三章 ハーピーの試練 十四話
ノーベ村に着いて、二日目の昼。
戦闘に差し支えない程度の食事を済ませた後で、俺はロゼと共にヒールラシェル山の火口付近まで飛行した。
そこで俺たち二人を待ち受けていたのは、真っ白な翼のクイーンハーピーであるリズさんと、真紅の翼を広げたエンシェントドラゴンのグレンだった。子供の姿になったとはいえ、既に戦闘準備が出来ているグレンの威圧感は半端ではない。
俺は魔人の角を生やして魔力感知をしっかりと発動する。魔力だけならばリズさんもグレンに匹敵しているのが感じられる。
「ほう、それが魔人の姿か」
「ああ。今ならお前がどれだけ強いか良く分かる」
「そうだろうな。だが、お前の恋人も相当なものだ。魔力だけならば俺よりも上だ」
俺の隣を飛行しているロゼは、鋭い目付きでグレンとリズさんを見つめている。完全に戦闘モードへと頭を切り替えて集中しているようだ。
「みな、準備はよいか?」
審判を引き受けてくれた白露が火山の頂上に立ってこちらへと声をかけてくる。
白露にはいざという時の制止役も頼んではあるのだが、やはり恐怖はあるな。この勝負、下手をすれば死人が出るだろう。
「早く始めろ」
「私は大丈夫です」
「私もだ」
「……俺もいつでも大丈夫だ」
四人の声が届き、白露が頷く。
「では、始め!」
開始の合図と共に、ロゼとリズさんが動く。
二人とも風纏いを使って高速で飛行して、正面から翼をぶつけあった。あれは疾風魔法の風刃翼だ。
スピードはやはりロゼの方が上。リズさんは辛うじて食らいついているが、元々の戦闘センスの違いもあって、すぐに勝負は付きそうだ。
「『獄炎魔法――」
「なっ!? 『空間魔法――」
グレンの動きを見て、俺は慌てて魔法を発動する。
あいつ、試合で獄炎魔法を使うのか!?
「――魔炎斬』!」
「――虚空斬』!」
覚えたばかりの虚空斬でグレンの獄炎魔法の斬撃を受け止める。
ロゼとリズさんも俺たちの魔法の発動に気付いて一瞬で間合いの外へと退避した。
「お前、ロゼを狙いやがったな!」
「当たり前だ。お前よりも危険度が高い!」
グレンが魔法に力を込めたのか、俺の虚空斬が奴の獄炎魔法に斬り裂かれる。
これが複合魔法の威力か!
このままでは俺が両断されるというところで、ロゼが俺にほとんど突進する勢いでぶつかって回避させてくれた。
「『疾風魔法・連式風刃斬』!」
「『灼熱冥域』!」
ロゼが避けながら放った複数の風の刃をグレンは簡略化した防御魔法で完封してみせる。
「くそっ、やっぱり前は俺たちを舐めていたってことかよ」
「ふん。今回は短期決戦だ。後を気にしなくても良い分、強力な魔法を撃てる。いけ、リズ!」
「分かっています!」
リズさんは高速で移動して俺たちの背後を取る。挟み撃ちだ。
「『疾風魔法・烈風波』!」
「『不可侵領域』!」
リズさんが放った魔法を、反射的に不可侵領域で受け止める。
「この魔法は――まずい、アキト!」
ロゼが焦りの混じった声で呼びかけながらグレンの方を向く。
「今更遅い!」
ロゼに遅れて俺も気付く。
妖孤の目で見ると、俺たちの周りを広範囲に渡ってリズさんの魔法が包み込んでいる。
烈風波は強力な風を一定方向へと放つ技。殺傷能力は全くない。だが、この空中で放たれるとどうしても飛行に支障を来す。
あの魔法は、ロゼの機動力を殺すための魔法だったのだ。
既に不可侵領域で防いでいる範囲以外はリズさんの魔法で埋め尽くされている。恐らくこれは戦闘センスで劣るリズさんの力を最大限に活かすために考え出された戦術だ。
リズさんが全魔力を持ってこの空域の風を乱し、回避できなくなったところをグレンの最上位魔法の火力で殲滅するつもりに違いない。
「ロゼ、任せた」
俺は間髪入れずに背後の不可侵領域を解除した。
後ろから疾風魔法で押し出されれば、俺たちはグレンに近付いてしまい余計に負けが近付く。だが、ロゼは俺の考えを察して素早く代わりの魔法を発動してくれた。
「『暴風結界』!」
俺の不可侵領域の代わりにロゼの疾風魔法がリズさんの風を防ぐ。
完璧なタイミング。一秒の遅れすらなく、俺は意識を攻撃へとシフトすることが出来た。
「『連式虚空閃』!」
「何っ!?」
同じく攻撃モーションへと入っていたグレンはとっさに攻撃から防御へと切り替えて、両翼で襲い来る複数の虚空閃から身を守る。
「『不可侵領域』! 交代だ!」
再び俺は後方に不可侵領域を張り直すと、ロゼと攻守を交代する。
「ああ! 『雷鳴魔法・雷纏い』!」
ロゼの桃色の髪の毛と翼が黄金の稲妻となり、風を越えた速度でグレンへと接近する。
「『雷刃翼』!」
「ちいっ!」
グレンは雷の翼による初撃を腕の鱗でガードした。さすがはエンシェントドラゴンの鱗、ロゼの雷すら簡単には通さないようだ。続く連撃もことごとく防いでいく。ロゼも凄いが、あの速度の連撃を捌き切るというのはグレンの動体視力と戦闘センスもかなりのものだ。
「『疾風魔法・乱流波』!」
すると、リズさんが使用する魔法を切り替えた。
乱流波はいつだったかサラが使った魔法だ。名前のごとく乱れ狂う風の波。使用者すらコントロール出来ない風が吹き荒れる。
これまでは直線的な風だったので不可侵領域で直線上にいるロゼとグレンも守られる形になっていたのだが、風が曲がるとなると話は別だ。
暴れる風が二人を直撃する。
その際に明らかに二人の飛行形態による違いが出た。
ロゼは繊細なコントロールで空中を自在に移動しているが、グレンは強力な魔力放出で無理やり空中に浮いているというが正しい表現だ。突発的な暴風で飛行が乱されるのは明らかにロゼの方。すぐに立て直したが、一瞬だけロゼがバランスを崩してしまった。
グレンはその隙を見逃さない。
「さがれっ!」
グレンの尻尾がロゼを撃ち、後方へと弾き飛ばす。
俺はこちらへ飛ばされてきたロゼを身体で受け止めた。
「だ、大丈夫か!?」
「……な、なんとか」
咄嗟に雷刃翼で身を守ったらしく、ロゼに目立った外傷はない。
「『獄炎魔法・魔炎十字斬』!」
グレンの魔力が膨れ上がり、十字の獄炎が俺たちに迫る。
「アキト、私は出し切る。後は頼んだ!」
ロゼは前方に飛び出すと、獄炎に向かって翼を振る。
「『神風魔法・斬風聖域』!」
風と聖属性の複合魔法がグレンの獄炎魔法と衝突する。
いつの間にミドリから神風魔法を習ったのだろう?
一瞬だけ複合魔法の習得経緯を考えたが、すぐにその疑問を放り出す。ロゼは出し切ると言った。つまり、この魔法に全ての魔力を注いでいるという事だ。なら俺は、次で必ずグレンを倒さねばならない。
ロゼがグレンの魔法を防ぎ切り、二つの魔法が消えた瞬間に俺は後方の不可侵領域に触れる。
「『空間魔法・多重領域』!」
二層目の不可侵領域を張ることで、俺自身の身体を前方へと吹き飛ばす。その瞬間、地上へと力なく落下していくロゼの姿が視界に映った。
後は任せてくれ、ロゼ!
俺は両翼からの魔力放出を全開にしてグレンへと一直線に突き進んだ。
「アルラウネの蔓!」
右腕から大量のアルラウネの蔓を出してグレンの視界を奪う。
「前と同じ手が通用するか! 『紅焔』!」
俺のアルラウネの蔓が火炎魔法によって一瞬のうちに灰にされる。
だが、それでいい。目隠しにはなった。
「『空間魔法・虚空――」
虚空剣を作り出そうとしたところで、後方から魔力の接近を感じた。
「『風刃翼』!」
俺は振り返って竜の鱗でその一撃を防ぐ。
「くそっ!」
「良い働きだ。リズ! 『魔炎斬』!」
リズさんは素早く離れて、俺だけが取り残される。
「『不可侵領域』!」
ギリギリで不可侵領域を張った事で魔炎斬の動きを少しだけ遅らせ、その隙に回避する。
「グレン、もう一度行きます! 『風刃翼』!」
再び俺にリズさんが迫る。
その瞬間、俺の角が天空に魔力を感知した。
本来なら竜の鱗か魔法で防御すべきタイミングだが、俺はリズさんを無視してグレンへと突撃することを選択した。
「何っ!?」
グレンの目が驚きに見開かれる。
お前たちにも魔力感知はあるはずだが、対応するのは俺の方が速かったようだな。
「『天雷』!」
俺に迫っていたリズさんに雷鳴魔法が直撃する。
「『空間魔法・虚空剣』!」
「くっ、『魔炎剣』!」
俺の虚空剣をグレンが獄炎魔法の剣で受け止める。力の差は明白、俺の虚空剣は簡単に砕け散った。その瞬間、グレンの背後にロゼの姿が見える。
「『雷鳴魔法・迅雷衝破』!」
「――っ!? 俺に触れるな!」
グレンが身体を捻って尻尾による打撃を全方向へと加えてくる。
俺とロゼは同時に尻尾に打たれて弾き飛ばされた。
「ふふっ、もう触れたぞ」
ロゼが吹き飛ばされながら不敵に笑う。
すると、次の瞬間。グレンの尻尾に打ち込まれていた雷鳴魔法が炸裂した。
「ぐっ、あああああああああああああ!」
身体を巡る電撃の激痛で絶叫するグレン。
俺は体制を立て直すと、残りの魔力を振り絞って魔法を放つ。
「『空間魔法・虚空斬』!」
雷によって全身が麻痺した状態では避けることも、防ぐことも出来はしない。
俺は虚空斬をグレンの額スレスレで停止させる。
グレンは痛みに顔を歪めながらも、眼前に突き付けられている虚空斬を魔力で感知し、敗北を悟ったようだ。両手を上げて戦意喪失をアピールし、ゆっくりと地上へと降りていく。
ロゼが俺へと近付いて来たので、俺は彼女の翼と腕をぶつけ合う。
俺とロゼの完全勝利だ。




