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二章 勇者の守護天使 九話

 アルベールはこれまでに起きたことを苦々し気に語った。


「その後は、ミルド村の皆さんとアルドミラ軍が協力して撤退して行くギドメリア軍を追いかけて行きました。トウマさんたちには王都で休むように言われたのですが、アキトさんにいち早くこのことを伝えるために一人でここまでやってきた……というわけです」


 ハルカたちと特に親交が深かった俺は、リクハルドさん、ゲルミアさん、オーラの三人の最後を聞かされてショックを受け、悲しみと怒りで拳を強く握りしめた。おそらくはオリヴィアも同じような心境だろう。


「アルベールがこの門までやってきた経緯は分かった……けど、どうしてあんなにボロボロだったんだ? アザミに治療して貰ったんだろう?」


 暗黒魔法の浸食を受けていたとしても、アザミの大地魔法で止血はされたと言っていた。けれど、ここで寝かされていたアルベールは傷口から出血し、包帯を赤黒く滲ませていたではないか。


「それについては私から状況をお話します」


 会話に割り込んできたのは、部屋の入り口で立ったまま話を聞いていたローランド少尉だ。

 俺たちが視線を向けると、少尉はゆっくりと語り始める。


「この門にアルベール曹長が到着した際、弱ってはいましたが先ほどの様な有り様ではありませんでした。しかし、私たちにアキトさんの所在を確認している途中で、突然苦しみ初めたかと思うと、全身の傷口から出血して気を失ったのです」

「ど、どういうことだよ?」

「……真実は分かりませんが、私は同じような現象を何度か見たことがあります」


 ローランド少尉はアルベールに対して気を遣っているのか、言い辛そうにしながら説明を続けた。


「あれは……契約者の軍人が戦死した瞬間の契約獣に起きる連鎖現象に酷似しています」

「そんな! ありえないわ!」


 オリヴィアが即座に否定する。

 そうだ。そんなことは有り得ない。もしもハルカが死んだというのなら……連鎖現象が起きたというのなら、アルベールもそれで死んでいるはずだ。

 俺は椅子から立ち上がると、ローランド少尉の胸倉を掴む。


「少尉、冗談にしては笑えないぞ」

「冗談などで私がこんな話をすると思うのですか?」


 ローランド少尉は真っ直ぐな目で俺を睨み返してくる。

 俺は彼の軍服から手を離すと、出来るだけ落ち着いたトーンを心掛けながら言う。


「じゃあ、少尉は……アルベールが連鎖で死んでいないのをどう説明するつもりだ?」

「ハルカ中尉が戦死される直前で、アルベール曹長との契約を破棄したと考えるのが妥当でしょう。その結果、連鎖現象が中途半端な形で起きたのだと推測します」


 最悪の気分だ。

 ハルカが死んだなんて、絶対に信じたくない。だいたい、殺すのなら連れ去った意味が分からないじゃないか。

 だが、俺は心のどこかでローランド少尉の言葉が正しい様な気がしてしまっている。

 認めたくは無いが、それ以外の可能性が見つからない。

 俺は椅子に座り直すと、アルベールに尋ねる。


「アルベール。ハルカとの契約状況は?」

「今の少尉の話を聞いて納得してしまいました……これまではわたしの魔力の中にハルカちゃんの魔力が混じっている感覚があったのですが、それが一切感じられません。消耗しているので確証はありませんが、魔力の最大量も下がっているはずです」

「そうか……」


 決定的だ。

 アルベールとハルカの契約は途絶えている。そしてローランド少尉の言う中途半端な連鎖現象。ハルカが死の間際にアルベールとの契約を切ったということだろう。


「ふむ。あのハルカという少女が死んだか……可能性は高そうじゃが、まだ確定とは言えんのではないか?」


 これまで黙って話を聞いていた白露が、俺たちが黙り込んだのを見て口を開く。


「我も昔、連鎖を見たことがある。確かに、あれによって人間に預けておいた魂の半分が消滅すると、体内の魔力が暴走して全身から血や魔力を噴き出すと同時に一気に衰弱して死ぬことになる。じゃが、今回はハルカが死んだところを確認した者はおらんわけだ。となると、契約紋が破壊された可能性も考えられるじゃろう」

「契約紋が破壊? どういうことだよ?」

「主殿も知っておるじゃろう? 契約した際に我らの魂の半分は主殿の契約紋の中へと送り込まれる。じゃから主殿の左胸を中心とした辺りが傷付けられると、我らの魂までもが傷付いてしまうのじゃ。ハルカの契約紋はどこにあるか知っておるか?」


 白露の質問にアルベールが答える。


「背中です。背中に四つの契約紋があります」

「ならばまだ可能性はある。今回の現象が起こった原因は、ハルカが死亡するか、彼女の背中の契約紋が傷つけられたかのどちらかじゃ。まだ確率が半分もあるというのに、諦めてしまうのは早いのではないか?」


 アルベールの目に少しだけ光が戻る。

 確率は二分の一。だが、まだハルカが生きている可能性がある。それはアルベールにとって希望の光のように思えたに違いない。


「シラツユちゃんの言うとおりね。あまり考えたくはないけど、敵はハルカちゃんを殺さずに連れ去った。それなら拷問で痛めつけることはあっても、殺すまではいかないんじゃないかしら?」

「そうですね。私としたことが、その可能性を失念していました。アルベール曹長、軽率な発言を謝罪する。すまなかった」

「あっ、い、いえ……大丈夫です」


 ローランド少尉が申し訳なさそうに頭を下げた。上官に頭を下げられたアルベールはかなり慌てている。

 だが、ハルカが死んだ可能性が無くなったわけでは無いし、もしも拷問を受けているのなら、そう長くは持たないかもしれない。

 俺は拷問なんて詳しくは無いが、どんな卑劣な仕打ちを受けているか分かったものではない。


「なあ、ハルカが生きている可能性に賭けるなら、やっぱり時間的猶予はそこまでないんじゃないか? 早くハルカを助けに行かないとダメだろう」

「ギドメリアに連れ去られて、契約紋が傷付けられるようなことが行われているなら、確かに猶予は短いかもしれないわね。けど、アキトちゃん、ハルカちゃんを助けに行くってそう簡単な話じゃないわよ? 国内に攻めて来ているギドメリア軍と戦うのとはわけが違うんだから」


 ギドメリア軍は既に撤退してしまっている。

 ということは、ハルカを助け出すにはこちらから敵国内へ攻め入らないといけない。しかもハルカがギドメリアのどこにいるかも分からないのだ。救出難度は限りなく高い。


「確かにそうだよな……人質にされる可能性もあるし、少数精鋭で突撃ってわけにもいない」


 だが、ギドメリア軍はそれを二つの国に同時に行ったのだ。奴らに出来て俺たちに出来ないとは思いたくない。

 要は、ギドメリア軍がやったことを真似すればいい。


「ローランド少尉、ヴィクトール元帥は今どこにいるのか分かりますか?」

「げ、元帥閣下ですか? 王都にいらっしゃるとは思いますが」

「直ぐに連絡を取って貰えますか?」

「は? いや、そんなこと出来るわけ……あっ、いや……アキトさんなら出来るのか……?」


 そうだ。

 これは自惚れかもしれないが、俺の名前を出せばヴィクトール元帥は動いてくれる。けれど、それだけじゃ足りない。

 本気でハルカを助けたいなら、俺の持っているカードを全部使う必要がある。


「それと、ハウランゲル軍にも連絡をお願いします」

「ちょ、ちょっと待ってください。アキトさん、一体何をするつもりなんですか?」

「ハルカを助ける。そのためにはアルドミラとハウランゲルの両軍に協力してもらう必要がありますから」

「ま、まさか連合軍でギドメリアに侵攻する気ですか? この状況で? 今回の攻撃でアルドミラがどれだけ被害を受けたと思っているのですか? 反撃に転じる余裕などあるわけがない」


 少尉の言う通り、今回の侵略でアルドミラとハウランゲルではかなりの数の死傷者が出たはずだ。

 俺が守ることが出来たのはハウランゲルの王都ボルテルムにいた人々のみであり、それ以外の戦場ではとんでもない数の人が死んでいると思う。

 実際に戦場で戦っていなくとも、ローランド少尉もどの程度の被害が出てしまったのかは把握しているのだろう。

 今の戦力でギドメリアに攻め込み、勝利するのは確かに難しい。だが、それは攻めて来たギドメリア軍だって同じだったはずだ。

 いくら一人一人の質が高かったとしても、二つの大国に同時に攻め込むとなると戦力を分割しないといけない。普通なら勝てる戦いではない。

 だがそれを勝利目前まで成立させたのは、予想外の位置からの攻撃と移動速度。そして四天王と突出した戦闘力があったからだ。

 突出した戦闘力ならば、こちらにだってある。

 ミドリ、レフィーナ、オリヴィア、白露、ロゼの五人は四天王とだって互角以上に渡り合える。きっと奴らと同じことが出来るはずだ。

 これまでは、攻めてくるギドメリア軍を追い返せれば良いと思っていた。けれど、こうして身近な人の命が奪われ、親友とも呼べるハルカが攫われたとなれば話は変わってくる。

 俺はもうこの世界にとっての部外者ではなく、アルドミラで生まれたミルド村のアキトとして生きていく意思が固まっている。

 ここまでやられて、俺は民間人だから戦いは軍人に任せますなんて言っていられるか。もうこんな思いは絶対にしたくない。俺に力があるというのなら、その全てを使ってギドメリアを叩き潰してやる。


「アルドミラ軍とハウランゲル軍に頼みたいのは反撃ではなく、それに見せかけた囮です。実際にギドメリアに攻め入ってハルカを助けるのは俺がやります」


 俺はレフィーナ、オリヴィア、白露の三人を見る。


「悪いな、みんな。俺が死んだらみんなも死ぬことになる。だから、一緒に戦ってくれないか?」


 俺の頼みに、三人は即座に頷いた。


「言われなくても、一緒に戦うわよ」

「うむ。このまま黒曜をのさばらせておくわけにはいかんからのう」

「もちろんぼくも戦うよ。これ以上、大好きな人たちが傷付くのを見たくないからね」


 俺は本当に契約者に恵まれた。

 みんなから貰った祝福で、俺は必ずハルカを助けてみせる。


「よし、まずはロゼたちと合流しないとな。ローランド少尉、元帥とハウランゲル軍への連絡は頼みます。詳細は実際に会って話したいんで、囮になって欲しいという事と、北に全軍を集めてくれとだけ伝えてください」

「え? い、いや、わ、私が話をつけるんですか?」

「伝えるだけで良いです。たぶん動いてくれると思いますが、無理そうならその時は俺が指令室にでも乗り込んで話を付けます」


 かなり滅茶苦茶で自分勝手な事を言っている自覚はあるが、そうしないと素早く動けないだろうし仕方ない。

 要件だけ伝えてさっさと部屋を出ようとすると、俺をアルベールが呼び止めた。


「ま、待ってください!」

「何だ?」

「アキトさんはハルカちゃんの居場所が分かるんですか?」

「そんなもん、分かるわけないだろ。だから、一番手っ取り早い方法を取るんだ。俺たちは魔王城に強襲をかける」

「ま、魔王城に……そんなことが出来るんですか?」

「出来なきゃ、ハルカを助けられない。ハルカがどこに掴まっているのか分からないんだから、俺に出来るのは魔王と四天王を倒して、ギドメリアの優位性を破壊することだけだ。それが出来れば、時間はかかってもハルカは救出できる」


 魔王と四天王さえいなければ、ギドメリア軍にここまで好き勝手にやられることはなかったのだ。


「……なら、わたしも一緒に行きます」

「一緒にって、大丈夫なのか?」

「怪我はオリヴィアさんが治してくれたじゃないですか。アキトさんはハルカちゃんを助けるために全力で戦ってくれるんですよね? なら、わたしがここで寝ているわけにはいきません」


 アルベールの目には強い意志が感じられた。普段は少女の様な顔立ちのアルベールだが、今は完全に戦士の顔をしている。

 そんな顔で頼まれたら、連れて行かないわけにはいかない。


「命の保証は出来ない。俺だって死ぬかもしれないからな。それでもいいなら、一緒に戦おう」


 俺が手を差し出すと、アルベールは力強くその手を取った。


「はい。よろしくお願いします」

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