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外伝 ヤマシロの夏祭り 八話

 ミドリたちに差し入れを渡し終えた後、俺は並んでいる人たち全員分の飲み水を『冷蔵庫』から取り出して巫女たちに配るように頼んだ。

 ヒナノ曰く、今までで一番混んでいるとのことだったので、恐らくここまで並ぶとは思っていなかった人も多いはずだ。

 熱中症対策不足で倒れられても困るので、10分もその場で待機させてしまったお詫びも兼ねて大盤振る舞いした。

 お茶やスポーツドリンクはいくら何でも全員分は冷蔵庫に入っていないのだが、水だけは余裕で配り切ることが出来る量をいつも貯蔵しているので大丈夫だ。

 俺の魔法って災害時に大活躍間違いなしだよな。

 その後、白露と共に一度神社を出て、近くにあったカフェで夜になるまでまったり過ごすことにした。

 ミドリたちの写真撮影は日が暮れるまでなので、それ以降ならみんなで祭りを楽しむ事が出来るのだ。


「平和じゃのう。こんなに楽しんでしまってよいのじゃろうか?」

「俺とお前で魔獣狩りをした結果の平和だろ。酒呑童子を倒したのだって俺たちだし、今を楽しむ権利は十分にあると思うぞ」

「そうかもしれんが、楽しすぎてついそんなことを考えてしまうのじゃ」

「…………楽しんでいるなら、いいけどさ」


 白露は生まれてからずっと戦いの中にいたのだ。

 最初は魔獣同士の縄張り争い。次は人間や獣人たちと戦い、酒呑童子を裏切ってからは妖怪や大鬼、そして命の恩人である酒呑童子とも戦った。

 その後、数百年以上封印されたのち、やっと封印から解放されたと思ったら酒呑童子と決着を付けなくてはいけなくなってしまった。

 こうして考えると、白露に取って今は初めての平和で自由な生活だ。

 どこへ行くのも、何をするのも自由。俺と一緒に魔獣と戦う事はあっても、本当の意味での殺し合いになることはない。

 もちろん魔獣との戦いだって一歩間違えたら命を落とすこともある危険なものだが、酒呑童子や妖怪との戦い比べたら身に危険が及ぶことの方が少ない。


「主殿、そんな心配そうな顔をするでない」

「心配にもなるさ。昔のミドリみたいになられたら困るからな」

「生きる目的を失ったというやつか。案ずるな、我には子を育ててみたいという夢がある。全ての気力をなくして消えるとしたら、子や夫が死に、再び一人になった時じゃろう。その頃には主殿もこの世にはおらんよ」


 それはそれでとても悲しい最後だが、老いて死ぬことが出来ない白露の最後はそうなる可能性の方が高い。

 そうならないように、俺の子孫たちが代替わりを繰り返しながら白露とずっと仲良くしてくれると良いのだけれど、さすがに恋人がいない現状でその話を切り出すのはためらわれた。

 俺がロゼと恋人になれたら、俺の一族を見守る役割を頼んでみても良いかもしれない。




 空が茜色に染まって来たところで、俺と白露はカフェを出て神社へと戻った。

 すると、ベンチでつまらなそうに空を見上げているレフィーナがいた。その隣には白露の後輩妖孤の姿もある。


「何してんだ?」


 俺が尋ねると、レフィーナは目を輝かせてベンチから飛び上がった。


「アキトくん! どこ行ってたのさ、探したんだよ!?」

「わ、悪い。夜になったらミドリたちと合流するから、それまで外で時間を潰してた」

「神社の外に行ってたの? 通りで魔力でも探せないわけだよ」

「レフィーナなら神社の外の魔力も探れるだろ? 俺はシラツユと一緒なんだし」

「それが、白露の魔力がどう頑張っても感知出来なかったんだ」


 レフィーナが感知できないなんてことがあるのか?

 俺の魔力は無属性なので感知し辛いのは分かる。だが、白露は炎属性であり、魔力量はレフィーナと同等。見付けられない方がおかしい。


「す、すまぬ。妖術を使っていたから、我の事を感知出来なかったと思うのじゃ」

「どうして妖術なんて使ってんだよ?」

「我の魔力は大きすぎるので魔力感知を持つ種族からしたら恐ろしいはずじゃ。加えて我は魔力圧縮がほとんど出来ないからのう。最近は妖術で魔力を隠すようにしていたのじゃ」


 それは確かに必要な配慮だと思うが、今回ばかりはそれが裏目に出たようだ。


「そう言う事なら仕方ないか……行こう? ミドリお姉ちゃんたちもそろそろ終わると思うよ」


 レフィーナが残念そうにしながら歩き出す。

 俺と白露、それと後輩妖孤はその後を追った。


「レフィーナ、何か食べたいものあるか?」

「えっと……甘い物」

「お前はそればっかりだな。とりあえず、わたあめでも買うか」


 俺はわたあめを売っていたおじさんに頼み込んで、特大わたあめを作ってもらう。もちろんサイズ分の追加料金を払った。


「ほら」

「何これ、食べ物?」


 レフィーナは受けとった特大わたあめを見つめて眉をひそめる。俺にとっては子供の頃からある辺り前の食べ物だけど、初めて見る奴にはこれが食べ物に見えないか。


「甘いお菓子だ、けっこううまいんだぞ」


 そう言って俺はわたあめを手で少し千切ると、口に放り込んだ。

 口の中の温度でわたあめは一瞬にして溶けてしまい、甘さだけが広がる。

 レフィーナは俺が食べたのを見て安全と判断したのか、わたあめにかぶり付いた。


「ん!? な、何これ、ふわふわがすぐに無くなっちゃう」

「砂糖だからな。でもうまいだろ?」

「うん。これも砂糖なんだね。砂糖魔石で作ったら面白いかも」

「そんな高級わたあめ誰が買うんだ……」


 アルラウネしかそんなもったいない使い方しないぞ。

 ともあれ、わたあめパワーでレフィーナの機嫌も直ったようだ。


「あっ、そういえば、ベンチでずっと狐と一緒だったんだけど、名前とかないの?」

「名前?」


 俺は後ろを付いて来る小さな妖孤に目を向ける。


「白露、何か名前つけてやったのか?」

「いや、我はあまりそういうのは得意ではない。主殿がつけてやったらどうじゃ?」

「お前の後輩だろ。なんか最近はすっかり人里になれて放し飼いみたいになってるけど、大丈夫なんだよな?」


 今日だってレフィーナと合流する以前は何処にいたのかも分からない。

 いつも夜になるとアパートの屋根の上で寝ているからそこまで心配していないが、白露と違って会話不能な上に、仕草で気持ちを教えてくれたりもしないので俺としては近付き辛い存在だ。

 白露とレフィーナは会話できるようなので、名前を付けるのなら二人のどちらかが良いと思う。


「こやつも悪鬼の闇が抜けきって物分かりがよくなっておるから大丈夫じゃ。しかし名前が無いのは確かに不便じゃから、主殿にぜひつけてやってもらいたい」

「俺だって名前を付けるのは得意じゃないぞ」

「そこを何とか頑張って欲しいのじゃ」


 頑張れと言われてもなぁ。

 俺はミドリたちがいる拝殿まで歩きながら、後輩妖孤の名前を考える。

 見た目が真っ黒な毛並みの狐なので、色に因んだ名前でもいい気がするな。

 クロ。ブラック。ノワール。シュヴァルツ。

 なんかどれもペットの名前みたいだ。

 ノワールとシュヴァルツはカッコいいが、それは俺が日本人だからカッコよく聞こえているだけの気がする。実際はただの色の名前だ。ペットならそれでも良いが、この妖孤もシラツユのようにその内言葉を喋れるようになったり、獣人化できるようになったりするかもしれない。

 それを考えると、安直に色の名前を付ける気にはならない。

 そういえば、肉体から飛び出して幽霊のように霊体化していた時は青い炎の身体だった。

 蒼炎。蒼魔。蒼黒。蒼孤。黒孤。

 ダメだな。どれも決め手に欠ける気がする。


「あっ、そうだ。大事なことを忘れていた」

「どうしたのじゃ?」

「その狐。オスメスどっちだ?」


 俺が尋ねると、シラツユがニヤリと笑う。


「さあのう。確かめてみたらどうじゃ? 我をメスだと確かめた時のように」

「お、お前なあ、まだその話を引っ張るか」

「我にとってはそれなりに衝撃だったのじゃぞ? まさかあそこをまさぐられるとは思っておらなかったからな」

「触ったのは認めるけど、まさぐってはいないぞ」


 話を勝手に大きくするなよな。


「主殿、意外に正直じゃな」

「お前が狐姿だった時の話だからな。ここで嘘を吐いたり言い淀んだりする方が怪しいだろ?」

「確かにそうじゃな、からかって悪かったの。そやつは我と同じでメスじゃよ」


 さすがの白露も悪かったと思ったのか、素直に教えてくれる。

 女の子か。

 もう面倒だから響きが何となくカッコいいノワールにしてしまおうかと思ったのだが、女の子と言われるとノワールは違う気がする。


「ダメだ、思い付かない。少し保留にさせてくれ」


 この祭りが終わる頃には何か良い名前が浮かんでくると良いのだが、今は何も出てきそうにない。

 俺はその後も狐の名前を考えながらミドリたちと合流するべく歩き続けた。

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