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三章 ハーピーの試練 十五話

 地上へ降りると、白露がリズさんに何かの魔法を使っているところだった。


「白露?」

「おぬしら、少々やり過ぎじゃぞ。我が回復魔法を習得していなかったら、彼女を担いで村の医者に駆け込むところじゃった」

「リ、リズはそんなに重傷だったのか?」


 ロゼの雷鳴魔法をもろに受けていたが、そんなに深手を負ったのか?

 もっと威力が強そうな魔法を受けたグレンが今は平気そうに立っているから、ロゼは手加減したと思ったのだがそうでもなかったのか?

 俺の視線に気付いたのか、グレンが口を開く。


「俺とリズの身体を一緒に考えるな。ロゼが俺に使った魔法は、俺でなければ意識を失うどころか心臓が止まるほどの威力があった」

「マ、マジか……」


 俺は地面に横たわるリズさんに駆け寄って行ったロゼを見る。


「すまないリズ、途中から加減する余裕がなかった」

「……良いんです。むしろ、姉さんの本気を引き出せた事が嬉しいくらい」


 やはりロゼは前半に手加減していたようだ。本気なら最初のリズさんとの斬り合いで勝負が付いていそうなものだからな。しかし、リズさんの見事なアシストとグレンの大火力に晒された事で、ロゼは手加減する余裕を無くしたということだろう。

 最後の攻撃は力を使い切ったフリをした上で、俺を囮にした奇襲だからな。卑怯と言われたら反論できない。だが、それをしなければ俺たちは負けていただろう。


「おい、アキト」


 グレンが俺に近づいて、見上げるようにして言う。

 こうして地面に並び立つと身長差が実感できるな。


「なんだ?」

「お前たちの勝利はほとんどロゼのおかげだ。彼女に感謝することだな」

「……分かっているよ」


 ロゼは強い。今回は完全に俺が足を引っ張る形になってしまった。

 俺を守るためにロゼは得意の高速戦闘よりも防御を優先していた。リズさんの魔法による妨害は有効だったが、そもそもロゼ一人ならば魔法の効果範囲にすら入ることはなかっただろう。


「もっと強くなれ。複合魔法は本来、人間が一番得意なはずだ」

「えっ? そうなのか?」

「人間は契約によって2つどころか最大で4つの属性を持つことになる。複数の属性魔法を使い分ける事に長けた人間なら、それを混ぜ合わせることも出来るはずだ――」


 グレンは言葉の終わりに何か続けようとして呑み込んだ。

 俺はその妙な間が気になって尋ねる。


「なんだよ? 言いたいことがあるなら言っていいぞ?」

「……お前は誰か他人と比べられるのは平気なタイプか?」


 何だ?

 グレンは一体何が言いたいのだろう?

 彼なりに俺を気遣って言葉を濁しているのが分かるが、ここまで来たら言って貰わないとこちらが気持ち悪い。


「あまり良い気はしないけど、こうやって焦らされる方が嫌いだ。気にせずに言ってくれ」

「なら言うが、眩耀は少ない魔力を上手く節約しながらも、ここぞという時は複合魔法を使っていた。お前はあいつよりも魔力量が多い上に契約者もたくさんいる。少なくとも、眩耀よりは強くなれるはずだ」


 比べられるってそう言う事かよ。まさか俺を大昔の勇者と比べていたとは。


「俺ってまだ、勇者ゲンヨウよりも弱いのか?」

「同じか少し弱いくらいだろう。眩耀はお前よりも魔力量は低いが、魔法の使い方がとても上手い男だった。細かい魔力コントロールだけで言えば、碧羅よりも上だな。複合魔法も連発は出来ないが習得していた」

「凄いな……ちなみに、何て魔法を使っていたんだ?」

「獄炎魔法と深海魔法は使っていたのを見たことがある」

「深海魔法じゃと?」


 俺たちの会話に白露が割り込んでくる。

 リズさんもいつの間にか立ち上がれるほどに回復していた。ロゼが気遣うように傍から離れないところ見ると、仲の良い姉妹なのだと感じられて気分が良い。


「あれは碧羅のオリジナル魔法のはず。眩耀の奴は何度練習しても使えなかったはずじゃが、おぬしが戦った時には習得していたのか?」

「ああ。原因は魔力量だったらしい。あいつはこの地に来てから契約者と契約獣を増やしたからな。その影響で使えるようになったと言っていた。俺からしたらたまったものではなかったがな」


 グレンは昔を懐かしむように笑う。

 長い年月が経ち、更には転生して性格が変わったからこそ笑い話で済んでいるが、グレンはその深海魔法で殺されかけたに違いない。


「読めたぞ。お主を火山に封印したのは深海魔法を応用した妖術じゃな?」

「ちっ、正解だ。俺が碧羅との戦いで消耗しきったところを、火山の奥底に押し込まれて深海魔法で蓋をされた」

「なるほどのう。我が自身の魔力で蓋をしたのを応用して、深海魔法を使ったのか。それでそこまでの年月持つというのは恐ろしいばかりじゃ」


 白露が酒呑童子を封印した妖術を間近で見ていたからこそ出来る封印だったに違いない。

 捨て身の白露とは違い、魔法によるほぼ永続的な封印というのは倒すより難しいはず、勇者ゲンヨウと竜王ヘキラの強さはグレン以上だということか。

 俺とミドリなら良い線行くだろうか?

 まずは俺が複合魔法を覚えないと話にならないな。俺が使えそうな複合魔法を考えた時、真っ先に思い浮かぶのはやはり神風魔法だろう。そう思ってロゼの方を向く。


「ロゼ、どうやって神風魔法を覚えたんだ?」

「覚えたというよりも、編み出したという方が近いな。私だってミルド村でアキトにくっついていただけではなく、ちゃんと魔法の練習もしていたんだ。聖属性が増えたことが分かったから、風属性と聖属性を混ぜるというのは真っ先に思い付いた」


 そこでその発想に至る所が戦闘の天才と呼ばれるロゼらしい。


「それでミルド村の近くにあった山で練習していたら、ミドリが私と全く同じ魔法を練習しに山にやって来た。神風魔法という名前を聞いたのもその時だ」

「そうか……俺にも出来るかな?」

「もちろん出来るさ。上位魔法は魔力量的にも難しいかもしれないが、下位魔法ならすぐに使えるようになると思う。アキトは魔法のコントロールも上手いからな」

「俺が上手い?」


 そんなこと思ったこともない。

 いつだって必死に練習した魔法を使っているだけだし、これまで勝って来られたのは空間魔法の反則的な力押しがあったからだ。


「通常の魔法と、簡略化した魔法を使い分けるタイミング、魔法の発動位置、何より空間魔法という超高難度の魔法を簡単に使っているのが凄い。私でも難しいと思う」

「空間魔法のコントロールってそんなに難しいのか?」

「他の魔法と違って、魔力で形を作ってから発動するタイプだから、実戦であそこまでの速度で発動できるのは天賦の才だぞ」


 ロゼはこれまでにないくらい俺を持ち上げてくれるが、俺自身にその実感はない。

 不可侵領域は俺が練習を重ねて習得した魔法ではなく、前のアキトが習得したものだからだ。俺はその経験値を受け継いでいるだけに過ぎない。


「神風魔法は空間魔法に比べたら魔力消費は大きいが簡単なはずだ。アキトも練習しておくと良い」

「分かった」


 やっと余裕をもって魔法を使っていけるだけの魔力量を手に入れたというのに、神風魔法を習得したらまた昔のように魔力切れを気にして節約しながら戦わないといけないのか。

 ミドリが高難度だと言っていた複合魔法を習得するための練習を考えると億劫だが、ここぞという時には威力の高い魔法は必要だ。

 俺の目的はロゼと結婚してミルド村で静かに暮らすことなのだが、ギドメリアとの戦争が終わらない限りは、戦いを完全に忘れるという事は出来なさそうだ。


「それでリズさん。俺とロゼとの結婚、認めてくれるんですよね?」


 俺が質問すると、リズさんは少しだけ寂しそうな笑顔を見せた。


「ええ。もちろんです」


 誰も認めてもらえなくとも結婚する気ではいたのだが、こうしてロゼの家族に認めて貰えると気持ちが軽くなる。俺が心のどこかで認めて欲しいと思っていた証拠だ。


「アキト」


 ロゼがふわりと風に乗って俺に近付き、そのまま口付けしてくる。

 少しだけ長い口付けを終えると、呆れ顔のグレンと白露、顔を真っ赤にして目を吊り上げているリズさんが目に入った。


「ア、アキトさん!」

「待ってくれ、今のは俺のせいか!?」


 怒鳴られると思って咄嗟に責任をロゼに擦り付ける。実際は俺も受け入れる気満々だったのは内緒だ。


「うっ……ね、姉さん! いくらなんでも結婚前の姉さんが人前であんなはしたない真似をしないでください!」

「別に良いじゃないか。村でもカップルの観光客は平然とやっているぞ」

「人間のカップルと一緒に考えないでください! いくらハーピーの枠から外れたと言っても、姉さんはこの村で産まれ育ったクイーンハーピーなんですよ?」

「今の私はエンプレスハーピーだ。それに、これからアキトの村に嫁入りすることも決まったし、従うなら人間のルールだろう」

「ぐぬぬ……」


 完全に割り切って開き直った姉に対して、リズさんは漫画の様な唸り声をあげる。

 人前でそういう行為は止めて欲しいと考える人は人間の中にもいるから、俺たちの今の行為が褒められたものではないというのは自覚している。さすがに公道の真っ只中などでやるつもりはないからな。周りに知り合い以外おらず、結婚を認めてもらって舞い上がったからこそしてしまった感情の爆発なのだ。あまり目くじらを立てずに大目に見て欲しいところだ。


「さて、主殿。結婚の許しも出たところで、いつ頃ミルド村に戻るのじゃ? もう出発するか?」

「ええっ? せめて一週間くらいはゆっくりしていってください! 姉さんも、そんなに早く帰りたくなんてないですよね?」


 白露が帰り話を切り出すと、リズさんが慌てて引き留めてきた。少しでもロゼさんと一緒に居たい。そういう気持ちが手に取るようにわかる。


「私はどちらでもいいのだが……」

「なら、あと一週間。私も休みを取りますから、一緒に過ごしましょう?」


 リズさんの必死さが伝わってくる。これは断れそうにないな。

 ロゼが気遣うように俺に視線を向けて来た。それを見た白露が俺に耳打ちする。


「なんじゃ、主殿? 何か早く帰りたい理由でもあるのか?」

「……早い事結婚して禁欲生活からおさらばしたい、っていうのが本音だ」

「開き直ったドスケベ発現じゃな」

「仕方ないだろ。もう限界なんだ」

「じゃが、ここで無理やり帰ろうものなら、リズは泣くと思うぞ?」

「だろうな……はぁ……白露、今日からお前も一緒の部屋で寝てくれ。狐姿で」

「仕方ないのう。見張り役くらいは買って出てやろう」


 こうして俺の禁欲生活は一週間延長された。

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