一章 妖孤の魔眼 六話
迫りくる決戦の時に備えてイメージトレーニングを重ねていると、数時間などあっという間に過ぎてしまった。
もうすぐ夕暮れかと思いながら窓を眺めると、西の空が赤い。
俺は前列に乗り出すようにして外を確認すると、それが夕焼けによる赤ではないことがハッキリと見て取れた。
「ボニファーツ中尉、王都が!」
「は、はい。あれは夕焼け……ではないですよね?」
何を言っているのかと思ったが、俺はハーピーの目を使っているから見えるのだ。普通の視力しか持たないボニファーツ中尉にはまだ赤いことしか分からないのだろう。
「既に戦闘が始まっています! あれは炎の赤だ!」
「やはり……そうですか――」
ボニファーツ中尉は無線を取り出すと、全体へ呼びかける。
「総員、戦闘準備。王都に到着次第ギドメリア軍と交戦する!」
「レフィーナ、白露、もうすぐ始まるぞ」
「言われずとも分かっておる。これほどの規模の戦は何百年ぶりかのう。主殿、先ほどの栄養剤を貰えないか?」
「ん? ああ、いいぞ」
俺は冷蔵庫から栄養剤を取り出して白露に渡す。彼女はその場で蓋を開けて胃の中へと流し込んだ。
「なっ!? おい、そんなことしたら!」
万全の状態で飲むものではないので慌てて止めに入ったが、間に合わずに飲み干されてしまう。
さすがの白露でも魔力酔いになるのではと思っていたら、彼女の四本ある尻尾が五本へと増えた。
「ふむ、やはりな」
「ど、どういうことだよ? 大丈夫なのか?」
「うむ。問題ない。それと主殿、我の尻尾の謎が解けたぞ。これは魔力を貯めておけるものじゃったのじゃ。最低一本、最大九本。進化したことで尻尾の許容量も上昇したから四本になっていたのじゃ」
ということは、白露はあと四本分魔力を貯め込めるという事か?
「それって、レフィーナよりもすごいんじゃ……」
「当たり前じゃ。我ほどの大妖怪が、産まれて十年やそこらの植物族と互角なわけがあるまい」
白露が自信満々に言うと、これまで眠っていたレフィーナが素早く起き上がって彼女を睨み付ける。
「アキトくん、別にぼくは栄養剤に自分の魔力を全て注ぎ込んでいるわけじゃないからね? 一本にせいぜい十分の一くらいだよ」
「嘘を吐くで出ない。先ほどお主が栄養剤を作り出した際に魔力が五分の一ほど減少したのは分かっておる」
「うっ……ぼ、ぼくだってもっとご飯を食べれば今の倍は魔力を貯め込めるよ!」
「ほう、それは頼もしいのう」
ダメだな。白露はレフィーナを全く相手にしていない。張り合う気がないのだ。
今の頼もしいという言葉は白露の本心だと思うのだが、レフィーナからしてみたら挑発されたように感じたようだ。悔しそうに拳を握りしめている。
「レフィーナちゃん、もうすぐ戦いが始まるんだから、相手を間違えちゃダメよ」
「わ、分かってるよ」
オリヴィアが諭すと、意外にもレフィーナはすぐに引き下がった。昔はこんなに物分かりが良くなかったので少し驚いた。
「皆さん、そろそろ到着します。準備は良いですか?」
ボニファーツ中尉の声を聞いて、俺と契約者たちはピタリと喋るのを止めた。
顔つきが変わり、馬車から出るタイミングを見計らっているようだ。
「エンデ少尉、マヌエラ少尉に指示を出してその場で停止」
「了解ですわ! マヌエラ!」
エンデ少尉が隣を走っていたマヌエラ少尉に声をかけ、二台の馬車が同時に止まる。
「よし、行くぞ!」
俺たちは一斉に馬車の外へと飛び出した。
目の前に飛び込んできたのは、ところどころに大穴が開けられている王都の城壁と、内部から立ち昇る炎。
ぶつかり合う魔法の音と、軍人たちの叫び声が空に響いている。
「アキトさん、こちら大変助かりました」
エンデ少尉が俺に栄養剤が入った瓶を差し出そうとしたので、首を横に振る。
「それは中隊みんなで使ってください」
「よろしいのですか?」
「俺はあと8本持っていますから」
そう言って冷蔵庫から栄養剤の瓶を一本取り出すと白露に投げる。彼女それをキャッチすると蓋を開けて一気に飲み干した。尻尾が6本になる。
その様子を見ていた中隊のみんながゴクリと息を呑むのが分かる。
エンデ少尉たちがここまでノンストップで風纏いを使い続けても、まだ半分は残っている栄養剤を俺の契約者は一気飲みして平然としているのだ。魔力の総量が比べ物にならないことが一目で分かったのだろう。
「レフィーナとオリヴィアも、魔力が無くなったら言ってくれよ?」
「分かったわ」
「……アキトくん、オリヴィアお姉ちゃん、ちょっとどいて」
急にレフィーナが俺たちを押しのけるようにして王都側へ移動する。
「『大地魔法・岩の神殿』」
レフィーナが地面に手を付くと、俺たちが居た場所から王都の城壁までの地面から大量の岩の柱が飛び出す。よく見ると、城壁に空いた穴の奥でもレフィーナの魔法が炸裂しているようだ。
突然の魔法の発動に対して城壁の方で叫び声が上がった。
「避けられた、シラツユ」
「任せよ。『火炎魔法・連式焔玉』!」
複数放たれた白露の火球が岩の柱の間を縫うように移動して城壁内へと入ると、一気に爆裂する。
それを見届けた後でレフィーナは地面を元に戻した。
「レ、レフィーナ殿、今のは?」
「魔力感知が出来る種族がぼくたちに気付いて近寄って来ていたから始末しただけだよ」
「え? ま、待ってください。味方の可能性もあったのでは?」
「ずいぶん長い事こっちの様子を伺っていたみたいだから敵だよ。味方ならボニファーツ達を見た段階で姿をみせるはずでしょ?」
「むぅ……確かにそうかもしれませんが」
俺もさすがに今のは先手を取り過ぎたと思うが、レフィーナの言う通りだとも思える。すると中隊で一番耳の良いワーキャットのロードリック曹長が口を開く。
「中尉、私も何者かが潜んでいることに気付いていました。こちらの隙を伺っているようでしたので、敵で間違いないかと」
「そうか。とにかく、確認してみよう」
全員で城壁内を確認すると、そこには焼けこげた異種族の男たちが数名倒れていた。中には腹に大穴が空いている者もいる。こっちはレフィーナの魔法で貫かれたのだろう。
「辛うじて残っている軍服から見て、ギドメリア軍だな」
ジュスタン少尉が遺体を確認しながら告げる。白露の魔法は彼女が消せば燃え移った炎も消えるので燃え尽きることがなかったのだろう。
一瞬で皮膚と肉を焼かれて死んだようだ。これで3度目の戦場なので死体はそれなりに見てきたが、今回の死体が一番酷いありさまだ。攻撃に特化している火炎魔法の恐ろしさが良く分かる。
「今の魔法で気付かれたようです。数名がこちらへ向かってきています」
ロードリック曹長の報告を聞いて、全員が曹長の向いている方向を警戒する。
「アキト殿、敵か味方か分かりませんが、アキト殿は先にあちらへ向かってください」
ボニファーツ中尉は何者かが向かってくる方向とは逆を指差す。
「王都の中央……ってことは」
「はい。王宮です。絶対に守らねばならないのは、王とその血筋の者たちですから」
「分かりました。オリヴィア」
俺は冷蔵庫から栄養剤を1本取り出して投げ渡す。
「お前は中尉に協力してくれ」
「えっ? で、でも」
「返し切れない恩があるって言ってただろ? ならお前は中尉達のやりたいことを手伝ってやれ」
「……分かったわ」
俺はレフィーナと白露の二人を連れて王都の中央へと駆け出す。
オリヴィアが居れば、きっと中尉達は負けないはずだ。もしも四天王と鉢合わせたとしても、オリヴィアなら俺たちに分かるように魔法で知らせてくれるだろう。
王都内を走ってみて分かったが、各所で火の手が上がりハウランゲル軍とギドメリア軍が戦闘を繰り広げている。
民間人の姿が見えないが、どこかへ避難出来ているのだろうか?
中央にある王宮付近へ辿り着くと、とんでもない数の人たちが殺し合っていた。やはりギドメリア軍の狙いはハウランゲルの王様なようだ。
一見普通の上級種族に見える軍人が平然と上級魔法を放っているところを見るに、本当に敵はパワーアップをしているようだ。
俺たちのように魔力を回復させる何かを飲んだり食べたりしている素振りは無いので、単純に魔力量が上昇したと見た方がいいだろう。
「……ふむ。なるほどのう」
「何か分かったのか?」
少し離れたところに隠れて様子を伺っていると、白露が何かに気付いたように口を開いた。
「いや、本当に奴らは魔力が上昇しているようじゃと思ってな。上級種族のはずが、最上級種族並みの魔力を有しておる」
「最上級か、強いわけだ」
けれど俺たちなら何とかできる強さでもある。問題はその数が多いことだけだ。
「ねえ、アキトくん。あれって……アルラウネだよね?」
「え?」
レフィーナが指差した方向を見ると、出会った頃のレフィーナと同じくらいの大きさのアルラウネがハウランゲル軍と共闘して敵を阻んでいた。
圧倒的に力負けしているハウランゲル軍が持ちこたえているのは、あのアルラウネのおかげなのかもしれない。そう思えるほどに彼女から強い魔力を感じる。
「強いな、あれなら何とか――えっ?」
「――あっ!」
俺とレフィーナが同時に驚きの声を上げた。
誰だか知らないが、あのアルラウネはレフィーナの子供たちにも引けを取らないくらいの魔力を持っていた。にもかかわらず、彼女の強力な魔法が相殺されてしまったのだ。
それも、たった一人の獣人の男の魔法によって。
その獣人の男は恐ろしい速さでアルラウネに詰め寄ると、一撃で殴り飛ばして道を作る。
そのまま他の軍人たちも蹴散らしながら戦場を駆け抜けたかと思うと、跳躍して王宮の窓をぶち破って内部へと侵入してしまった。
あまりにも一瞬の事で、俺たちが助けに入る暇すらもなかった。
「アキトくん……あれは不味いよ」
「ああ、想像以上だ」
「やれやれ、身体能力だけなら酒呑童子に迫る強さじゃ」
白露は敵の強さを見て闘志に火が付いたようで、鋭い目付きで敵が乗り込んでいった王宮を見つめる。
「あれが四天王とかいう奴じゃろう? 獣族の小僧に見えたが、我も本気を出さねば足元をすくわれかねんな」
レフィーナは極級種族並みの魔力を持つ特級種族で、そこから更に契約で魔力が上昇しています。
対してシラツユは元々レフィーナとほとんど同じくらいの魔力を持っていた上に、尻尾を魔力タンクとして使える事に気が付きました。魔力量だけならシラツユがアキトの契約者の中で一番です。




