外伝 アキトの結婚した日 二話
前半がオリヴィア視点、後半がシラツユ視点です。
アキトちゃんの結婚式を見て、私は涙を流していた。
しっかりと私との約束を守ってロゼちゃんと結婚して、幸せそうな姿を見せてくれたことが嬉しくて、同時に手の届かない所に行ってしまった事が悲しくて、私は相反する二つの感情の涙を流した。
異形のラミアとして産まれ、自分の身体を恥じて生きていた私に、アキトちゃんはメリュジーヌという種族名を与え、胸を張って生きろと言ってくれた。
今ではこの竜の翼を、自信をもってみんなに見せることが出来る。アキトちゃんが綺麗だと言って祝福に選んでくれたこの翼は私の自慢だ。
こんなもの無ければいいと思っていた物が今では自慢なのだから、この一年で私は随分変わったと思う。特級種族へと進化し、姿が変わった今でもこの翼だけは同じものだったのが嬉しかった。
アキトちゃんが私の新しい種族名に原初の竜の名前を付けた時、心底驚いた。今の私の本当の姿は彼には見られていないはずだったから。
どんなに異形だろうと、シラツユちゃんの分類では私は竜族だ。そして竜族の特級種族になったということは、私もドラゴンになったということだ。
アキトちゃんがロゼちゃんと契約した瞬間に、大量の魔力が身体に流れ込んで肉体が作り変えられたのが分かった。その時は姿こそ昔のままだったが、私の本来の姿が大きく変化したことは試して見なくても分かった。
夜中にミルド村を抜け出して誰もいない所で一度だけ試したのだが、あの姿を見たらアキトちゃんは何というだろうか?
彼の事だから、喜んでくれるとは思う。けれど、やっぱり見せるのが怖くて今の今まで誰にも見せていない。
私がアキトちゃんから貰った人間の足という祝福は、今は常時竜人化という別の祝福へと変化している。
やろうと思えばミドリちゃんのように翼をしまう事も出来るのだが、これだけは絶対に消すつもりはない。私の自慢であり、アキトちゃんとの絆の証だから。
「よう、オリヴィア。いつになく真面目な顔しているけど、どうしたんだ?」
二次会の席でアキトちゃんとの思い出に浸っていると、私のもとにワーウルフの軍人が近寄ってくる。
ハウランゲルで一緒に戦った中隊の小隊長であるジュスタン少尉だ。その後ろには中隊のみんなが勢ぞろいしていた。
「アキトちゃんと出会ってからの事を思い出していたのよ」
「そうか……俺たちは邪魔になるか?」
「いいえ。話し相手が欲しかったところよ」
「なら、遠慮なく」
少尉を含む中隊のみんなは、近くにあった椅子を持って来て私の周りに集まる。
中隊のみんな――特にボニファーツ中尉とジュスタン少尉には頭が上がらない。私よりはずっと年下だけれど、アキトちゃんの目を覚まさせてくれた。彼の本当の気持ちを引き出してくれたこと、感謝してもしきれない。
「アキト殿との出会いを思い出していたとのことですが、オリヴィア殿はいつ頃からアキト殿と一緒に居るのですか?」
ボニファーツ中尉が疑問を口にする。そういえば、特にその辺りの話はしていなかった。
「去年の夏よ。私はヤマシロからこの国に来て、ハーピーの村へ向かう途中のアキトちゃんに出会ったの」
「意外だな。もっと昔からの付き合いかと思ったが」
「そうですね。少なくとも、エメラルド殿と同じくらい昔から一緒にいるのかと思っていました」
「そうだったら、とっくの昔にアキトちゃんと結婚しているわ」
私の一言で、大人の男性二人は押し黙った。
しまった。つい本音が出てしまったが、リネルの里での出来事を知っている二人からしてみれば、自分が失言をしたように感じたに違いない。
二人の代わりに、凛とした佇まいのケンタウロスの女性であるエンデ少尉が口を開く。
「一年でアキトさんとそこまでの絆を築いていたのは驚きですわね。信頼関係は時間では測れないということでしょうか」
「そうね。だからこそ、辛いものもあるわ」
「ですがそれが分かればチャンスもありますわ。あなたはとても長生きの種族。きっと同じように魅力的な男性に出会える日が来るはず。その時は、今回の反省を生かして猛アタックをすればいいのですわ」
「前向きなのね」
ケンタウロスの気質かとも思ったが、エンデ少尉の生い立ちのせいでもありそうだ。
走るという事に関して誰にも負けたくないというケンタウロスのプライドが、車が普及し始めた現代においても前向きに生きていく原動力になっているのだと思う。
「オリヴィアさん、後ろ向きに生きていて今まで良いことなどありました? どんなに辛い事、後悔するような事があっても、時間は進み続けます。だから私は誰に敗れようとも走り続けてきました。あなたは私よりも強い心を持った女性だとお見受けします。こんなところで俯いている姿は似合いませんわ」
厳しいが、エンデ少尉の言う通りだ。
自分の身体を恥じて隠しながらも、世界を渡り歩いていたのはどうして?
同族もおらず、友人もすぐに離れて行ってしまうのなら、いっそのこと人気の無い山奥にでも籠って暮らしても良かったのだ。それなのに世界中を旅して回ったのは、どこかに自分を理解してくれる人がいるかもしれないという前向きな考えからだ。
私はいつだって、小さな希望を頼りに旅をしていた。そしてこんな私を受け入れてくれる場所を見つけた。
それが、アキトちゃんが作ったこの村と、ヤマシロのイズモだ。
この二つを行き来して暮らしていれば、きっといつかはアキトちゃんのような素敵な男性に出会える日が来るだろう。
「エンデ少尉の言う通りね。ありがとう」
「礼には及びませんわ。わたくしは、わたくしの思ったことを言っただけですから」
私も突き進もう。エンデ少尉のように、己の信じた道をひたすらに。
「何だかやる気が出て来たわ。とりあえず、好みのタイプの男の子をチェックしないと」
「良いですわね。ちなみにオリヴィアさんはどのような殿方が好みですの?」
「そうねぇ……この隊なら、ヴェラ伍長かしら」
私はコボルトのヴェラ伍長へと視線を向ける。コボルトは小柄で、大人でもかなり幼い顔立ちをしているのだ。
私の視線に怯えるように、ヴェラ伍長は近くにいたカミーユ一等兵を盾にするように身を隠す。
「おい、ヴェラ。オリヴィアに好みって言われるのがそんなに嫌なのか?」
「う~ん、ちょっとお姉さんのプライドも傷付いたわ」
「す、すみません。僕はハウランゲルに恋人がいますので」
「あら残念。でも、そもそもヴェラ伍長はコボルトだから私の性対象には入らないのよね」
「そりゃそうだな。オリヴィアが結婚できる相手となると……」
ジュスタン少尉が考えている仕草を取ると、ボニファーツ中尉が即座に答えた。
「人魚、竜人、ドラゴン、人間の男性ですね」
「確か、元がラミアだったな。となるとその四種族になるのか。この村で暮らすなら、やっぱり狙うは人間の男だろうな。ヴェラみたいなちっこいのが好みなのか? アキトとはずいぶん違うな」
アキトちゃんは確かに少年って見た目ではないけれど、そういうものを差し引いても好きなのだ。でもやっぱり、少年時代のアキトちゃんを想像すると興奮する。私は生粋の少年好きのようだ。
「うん。やっぱり、最初はアキトちゃんの息子を狙う事にするわ」
言うまでもないことだが、私の発言に中隊のみんなは引き気味に笑うのだった。
主殿の結婚式を八重菊と共に見届け、我は自分の事のように喜びを感じていた。
やはり、結婚とは良いものじゃ。
ロゼは話に聞いていた以上に良い女性だと分かったし、主殿にはピッタリじゃと思う。続く披露宴ではウェディングケーキというものを見たが、心底驚いた。あんな大きな菓子を見たのは生まれて初めてじゃったからのう。西の国の結婚というのは見ていて面白い。
二次会では主殿の知り合いと少しばかり交流した。
この国の勇者だと自慢げに自己紹介してきた小娘にはどこか眩耀の面影があったのじゃが、言うと調子に乗りそうな雰囲気があったので秘密にした。あの娘は調子に乗らせるよりも、足元を払ってやった方が面白いタイプじゃ。
隣にいた契約者たちは侮れぬ者が多かったな。エルフとドワーフは言わずもがなじゃが、フェアリーと天使もかなりの素質を感じた。伊達に勇者を名乗っているわけではなさそうだと契約者を見れば分かる。
そういえば、我にも嬉しいことが起こった。
ヴィクトール元帥という男が、我に赤色の認証魔石をくれたのじゃ。主殿の新しい契約者なら当然じゃと言っておった。おそらくは打算から来たものじゃろうが、そんなもの我の知った事ではない。
主殿に対してポイント稼ぎがしたいなら好きなだけするがいい。主殿はああ見えて決めたことは貫き通す男じゃ。ポイント稼ぎなどしようがしまいが、どっちにしろこの国が危機に瀕した時には立ち上がるに決まっておる。であれば、我は主殿の契約者として思う存分恩恵にあずかろうと思ったのじゃ。
外部の者とは一通り顔を合わせたかと思って空いている席に座っていると、我の所に見慣れぬ夫婦と娘が近付いて来た。
男のがっしりとした身体付きから、教会造りを手伝った大工か何かだろうと思っておったら、林業をしている者だという。つまり、レフィーナの関係者ということじゃな。
「我は白露、こっちは八重菊じゃ」
「俺はレオ。妻のアクアと娘のラピスだ。嬢ちゃんもアキトの兄ちゃんの契約者なんだろう?」
「ふむ。良く分かったのう」
「さっきヴィクトール元帥から赤色の魔石を受け取っているところを見たからな。元帥がわざわざ赤色の魔石を手渡すほどの相手となると、アキトの兄ちゃんの契約者以外に考えられん」
「主殿は随分と高い評価を受けているようじゃな」
「このミルド村や王都の生活を激変させた上、北部の戦争でも勇者ハルカを助けて大活躍だったらしいからな。小耳に挟んだが、ハウランゲルでは英雄扱いらしい」
「まあ、主殿の強さを考えれば納得のいく評価じゃ」
正直に言うと、あのハルカとかいう小娘よりも主殿の方がよっぽど強いじゃろう。紅蓮との戦いを見た後だと余計にそう思うのかもしれん。
「あの兄ちゃんがまさかここまでの大物になるなんて、一年前は思いもしなかったな」
「一年前?」
主殿の話によれば、主殿が今の主殿になったのが一年と少し前らしいが、こやつはこちらに来たばかりの主殿を知っているということか。
「おう。エメラルドの嬢ちゃんと二人でアルラウネの森に行くって話をしていたから、俺が危ないから止めておけって止めたんだよ」
「まあ、普通の人間はそう言うじゃろうな。植物族と虫族は縄張り意識がとても強い。問答無用で攻撃されるのは目に見えておる」
「けどよ、アルラウネに会うのが目的だって言うから詳しく聞いてみたら、あの兄ちゃん、顔を赤くして照れながらアルラウネと結婚したいって言い出したんだ」
「なんじゃと? 主殿がそんなことを言っておったのか?」
レオは当時を思い出したのか、楽しそうに笑って話す。
「おかしいだろ? まあさすがにアルラウネがどういう種族なのかを教えたら諦めたんだが、そもそもどういう種族なのかも知らないのに結婚したいと思っていたってのがアキトの兄ちゃんの凄いところだ」
「ふむ。人間以外の女性に弱いとは思っておったが、昔の主殿は随分と考え無しじゃのう」
「その後は、ハーピーに目を付けたみたいでな、ちょうど俺の知り合いにハーピーとの結婚を控えていた奴がいたから紹介してやったんだ。そしたら兄ちゃんはそいつと一緒にハーピーの村まで行っちまった。あの行動力には驚かされたな」
なるほど、このレオという男は意外と主殿にとって重要人物のようじゃな。彼がいなければ今の主殿は存在していないじゃろう。
きっとハーピーに合えずに闇雲に国内を旅していたのではないじゃろうか。そうなると、ロゼどころかオリヴィアにも会えんじゃろうから、最終的には一番近くにずっといたミドリ辺りとくっつきそうじゃ。
「その後はオリヴィアの姉ちゃんやサラの嬢ちゃんを家に連れ込んで仲良くやっていたんで、いつかはどっちかと選ぶんだろうと思って見守っていたんだが、まさかハーピーの村の元女王と結婚するなんて思いもしなかった。知らせを聞いて笑い転げたよ、さすがはアキトの兄ちゃんだってな」
周りの人間たちから見ると、主殿は本当に破天荒な存在のようじゃな。実に面白い。
「狐のお姉ちゃん、その子、お姉ちゃんのペット?」
我の膝の上にいた八重菊を見てラピスとかいう娘が尋ねてくる。歳は5つか6つくらいじゃろうか。
ラピスが興味本位で八重菊に触れる。すると、これまで眠っていた八重菊がピクリと動いて起き上がり、ラピスをじっと見つめた。
そして獣の言葉で我に尋ねる。
『先輩、この子供……私と契約できる契約紋を持っています!』
「なんじゃと?」
八重菊の尻尾の数は現在三本。そろそろ四本目も近いかというくらいには魔力量を
増やしている。すでに中級ではなく上級種族となっている八重菊と契約可能とは珍しい。
「レオ、おぬしの娘、中々大きな契約紋を持っておる様じゃのう」
「えっ? ど、どうしてそれを?」
「八重菊が教えてくれたのじゃ。契約前の者は自分と契約できる人間を感じ取ることがある」
八重菊は我よりもその力が強いようじゃ。妖怪は個体によって能力が全く違うので、八重菊がどのような妖怪へと進化していくのか楽しみでもある。
「お姉ちゃん、この子とお話しできるの?」
「出来るぞ。我も昔は子狐じゃったからのう。どうじゃラピスよ。我はしばらくこの村に住むつもりじゃから、たまに八重菊に会いに来んか?」
ラピスは許可を求めるように振り返って父親のレオを見る。
「……俺の仕事が休みの日なら、一緒に連れて来てやっても良いぞ」
「やった! ありがとう、パパ」
ラピスは嬉しそうに飛び跳ねると、八重菊を持ち上げて遊び始める。
『せ、先輩! 私はどうしたら良いですか?』
「しばらく遊んでやれ。これも修業じゃ」
『わ、分かりました!』
口から出まかせを言っただけなのじゃが、八重菊は我を疑うという事をしないのう。
レオが八重菊と戯れる娘を見て申し訳なさそうに聞いて来る。
「済まねえな、シラツユの嬢ちゃん。あれ、大丈夫か?」
「我の後輩じゃ。身体は頑丈に出来ておる」
「そ、そうか」
ラピスと遊びながら彼女が自分と契約するに値する人間かどうか見極める事じゃ。
「なあ、嬢ちゃん。嬢ちゃんもアキトの兄ちゃんの契約者だって言うのなら、何か面白い話を持っているんじゃないのか?」
「面白い話? まあ、我との出会いからして中々に面白いぞ?」
「へえ、聞かせてくれよ。今日はアキトの兄ちゃんの話で盛り上がりたい」
「分かったのじゃ。少し長い話になる故、座るがよい」
我はレオとその妻に座るように促すと、八重菊と遊ぶラピスを眺めながらヤマシロでの出来事の話を始めるのだった。




