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一章 妖孤の魔眼 二話

 ロゼとの空中デートやノーベ村温泉旅行はとても良い思い出になった。

 何だかんだ会えていなかったリックとカミラの子供に会えたのもよかった。ついでとばかりに、俺は初めてリズさんの子供にも会わせて貰えた。

 リズさんが今まで俺に自分の子供を会わせなかった理由は、彼女の子供がとても可愛らしいハーピーだったからだ。

 まだまだ子供なので俺が手を出すわけがないのだが、俺のハーピー好きを知っていたので紹介し辛かったとのことだ。

 こうして楽しい旅行を終えて、ロゼは年齢の事はすっかり忘れたのか上機嫌に戻ったのだが、ミルド村に帰ってからしばらくはミドリが不機嫌になっていた。俺が出かけていた間、彼女はしっかりと仕事をして畑を作ってくれていたからだ。

 そんなミドリの不機嫌も時間と共に治まって来て平穏な日常を送っていると、俺の畑に数名の軍人が訪れた。

 ミルド村に配属されている軍人もいるが、半数は知らない顔だ。

 俺とミドリは作業を中断して軍人たちの方へと近付く。


「何の用ですか?」


 俺が尋ねると、知らぬ顔の軍人たちは一斉に敬礼した。中央にいた20代半ばほどの軍人が口を開く。


「お久しぶりです。アキトさん」

「えっ? ど、どこかで会いましたっけ?」

「ここから西にあるウェルザーク門で一度お会いしました。自分は小隊長のローランド少尉です」

「ああ、ウェルザーク門で……」


 サラを連れて行った時か、帰って来た時かは分からないが一度会っているようだ。申し訳ないが全く覚えていない。


「それでローランド少尉は何の用でわざわざミルド村に?」

「こちらをハウランゲル軍から預かっています。必ずアキトさんに手渡して欲しいとのことです」

「これは……手紙?」


 それはシンプルながらも高級そうな紙と模様があしらわれた封筒だった。映画でしか見たことが無い蝋のスタンプが押されている。

 横から俺が受け取った封筒を一瞥したミドリが疑問を口にする。


「この時代に手紙ですか? しかも、未開封。アルドミラ軍は検閲していないのですか?」

「書かれている内容はこちらでも予想が付いていますから。ただ、一応アキトさんの後で内容を確認するように上官に命令されています」


 この場で読んで手紙を渡せという事か。

 俺は封を開けると、中の手紙に目を通した。そこには、俺の予想よりも酷い内容が書いてあった。

 俺を自国の勇者として迎え入れようと勧誘してくる軍が送って来た手紙だ。どうせ次の作戦に協力してくれとかだろうと思っていたのだが、この手紙に書いてあった内容はもっと知りたくもない情報が混ぜられたものだった。

 俺は手紙をローランド少尉に渡す。

 彼は手紙を読むと眉一つ動かさずに俺に手紙を返して来た。予想通りだったということだろう。最悪だ。


「……事実なんですね?」

「はい。ウェルザーク門からも北部へ援軍を送る予定ですので、私たちはこれで失礼します」


 俺は踵を返して帰ろうとしたローランド少尉を呼び止める。


「待ってください。俺に……その……拒否権とかは?」

「もちろんありますよ。勇者と呼ばれているだけで、あなたは民間人だ。義勇軍として戦争に参加するかどうかはあなたの自由です。ただ本音を言えば、今回ばかりはハウランゲルでなく、アルドミラのために戦って欲しいところですね。悔しいですが、あなたは我々よりもずっと強い。それはあなた自身が一番良く分かっているのではないですか?」


 俺はローランド少尉の言葉に何も返事をすることが出来なかった。

 少尉とその部下たちはミルド村の軍人たちに送られる形で帰っていく。

 残された俺は、手元にあった手紙を強く握りしめるのだった。




 俺はそれからすぐに契約者全員と、お爺さん、カレン、トウマ、ヘルガをミドリの家へと集めた。

 俺がこのメンバーを呼び出したことで、全員ただ事ではないのだと察したようだ。顔付きがいつもとはまるで違う。真剣そのものだ。


「ついさっき、俺の元にハウランゲル軍から手紙が届いた。その内容を教えるから、みんなの意見を聞かせてくれ」


 昔ならカレンやトウマ辺りが動揺を見せたのかもしれないが、ハルカと共に戦場を駆け抜けた経験を持つ二人は俺の想像よりも落ち着いており、静かに頷いた。

 代わりにお爺さんが口を開く。


「私も呼ばれたということは、アキトだけの問題ではないほどに大きな事が起きるんだね?」

「はい。落ち着いて聞いてください」


 お爺さんが頷く。他のみんなもただ静かに俺の次の言葉を待ってくれている。


「手紙にはギドメリアへ攻め込んでいたアルドミラ、ハウランゲル両軍が押し返されていると書いてあった。四天王はもちろんだが、ギドメリア軍の兵全てが強力な魔法を使うようになったそうだ」

「強力って、具体的にはどの程度なのかしら?」


 オリヴィアの質問に、俺は彼女が使える魔法で例えるようにして返す。


「上位魔法……つまり水刃斬を連発してくる程度らしい」

「上級種族でそんなことしたらすぐに魔力が底をつくわよ?」

「それがそんな素振りはないんだとよ。ハルカたちのような突出した戦力を持っていないハウランゲル軍は特に劣勢らしい」

「それが本当なのだとしたらそうでしょうね……」


 ハウランゲル軍がわざわざ俺宛に送ってきた手紙で嘘を書くとも思えない。

 もし嘘をついて大袈裟に説明することで俺を呼び出しても、実際に戦ってみれば嘘は簡単に分かる。

 俺の信頼を失うようなことをあの軍人たちがするとは思えないのだ。


「ふむ。考えられる可能性としては、敵の軍人たちが人間の契約者を得たとかではないじゃろうか?」

「それはあり得ません」


 白露の言葉をミドリが即座に否定する。


「ギドメリアの人々は人間を見下し、自分たちと同列の種族だと認めていません。契約とは簒奪者である人間が使う悪しき術だと幼少期から教えられているはずです」

「聞けば聞くほど恐ろしい考え方じゃな。一体どれだけの年月をそうした歪んだ思想で生きているのじゃか……」


 白露が目を伏せて嘆く。

 人間であるお爺さん、カレン、トウマの3人はもちろんだが、ここにいる全員が不快そうな表情を見せた。


「何がギドメリア軍を強くしたのかは、今は可能性の話しか出来ないから置いておこう。それよりも問題なのは、敵が前線を押し返して国境付近まで押し寄せているということだ」


 去年のハウランゲルでの戦い以降は、アルドミラとハウランゲルの連合軍の方が優勢で北部の前線を押し上げていたのだが、敵の急激なパワーアップによって一気に押し戻されたらしい。

 先日まではニュースで優勢だとやっていただけに衝撃が大きい。何より怖いのは現在前線にはハルカがいるということなのだ。

 ハルカは雪解けの季節に一度ミルド村に遊びに来たのだが、その時に次は北部の最前線でハウランゲル軍と協力してギドメリアへ進軍すると言っていた。

 つまり今のギドメリア軍は、ハルカやその契約者たちの力を持ってしても抑えきれないということなのだ。


「ねえ、アキト。ハルカって、最前線に行くって言ってたよね?」

「ああ。あいつの事だから生きているとは思うが……」


 カレンは悩むように視線をさまよわせた後で、トウマへと視線を向けた。


「トウマ、私はハルカを助けに行きたい」

「え? ま、待ってくれカレン。アキトの話を聞いていただろう? 以前戦ったギドメリア軍よりもずっと強いんだ。あのハルカちゃんが撤退しないといけなくなるような相手なんだよ?」

「でも、私の魔法はきっとハルカの役に立てると思うの。それに、アキトはたぶんハウランゲルに行くんでしょ? なら、アルドミラへの援軍は私たちが行くべきよ」


 トウマが困ったように俺へと視線を向けた。


「……この手紙は俺にハウランゲルの援軍に来て欲しいと書いてある。けど、俺の国はアルドミラだ。この手紙を持ってきたアルドミラの軍人にも、アルドミラのために戦って欲しいと言われたよ」

「なら、アキトはハルカちゃんを助けに行くのかい?」

「いや……正直に言うと迷っている。ハルカの事は俺だって心配だ。けど、戦力的に考えたら、ハルカたちがいないハウランゲルの方がもっと苦しいはずだ」


 この国は広い。たぶんだが、アルドミラとハウランゲルは日本よりもずっと大きいのではないだろうか?

 そんな広大な国土を一瞬で移動できるような便利な魔法を俺は持っていない。

 一度に助けられるのはどちらかだけ。いや、一つの戦場だけだ。


「アキト様、変わられましたね」

「何だよ、急に?」

「昔のアキト様なら、助けに行かないという選択肢を平然と選んだのではありませんか?」

「それは……確かにそうかもしれない。けど、俺は間違いなく戦局を左右するレベルの力を持っている。これは傲慢とかではなく事実なんだ」

「ミルド村でロゼと平和に暮らすというアキト様の目的とは矛盾しますよ?」

「しないさ。平和に暮らすために戦うんだから」


 ミドリは少しだけ嬉しそうに口角を上げる。


「では、戦力を分散しましょうか」

「分散?」

「はい。まさかアキト様だけが戦場に行くわけでは無いでしょう? 私たち契約者の事を計算に入れていないのですか?」


 入れていないわけでは無い。ただ、これは俺が選んだ戦いだ。無理やり巻き込む気は一切なかった。


「恐らく、この場にいる全員の実力を正確に把握しているのは私くらいでしょう。アキト様はアルドミラとハウランゲル、好きな方を選んでください。残りの人選は私が決めます」

「ま、待ってくれ。みんなは良いのか? ミルド村に残っても良いんだぞ?」

「アキト様。あなたの契約者の中で、アキト様にだけ戦わせて自分は安全な村で生活できる者などいませんよ」


 レフィーナ、オリヴィア、白露、ロゼの四人は真剣な顔で頷いた。

 全員、二つの国のために俺と一緒に戦う覚悟を決めてくれたようだ。


「……分かったよ。なら俺は――」


 好きな方と言われると、逆に決めるのが難しい。俺はどっちの国も好きなのだ。

 だから最後は本当に直感で決めることになった。

 以前の俺は、ハルカやロゼたちが助けに来てくれなければハウランゲルを守ることは出来なかった。

 今度こそ、ハウランゲルを守る助けとなりたい。


「――ハウランゲルに向かう」

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