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外伝 アキトの結婚した日 四話

前半がハルカ視点、後半がロゼ視点です。

 アキトの結婚式を見届けた後、あたしは披露宴、二次会とアキトの知り合いたちに挨拶して回った。

 お爺ちゃん――ヴィクトール元帥にそうしなさいと言われたからだ。

 この国の勇者として、もう一人の勇者の仲間たちを良く知っておけとのことだ。やっぱりお爺ちゃんもアキトの事を勇者だと認めているらしい。

 彼の戦績から考えれば当たり前だ。

 世間にはさもあたしの手柄のように報道されているが、去年の夏にドレン要塞都市を取り戻した最大の功労者はアキトとオリヴィアだし、ハウランゲル内へ侵入したギドメリア四天王のアレクサンダーを発見したのもアキトだ。

 さらには、アキトはあのアレクサンダーと一騎打ちをして生き残っていた。あたしは戦場で何度かあのドラゴンと対峙したことがあるが、どれも仲間たちの協力を得てギリギリ追い返すのがやっとというところなのだ。それも毎度、仲間に大きな犠牲を出してしまっている。

 それをたった一人で抑え込み、被害を最小限に抑えたというのはあたしからしたら考えられない功績だ。

 彼は被害を出してしまったことを悔やんでいたようだが、あたしが同じ立場だったならもっと多くの犠牲を出していたに違いない。


「ハルカちゃん、怖い顔になってるよ?」


 私の顔色を見て心配するようにアルベールが声をかけて来た。

 いけない、いけない。勇者であるこのあたしがそんな弱気でどうするのだ。もっと自信満々でいなければ、いざという時に恐怖で身体が動かなくなってしまう。


「うるさいわね。さっきのシラツユって獣人といい、アキトの契約者は美人揃いで苛立つのよ」

「ハルカちゃん……やっぱりまだアキトさんのこと」

「それ以上言ったらぶん殴るわよ」

「ごめん」


 産まれて初めて好きになった男だもの。そう簡単には気持ちを切り替えたりなんて出来ないわ。

 だからこそ、この結婚式にだけは出席したかったのだ。あいつがロゼと結婚する姿を見て、諦めるきっかけが欲しかった。

 ロゼはアキト以上に一緒に過ごして、一緒に戦った経験を持つ親友だ。彼女があたし以上にアキトを好きな事は知っていたし、結婚出来て良かったと心から思っている。

 まあ、予想よりも結婚が速くて面食らいはしたけれどね。


「ハルカさん、そう気を落とさないでください。いつかもっと素晴らしい男性に出会う日が来ますよ」

「そうだぞ。人生は長いんだ」


 人間よりも遥かに寿命の長いエルフとドワーフが何か言っているが、返事をする気にもならない。

 あんたたちの感覚で出会いを待っていたら、それこそすぐにお婆ちゃんになっちゃうわよ。


「はぁ、長命種族はこれだから嫌だよな。ハルっち」


 本来はあたしよりも更に寿命の短い種族であるオーラがため息を吐く。あたしとの契約で寿命が延びたとはいえ、フェアリーであるオーラはそろそろ恋人を作らないと焦り始める時期なのではないだろうか。

 フェアリーで11歳といえば、人間でいうところの30歳近いはずだ。


「あんた、彼女とかいないの?」

「うっ、ずっとハルっちと一緒に戦っていたのに、彼女を作る時間なんてあったと思う?」

「そうよね。ごめん。あたしも彼氏なんて作る暇も無ければ、探す暇もないものね」


 何にせよ、まずはこの戦争を終わらせなくては、おちおち恋人も出来やしない。


「でもハルカちゃん、探しに行かなくても……近くに良い人はいるかもしれないよ?」

「はあ? 何言ってるのよ、アルベール。そんな受け身じゃいつまでたっても彼氏なんて出来ないわよ。あんたもあたしと同じで彼氏いないんだから、頑張りなさい」

「いや……わたしは別に……」


 アルベールが微妙そうな顔をしたのを見て、あたしは思い出した。そういえば、この子は女でもあり男でもある子だった。


「そうか、あんたの場合は彼氏じゃなくて彼女でもいいわけか。この際聞くけど、どっちがいいの?」

「えっ? あの、えっと…………お、女の子がいいなぁ……ハルカちゃんみたいな」


 これは意外な答えが返ってきた。こんなに可愛い見た目で、アルベールは彼女が欲しいようだ。どちらかというと、メンタルは男よりなのだろうか。それにしては仕草は女性的なのが気になる。


「ふうん、意外ね。ま、応援してるから、頑張りなさい」

「……う、うん」


 アルベールは複雑そうな表情で頷く。いつも恋愛話になると途端に歯切れが悪くなるのは何故だろう。恥ずかしいのだろうか?


「じゃあ、オーラ、アルベール。あたしたちの中で誰が最初に恋人を作るか競争しない?」

「ええ? フェアリーって森の奥にしか住んでいないんだよ? 僕が一番不利じゃないか!」

「そこは頑張りなさいよ。あたしだって、勇者って肩書きがあるせいで中々男が寄って来なくて大変なのよ?」

「わ、分かったよ。じゃあ、競争だね。次の休みは近くの森に同族探しに出かけることにするよ」

「いいわね~、その意気よ!」


 こうして、あたしとオーラとアルベールは不毛な競争を始めるのだった。

 別に誰が勝っても良いのだ。重要なのは今を楽しく生きる事。あたしたちは軍人で、いつ誰が死ぬかなんて分からないのだから。

 三人のやり取りを見守っていた長命種族のおっさん二人が、小さく呟いたのが微かに聞こえた。


「ヤマシロでは『灯台下暗し』と言うそうですよ」

「まあ、俺たちが口出しすることじゃない。せいぜい見守ろう」

「そうですね」




 アキトとの結婚式と披露宴が無事に終わり、続く二次会も日暮れと共にお開きとなった。

 三次会と称して村の居酒屋へ飲みに行く者たちもいるようだが、私とアキトが計画していたのは二次会までなので、二人で一緒に自宅へと帰ることになった。

 本当は片付けを手伝おうと思っていたのだが、リズやカレンに主役にそんなことはさせられないと追い払われてしまったのだ。

 私とアキトは、自宅の屋上にあるバルコニーに椅子とテーブルを出すと、ミルド村産のワインを開けて乾杯した。


「うん、美味しいな。これがアルラウネと協力して作ったブドウから作ったワインか」

「俺が帰って来るより前からここに住んでいたんだろ? それまでの間に飲んでいなかったのか?」

「初めてはアキトと一緒に飲みたいと思ったから」

「そ、そうか」


 アキトは照れるように視線を外して夜空を見上げる。

 彼のこういう女性に慣れていない少年のようなところはとても魅力的だと思う。

 あれだけの美人に囲まれていたというのに、どうやったらこんな初心なままでいられるのか不思議でならない。


「そうだ、アキト。一つ聞きたいのだが、アキトはこの手がある私と、無い私ではどちらが好きだ?」


 結婚指輪が嵌められた左手を眺めながら尋ねると、アキトは真剣な顔で悩み始めた。

 悩むという事は、やはりアキトは手の無いハーピーの方が好きなのだろう。ただ、それだと左手に結婚指輪を嵌めることが出来ない。


「ちなみに私はどちらでも良いと思っている。結婚指輪は婚約指輪と同じようにこれに通しても良いからな」


 私は首から下げているネックレスに通されている婚約指輪を持ち上げてみせる。これは、アキトと結婚を前提に付き合うことになった日の夜に、彼から送られたものだ。

 私はその時の事を今でも鮮明に思い出せる。あの日の夜も、こうしてこの場所で二人並んで夜空を眺めていた。




「良い眺めだろう? ここに住み始めた最初の夜にここから夜空を眺めて、いつかアキトと一緒に見たいと思っていたんだ」

「ああ……他の家よりも高い位置にあるから、村の灯りが気にならない。村の外じゃなく、こんな中心部でここまでの星が見られるとは思わなかったよ」

「狙って作ったのではなかったのか?」

「いや、屋上に出入り口があった方が空を飛べるロゼには便利だろうと思って作っただけだ」

「そうだったのか」


 私のために作ったとアキトの口から聞いて嬉しくなり、私は彼の腕に翼を絡め、肩に頭を寄せる。それだけで彼の身体がびくりと硬直したのが分かった。

 嬉しい反応だ。私を女として意識してくれている証拠だからな。


「ロ、ロゼには先手を取られてばかりだ」

「ふふっ、いいじゃないか。どっちが先でも、何なら今からもう一度私に告白してくれても良いぞ?」


 半ば冗談のつもりだったのだが、アキトはその言葉に乗って来た。


「…………そうだな。そうさせてもらってもいいか?」

「えっ?」


 アキトは腕に抱き着いている私をそっとどけると、肩を掴んで自分と向き合わせてくる。彼の表情は真剣そのもので、それが本当に私に告白しようとしている顔だと分かった。

 もう既に恋人同士なのでただの茶番でしかないのだが、彼の真剣な表情を見ているとこちらまで緊張してしまう。


「ロゼ、俺と結婚を前提に、付き合って欲しい」

「……う、うん」


 小さく頷く。

 私がアキトに告白した時もそうだったが、上手い返しの言葉が見つからず、とても簡素な返事になってしまった。

 しかし、アキトは満足したようで、にっこりと笑って小さな箱を私に見せてくれた。


「こ、これは?」

「開ければ分かる」


 私はアキトから箱を受け取って中を確認する。そこには緑色の宝石が嵌った指輪が入っていた。


「風の魔石を使った指輪だ。ロゼにはピッタリだろ?」

「…………もしかして、こ、婚約……指輪か?」

「えっ? あ~、そうだな。結婚を前提に付き合うわけだし、そうなるかな?」


 風の魔石を使った指輪など、産まれて初めて見た。

 今の時代、魔石鉱で発掘される魔石は国に管理されていて、魔力を溜め込めるタイプは認証魔石へと作り変えられてしまうから、普通の指輪として出回ることはほとんどないはずだ。

 これは相当な年代物。おそらくは、親から子へと受け継がれて来たような指輪だろう。


「ありがとう。嬉しいよ」


 私はすぐに風の魔石に自分の魔力を流し、私の魔力で染め上げる。

 緑色の輝きが、一層増した気がした。




 あの日から、私はこの指輪をネックレスに通して肌身離さず身に着けている。

 アキトはしばらくの間、小さく唸りながら考えていたが、何かを覚悟したように私と視線を合わせた。


「先に謝って置く。ごめん」


 これは次の言葉が簡単に予想出来てしまうな。


「俺はやっぱり、普通の翼の方が好きだ」


 やっぱりだ。アキトの好みが分かりやすくて助かるよ。


「あっ、でも、二人の結婚の証として、左手の薬指に指輪を付けていたいっていうなら、俺はそれを尊重して――」

「アキト、そういう取り繕いは止めろ。言っただろう? 私はどちらでも良いんだ。むしろ、アキトが好きな私でいたい。だからこの指輪は首からかけることにする」


 私は指輪を外すと、テーブルの上に置く。


「アキトが着けてくれ」

「わ、分かった」


 アキトは椅子から立ち上がってこちら側へ来ると、テーブルの指輪と取ってから私の後ろに回り込んだ。

 私はネックレスを外しやすいように髪の毛を持ち上げる。するとアキトがネックレスの留め金を外し、そこに指輪を通してから再び着け直してくれた。

 シルバーのネックレスに二つの指輪が通り、私の胸元を彩った。


「うん、悪くない」


 私は手を消すと、くるりと反転してアキトに見てもらう。


「どうだ?」

「えっと……き、綺麗だよ」

「ふっ、照れ過ぎだ。こちらまで恥ずかしくなってしまうじゃないか」

「ごめん……」


 私は照れて目を反らしたアキトの真っ赤な頬に口付けする。


「ありがとう、アキト。大好きだ」

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