三章 ハーピーの試練 八話
ミドリとオリヴィアの種族名を決め終えて一息つく。
冷静に考えるとケツァルコアトルとリヴァイアサンとかとんでもない名前を付けたものだ。種族名というよりは固有名詞なのだが、この世界には存在しない、もしくは忘れられた名前なのでそれを指摘する者はいないだろう。メリュジーヌが通用したのと同じだ。
さて、続いてはレフィーナの番だな。
「アキトくん、ぼくの種族名にはアルラウネを入れてよね」
先手を打たれたか。
マンドラゴラとかマンドレイクが候補だったのだが、その言葉によって俺の考えていた植物系モンスター名はほとんど封じられた。
「アキト、私の時も頼む。お前が考えてくれたサンダーバードという種族名も個人的には好きなのだが、やはりお前の妻となるならばハーピーの名は冠しておきたい」
ロゼもか。
さらっと妻となるなんて言葉を使われるとグッとくるものがあるのだが、なんとか顔がにやけるのは堪えたぞ。ミドリに気持ち悪いとか言われるからな。
「となると、クイーンアルラウネやクイーンハーピーの更に上だという事が分かるような名前がいいよな」
特にレフィーナは娘たちがみんなアルラウネ系列の突然変異種族になったので、名前から差別化をしておきたい。
「クイーンの上の名称などあるのか? 王の上となると、神くらいしかおらん気がするのじゃが」
「いや、さすがに神を冠する名前は付けたくないな」
ミドリにケツァルコアトルという種族名を付けた俺が言うのも変かもしれないが、直接的に神という単語を使う気は起きない。
ゴッドアルラウネとか絶対嫌だ。
そして王よりも上の立場を現す言葉は確かに存在するのだ。日本で暮らしていると中々聞かない単語だが、かなりピッタリな名前になると思う。
「二人にはクイーンの上に立つ種族として、エンプレスを名乗って欲しい」
「エンプレス? エンプレスアルラウネ?」
「ああ。レフィーナがエンプレスアルラウネ。ロゼがエンプレスハーピーだ」
エンプレスとは女帝を意味する言葉だ。要は女性皇帝ってことだな。
「それがクイーンの上を現す言葉なのか。響きは悪くないのう」
「うん。ぼく気に入ったよ」
「私も気に入った。ありがとう、アキト」
ロゼは俺に身体をくっつけると、頬に口付けた。
嬉しいのだが、周りの目があるからここでそういうことをするのは止めて欲しい。一昨日と昨日で慣れてきてはいるが、やっぱり人前では恥ずかしい。同時にミドリやオリヴィアからの視線が痛い。
「よ、よし、次は白露の種族名だな!」
俺は冷や汗を流しながら話題を無理やり次へと進める。
白露は呆れるように苦笑いを浮かべながら話を合わせてくれた。
「我の番か。出来ればヤマシロ出身らしい名で頼むぞ?」
そこは任せて欲しい。
間違ってもエンプレスワーフォックスなどといった種族名にする気はない。
「まず、本来の白露の種族名は妖孤だよな」
「そうじゃ。しかし、尾が増えるにつれて尾の数で呼ばれるようになっていったな」
八重菊は二尾、以前の白露は九尾だな。
「とはいえ、さすがに四尾という名は止めて欲しいのじゃ。逆に弱くなったような気がしてしまう」
現在の白露の尾の数は四本。確かにこれでは弱くなったように見えてしまう。けれど白露の尻尾の増減は昔ネットで見た嘘くさい情報に酷似しているのだ。
九尾の妖孤というと創作物では悪者のような立ち位置だが、それとは逆に善の狐として描かれる妖孤がいる。大昔の書物ではなくネット上で誰かが流した情報なので信憑性は薄いのだが、この善の狐たちは強くなるにつれて尾の数が減っていくらしいのだ。最終的には尾を持たなくなるらしいが、白露はその途中のようにも見える。
俺の個人的な意見を言わせてもらえば、これ以上強くなられるともふもふ尻尾が無くなってしまうのでこの辺りで止めておいて欲しいものだ。
いや、そんな話、今はどうでもいいな。ともかく、まずは白露に確かめてみよう。
「白露、もしかしてお前も別の属性が増えたりしたか?」
「もちろんじゃ。というよりも、ここにいる全員が二属性持ちになっておるぞ?」
「えっ? そうなのか?」
俺がみんなを見ると、それぞれが小さく頷いた。
「主殿とロゼは知らんじゃろうが、昨日はみんなで自分たちの力を確かめ合ったのじゃ。もともと自分の中に別の属性が生まれたことは感じておったのじゃが、これはミドリから流れて来た力じゃろうな」
「ミドリから?」
俺とロゼの視線がミドリへと向けられる。
「結果だけ見ればそうなのでしょう。ここにいる全員が聖属性の魔力を持つようになりました。それ以外にも、それぞれの身体に別の者の特徴が表れています」
「ど、どういうことだ? 俺の身体にみんなの特徴が祝福として現れたように、みんなの身体にも同じような事が起きてるのか?」
「そうなります。私の場合は――」
ミドリはそう言いながら背中から翼を出す。
その翼は今までのミドリの竜の翼ではなかった。羽毛に覆われていたのだ。
「ハーピーの……翼? それも、四つあるぞ?」
「いや、アキト。あれは私たちの翼とも違うぞ。根元は竜の鱗に覆われている。どちらかといえばコッカトライスに近い」
言われてみれば、確かに以前戦ったコッカトライスの翼にかなり近い。羽根自体もロゼの触り心地の良い柔らかな羽根と違って、鋭く固そうだ。
「まさに羽毛ある蛇、ケツァルコアトルって感じだな。完全なドラゴンの姿はどうなんだ? 変化があったのは翼だけか?」
「まだ元の姿に戻った事はありませんが、恐らくは全く違う姿になっていると思います。正直に言うと怖くて確認できていません」
そう言ってミドリは四枚の翼を引っ込める。
これはもしかしたら今までの翼のある四足歩行のドラゴンではなく、羽毛の翼を生やした蛇のような体型のドラゴンに変化している可能性があるな。
俺がケツァルコアトルと名付けたのは的確だったということか。
「オリヴィア、お前も身体に変化があったのか?」
「……ううん。お姉さんは特にこれといって変わっていないわよ。聖属性が増えただけ」
嘘だ。
今の妙な間は俺でも分かったぞ。明らかにオリヴィアは何かを隠している。俺たちにも言えないような変化が起きてしまったのだろうか?
「その……ミドリもオリヴィアも、無理にとは言わないからそのうち勇気が出たら色々教えてくれ」
「分かりました」
「…………分かったわ」
オリヴィアも気付かれたことが分かったのか、大人しく頷いた。
あいつが俺たちにまで隠そうとすることだ。余程の変化があったに違いない。無理やり聞き出す気にはなれないし、いつかオリヴィアが見せてくれるまで待とうと思う。
さて、こうなってくると次はレフィーナが気になるな。
俺が視線を向けると、レフィーナはにんまりと笑顔を浮かべた。あれは自分の変化を自慢したくてしょうがない顔だ。
「ぼくは聖属性が増えた以外に、こういう植物が出せるようになったんだ」
レフィーナの服の裾から緑色の植物が生えてくる。俺はその植物にとても見覚えがあった。
「それ、ワカメか?」
「うん。凄いでしょ? 試してみたけど、ぼくは水中でも活動できたよ」
これはオリヴィアの影響なのか?
俺がオリヴィアに視線を向けると、彼女は肩をすくめてみせた。
「私にも分からないわ。でも、海藻だけじゃなくてマングローブも出せるみたいだから、かなり幅広いわよ」
「ならそっちを見せてくれたらいいのに……どうして海藻が先なんだ」
「だって美味しいから」
レフィーナは身体から生やしたワカメを千切ると口に含んだ。自分を食うなよ。
「それ、意味なくないか?」
「ぼくが食べる分には意味ないけど、例えばアキトくんにあげたら意味も生まれるでしょ?」
「まあ確かにな。けど、もう花っていうか植物なら何でも良いんだな」
「海藻にも花はあるんだよ?」
「えっ、そうなのか……そりゃそうか」
考えたことも無かった。水中だと海流に乗せて花粉を飛ばすのだろうか?
いくら俺が異種族好きだとはいえ、ワカメのアルラウネなんてマニアックな奴が出てくる本やゲームはなかったから知らないぞ。
「レフィーナの変化は分かったけど、白露とロゼは別の誰かの影響が出ているようには見えないぞ?」
「見た目ではそうじゃろうな。ただ、我は視力がとんでもなく良くなったのと魔力圧縮が出来るようになった。これはロゼとレフィーナの影響ではないか?」
なるほど、そっちの能力を得たのか。
俺もロゼとの契約で得た祝福は前回と同じでハーピーの目だ。遠くまでハッキリと見えるこの目は俺の空間魔法と相性がいい。
そして魔力圧縮か。変幻自在に姿を変えられる白露が魔力まで偽装できるようになればかなり強力そうだな。
「ロゼはどうだ?」
俺が尋ねると、ロゼは目を閉じて意識を集中させ始めた。自分の身体に以前との変化がどの程度あるのか探っているだと思う。
数秒後に目を開くと、俺の目を見て結果を教えてくれた。
「確かに風属性ではない魔力を感じる。これが聖属性の魔力みたいだな。意識すればコントロールも簡単そうだ。それとこれはアキトと契約した瞬間から分かっていた力なんだが、見える世界を切り替えられるようだ」
「切り替える?」
「うん。実は一昨日からこの目の力を試して分析していたんだが、どうやら温度を色で見分ける目と、魔力を霧や水の流れのように見ることが出来る目があるみたいなんだ」
ロゼは目に関する力をみんなから貰っていたようだ。
「それはオリヴィアの温度を見る目とシラツユの魔力を見る目だな」
「そうか、これは二人の目だったのか」
俺が複数の祝福を持つように、みんなも新しい力をたくさん得たようだな。
するとレフィーナが、先ほどから俺が思っていたことを代弁してくれた。
「なんだかみんながバラバラに変化するから、誰がどんな能力を持っているのか分からなくなってきちゃった」
本当にその通りだ。一度リスト化してほしい。
「して、主殿。我の種族名は何か思い付いたか?」
白露に問われて俺は本題を思い出した。
みんなの変化が衝撃的過ぎて本来話そうと思っていたことをすっかり忘れていた。
「あ、ああ。もちろんだ。俺は最初、オリヴィアが特級種族になったことで属性が増えた話から、白露も属性が増えたんじゃないかって思ったんだ」
「うむ。炎と聖属性じゃ」
「そこが問題なんだ。白露が特級種族になって本来増える種族は闇属性だったと俺は考えている」
「ぬ? まあ確かに悪鬼に進化させられた我なら、普通は闇属性を習得しそうなものじゃな」
それが一番自然な進化だと言える。
「けどミドリの影響なのか、闇属性じゃなくて聖属性が増えただろ? これによって白露は種族としての方向性も変わったんだと思うんだ」
「方向性? 何が言いたいのじゃ?」
「妖孤は本来、悪鬼の手下として人々を化かして襲う悪い妖怪だろ? 俺が来た世界だとそういう狐で一番強い奴を白面金毛九尾の狐って呼んでいたんだ」
白い肌に金色の髪、九つの尾を持つ美しい女性。まさに白露のことだ。
「けれど、そういう悪い狐とは逆に、神に仕えて修行を重ねている良い狐の伝説も残っている。そういう狐の中で最上位の狐は天狐って呼ばれているんだ」
「ほう、では我の種族はその天狐ということになるか」
「ああ。俺はそれが良いと思う。都合よく尻尾も四本だしな」
「天狐とは尾が四本なのか?」
「そういう噂があるだけで、誰も見たことはないんだ。けど、何故か強くなった白露は尻尾が四本になった。例え俺が知っている噂話が誰かの嘘だったとしても、どこか運命みたいなものを感じたんだ」
「嘘から出た実、ということじゃな? 悪くない。では我は天孤を名乗ることにする」
白露は天孤の名を気に入ってくれたのか、とても嬉しそうに笑った。
これで全員の新しい種族名が決まった。ドラゴン、アルラウネ、ラミア、妖孤、ハーピー。五つの種族の最上位種族である五人と契約し、俺は人間ではなく魔人となった。
祝福が増えるごとに人間離れしているとは感じていたが、ついに名実ともに人間ではなくなってしまったな。
「全員の種族名が決まったが、これで話し合いはお終いか?」
ロゼが周りを見回しながら尋ねる。
「そうですね。最後に話そうと思っていた肉体の変化についても先に話してしまいましたし、これで終わりです」
「何か気付いたことがあればまた集まって話しましょうよ。しばらくはみんなこの村にいるんだから」
ミドリとオリヴィアの言葉で話し合いは終わりの雰囲気へと向かう。
オリヴィアが昼食を作ってくれるというので、ついでに彼女の料理を教わろうとキッチンへ向かおうとしたところで、ロゼが再び口を開いた。
「アキト、近いうちにオルディッシュ島へ一緒に行かないか?」
俺は足を止めて振り返る。
「オルディッシュ島? だってお前、追い出されたんだろ?」
「そうだ。だが、アキトと結婚するならリズには報告しておきたいんだ」
「あ~、まあ……確かに筋は通しておきたいか……」
追い出されたと言っても、リズさんはロゼの妹でたった一人の家族だ。
どんな態度を取られるか想像も付かないが、報告しておきたいというロゼの気持ちは理解できる。
「分かった。一緒に行こう」
果たして島の人々は俺とロゼの結婚を祝福してくれるだろうか?
俺は不安を胸に秘めて、オルディッシュ島行きの準備を進めることにした。




