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外伝 アキトの結婚した日 一話

前半がミドリ、後半がレフィーナ視点です。

 アキト様の結婚式を見届けて、私はどこか寂しさの様なものを感じていました。

 彼の事が好きだったのかと聞かれると、認めたくはありませんがそうだったのでしょう。

 アキト様が今のアキト様になった時、覚悟はしていましたがあまりの性格の違いに戸惑いを覚えました。この方を契約者として支えて行けるのだろうかと、不安すら感じたほどです。

 以前のアキト様は私にとって初めて出来た、母以外の家族でした。

 実の兄とは血の繋がりがあるとは言っても、家族だとは到底思えないような関係でしたので、アキト様と暮らすうちに、これが本当の兄というものなのだと思うようになったのです。

 アキト様と――私のお兄様とずっと一緒に暮らしていたい。そう願ったこともありますが、それは叶わぬ夢だと直ぐに理解しました。人間と契約したドラゴンメイドという噂を聞きつけて、アルドミラに潜入していたギドメリアのスパイがミルド村に近付いて来たからです。

 魔力感知でスパイの接近にいち早く気付いた私は、誰にも気付かれないように村を抜け出して村の外でスパイを始末しました。

 そして気付いたのです。私が契約者として傍にいる限り、アキト様に平和は訪れない。戦いを憎み、両親を殺された事に対する復讐すら望まないアキト様では、いつか私のせいで戦いに巻き込まれた時に壊れてしまうのではないかと、不安に駆られるようになりました。

 そんな時、アキト様がいまだに両親を殺された時の事を夢に見るという悩みを打ち明けて来たのです。

 私はそこで母に習った『夢幻の理想郷』という魔法を使って、アキト様の理想とする世界を見せて差し上げました。

 それは実際に存在する並行世界だけにとてもリアルだったようで、アキト様は度々私にその世界を見せてくれとねだる様になっていきました。

 その世界のアキト様の様子は魔法を使っている私にも見えていました。

 最初こそ、見た目は同じでも性格は正反対としか言いようがないガサツな男に見えましたが、長く見ていくうちに心根はアキト様と同じく優しい方だと分かるようになっていきました。

 それは私にとって好機でした。

 理想の並行世界のアキト様ならば、私と共に暮らして戦いに巻き込まれたとしても、強く生きて行けるのではないかと思えたのです。

 そして私は『夢幻の理想郷』を改良し、並行世界のアキト様とこの世界のアキト様の精神を入れ替えることに成功しました。

 二人のアキト様にとっても、お互いに理想の世界に行くことが出来たので良かったのだと思います。

 私の目論見通り、こちらの世界にやってきた新しいアキト様は驚くべき速度で成長し、肉体的にも精神的にも成長していきました。

 以前のアキト様はとても穏やかで、支えて差し上げたいと思えるお兄様でしたが、今のアキト様は馬鹿でどうしようもないけれど、放って置けないお兄様でした。

 その放って置けないアキト様が、こんなに早くに結婚してしまうとは本当に予想外です。もう私がお支えする必要もありません。彼には妻であるロゼがいるのですから。

 私は幸せそうな二人を眺めながら披露宴に出席しました。ほとんど何も喋らず、アキト様を眺めていたように思います。

 続く二次会の席でもアキト様から少し離れたところに座ってゆっくり食事をしながら彼を眺めていたのですが、そんな私の元へ一人の獣人の少女が現れました。


「エメラルドちゃん、大丈夫? 元気なさそうだけど」


 ふわふわのグレーの毛に覆われた、とても美しいワーキャットの少女。かつてこの村でアキト様と暮らし、今はハウランゲルの故郷へと帰ったサラさんの姿が目の前にありました。

 彼女は空いていた私の隣の席へと腰を下ろします。


「元気がないわけではありません。ただ、少しだけ寂しかったのです」


 何故でしょうか。普段は絶対にこんな本音は口にしないのですが、サラさんに対してはつい喋ってしまいます。


「あ~、何だか分かる気がするなぁ」

「サラさんも寂しいのですか?」

「う~ん。わたしはもうちょっと複雑……祝いの席でこんなことを言うのは良くないかもしれないけど、寂しさの中に後悔とか嫉妬とか、色々混ざっている感じかな……もちろん、おめでとうって気持ちもあるけどね」


 サラさんはあっけらかんと言い放った後で、自嘲気味に小さく笑う。

 彼女がアキト様を男性として好いていたという話は聞いています。そして、ハウランゲルでの戦いの後に、オリヴィアと共に振られたという事も。

 それは、ちょっとどころではなく、相当に複雑な想いが彼女の中で蠢いているに決まっています。

 いまだ恋愛というものをした事が無い私は、彼女に何と声をかけたらいいのか分かりません。私もアキト様を好いていましたが、それは男性としてではなく、兄としてだと思います。

 もちろん、多少そういう目で見ていた時期もありましたが、私がアキト様を好きだと思う感情の大多数を占めているのは、兄として好きという感情だと思っています。


「――あっ……」

「どうしたの?」

「いえ、自分の寂しさの原因が分かったので」

「アキトさんでしょ?」

「そうなのですが、その理由というか……」


 サラさんに本音を零してしまったおかげかは分かりませんが、自分の素直な気持ちが理解できてしまいました。少々恥ずかしいですね。


「私は……お兄様を盗られた気がして、寂しかったようです」

「……そっか。それは、寂しいよね」

「ええ。もう少しの間、馬鹿でどうしようもなく手のかかる、私のお兄様でいて欲しかったです」




 アキトくんとロゼが結婚というものをした。

 結婚という言葉がアルラウネの世界には存在しないのでいまいち良く分かっていなかったのだけれど、実際に目にしたことで何となく分かった。

 あれは誓いの儀式だ。

 好きだから一緒にいる。好きだから友達になる。好きだから夫婦になる。そのどれもが好きの大きさの違いだと思っていた。

 けれど本物の結婚式を見て、アルラウネ以外の種族が結婚式をしたがる理由が分かった。

 この世界は神様が創ったらしい。ぼくは会った事はないけれど、人々はそう信じている。そして結婚式とは、自分の大好きな相手と生涯共に過ごすことを神様に誓う儀式なのだ。

 その行為を多くの人たちに見守ってもらい、みんなの思い出の中に残すことで自分たちの中に確かな実感を得るのだ。

 それは自由とは逆の行為であり、アルラウネのぼくから見るとどこか枷のようにも感じるけれど、アキトくんとロゼの顔を見れば分かる。

 その枷すら、二人には心地いいのだ。

 誓い、枷、呪い、呼び方は何でもいい。ただ、大好きな相手との確かな繋がりを感じたいから人々は結婚という儀式をする。

 ぼくはまだ、そういう相手に出会ったことはない。

 強いて言うのならば、アキトくんだったのだが、そのアキトくんもロゼと結婚してしまった。二人とは結婚できないので、ぼくは諦めるしかない。

 あの時――まだ出会ったばかりだった頃、王都のホテルで一緒の部屋で寝た時に、ぼくがもっと大人で、外の世界の考え方や感情を今ほどに理解していたのなら、違う未来もあったのかもしれないと少しだけ思ってしまう。


「レフィーナ、どうした?」


 少しだけ考え込んでいると、ヘルガがぼくに話しかけて来た。


「ううん。別に……ちょっと結婚について考えていただけ」

「そうか。妾もいつかこのような式を挙げてみたい」

「ヘルガ、結婚したい相手がいるの?」


 ヘルガはいつも周りに人間の男の子たちを連れている。今は珍しく一人だが、この村では一番モテモテの女の子だ。

 おそらくそれは、クイーンビーがアルラウネと違って人間と子供を作れる種族だからという理由が大きい。

 ぼくやマリー、スージーなどは男の子たちにちやほやされていた時期もあったのだが、今はそういった雰囲気はほとんどない。

 アキトくんやオリヴィアの授業のおかげで、村の男の子たちはアルラウネと恋人になれないことを理解したからだと思う。

 ハチ人がこの村に移住してきた時に、同じような説明が村人たちにもされていたのだが、その後でクイーンビーであるヘルガだけは別だという話も噂されるようになった。

 そしてその噂は真実だったのだ。

 クイーンビーはオスのハチ人だけでなく、人間の男とも子供を作ることが出来る。ヘルガは学校でこの世界の常識を学びながらも、年の近い男の子たちの中から将来の夫を探しているのだ。


「一応、何人か候補はいる。けど、兄上ほどの男は今のところ見つからない」

「兄上って……アキトくんか。まあそりゃそうだよね。アキトくんよりも強い人間の男なんてこの世界にいなさそうだし」

「最近は人間ですらなくなったと聞いて妾も驚いた。魔力量も妾と同じくらいだし、ロゼが羨ましい」


 嫉妬と呼ぶほどの感情ではないかもしれないが、ヘルガはロゼを羨ましいと思っているらしい。

 ぼくも同じだ。ちょっとだけ羨ましい。


「でもそれって、今はまだ相手が見つかっていないからそう思うだけだよ」

「どういうことだ?」

「この人だって相手が見つかっていないから、候補者として一番優秀なアキトくんと結婚したロゼがちょっと羨ましい。そういうことでしょ? 例えアキト君ほど優秀じゃなかったとしても、自分と契約できる契約紋を持った人間の男が見つかれば、ヘルガはそういう気持ちじゃなくなるんじゃないかな?」

「……そうかもしれない。同年代の村の男の中に妾と契約できる人間はいなかった」

「じゃあまずは、そこから始めようよ」

「契約できる人間探しか? だが、妾はこの村を出たくはない」


 この村はとっても居心地がいいから、ヘルガの気持ちは良く分かる。

 ぼくだって、わざわざ外に探しに行くなんて絶対に嫌だ。


「出たくないなら、向こうから来てもらえばいいんだよ。この村を、外からいっぱい人が来るような村にすればいいんだ」

「外から人が来る…………もしかして、観光地というやつか?」

「そうそれ。ぼくとヘルガが本気を出せば、人間が欲しがるものなんてたくさん作れるでしょ?」

「蜂蜜か?」

「うん。ヤマシロでぼくの蜜を売った時に思ったんだ。ヘルガが作った蜂蜜ならもっと売れるのにってさ」


 他にもぼくが育てた植物の花粉を使ったローヤルゼリーとかも試したいってアキトくんが言っていたのを思い出す。

 ぼくとヘルガの能力にアキトくんの知識が加われば、人間たちが大喜びする美味しい食べ物が作れるはず。そうすれば、それを求めてたくさんの人間がこの村を訪れる。その中にはヘルガと契約できる人間の男もきっといるはずだ。


「面白い。手伝ってくれるのか?」

「当然だよ。一緒にミルド村を観光地に変えていこう」


 ぼくの蔓とヘルガの四本腕でハイタッチする。エンプレスアルラウネとクイーンビーの共同戦線だ。

 ぼくはこれから進めていく新たなミルド村の姿を想像しながらも、幸せそうに笑っているアキトくんの元へ、ヘルガと一緒にお祝いに向かうのだった。

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