二章 勇者の守護天使 二話
エンデ少尉の言った通り、ちょうど太陽が真上にある時間帯でウェルザーク門に到着した。
俺たちは素早く馬車から降りると、ここまで送ってくれたエンデ少尉にお礼を言う。
「ありがとうございました、エンデ少尉」
「素晴らしい走りじゃったぞ」
「お世話になりました」
「ありがとー、エンデ」
「いえ、わたくしは命令に従っただけですから。それに、この栄養剤のおかげです」
エンデ少尉は残り少なくなった栄養剤の瓶を見ながら言う。
「アキトさん、確かアルラウネの蜂蜜はアキトさんの村で販売されているのですよね? もしもこの栄養剤を商品化する際はすぐに教えてくださいね。わたくし必ず購入いたしますから」
「は、はい。必ず連絡します。けど……かなり高くなっちゃうと思いますよ?」
ラウネ水やラウネ蜂蜜とは製造工程が全然違うからな。レフィーナしか作れないし、消費魔力が大きすぎる。一般販売するかどうかも怪しい。
「もし販売してくれるのなら、購入費はハウランゲル軍持ちになるだろうな。その栄養剤の有用性は俺たちが証明できる。出来ればアルドミラ軍よりも、俺たちに融通して回して欲しいもんだ」
「か、考えておきます」
俺はジュスタン少尉に苦笑いで返しつつも、話を曖昧にしておく。
ハウランゲル軍から直接購入依頼が来るとなると、さすがにアルドミラ軍から目を付けられそうだ。面倒ごとには巻き込まれたくない。
こっそりハウランゲル軍だけに販売しているのがバレたら、またミルド村に元帥がやってきそうだ。
「あの、シラツユさん、お母さんの事教えてくれてありがとうございました」
「ん? 礼を言われるようなことではない。じゃが、おぬしとはこれからも長い付き合いになりそうじゃ。よろしく頼むぞ」
「あっ、ズルいわよシラツユちゃん。クレスちゃん、お姉さんともずっとずっと仲良くしてね?」
「は、はい。百年先までよろしくお願いします」
オリヴィアと白露がクレスと何やら壮大な話をしているが、俺は入れそうにないな。出来ればこの三人には、俺の子孫たちとも仲良くして欲しいと思う。
「では、俺たちはこれで失礼します」
俺が別れの言葉を切り出すと、ジュスタン少尉たちは整列して敬礼した。
俺とオリヴィアは反射的に敬礼で返し、白露とレフィーナは少し遅れて見様見真似で続いた。
「アキト、俺はお前たちにしてもらったことを一生忘れない。それは中隊の全員が同じ気持ちだと思っている。もしもお前が困った時は必ず連絡しろ。エンデとマヌエラの馬車で、必ず駆け付ける」
「ありがとうございます。また会いましょう」
こうして俺たちは分隊の三人と別れ、ウェルザーク門を通るのだった。門を警備していた軍人たちからも感謝の言葉が送られてくる。
そして門の反対側、アルドミラへと帰国すると、アルドミラ軍が少々険しい表情で俺に対して敬礼した。
「アキトさん、これほど早く戻られるとは思いませんでした」
アルドミラを出る時にも顔を合わせたローランド少尉だ。
「アルドミラの状況はどうなんですか?」
「アキトさんの契約者のおかげで最悪の状態ではありませんが、それに限りなく近いです」
「え? そ、それってどういう――」
「ともかく、まずはこちらへ」
俺が詳しく聞こうとすると、ローランド少尉たちは急かすようにして門の近くにある施設の中へと案内した。
「ちょっと待ってくれ、状況が悪いなら俺たちはすぐにでも戦場に向かった方が――」
こんなところで悠長に話をしている場合ではないだろうと思ったのだが、俺はある一室のドアが開かれて中が見えた瞬間に言葉を切った。
俺とオリヴィアは反射的に室内へ駆け込むと、ベッドに寝かされていた人物に声を掛ける。
「アルベール!!」
「アルベールちゃん! 酷い怪我だわ、ここの隊には治療のできる人はいないの!?」
そこにいたのは、勇者ハルカの契約者である、天使のアルベールだった。
アルベールの身体は生傷だらけで、包帯は巻かれているがその全てが血で赤黒く滲んでいる。
「もちろん回復魔法の使える者はいます。ですが、何度魔法をかけても傷の治りが遅いんです。現在、衛生兵は全員魔力を使い切って倒れています」
傷の治りが遅いと聞いて、俺はすぐにとある魔法を想像した。
「暗黒魔法だ。一般的な水属性の回復魔法じゃ治せない! 白露!」
「うむ、任せるが良い」
俺は咄嗟に白露に声をかけたが、オリヴィアが手でそれを制する。
「ここは私に任せて頂戴」
「けど、お前は回復魔法が苦手だし、闇の浄化なんて出来ないだろ?」
「アキトちゃん、いつの話をしているの? 『聖水魔法・聖なる泉』!」
オリヴィアが光り輝く水を生み出すと、その水に浸されたアルベールの身体が見事に浄化され、回復していく。
「い、いつの間にこんな魔法を……」
「魔法の練習をしていたのはアキトちゃんだけじゃなかったってことよ」
白露に続いてオリヴィアも複合魔法を習得していたのか。
あの水はどう見ても聖属性の力を帯びている。その証拠にあれだけボロボロだったアルベールの身体から完全に傷が消えてしまった。
苦しそうだったアルベールの表情が和らぎ、目が開く。
しばらく虚空を彷徨っていた視線が枕元にいた俺へと向けられると、彼女の唇が弱々しく動いた。
「アキトさん……ですか?」
「ああ、俺だ。アルベール、意識はハッキリしているか? ここがどこだか分かるか?」
「えっと……ウェルザーク門であっていますか? 何とか辿り着いて、そこから記憶がありません」
「あっているぞ。アルベール、いったい何があったんだ? 場合によっては急いで出発しないといけない」
「そ、それは……」
アルベールは何かを思い出したのか、とても苦しそうな顔をして両目から涙を零した。
「……うぅ……ア、アキトさん。ハルカちゃんを……ハルカちゃんを助けてください!」
「ハルカを? もしかしてハルカがピンチなのか? 今すぐに救援に向かう。ハルカはどこにいるんだ!?」
アルベールがこんな状態で俺に助けを求めるためにここまでやって来たという事は、ハルカは相当ピンチのはずだ。
アルベールがいつからここで寝かされていたのか分からないが、急がないと手遅れになるかもしれない。
「……分からない……です」
「は? ま、待てよ、どういうことだ? 撤退して離れ離れになったってことか?」
「撤退出来たのなら、どんなに良かったか……」
アルベールは上体を起こすと、身体に巻かれていた包帯を取っていく。
怪我が綺麗に治っているのを見て驚いたように俺に視線を向けたので、目でオリヴィアがやったと教えてやった。
「オリヴィアさんが治してくれたんですね。ありがとうございます」
「ええ、それはいいのだけど、ともかく何があったのか教えてもらえる?」
「は、はい。じゃあ、一から順番に話しますね」
「待て、アルベール。そんな時間あるのか? 一刻を争うんだろ?」
「……いえ、既にそこまで緊急を要する状態ではないと思います。そうですよね?」
アルベールが入り口付近に立っていたローランド少尉に尋ねると、少尉は小さく頷いた。
「ギドメリア軍は既に引き返しているので、ある程度の時間的余裕はあると思います」
「引き返した? 余裕があるのか?」
でも、ハルカはピンチなのだろう?
一体どういうことなのか分からないが、時間に余裕があるのならしっかりと順を追って説明してもらった方が良さそうだな。
「ローランド少尉、椅子ありますか?」
「すぐに用意します」
ローランド少尉は敬礼すると椅子を取りに部屋から出て行った。
「アルベール、俺が知っているのはハウランゲル側の情報ばかりだ。アルドミラ側の話を順番に教えて貰えるか?」
「はい。では、ギドメリアがアルドミラとハウランゲルの両国に同時攻撃を仕掛けてきたところから話します」




