アルドミラ軍とハウランゲル軍への連絡はウェルザーク門のローランド少尉に丸投げし、空を飛んで王都へと向かう。モルガタ湿原とゲイル村を飛び越え、広い平原を進んで巨大な外壁に囲まれた王都セルネドブルムへと到着すると、隣を飛行しているアルベールに声をかけた。
「アルベール、本当に軍用車を借りられるのか?」
「はい。交渉は任せてください。さすがに国境まで空を飛んで行くのは体力的に無茶ですからね」
「よし、じゃあとりあえずあそこに降りるか」
王都南にある門の前に着地すると門番が素早く敬礼して駆け寄ってきた。どうやら既に連絡がいっていたらしく、近くに止めてあった軍用車へと案内してくれた。北西の国境門まで送ってくれるらしい。ウェルザーク門のローランド少尉は上手くやってくれたようだ。
車両内で同乗している軍人に詳しい話を聞いてみると、ヴィクトール元帥から直接命令されているらしく、ローランド少尉からアルドミラ軍本部、そこから元帥へと話が通って俺たちを国境門へと送り届けるように命令が出たようだ。
「あの、ヴィクトール元帥は俺の作戦に協力してくれるってことですよね?」
「作戦? 申し訳ありません。私はただアキトさんたちを北西の国境門まで送るように命令されただけですので、それ以上の事は……」
「そ、そうなんですか」
「ヴィクトール元帥は現在北西門にいらっしゃいますので、直接お話を伺うと良いでしょう」
なるほど。元帥は王都にいるという話だったが、最前線近くまで移動していたのか。ということは、俺は北西門で元帥を説得しないといけないわけだな。
俺たちの戦闘力をアピールして、囮になる気になってもらわないといけない。アルドミラ軍が総攻撃を仕掛けてきたように見えなければ、俺たちがギドメリアの魔王城へと突撃する隙は生み出せないだろう。
軍用車は夜通し走り続け、俺たちが北西門に付いたのは真夜中だった。さすがにその時間から元帥と面会という流れにはならず、宿舎で一泊することになった。別に他の軍人たちと同部屋でも構わなかったのだが、一人用の個室へ案内された。夜勤の軍人以外は既に就寝している時間なので、このタイミングで数人部屋に通されると逆に迷惑だからかもしれない。
翌朝になって確認してみたら、レフィーナ、オリヴィア、シラツユ、アルベールの四人は同部屋だったらしい。アルベールは女性部屋でいいのだろうか?
オリヴィアたちは全く気にしていないようだし、いいか。
「……主殿、気を付けよ」
朝食を取りに食堂へ向かっていると、シラツユが小さな声で警告してくる。おかげで強大な魔力の塊が俺へ接近していることを感知できたが、あまりにも動きが速すぎて感知した次の瞬間には俺は体当たりを食らって廊下に叩きつけられた。
「ぐはぁっ!」
ぶつかった相手と床との間に挟まれて一瞬呼吸が出来なくなるほどのダメージを受けたが、その相手に対して怒る気にはならなかった。
俺は床に仰向けに寝転がった状態で呼吸を整え、胸の上にのしかかるようにして抱き着いている女性の、桃色の美しい髪の毛を撫でた。
「元気そうで良かったよ、ロゼ」
「……アキトもな」
俺が妻との再会を喜んでいると、不機嫌なオーラを纏った少女が俺の横に立ち、ゴミを見るような視線を俺に向けた。この角度だと色々と見えてはいけないものも見えてしまっているのだが、それに対してツッコミを入れられるような雰囲気ではなさそうだ。
「アキト様、そういうのはご自宅のベッドの上でだけにして頂けますか?」
「いや……俺が望んでこの体制になったわけじゃないから」
そうは言っても、ずっとこの体制で居続けるのはまずい。廊下を行き来する軍人たちが不審な目を俺に向けている。
「ロゼ、これ以上この体制でいるのは色々とまずい」
「うん? もう少し……」
「あ、後で好きなだけ抱きしめてやるから、今は我慢してくれ」
「……分かった」
ロゼの身体がふわりと浮き上がり、俺の身体から離れていく。
俺はミドリだけでなくオリヴィアやアルベールからも同様の視線が向けられている事に気付いて、彼女たちから目を反らしつつ立ち上がる。するとロゼが俺の隣に立って翼を腕に絡めてきた。まあこれはいつものことだ。
「私が生きているのだからアキトが無事なのは分かっていたが、どこも怪我していないか?」
「大丈夫だ。離れていた間の話もしたいし聞きたいところだけど、まずは食事にしないか?」
「うん。分かった」
素直に俺に従って食堂へと向かうロゼを見て、レフィーナが呟く。
「やっぱりロゼはアキトくんにだけ露骨に態度が違うよね」
それを聞いていたミドリ、オリヴィア、白露の三人が頷いた。ロゼにそのつもりはなかったようで、小首を傾げている。
「……今のロゼはアキト様の好みとは少しだけ外れているようですね」
「な、何? そうなのか!?」
「ちょっと待て、何の話だよ?」
「昔言っていたではないですか、普段は厳しい態度をとるものの、二人きりの時は優しくしてくれるようなハーピーが良いと。今のロゼは二人きりでない場でもアキト様に対してだけ異常に優しく、素直です」
「お前……よくそんな昔の事を覚えているな」
ハーピーはツンデレが良いと思っていた時期の話だな。だが、そういう意味で言えばロゼはしっかりとツンデレの範囲に入っているぞ。あの時俺がミドリに説明したのは最近のツンデレだが、昔のツンデレはツンツンしていた女の子が、付き合ってからはデレデレになるといった解釈だったはずだ。つまり、一昔前の考え方で言えばロゼはツンデレで間違いない。これを機に食事の席ではツンデレとは何かという事を解説してやろうかと思っていると、ロゼが俺の腕に絡めていた翼を離し、一歩分の距離を取った。
「アキト、そういうことは早めに教えてくれ……」
「えっ!? い、いや、別に無理しなくていいんだぞ? ロゼはロゼのままが一番なんだ」
「無理ではない。私はアキトのためならどんなことだって出来るんだ」
そう言うと、ロゼは近付こうとする俺から一定の距離を保つ。
「くっ」
俺がミドリを睨むと、ミドリはサッと目を反らした。こいつ、良くもやりやがったな。
「ぼ、ぼくお腹空いたなぁ」
「そ、そうね。しっかり朝ご飯を食べて、今日も一日頑張りましょうね」
レフィーナとオリヴィアがどうでもいい話を始めてしまった。明らかに自分たちは無関係だと主張している。
くそっ、せっかくの甘々新婚モードがこんなに早く解除されてしまうなんて……。もう少し他人から冷ややかな視線を送られるレベルのラブラブっぷりを満喫したかった。
食事の席ではみんなに引かれるのを承知でツンデレの魅力について語ることで、ロゼは人前で必要以上に俺から距離を取ることをやめてくれた。その代わり、俺のツンデレ好きがアルドミラ軍内で周知される事になってしまったが、ロゼが元に戻ってくれるなら俺の外聞なんてどうでもいい。
俺たちが食事を終えたところで、ヴィクトール元帥直属の部下らしき軍人が、一時間後に話し合いの場を作ってくれると伝えに来てくれた。一応、俺の作戦はアルドミラ、ハウランゲル両軍に伝わっているようだが、直接話し合って細かな内容の確認をしたいらしい。
至極当然の反応だな。むしろ対応が速くて助かるくらいだ。
会議の時間まで一時間あるので、俺たちは最前線を確認するために全員で国境壁の上へと移動した。俺も初めて知ったのだが、国境壁は内部から階段で上れるようになっていた。国境壁の警備というのはイメージ的に壁の前を巡回しているものかと思ったのだが、壁の上から見張っている感じだ。
「うわっ、結構寒いな」
「アルドミラの最北端だからな。ギドメリアはもっと寒いらしいぞ」
ミルド村は既に春の暖かさを感じられるが、ここやギドメリアはまだ冬のようだ。ここに上がる前に軍人たちが貸してくれたコートが無ければ凍えていたな。
「兄上!」
国境壁の上に到着すると、俺に気付いたクイーンビーのヘルガが嬉しそうに近付いて来る。その肩には黒い子狐が乗っていた。
「ヘルガ、それに八重菊もここに来ていたのか」
「うん。敵が逃げ帰ってしまったからな。兄上には王都を守るように言われていたが、もはや悠長に王都で構えている状態ではないと判断したのだ」
ヘルガの話によると、彼女とキラービーたち、そしてマリーから下のアルラウネたちは国境門や国境壁を守るために各地に散っているらしい。
俺の言った通り、防衛という自分たちの強みを活かしているのだろう。
「カレンとトウマはどうしたんだ?」
俺は辺りを見回すが、二人の姿はない。同じようにこことは違う場所を守っているのだろうか?
「二人は……あそこだ」
ヘルガの四つある腕の一つが北を指差す。
そこには広い大地にポツンと三人と二匹が佇んでいる姿が見えた。後姿だが、あれは間違いなくカレン、トウマ、アザミ、ウェイン、ジェラードだ。
「勇者が敵に囚われたと知ってから、彼らはあの調子だ。妾が声をかけてもほとんど返事をしない」
ハルカはあいつらにとっても親友だ。アルベールの話ではカレンたちはギリギリのところでハルカの誘拐に間に合わなかった。後でそれを知って相当なショックを受けたに違いない。
「アキト様、その件に関しては私から謝罪します。私はハルカ様を助けられる位置に居ながらも、四天王である兄を倒すことに固執し、彼女たちを救う事を優先していませんでした」
驚いたことに、ミドリが俺に対して頭を下げた。
彼女の言う通り、ハルカを助けることを最優先したならば、いくら四天王が邪魔をしてきたとしても何とかできたのではないかと思えてしまう。
ミドリの実力は明らかに四天王よりも上であり、一対一であればきっと魔王とも互角以上に戦えたはずだ。だが、彼女の生い立ちを考えた時に、アレクサンダーや魔王を前にして冷静で居られるとも思えない。
ハルカを助けるとなれば、さすがのミドリも彼女を連れて逃げかえるしか出来ないだろう。撤退するというのは実はとても難しい判断だと思う。いざその場に居合わせた時に、迷わずハルカたちを連れて逃げる選択を取れるかと言われると分からない。
まずは目の前の四天王を倒してからハルカを助けようと考えてしまったミドリを攻めることなど俺には出来なかった。
「それは私も同じだ」
俺の隣に立つロゼもその時を思い出したのか悔しそうに眉間にしわを寄せた。
「私は魔力感知で魔王の魔力量が四天王とそこまで変わらない事を知っていた。だから油断してしまったのだ。ハルカたちなら、私が目の前の悪魔を倒すまで持ちこたえられると。だが、気が付けば取り返しの付かない状態まで追い込まれていた。魔力量で強さは測れない。そんなこと、アキトを見れば分かった事なのに、私はそれが敵である魔王にも言えることだと気付かなかった。私自身、ミドリの神風魔法を目で見て習得することが出来たというのに、魔王が深淵魔法を使える可能性を微塵も考えていなかったんだ」
俺の契約者の中で最強格である二人がカレンたちに共感するように悔しさを垣間見せたことで、辺りに静寂が走る。
北の冷たい空気と風の音が身体に刺さるように感じられた。
その凍てつく空気を壊すように、鋭く高い少年の声がこちらへと飛んできた。
「少し見ない間に随分と酷い顔付きになったものだな。アキト、ロゼ。それにエメラルド」
声の方へと振り返ると、そこには鋭い目付きの赤髪の少年がいた。暖かそうなコートの下から真紅の尻尾が覗いている。
見間違いなどでは無く、俺の目の前にはオルディッシュ島にいたはずのグレンが立っていた。




