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一章 妖孤の魔眼 八話

 炎属性と聖属性の複合魔法。

 獄炎魔法の反対ともいえる聖なる力も持つ炎の魔法。


『炎天魔法・朧狐』


 その魔法は、炎によって作り出された分身を作り出す魔法だった。

 姿形は完全に白露と同じであり、視覚的な情報では判別するのが難しい。内包する魔力量の違いで最初こそ本物がどれかは分かったのだが、白露が魔力圧縮を使って分身と自分の魔力量を同量まで圧縮してしまったので、俺には判別することが叶わなくなった。

 現在、白露は四人。これを見破れるのは魔力圧縮状態の相手を判別することが出来る高位魔力感知を持つレフィーナくらいだろう。


「覚悟せよ、ヴァルター」


 二人の白露がヴァルターへ襲い掛かる。


「『火炎魔法・連式螺旋紅焔』!」

「『火炎魔法・炎王剣』!」


 分身の方も魔法を使えるらしく、一人が遠距離魔法でヴァルターを牽制し、もう一人が回避に専念しているヴァルターの隙を突いて接近し、炎の剣で斬りかかる。


「ちっ、どうなってやがる! 『絶対城壁』!」


 ヴァルターはたまらず防御魔法を使って身を守った。

 あれは全魔法の中で最高クラスの防御力を誇る岩石魔法だ。俺の空間魔法なら強度を無視して破壊出来るのだが、射線上に白露がいるので支援できない。

 二人の白露が岩石魔法の壁に対して火炎魔法で攻撃を続け、その隙にもう二人の白露が付近に倒れているハウランゲルの軍人たちを部屋の隅へと逃がしていく。


「主殿、これで守りやすいじゃろう?」

「あ、ああ。けど、お前だけじゃ――」

「分かっておる。我だけでは決定打に欠ける。あやつは速く、力強く、そして強力な防御魔法を持っておるようじゃ。じゃから主殿は、あやつの契約を何とかしてもらいたい」

「は? 契約?」

「気付いておらぬのか? あやつを含むギドメリアの軍人たちは人間と契約を結んでおる。我の魔眼を使えば一目瞭然じゃ。じゃが、その形が何とも歪なのじゃ。何か強制的な契約を結んでおる雰囲気がある。主殿にはその歪な状態を正してやってほしい」

「歪を正す?」


 どういうことだ?

 ギドメリアの軍人たちが人間と契約しているというのも信じがたいが、歪を正してしまったら契約が完璧なものになってよりパワーアップしてしまうんじゃないのか?


「ぶっつけ本番になってしまって悪いが、あやつを止めるのは我しか出来そうにない。主殿は我の代わりに炎天魔法で闇を祓うのじゃ」


 そこまで説明すると、白露は四人がかりでヴァルターに攻撃を開始した。

 一体どういうことだ?

 俺が炎天魔法で闇を祓うだと?

 そんなことが出来るのかと考えていると、白露とヴァルターの戦況が変化した。

 岩石魔法の壁が消滅し、ヴァルターが一直線に一人の白露へと走る。


「『灼熱聖域』!」


 白露は死角から攻撃されないように全方向に防御の炎を張って対抗する。


「無駄だ! 『暗黒魔法・冥界剣』!」


 ヴァルターは暗黒の剣を突き立てるようにして白露の防御魔法を一点突破すると、そのままシラツユへ突撃した。

 シラツユは即座に回避行動を取ったが、剣先が脇腹をかすめたようで巫女服が裂けて綺麗な白い肌から鮮血が流れ出た。


「広域防御魔法なら、こっちの方が有効だろ?」


 ヴァルターは傷付いた白露を見て得意げに剣を掲げる。


「捨て身の攻撃とは思い切ったものじゃな……」


 よく見ると、ヴァルターの軍服が少し焼け焦げている。多少のダメージは覚悟で突っ込んだということだろう。


「その血、さすがに魔法で再現は出来ないだろう? ということは、お前が本体で正解だな」

「……運の良いことじゃな」

「運任せではない。匂いだ。お前だけが生き物の匂いがした。後の三人は無臭だ」


 そうか、ワーウルフは嗅覚に優れた種族。その変異種族であるフェンリルも当然その特徴を受け継いでいるのか。


「匂いか、盲点じゃった。『炎天魔法・転生の炎』」


 白露は傷付いた脇腹に炎天魔法をぶつける。

 何事かと思ったが、それによって白露の傷は塞がり、完全に再生したようだ。


「炎の回復魔法だと?」


 ヴァルターは炎を使う白露に回復手段があったことに驚いたようだ。

 あの回復魔法、おそらくヒナノが使った光明魔法を真似したものだろう。暗黒魔法に蝕まれた傷口が再生するというのはそれしか考えられない。


「やれやれ、おぬし如きにこの魔法を使う事になるとは思わなかった」

「なんだと?」

「とくと見るがよい。今度の魔法は匂いでは判別など出来んぞ?」


 白露は三人の分身を消すと、魔力圧縮を再び開放して新たな魔法を使用する。


「『炎天魔法・陽炎』」


 白露の全身から霞の様なものが噴き出し、この部屋の床全てが炎に包まれる。軍人たちが驚いて声を上げるが、すぐに害がないものだと分かった。

 床の炎は触れても熱さを感じないのだ。

 これは恐らく、この空間に作用する魔法。ヤマシロで何度か体験した『妖術』と呼ばれる類の魔法だ。


『炎天魔法・陽炎』


 酒呑童子の昔の名前を冠した魔法だ。白露の思い入れが伺える。


「消えた? いや、あの人間と国王もいない? どこだ!」


 突然、ヴァルターがキョロキョロと辺りを見回す。

 どこというか、普通にここにいるのだが、彼の目には俺たちが映っていないようだ。


「クソッ、軍人たちも一人もいないだと? 今の一瞬で全員が逃げられるはずがない」

「『火炎魔法・焔玉』!」


 白露が火炎魔法の火球を放つと、ヴァルターは即座に回避行動を取る。火球は白露の意のままに動くので執拗にヴァルターを追いかけた。


「何だ、この魔法は! 消えろ!」


 ヴァルターは怒りに任せて火球を暗黒魔法の剣で斬り裂いて消滅させる。


「貴様、どこから現れた! 他の軍人たちをどこへやった!」


 どうやら白露とその魔法はヴァルターに見えているようだ。だが、俺や国王、ハウランゲルの軍人たちは一切認識出来ていない。

 いや、違うな。多分だが、さっきまでは白露の姿も見えていなかったのだと思う。


「主殿、先ほど言った事は覚えているな? 今のうちに頼むのじゃ」

「あ、ああ。けど、今の状況なら俺たちも一緒に攻撃した方がいいんじゃないか?」

「あいにくと、魔法を使うか奴に触れると効果が無くなるのじゃ。他の者たちも気を付けよ」


 白露の説明を聞いて、国王や軍人たちも自分たちの状況を何となく理解したのか、顔を見合わせて頷いた。

 どうやら黙ってこの場で見守ってくれるつもりらしい。


「どうなっている? この場にいるのか? くそっ、匂いも全く感じられない!」


 よし。この魔法、俺たちが魔法を使わない限りは視覚、聴覚、嗅覚、魔力の全てで感知出来ないらしい。

 ならば、白露が言ったことを実行する絶好のチャンスだ。

 俺は魔眼を発動して、怒りに任せて目の前の白露と戦闘を始めたヴァルターを見る。すると、白露が歪だと言った理由が理解できた。

 誰かと契約している者は、身体から薄っすらと魔力の糸の様なものが出ているのだ。そしてそれは契約者に繋がっている。契約者との距離が近付けば糸は太くなり、距離が遠ければ糸は細くなる。

 白露と俺の魔力はリンクしており、これだけ近くにいると契約者だということが一目で分かる。

 そして俺の身体からは他にも四本の魔力の糸が伸びており、それぞれがミドリ、レフィーナ、オリヴィア、ロゼと繋がっている。

 そしてヴァルターの魔力からも遠く離れた場所へと糸が伸びていた。

 一見すると分からないが、更に注意して魔力の流れを観察すると、見えてくるものがある。契約は魔力のやり取りだ。細い糸状に見えても二つの流れがあり、俺から相手に流れる魔力と相手から俺に流れる魔力がある。だが、ヴァルターの糸には相手から自分へ流れる魔力しかない。

 契約が完全に一方的なのだ。そして更におかしなことに、闇属性の魔力がヴァルターへと流れ込んでいる。ヴァルターと契約しているということは相手の種族は人間のはず。人間から流れ込む魔力は無属性のはずだ。

 まさに歪な契約。

 ヴァルターが一体何と契約しているのかは分からないが、俺の役目はこの歪な契約を正しい形へと戻すことだ。俺にそんな芸当が出来るのかと不安だったが、あの流れ込む闇属性の魔力を何とかすればいいのなら、思い付いた魔法がある。

 ヤマシロで出会った聖属性のエンシェントドラゴンであるヒナノが使っていた闇を祓う魔法。


『光明魔法・破邪の光』


 聖と聖の複合魔法など俺には出来る気がしないが、白露は炎天魔法を使えと言っていた。つまりは炎天魔法で光明魔法を再現し、あの歪な契約を浄化してやればいいのだ。


「白露、多分チャンスは一回限りだろ? ヴァルターの動きを少しでも止められるか?」


 この魔法を外すわけにはいかない。

 初めての炎天魔法だ。通常の戦闘中には絶対に成功しない。かといって魔法の成功に集中すれば無防備な姿をヴァルターに晒すことになるだろう。

 だから白露がヴァルターを押さえ、俺が一撃で決めるしかない。


「任せるがよい。『炎天魔法・連式大狐火玉』!」


 白露がこの部屋を埋め尽くすレベルの炎天魔法を生み出す。

 ヴァルターは一目見て回避することは不可能だと悟り、距離を取ってから自身の最大の魔法で迎え撃つ事を選択した。


「『死岩魔法・極式鬼岩吹雪』!」


 それは今までヴァルターが見せたことがない複合魔法だった。

 魔眼のおかげで分かったが、あれは岩石魔法と暗黒魔法の複合だ。消費する魔力量が膨大であり、ヴァルターの魔力量では数発しか撃てないような規模の魔法だ。

 本来は使いたくはなかったのだろうが、白露が使わざるを得ない状況を作り出したということだろう。

 俺は二つの魔法がぶつかり合う隙に、ヴァルターの魔力の糸へと狙いを定める。ヴァルターを狙った場合、魔法を発動した瞬間に驚異的な反射速度と危機察知能力を持って回避される可能性がある。

 だが、あの糸を狙った場合はヴァルターからしてみれば突然現れた俺が、明後日の方向に魔法を放ったように見えるはずだ。ヴァルターの足さえ止まっていれば外れることはない。

 俺は意識を集中して火炎魔法と空間魔法を組み合わせる。

 炎天魔法。

 名前から察するに、これは天空の炎。空間すらも支配する、聖なる炎の魔法だ。


「『炎天魔法・破邪の炎』!」


 俺はヴァルターから伸びる魔力の糸へ向かって魔法を放つ。


「な、何だ!?」


 ヴァルターが驚いて俺の魔法に視線を向ける。

 白露とヴァルターの魔法対決が引き分けに終わるのとほとんど同時のタイミングで、俺の魔法は魔力の糸へと直撃した。

 白露の目論見通り、ヴァルターの歪な契約は正常なものへと浄化され、彼へと供給されていた闇の魔力が完全に途絶える。


「ふうむ、なるほどのう。ヴァルターよ、おぬしらが何をしてその力を手に入れていたのか、概ね予想がついたぞ?」


 白露がにやりと笑う。

 ヴァルターは契約が途絶えた事と、直前の最上位魔法の使用で魔力が大幅に失って床に膝を付く。完全な魔力枯渇状態だな。もう少し戦えば意識を失うぞ。


「お、お前、俺に一体何をした!?」

「聞きたいのはこちらの方じゃ。おぬしら、人間に何をした?」


 ヴァルターは白露の問いには答えず、体制を立て直して戦闘態勢を取る。


「まだやる気か? それもいいじゃろう。のう、主殿?」

「ああ。俺もこいつから聞きたいことは山ほどある。ぶちのめして洗いざらい吐かせてやる」


 第二回戦の始まりだ。

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