外伝 ヤマシロの夏祭り 二話
八月に入る頃には神社への参拝客もかなり増えて来ていた。夏休みに遠くからイズモまで来る観光客などが見え始めたらしい。
オリヴィア、ヒナノ、ミドリの三姉妹は当然のように忙しくなり、俺も昼休み以外はミドリと話せない日々が続いた。
以前よりも更に巨大かつ元気に葉を茂らせるようになった御神木の世話をしているレフィーナも注目され始めている。
そもそもだが、植物系の種族が人里で暮らしているのは誰も見たことがなかったらしい。
オリヴィアたちとは違い、神聖な存在と言うよりは物珍しさが勝っているような感じだ。
遠巻きに見てくることはあっても、話しかけてくることはあまりないらしい。
ただ、お土産物屋に置いて貰った彼女の蜜は、高額にもかかわらずかなりの数が売れている。
御神木を蘇らせた実績と、レフィーナの巫女仲間であるカナと両親が滋養強壮に良いと布教しているのが理由らしい。
レフィーナは蜜を作り分ける術を習得しており、最新の蜜は栄養価が高い上に甘さは蜂蜜くらいに抑えてあるとても食べやすいものに変化していた。そして魔力はほとんど含まれていないために、魔力を狙われる心配もないという。
悪鬼とその妖怪にカナの妹が襲われてしまったことから、レフィーナが考え抜いて作り出した人間用のアルラウネの蜜だ。実は俺も少しだけ買って「冷蔵庫」に貯蔵している。保存食としても優秀だよな。
ミドリの夏バテがこの蜜を舐めたらすぐに治った時は、あれこれ考えて昼食のメニューを工夫していた俺の努力が馬鹿らしくなったものだ。
ミドリは喜んで食べてくれていたからいいけどな。
さて、各々が忙しく働いている中で、俺とシラツユだけは今まで通りのんびりとした生活を続けている。
そもそもだが、竜の翼を使って飛び回り、シラツユの魔眼で魔獣を探す日々をこれだけ続けていると、付近に魔獣が発生することはほとんどなくなった。
元魔獣であるシラツユに聞いて初めて発覚したことだが、魔獣は普通の動物からも産まれたり、途中で魔獣へと変異したりすることがあるらしい。
さすがに普通の野生動物を絶滅させるわけにはいかないので、現在は突然変異した魔獣を見付けては駆除するだけの日々であり、一日に一匹も魔獣に出会わないで終わる日も増えてきた。
俺とシラツユがいつものように見回りから戻って来て神社のベンチで休憩していると、そこに子供たちを連れてヒナノが現れる。
「アキト君、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
俺が首を傾げると、ヒナノは連れて来た子供に前に出るように促す。
一歩前に出て俺と向き合ったのは10歳くらいの少年だ。
「お兄さん、退治屋なんですよね?」
「ん? ああ、そうだよ。もしかして魔獣が出たのか?」
少年は首を横に振る。
魔獣じゃないのに退治屋の俺に用があるのか?
「この前、友達と肝試しをした時に、僕……お化けを見たんです」
「お化け?」
おいおい。まさか俺にお化け退治を頼むつもりか?
ヒナノを見ると、真剣な表情で小さく頷いた。
いや、頷かれても困る。
俺は魔獣や魔物なら退治できるが、除霊は専門外だぞ。それこそ、ヒナノの父親であるツネヒサさんに頼んだ方がいい。
「大人は信じてくれないけど、でも僕だけじゃなくてみんなで見たからホントなんです。退治屋のお兄さんは大鬼を倒せるくらい強いって聞きました。これでお化けを退治してもらえませんか?」
そう言うと、少年は小銭を俺に手渡す。
後ろにいた3人も一斉にお金を出し、俺の手元には合計で6千円ほど集まった。
最近の小学生がいくらのお小遣いを貰っているのかは知らないが、4人で6千円はかなりの大金だろう。
「……お前たち、お金持ちの子供とか?」
「違うよ、アキト君。それ、この子たちの数か月分のお小遣い」
「数か月……俺にこんなに金を出してどうする気だ? この金がなくなったら、お前たちは夏祭りで何も買えないんじゃないのか?」
「そ、そうだけど……」
少年は小さな拳を握り込むと、焦りのようなものを滲ませた表情で訴える。
「僕たちは嘘なんて吐いてないから、それを証明して欲しいんです!」
それを聞いて、俺は彼らに起きた事をあらかた理解した。
肝試し先でお化けらしきものをみんなで見た事を大人や他の友人に話しても信じてもらえなかっただけでなく、嘘吐きというレッテルを貼られてしまったのだろう。
楽しみにしていた夏祭りで遊ぶお金すら投げ打って俺にお化け退治を頼むというのは、それが彼らのプライドというか、心を深く傷付けたに違いない。
俺は貰ったお金を目の前の少年に突き返す。
「この金は受け取れない」
「アキト君!」
「ヒナノ、お前何か勘違いしてないか?」
「勘違い? 何? まさか、これじゃ足りないって言うの?」
こいつ、子供たちの味方になるのはいいが、一緒になって頭に血を登らせてどうするんだよ。少し考えたら分かることだろう。
「違う。俺はツネヒサさんに雲竜神社とその周辺の魔獣、魔物退治を任されているんだぞ? お化けだか何だが知らないが、化け物が出たってんなら、俺が退治しに行くのは当たり前だろうが。追加で金を受け取る必要はない。ていうか、受け取ったら契約違反だ」
「あっ」
ヒナノはみるみるうちに顔を真っ赤に染めた。
こいつすっかり忘れていやがったな。
「お兄さん、ただでお化けを退治してくれるんですか?」
「いいや、違うぞ。俺はヒナノのお父さんから既にお金を貰っているんだ。だからその小遣いは自分たちのために取っておけ。お前たちは場所だけ教えてくれたら良い」
「あ、ありがとうございます」
少年たちは自分たちがお金を払うことなく依頼を受けてもらえることに少しだけ腑に落ちないようだったが、顔を見合わせてから返却されたお小遣いをそれぞれ回収した。
「よし、とりあえず場所だけ教えてくれ。今日の夜に調査に行ってみる」
「はい。お願いします」
少年たちは俺に説明するために持って来ていた地図を広げて場所を教えてくれた。
その場所を見て、俺は嫌な気分になりながらも表情に出さないように努めた。
その日の夜。
夕食後、アパートの俺の部屋に白露が訪ねてきた。
「主殿、そろそろ出発した方がいいのではないか?」
「そ、そうか? どうせなら深夜に行こうかと思っていたんだけど」
時刻はまだ夜の9時だ。
「子供たちが肝試しをしていた時間という事は遅くともこのぐらいまでじゃろう。これ以上夜遅くに調査に向かう必要はないと思うのじゃ」
「そ、それもそうか……」
仕方なく出かける準備を整えて外に出ると、白露が俺の顔を見てニヤリと笑う。
「な、何だよ?」
「いや……もしや主殿、怖いのではないか?」
「は!? ば、馬鹿言うなよ」
「違うのか? 我には主殿があの場所へ行きたくないからダラダラと時間を引き延ばしていたように見えたのじゃが」
「んなわけあるかよ。行くぞ」
白露に色々と見透かされた気がするが、俺は何とか誤魔化して目的地へと歩き出す。
最近の子供はよくあんな場所で肝試しをしようとか考えるよな。俺だった絶対にやらないぞ。
俺は無宗教なので罰当たりという言葉はあまり好きではないが、不謹慎ではあるのは確かだし、お化けが出たのが本当か嘘か以前に、あの場所で肝試しをしたことを大人が叱ってやるべきだと思う。
とはいえ、他人の子供を叱ってやるほど俺もお人よしじゃないからな。特に何も言わなかった。彼らと仲がとても良さそうに見えるヒナノが叱っていればいいのだが、あいつにそういったことを期待するだけ無駄だろうか?
いや、そんなことはどうでもいい。ともかく問題なのは、俺が今からそこへ調査に向かわなければいけないということだ。
白露には強がってみせたが、本当は死ぬほど行きたくない。
「主殿、手を繋いでやろうか?」
「こ、子供扱いするな!」
俺は恐怖を紛らわす千載一遇のチャンスを自身のプライドを守るために棒に振って、イズモの北の端にある墓地へと向かうのだった。
肝試しをする時は、事前にその土地の管理者に許可をもらいましょう。




