一章 妖孤の魔眼 三話
「では私は、北上して北の最前線へと向かいます」
俺がハウランゲル行きを宣言すると、ミドリは俺の代わりに北へ向かう事を決めた。
「い、良いのか?」
「もちろんです。そもそも、アキト様よりも私の方が強いですから、アルドミラ軍としては私が援軍に加わる方がありがたいはずです」
「……その通りだけど、ハッキリ言われると癪だな。これでも俺、勇者って呼ばれたりしているんだぞ?」
「噂は聞いていますが、私は勇敢なアキト様なんてほとんど見たことありませんから、勇者と言う肩書きはどうかと思います」
言ってくれるじゃないか。
思い返すと、オルディッシュ島でグレンと戦った後から、ミドリと一緒に戦った経験はほとんどない。
酒呑童子との戦いも、ミドリが来てからはオリヴィアとのコンビネーションで圧倒してくれたので俺の出番は全くなかったし、よく考えたら俺はミドリの中でまだまだ弱いという認識なのではないだろうか?
実際、ミドリより弱いのは確かなので何も言えない。
「アキトくん、ハウランゲルに行くならぼくも一緒に行くよ」
俺がミドリの物言いに少しだけ不快さを感じていると、レフィーナが同行することを主張してくれた。
「レフィーナがハウランゲルに行くのですか? あなたは攻撃するよりも待ち伏せの方が強いので北の国境壁の防衛を担当してもらおうと思っていたのですが……」
ミドリが少しだけ困ったように言う。彼女の中ではレフィーナはアルドミラ組だったようだ。
「ごめんね、ミドリお姉ちゃん。でも、ハウランゲルにはエルシリアたちがいるから」
「エルシリア?」
「サラの住んでいる里の近くにある森のクイーンアルラウネだよ。ぼく、あの森に子供を残しているから、そっちも心配なんだ」
「そうですか……それは仕方ないですね」
「いや、待て待て! さらっと流すなよ!?」
俺は慌ててミドリとレフィーナの会話に割り込む。
「レフィーナ! お前、あの森で子供を作っていたのか?」
「う、うん……エルシリアに援軍を頼んだ時に、見返りとして求められたから」
「見返りだって? ああそうか……お前の子供なら強いもんな」
俺は部屋の端で静かに話を聞いているアルラウネ6姉妹に視線を向ける。
あいつらが一人いるだけで森の守りは随分変わるだろう。
「たぶんあの子は、エルシリアの後を継ぐクイーンになると思うよ」
「そんなに魔力を注いだのか?」
「まあね。でも、さすがにまだ子供だろうから、ギドメリアの四天王とかが攻め込んで来たらやられちゃうと思うんだ」
それで心配になったということか。
「分かった。レフィーナは俺と一緒に行こう。けど、子供の様子を見るよりもハウランゲルを守ることの方が優先だからな?」
「うん。ハウランゲルを守ることは、あの森を守ることに繋がるからそれでいいよ」
あんな辺鄙なところにある森をわざわざ攻めないとは思うが、前回の戦いで危険視されていて大軍で攻め込まれる可能性がないわけでもない。警戒はしておいた方がいいだろう。
「アキトちゃん、お姉さんもハウランゲルへ行きたいわ。ボニファーツ中尉達には返しても返し切れない恩があるもの」
「我もハウランゲルに行ってみたいのう。獣人の国なのじゃろう? 獣族は我の同族じゃ」
「待て待て、いくらミドリが強いって言っても戦力バランス的にそれはまずい!」
俺がミドリへと視線を向けると、ミドリは少しだけ考える間を開けてから答えた。
「シラツユまでとなると少し辛いですが、ロゼが私と同行してくれるなら問題ありません」
「えっ、それはダメだ。ロゼは俺と一緒だぞ」
せっかく結婚できたのに、離れ離れは辛すぎる。
「アキト、すまないが私はミドリと一緒に北へ向かうよ。ハルカが心配だ」
「け、けど」
俺が食い下がろうとすると、ロゼは翼の爪を手に変えて人差し指で俺の口を塞いだ。
「アキトが悩んでいたのはハウランゲルとアルドミラを一人では守り切れないからだろう? なら、アキトが行かない方を私が守るのは当たり前だ。私とアキトは夫婦で、お互いを補い合う存在なのだから」
ロゼの目は真剣そのもので、譲る気は全くないのが一目で分かる。こうなってしまったら、俺が折れるしかないのはこの半年間で経験済みだ。
「……分かったよ。けど無理だけはしないでくれよ?」
「うん。必ずまた会おう」
ロゼは俺の頬に口付けすると、少しだけ身を放してミドリを見る。
「アルドミラ組は私とミドリだけだが大丈夫か? 私はミドリが戦っているところをほとんど見たことが無い。期待してもいいのか?」
「それは挑発ですか? 今の私はグレンに負けた時の私ではありません。間違いなくこの中で一番強いのは私です」
「…………うん。少し気負い過ぎな気もするが、そこは私がカバーしよう。自身を無くした頃の君とは違うところを見せてくれ」
ミドリとロゼはお互いに見つめ合った後で不気味な笑みを浮かべる。すごく怖い。
この二人は戦闘に関しては間違いなく俺の契約者の中でトップクラスだ。一見すると偏ったチーム分けに見えなくも無いが、総戦力としてはそこまでの差はないと思う。
「じゃあ、ハウランゲルには俺とレフィーナ、オリヴィア、白露の四人。北の最前線にはミドリとロゼが援軍に向かう形でいいな?」
「待って、私も行くって言っているでしょ?」
まとめに入ったところで、不満そうな表情のカレンが割って入る。
トウマが慌てて彼女を諫めにかかった。
「カレン、君はまだ言うのか。敵の強さは以前とは違うんだぞ?」
「分かってるよ、そんなこと。でも、ハルカが危ないかもしれないんだよ? トウマはこのまま村でじっとしていられるの?」
「そ、それは……」
トウマが俯いて拳を握り込む。きっとトウマも本当は助けに行きたいのだろう。
俺が何か声をかけてやろうと思ったら、それよりも先にトウマの隣にいたアザミが彼に声をかけた。
「トウマ、カレンが心配ならトウマが守ってやればいい」
「アザミ……でも、ハルカちゃん達が押し返されるような相手なんだよ?」
「相手が多少強くなったとしても問題ない。私だってあの頃よりも強くなった。同じことだ」
アザミの言う通りではある。彼女たちアルラウネは上級種族から最上級種族へと進化した。ということは、昔のレフィーナと同じくらいの力を持っていると言うことだ。
聖と闇以外の上位魔法までならいくらでも対処ができるだろう。
「それに、私が進化したことでトウマも強くなった。気付いているでしょ?」
「それは……うん」
トウマも強くなった?
アザミの言葉に俺やカレンが首を傾げる。
「トウマが強くなったってどういうことだ? 新しい魔法でも編み出したのか?」
「いや、違うんだ。今まで黙っていたけど、アキトが強くなったことに近い現象が俺の身体にも起きていたんだ」
トウマは言いながら左腕の袖をまくって契約紋を見せて来た。俺の契約紋ほどではないが、歪な形の契約紋が彼の左腕に刻まれいる。
トウマの契約紋は三つが縦に並んでおり、上から緑色の小勾玉、金色の中勾玉、緑色の小勾玉という順番だったはずなのだが、現在は中段の金色の中勾玉が球体へと変化し、上下の小勾玉と繋がっていた。
「な、なんだこれ?」
「嘘っ、こんなことになってたの? どうして私も今まで話してくれなかったの?」
カレンが驚きと怒りと心配が混ざり合った声と表情でトウマに尋ねる。
「別に健康に問題はなさそうだったし……無駄に心配させちゃうかと思って秘密にしていたんだ」
「トウマが平気なら良いんだけど、でも、相談くらいして欲しかったな。恋人でしょ? 私たち」
「……ごめん。次からはちゃんと話すよ」
カレンとトウマのやり取りを見ていたロゼが俺に耳打ちする。
「アキトは私に秘密にしていることとかあるか?」
「ないよ。ていうか、俺たちの家は秘密を作れる環境じゃないだろ?」
ロゼは家にいる時は俺にべったりなのだ。風呂にも一緒に入って来るし、トウマのような秘密を俺が抱えていた場合はすぐに気付かれるだろう。
「それで、トウマ。その新しい契約紋は今までと見た目以外の違いがあるのか?」
俺が話を戻すと、トウマが真剣な表情で自分の契約紋について教えてくれた。
「実はマリーちゃんたちの契約者のみんなともこっそり話し合っていたんだけど、契約紋が中勾玉だった人たちは全員同じような変化を起こしていたんだ」
「マリーたちの契約者……そうか。中勾玉で契約出来るのは上級種族までだ。契約者が最上級種族に進化したことで、トウマたちの契約紋も無理やり進化させられたって感じなのか」
俺ほどではないが、彼らも人間の域を超えつつあるのかもしれない。
「たぶん、そういう事だと思う。それと、この契約紋になってから魔力量が増えたんだ。俺の契約紋は三つだけど、たぶん四つ分の魔力があると思う」
「つまり人間の上限まで魔力を使えるハルカと同じか、それは頼もしいな」
「頼もしい? 魔力量は増えたけど、俺はアキトやカレンほど強くはないよ?」
「人間じゃなくなった俺と比べたらそうだろうけど、今のトウマなら十分にハルカの力になってやれると思うぞ?」
俺が後押しをしてやると、カレンが大きく頷きながらトウマの手を取った。
「アキトがこう言ってるんだから、大丈夫だよ。トウマ、ハルカちゃんを助けに行こう?」
「…………分かった。けど、あくまでも俺たちはハルカちゃんのサポートだ。いいな?」
「うん。ありがとう、トウマ」
行く気になった二人を見て、お爺さんがやれやれとため息を吐く。
「村長として――いいや、家族として止めるべきなのだろうけれど、今回ばかりはそうも言っていられない。エメラルドさん、どうか二人のことをよろしくお願いします」
「二人の実力なら大丈夫だとは思いますが、気にはかけておきますよ。最前線に飛び出す等の無茶だけはさせません」
先程まで自信満々だったミドリにしてははぐらかす様な言い方だが、相手はパワーアップしたギドメリア軍と四天王だからな。ミドリの力を持ってしても、確実に勝つとは言えないのだろう。そのような状況下ではトウマとカレンの安全までは保障できないということだ。
実際、手紙には書いていないが、四天王までもがパワーアップしているのなら手に負える様な相手ではなくなってしまう。
闇属性の最上位魔法を連発でもされようものなら、ミドリですら負ける可能性があるからな。
これで全員の行き先が決まったと思ったところで、部屋の端で話を聞いていた子供組が意を決した表情で俺の元へと近付いて来た。
子供組のリーダー的存在であるヘルガが口を開く。
「兄上、妾たちにも戦わせてくれないだろうか?」
「……ヘルガやマリーたちなら絶対にそう言い出すと思ったから、この場に呼んだんだ」
後から俺たちが戦いに赴くことを知れば、きっと自分たちも連れていけと騒ぎ出すことは分かっていた。それならば先に事情を説明したうえで、彼女たちの役割も俺が決めてしまえば良いのだ。
「さっきミドリも言っていたが、アルラウネは自分から攻め込むよりも、攻めてくる相手を迎え撃つ方が強い。だからお前たちには王都の守りを任せたい。ヘルガはチームのリーダーを頼む。集団戦の指揮を執るのはクイーンであるお前が適任だ」
俺がしっかりと役割を考えてくれていたことが予想外だったのか、子供たちは驚きと喜びに満ちた顔を見合わせる。
そして、自信満々で返事をした。
「任せてくれ、兄上。王都に攻め入る敵は我とキラービー、そしてマリーたちアルラウネが返り討ちにしてみせよう」
「おう、頼んだぞ。スージーもそれで大丈夫か? みんなに合わせて無理しなくてもいいんだぞ?」
人一倍臆病なスージーが自ら戦場に行きたがるとは思えない。マリーたちに合わせて嫌々参加を希望しているのなら、ここで止めておきたかったのだが、彼女は俺の予想に反して首を横に振った。
「戦いは怖いけど、王都を守れなかったら次に攻められるのはミルド村だし……わたしも頑張ってみます。この力は村の人たちを――この国の人たちを守るためにある力だと思うから」
「そうか。なら、頼む。ありがとう」
俺はスージーの肩に手を置いて感謝の言葉を告げる。
ミドリとロゼがいるので大丈夫だとは思うが、これで万が一敗走を繰り返して王都まで攻め込まれても、敵の侵攻は王都で止まるだろう。
いくらなんでもハルカたちとカレンとトウマ、ミドリとロゼにヘルガやマリーたちまでいて負けるとは思えない。
「王都の守りか。確かにそれは重要じゃのう。八重菊、お前はヘルガの下についてサポートしてやれ」
白露が膝の上にいた八重菊に命令すると、八重菊は素早く移動してヘルガの隣へと移動した。
「……良いのか?」
「うむ。我の後輩じゃ。何かと便利な術を持っておるからこき使ってやってくれ」
「分かった。妾たちが戦わないといけない場面が来たら力を借りる」
八重菊のポジションまで決まり、これで本当に全員の行き先が決まった。
俺、レフィーナ、オリヴィア、白露はハウランゲル。
ミドリ、ロゼ、カレン、リコリス、トウマ、アザミ、ウェイン、ジェラードは北の最前線。
ヘルガ、キラービーたち、マリー、ユーリ、スージー、パール、八重菊は王都。
こうしてみるとかなりバランスが良い編成だと思う。
後は四天王がどこにいるかだな。二人以上が同じ場所に固まっている場合はかなり手を焼くことになる。
「みんな、とにかく無理だけはするなよ。俺たちに求められているのは突出した戦闘力で戦場のバランスを壊すことだ。間違っても最前線で身を犠牲にして戦い続けるようなことはしないでくれ。いくら個々の強さで勝っていても、包囲されて袋叩きにされたら意味が無いからな」
俺の願いにみんなが頷くのを確認した後で、俺は緊急会議の終了を宣言する。
そして各々が自分の目的地へと出発するための準備に取り掛かるのだった。
アキトの契約者たちの強さは条件によってかなり変化します。
空中戦はロゼ、地上戦ならレフィーナ、水中戦ならオリヴィアが飛びぬけて強いです。
平均的に強いのはミドリで、相手に合わせて柔軟に立ち回るのが上手いのはシラツユです。




