二章 勇者の守護天使 六話
目の前に魔王がいる。
わたしの魔力感知でもそれは事実だと分かるのに、どうしても現実の事のようには思えない。魔王が自らこんなところまで攻め込んでくるはずがないと思っていたからだ。それはハルカちゃんとオーラも同じだったようで、次の言葉を絞り出すのに一瞬の間があった。
「――っ、ま、魔王? もし本当ならあんたは相当な馬鹿ね? こんな敵地に乗り込んでくるなんてさ」
「お前の言う事は最もだ。だが、俺は直接自分の目で見定めたいと思っていたんだよ」
「見定める?」
「そうだ。勇者ハルカ、お前の力が見てみたかった」
次の瞬間、魔王は翼を生やして上空へと羽ばたく。そして真上から禍々しい魔力で攻撃を加えて来た。
「『暗黒魔法・冥界斬』!」
「『宝石魔法・金剛斬』!」
魔王とハルカちゃんの斬撃が激突する中で、魔王の部下たちがわたしたち目掛けて魔法を乱射する。
わたしとオーラでそれを防ぎ、なんとかハルカちゃんを守った。
この状況は非常にまずい。
魔王はエンシェントドラゴンで、ハルカちゃんが一対一で勝てるような相手じゃない。それなのに、わたしたちは魔王の部下からの攻撃を防ぐので精一杯なのだ。
二人の戦いの邪魔を差せないことは出来るが、ハルカちゃんに加勢することも出来ない。
「くっそ~、数が多い! しかも強い!」
「『金剛壁』!」
敵の攻撃を金剛壁でまとめて跳ね返してみるが、魔王の部下はしっかりと攻撃担当と防御担当に分かれていて、跳ね返った魔法は防御担当が平然と防いでしまう。
「だ、誰か、余裕のある人は?」
わたしは周囲を見回して援軍を探す。
しかし、アルドミラ軍は全員死に物狂いでギドメリア軍の猛攻を防いでおり、とてもじゃないがわたしたちの援護など頼めそうにない。
ロゼさんとエメラルドさんならと思って視線を向けたが、二人も思ったより圧倒しているわけでは無かった。
ロゼさんはスピードで完全に上回っているようだが、クローディアは傷付けられても先ほどの心臓のようなものを取り出して回復する上に、魔力自体は互角だ。全身を消し飛ばせそうな最上位魔法に対しては、しっかりと最上位魔法で対抗して相殺している。
エメラルドさんは完全にアレクサンダーよりも勝っている感じではあるが、アレクサンダーは他のギドメリア軍人の援護を受けて体制を立て直し、なんとかエメラルドさんに食らいついている。
やはり、本来なら相手にもならないはずのギドメリア軍人がパワーアップしているのがネックのようだ。エメラルドさんの攻撃でも複数人で協力して防いでしまっている。
ロゼさんもエメラルドさんも負けそうな雰囲気はないし、しばらくすれば勝敗は決しそうだが、このままだとハルカちゃんと魔王の戦いの方が先に決着がついてしまう。
「これはどうだ? 勇者ハルカ! 『暗黒魔法・連式冥界斬』!」
「くっ、こっちは身体が動かし辛いってのに!」
わたしたちの周りに十本の闇の剣が現れ、あらゆる方向から闇の斬撃が加えられる。こんなものを一々相手していたら、ハルカちゃんの魔力の方が先に尽きてしまう。
わたしの魔力量でもこれはかなりきついがやるしかない!
「オーラ! まとめてわたしが相手する、そっちの防御は任せたよ! 『宝石魔法・連式金剛斬』!」
「やるしかないよねっ! オリヴィア、使わせてもらうよ! 『水流魔法・水精障壁』!」
わたしの魔法が魔王の攻撃を相殺し、オーラの出したスライムの壁が魔王の部下の攻撃を防ぐが、オーラの方は攻撃の数が多すぎてみるみるうちに削られていく。
「ハルっち、アルベール! 長くは持たない!」
「分かってるわよ! アルベール、まずは周りを片付ける!」
「うん! 『宝石魔法・聖なる宝珠』!」
「食らいなさい! 『宝石魔法・虹色の閃熱破』!」
わたしの宝石にハルカちゃんの閃熱破がぶつかる。
虹色の熱戦が宝珠の内部で乱反射を繰り返して威力を増し、多面体のあらゆる面から噴き出して辺り一帯を攻撃する。
虹色は七色ある全ての閃熱破の効果を持っている。赤は火力増加。橙は巨大化。黄は加速。緑は湾曲。青は選別。藍は質量増加。紫は反射。
その全ての力を駆使して熱線が暴れまわり、周囲の味方もろとも呑み込んでいく。
ハルカちゃんのとんでもなく繊細な魔力感知と魔力コントロール、そして常識外れの集中力がなせる敵味方識別式の全方位攻撃。
いくらパワーアップしたとはいえ、この攻撃は防げるものではない。次々とギドメリア軍人が撃たれ、蒸発していく。
「素晴らしい攻撃魔法だ。だがっ、『暗黒魔法・極式冥界破』!」
上空で自分へと向かってくる熱線だけを鱗で防いでいた魔王が、無制限魔法を発動さえて熱線を弾き飛ばし、そのままわたしの宝珠を打ち砕く。
それによって閃熱破の全体攻撃は止まり、魔王の魔法とハルカちゃんの魔法が正面からぶつかって相殺された。
「ちっ、で、でも敵の数は減ったわ!」
「それがどうした? それならばそちらの数も減らしてやるだけだ」
「えっ?」
魔王は蒸発したギドメリア軍人と戦っていたアルドミラ軍人に対して手をかざす。
「ま、待ちなさい!」
「や、やらせないよっ! 『氷結魔法――」
魔力感知で一早く反応したオーラが魔王と軍人たちとの間に割り込む。
「『連式冥界破』」
「――絶対氷壁』!」
ダメだ。数が違い過ぎる。
魔王の攻撃でオーラの防御魔法は一瞬で砕かれてしまう。
「くっ、僕が絶対に守り切る!」
「何?」
オーラの周りが大量の氷で埋め尽くされる。とんでもない魔法発動速度だ。
オーラは一瞬で破壊されるような魔法名すら簡略化した防御魔法を大量に連発することで魔王の攻撃を防ぎ切った。
「ほう……虫族にここまでの力があるとは驚いた。質で及ばずとも、数で勝負して来たか。だが、これは防げんだろう?」
魔王が手刀を振りかざしたことで、何をするつもりなのか察したわたしは最大速度で魔王に向かって突撃する。
「やらせるかぁ! 『金剛壁』!」
「『冥界斬』!」
ギリギリで間に合ったわたしの防御魔法がオーラを暗黒の斬撃から守る。
「『宝石魔法・黄色の閃熱破』!」
ハルカちゃんが黄色の宝石から速度の速い閃熱破を魔王に放つ。
しかし、魔王は片腕でそれを弾き飛ばした。
「なんだ、この弱い魔法は? もう魔力切れか!?」
魔王の言う通りだ。
ハルカちゃんは強力な魔法を使い過ぎた。
虹色の閃熱破は無制限魔法。普通に使うだけでもハルカちゃんの大半の魔力を持っていくというのに、今回は周囲の敵の強さもあっていつも以上に魔力を消費してしまったのだ。
「まずい、アルベール、ハルっちを!」
「分かってるよ、オーラ!」
魔王の禍々しい魔力が増大し、強大な暗黒魔法がハルカちゃん目掛けて放たれる。
「『暗黒魔法・冥界十字斬』!」
「「『水晶魔法・絶対聖氷壁』!」」
魔王が作り出した十字の斬撃をわたしとオーラの複合魔法で受け止める。
ハルカちゃんを守るために二人で考え抜いた最強の防御魔法だ。例え魔王の無制限魔法だろうと、絶対に通さない。
「いい加減、鬱陶しいな」
魔王はギリギリ聞き取れるくらいの小さな声で呟くと、攻撃魔法をその場に残した状態で移動し、わたしとオーラの目の前に現れた。
全身の血の気が引いていく。今、複合魔法を解除することは出来ない。
「天使を生かす必要はない」
ズドンと腹部に衝撃が加えられる。
「――っ……ぁ……」
視線を落とすと、魔王の腕がわたしの腹部を完全に貫いていた。
そして次に、オーラの小さな体が魔王のもう一方の手で掴み上げられ、ギリギリと握り潰されて行く。
「あっ……ぐぅあぁあぁあああ!」
骨が砕けていく鈍い音とオーラの絶叫が聞こえたかと思うと、わたしの腹部から腕が引き抜かれ、二人まとめて地面に叩き落された。
身体が全く動かない。
声を出すことも、呼吸することすらほとんど出来ない。薄れていく意識の中で焦点を失いつつあった視界には、空中からわたしを見下ろす魔王の姿がぼんやりと映っていた。
いつだって覚悟していた『死』という現象が、ついにわたしに降りかかってきた。
オーラは大丈夫だろうか?
もはや彼を探して首を動かすことも出来ないが、わたしと違って全身の骨が砕かれた程度で済んでいる。度合いによって生き残れるかもしれない。
「う、うわぁぁぁあああああああ!」
わたしの耳にハルカちゃんの絶叫が聞こえる。
同時にハルカちゃんが魔剣で魔王へと斬りかかる姿が見えた。
まさに死に物狂い。とっくに魔力は切れているはずだ。ハルカちゃんが使っている魔力は体力を魔力へと強制変換して生み出されたもの。長くは続かない。
ダメだ、ハルカちゃん。逃げなきゃダメだ。
どう考えても勝ち目がない。
一度引いて、ロゼさんやエメラルドさんと一緒に戦わなければすぐに殺される。
魔王の攻撃をハルカちゃんは魔剣で受けるが、剣に魔力がほとんど通っていない。何とか回避することは出来たが、魔剣は弾かれてわたしのすぐ近くの地面に突き刺さる。
完全な丸腰となったハルカちゃんに、魔王の腕が伸びる。
「『宝石魔法……青色の……閃熱破』!」
わたしは右腕を二人へと向けると、青色の閃熱破で二人を撃つ。敵と認識した者だけを攻撃する青色ならばハルカちゃんにダメージは入らない。
わたしの攻撃に気付いた魔王は、ハルカちゃんから距離を取る形で魔法を回避した。
「ア、アルベール? ど、どうして動けるのよ?」
「えっ?」
気付けば、わたしはしっかりと自分の足で大地に立っていた。
腹部に受けた傷も塞がっている。
「ど、どうして……」
自分でも分からない。
わたしにこんな一瞬で怪我を治す能力などない。
「へ、へへへ……何とか間に合ったね……」
「オーラ?」
わたしの足元には、全身の骨が砕け、自慢の翅もボロボロに破れて折れ曲がってしまったオーラの姿があった。
命の危機に瀕した上で、ハルカちゃんの戦いへと意識を集中させていたわたしは気が付かなかった。自らを治療することすら諦め、残った力を振り絞るようにして彼はわたしを治療してくれたのだ。
「頼んだよ、アルベール……僕の分も、ハルっちを守るんだ……」




