一章 妖孤の魔眼 七話
「レフィーナ、白露、俺に掴まれ。一刻も早くあいつを排除しないと不味い事になる」
「待ってアキトくん」
俺が竜の翼を生やして王宮に突入しようとするとレフィーナが制止し、首を振った。
「ぼくはここで他の敵を食い止めるよ。それに……」
レフィーナの視線は、先ほど四天王に殴り飛ばされたアルラウネへと向けられている。
盛大に吹っ飛びはしたがそこまでのダメージはなかったようで、四天王に続こうと攻め入るギドメリア軍を大地魔法と蔓を使って食い止めている。
同じアルラウネとして、あの子が気になるという事か。
「分かった。お前はここに残れ」
「植物族は防衛に向いておる。これ以上誰も王宮に入れてくれるな?」
「うん、任せてよ」
俺が軽く拳を出すと、レフィーナと白露は自らの拳をぶつけてきた。
レフィーナに任せておけば安心だ。これで俺と白露は四天王との戦いに集中できる。
「行くぞ、白露」
「うむ」
白露は子狐姿へ変化すると、俺の肩に飛び乗った。
俺は竜の翼から魔力を放出して飛び立つと、先ほど四天王の男が突き破った窓から王宮内部へと突入する。
室内では邪魔になる竜の翼を消して辺りを見回す。どうやらここは廊下のようだ。四天王どころかハウランゲル軍の姿も見えない。
俺は魔人の角を出して魔力感知を発動する。
「見つけた。分かりやすいな」
「うむ。獣族とは思えん魔力量じゃ、ゆくぞ」
白露が俺の肩から飛び降りると、少し大きな狐姿へと形を変えて駆け出していく。俺もその後に続いた。
せっかく魔力感知を習得したのは良いが、白露がいる時はほとんど必要ないな。
大きな魔力が小さな魔力とぶつかり合っている方向へと走ると、叫び声が聞こえる部屋へと辿り着いた。
急いで中を確認すると、そこではほとんど虐殺に近い様な戦闘が繰り広げられていた。軍服を着た獣人たちが死に物狂いで四天王の男に挑み、あっけなく殺されている。
その奥には数名の軍人に守られるようにして、ワーウルフの男性が四天王を睨み付けていた。年齢は40代から50代くらいだろうか。状況から見て、あの人がハウランゲルの国王だろう。
国王を守る軍人は残り少ない。これは隙を伺っている場合ではないな。
「『アルラウネの蔓』!」
俺はまた一人ハウランゲルの軍人を殺めようとしている四天王の左腕にアルラウネの蔓を巻き付けると、思いっきり引っ張って上空へと打ち上げる。
勢いあまって四天王は天井へと叩きつけられ、その間に白露が国王側へと回り込んで獣人姿へと戻る。
次の瞬間、四天王の魔法によってアルラウネの蔓が断ち切られ、四天王は天井から床へと着地した。
当然と言えば当然だが、たいしたダメージはない。怒りは買ったようだが。
「き、君はもしや、軍人たちが言っていた、アルドミラのアキト君か?」
四天王よりも先に、国王が口を開く。どうやらハウランゲル軍から俺の話は聞いていたようだ。
「はい。そのアキトです」
「アルドミラからここまで二日はかかるはずだが……いや、そんなことはいい。アキト君、そいつはいくら君でもまともに相手出来るような強さではない。私の事は良いから、みなの撤退を支援してくれ!」
「撤退?」
何を言っている?
この人は国王なのに、自分よりも軍人たちの撤退を優先するのか?
国王が死ねば国が機能しなくなる。国民のために犠牲になったと言えば美談のようにも聞こえるが、ハウランゲルという国を存続させるためには、国王は何としてでも生き残らないとダメだろう。
「たった一日で我が国の軍がここまで追い詰められたのだ。今は少しでも多くの者をアルドミラに逃がしたい。私が死んでもハウランゲルは再建出来る」
そういうことか。
この人は敵の強さ。特にこの四天王の強さを見て、絶対に勝てないと理解した。だから自分が囮になることで少しでも多くの人を逃がそうと思っているのか。
「ふっ……はははははっ! こいつは傑作だ。国王マインラート。お前は俺たちのことをまるで分かっていない」
国王の言葉を聞いて四天王は嘲笑する。
「俺の強さに負けを認めるのは分かる。だが、俺たちギドメリアの軍人が、それで攻撃を止めるとでも思ったのか?」
「……どういう意味だ?」
「俺は別部隊に戦場と化したこの王都から敗走する者どもを殺すように命じている。魔力感知に特化した奴らだ。誰一人として逃がさん。それと、俺たちが来る前に国民や家族をどこかへ逃がしたようだが、必ず見つけ出して皆殺しにしてやるさ」
「き、貴様……」
国王は怒りに震えながら、拳を握りしめる。
すると、国王と四天王の間に割り込むように白露が立ちふさがった。
「いやはや、実に面白い話が聞けたのう」
「……何だ、お前は。弱い女が俺の前に立つな」
「ほう。我が弱い女? ギドメリアの四天王と言うのは、相手の力量も分からんのか? 小僧、お主の目は節穴じゃな」
白露の服が炎に包まれたかと思うと、懐かしい巫女服へと変化した。
「我はヤマシロの大妖怪、天孤の白露。100年も生きておらんような小僧に少々お灸をすえてやりたくなった」
名乗りと共に、白露は魔力圧縮を解放する。
彼女の内に秘められていた莫大な魔力が溢れ出し、魔人の角どころか俺の皮膚がビリビリと魔力を感知した。
この場にいる魔力感知を持たない種族たちも、ここまで強大な魔力に晒されれば彼女の実力が理解できただろう。
四天王は表情を一変させて一歩退くと、白露を睨み付ける。
「……天狐だと? ワーフォックスの突然変異か?」
「そんなところじゃ。小僧、名乗るがよい」
四天王は一瞬間を開けた後で舌打ちして渋々応じる。白露の強さを認めたということだろう。
「俺はギドメリア四天王の一人、ヴァルター。種族はワーウルフの突然変異であるフェンリルだ」
フェンリルって、北欧神話に出てくるあのフェンリルか?
ワーウルフにしては強すぎると思っていたがそういうことか。ギドメリアにはドラゴン以外にも強い種族がいるんだな。
白露はヴァルターが大人しく名乗った事で機嫌を良くしたのか、不敵な笑みを見せながら喋る。
「ヴァルターよ。お主は先ほど、別動隊の話をしておったが、そやつらはもうこの世にはおらんか、再起不能になっておるじゃろう」
「何?」
「我らがここへ来る途中に魔力感知で駆け付けた者たちなら始末した。ただ、きりがなさそうじゃったので、我の仲間たちが残って相手をしておる。その内の一人は我と同じ強さじゃぞ?」
「――っ、バ、バカな……」
白露と同じ強さと聞いて、自分の仲間たちでは到底太刀打ちできないと分かったのだろう。ヴァルターは目に見えて動揺した。同時に白露の後ろにいた国王が口を開く。
「シ、シラツユさんと言ったな。その話は本当なのかい?」
「本当じゃとも。ついでに言うと、表にも一人おるぞ。あっちは大地の上でなら我より強い。心配せずとも、ハウランゲル軍の被害はこれ以上大きくならんよ」
ヴァルターと国王の立場が完全に逆転した。
国王は希望の光を得て、ヴァルターは怒りで拳を握りしめる。
「なら、お前らをさっさと片付けて俺が向かうまでだ。『岩石魔法・岩吹雪』!」
ヴァルターは白露目掛けて岩石魔法を放つ。あの魔法は、以前キラービーが使ってみせた岩時雨の上位魔法だろうか。
「『炎天魔法・灼熱聖域』!」
白露が聞いたこともない防御魔法を正面に出して岩石魔法を防ぎきる。
見た目は火炎魔法とそこまで変わらない。もしかしたら、ミドリの神風魔法のように、炎と聖属性の複合魔法かもしれない。
魔法での勝負は白露の勝ち。それは間違いない。だが、ヴァルターは風走りを使ってもいないのに高速で移動して部屋の壁や天井を駆け抜ける。そして天井を蹴るようにしてジャンプすると、白露に飛び蹴りを食らわせてきた。
結果として、防御魔法の範囲外からの物理攻撃によってシラツユは国王や軍人たちの方まで吹き飛ばされた。
「ぬ、ぬぅ……やってくれるのう」
「シラツユさん、大丈夫か?」
「私たちも共に戦います」
吹き飛ばされた白露を受け止めてくれた国王と軍人たちが彼女を心配するが、白露は共闘を拒否した。
「お主らはもう少し部屋の隅まで下がっておれ、足手まといじゃ」
再びヴァルターが攻撃に移ろうとしたので、俺は風の魔力を使って攻撃する。
「『疾風魔法・風刃斬』!」
「あ?」
ヴァルターはギリギリで俺に気付いて飛び退き、風刃斬の射線から逃れる。
岩石魔法を使ったことから奴の属性は土。土に有効なのは風だ。あいつは疾風魔法の相手が最も苦手なはず。
「そういえば、お前がいたな。先に死にたいかっ!」
今度は俺に標的を定めたのか、高速で移動しながらこちらへ接近してくる。その際も、壁や天井を駆けまわり、狙いを絞らせてくれない。
こいつはかなり戦い慣れている。室内戦だとこちらが不利だ。
「『不可侵領域』!」
「――っ!」
嘘だろ?
魔力感知も魔眼も持っていないだろうに、俺の不可侵領域にぶつからずに止まりやがった。なんて危機回避能力だ。
「『岩時雨』」
ヴァルターは弱い魔法で俺の不可侵領域の存在を確かめる。
「見えない壁……そうか、お前がアレクサンダーの言っていたエメラルドの契約者か。そして、後ろの女とも契約しているな?」
「だったらどうする?」
「あの女より、お前を殺す方が簡単そうだ! 『暗黒魔法・冥界十字斬』!」
「なっ!?」
いくら突然変異とはいえ、まさか暗黒魔法を使ってくるとは思わなかった。
俺は慌てて飛び退いて不可侵領域を突き破ってくる十字の斬撃を回避する。
「逃がさねえよ。『連式冥界斬』!」
続いて、大量の冥界斬が部屋を埋め尽くし、逃げた俺を追撃してくる。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!
あんなの避けられるわけがない。しかも俺の不可侵領域では暗黒魔法の速度を遅らせるくらいにしかならない。
こいつ本当に獣人なのか?
獣人は白露のような例外を除いて魔力が少ない代わりに身体能力が高い種族。だが、こいつは身体能力が高い上に強力な魔法を連発している。
簡略化しているとはいえ、この数はやり過ぎだ。
「『王の道』!」
俺は咄嗟にミドリに習った移動用の空間魔法を発動する。
以前、ミドリがホテルの部屋の壁をすり抜けるのに使った魔法だ。王の道を通って俺は部屋の外へと逃れる。すると暗黒魔法が俺のいた場所を破壊する音が聞こえて来た。
そのすぐ後で俺が逃げた方向の壁が破壊され、ヴァルターと視線が交わる。
「お前、面白い魔法を使うじゃないか。空間魔法ってのはそんな使い方が――」
言葉の途中でヴァルターは横へ飛び退いて火炎魔法を回避する。
「ヴァルター、我を前にして主殿を狙うとは良い度胸じゃな?」
「ちっ、二体一か……なら、俺はこうさせてもらう。『冥界斬』!」
「『灼熱聖域』!」
ヴァルターの攻撃が部屋の隅で倒れていた傷付いた軍人へと向かう。
白露は素早く魔法を放ってその攻撃から軍人を守ったが、そのせいで自分の防御が疎かになり、急接近して来たヴァルターによって殴り伏せられる。
「がはっ!」
「白露! 『虚空閃』!」
俺が虚空閃で攻撃すると、ヴァルターは地面に倒れている白露から離れた。
なんとか追撃だけは防げたか。
俺が駆け寄ると、白露は殴られた頬を押さえながら立ち上がる。
「お、おのれ、卑怯な手を使いおって」
「今の一撃で死なないどころか立ち上がるだと……? 頑丈さも並ではないようだな」
痛そうにしながらも平然と立ち上がった白露を見てヴァルターは警戒を強める。どうやら今のパンチは普通の上級種族なら即死するレベルのものだったようだ。
「主殿、国王や軍人たちの守りを任せられんか? こやつは我が相手をする」
白露はヴァルターを睨み付けると、今まで以上に魔力を増大させていく。魔力感知を得て初めて分かった。白露の魔力は俺が思っていた以上に膨大だ。最上級種族になった俺の20倍近い魔力を持っているように感じられる。
「『炎天魔法・朧狐』」
白露が新たな炎の魔法を発動すると、彼女と全く同じ見た目の女性が三人ほど炎の中から現れた。
フェンリルの腕力は全種族の中でもトップクラスで、悪鬼やエンシェントドラゴンと互角です。
ドラゴンほどではありませんが、総合的に見るとかなり身体が頑丈なシラツユでなければ頬骨どころか首の骨まで折れていたでしょう。




