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二章 ドラゴン巫女 十話

今回はシラツユ視点です。

 主殿(あるじどの)と退治屋を始めてから、一か月と少しの時間が過ぎた。

 主殿とは我の契約者であるアキトという青年のことじゃ。

 幼い見た目故、少年だと思っておったのじゃが、すでに酒を飲める年齢だと分かったので、それ以降は大人として扱ってやっておる。

 我としては魔力が回復するまで出雲に留まり、主殿と契約することで昔以上の力を手に入れたら、同じく力を回復させるために潜伏している悪鬼を探し出して始末しようと思っておる。

 出来る事なら主殿や他の契約者たちの力も借りたいところじゃな。出雲で主殿の契約者の一人であるミドリという竜の子に出会ったのじゃが、あれは相当な戦闘力を持っているようじゃ。

 オリヴィアとレフィーナも侮れぬ力を秘めておるし、全員でかかれば如何に完全復活した悪鬼と言えど、倒し切ることが出来るかもしれぬ。

 それにしても、主殿と契約した事で七尾まで回復できたのじゃが、そこから先がなかなか回復せんので困っておるのじゃ。

 普通は魔力の回復にこんなに時間がかかったりはせん。一日ぐっすり眠れば全開のはずじゃ。それなのに昔の力を取り戻せないのは、我の身体の方が自身の器の大きさを忘れてしまったからに他ならない。

 本当はもっと魔力を蓄えることが出来るはずなのに、我の身体は今の状態が完全回復じゃと勘違いしておるというわけじゃな。全く嘆かわしい限りじゃ。

 そういえば、今のこの神社には古竜――エンシェントドラゴンが一匹おる。

 ヒナノとかいう小娘じゃ。

 主殿よりは年上のようなのじゃが、言動がわがままな子供過ぎて小娘にしか見えぬ残念な竜じゃ。まあそれはどうでもいいのじゃが、問題は我が大妖怪として名を馳せておった時代にはここまで純粋で強い聖の鱗を持つ竜はおらんかったということじゃ。

 我はこれまでの人生で出会ってきたエンシェントドラゴンを思い出す。

 まずは碧羅。

 水と闇の力を持つ青い鱗を持った男前じゃ。実はオリヴィアの奴に碧羅の魔力に近いものを感じる時があるので、おそらくは子孫じゃと思っておる。

 次に紅蓮。

 炎と闇の力を持つ赤い鱗を持った男じゃ。手の付けられぬ暴れ者で、西の大陸を手に入れると言ってヤマシロから出ていった馬鹿者じゃが、実力は本物じゃった。

 最後に黒曜。

 強い闇の力を持つ暗黒の鱗を持った男。我が碧羅たちと出会うよりもずっと前にこの地を出て行った悪しき竜。悪鬼の盟友であり、これは我がまだ魔狐だった頃の話なので詳しくは分からぬが、三体のエンシェントドラゴンを裏切って殺したと聞いたことがある。我が奴に出会ったのはただの偶然で、その時はまだ我も悪鬼の部下じゃったから見逃されたが、間違いなく六竜の中で一番の力を持っている存在じゃな。

 そして、ヒナノはその時に殺された黒曜と対を生す強い聖の力を持つエンシェントドラゴンの生まれ変わりじゃろう。あやつらと同格の存在じゃというのに、それを感じさせないのは良いのか悪いのか判断に悩むところじゃ。

 さて、我は悪鬼さえ倒せれば良いと考えておったのじゃが、先日主殿と一緒にミドリの話を聞いて衝撃を受けたのじゃ。

 あの黒曜が西の大陸で魔王と呼ばれて一国の王として君臨しているというではないか。

 しかも、碧羅と眩耀に一度討たれ、その後今になって記憶を持って転生したなど、到底信じられる話ではない。じゃが、ミドリが嘘を言うとも思えんし、何よりも碧羅と眩耀の名前が出てきたことで話の信憑性が上がった。

 悪鬼を封印した後、あやつらなら紅蓮が悪さをせんように追いかけたと思うのじゃ。そこで黒曜に出会ってしまったのなら、戦いになるのは必然じゃ。

 竜王と呼ばれるほどに語り継がれているところを見ると、碧羅は黒曜を討った後は王として国を作ったと見える。もう会えぬ友の生き様が少しでも感じられたのは収穫じゃ。

 主殿は自由に生きることを優先し、ミドリに復讐をさせる気はないようじゃが、我としては悪鬼を討った後に西の国に向かい、黒曜を始末したいところじゃ。

 悪鬼と黒曜の力は恐らくは互角。

 四つの属性の魔力を使いこなす主殿。まだ若く経験が足らんところもあるが、エンシェントドラゴンに匹敵する力を祝福で得ているミドリ。血は薄そうじゃが碧羅の力の一端を受け継いでおるオリヴィア。植物族の中でも最高峰の力を持ち、いまだ成長を続けておるレフィーナ。

 この4人に完全復活した我が加わって戦えば、必ず勝てるはずじゃ。

 ああ、早くこのことを主殿に打ち明けたい。

 主殿は我にも自由に生きろと言ってくれたのじゃ。ならば、我は我のしたいように主殿をそそのかすとしよう。

 いや、少し言い方が悪いか。

 主殿に協力を仰ぐためにも、早く力を取り戻さねば。

 まずは元の姿に戻らねば話にならぬ。何かいい方法はないものか……。


「おっ、ヒナノの奴、相変わらず子供たちに人気だな」


 主殿と見回りから帰ってくると、ちょうどヒナノが子供たちと遊んでおるところに出くわした。

 すると子供の一人がつまずいて転び、膝を擦りむいてしまう。

 ヒナノはすぐに駆け寄って子供の怪我を魔法で治療した。


「あれが光明魔法か、初めて見た。白露は知ってるか?」


 我は首を横に振る。

 長く生きておるが光明魔法など聞いたことがない。名前からして暗黒魔法の対極に位置する魔法じゃろうか?


「俺たちがここに来たのはミドリの借金を返すためだったが、そもそもなんでそんな事になったのかって言うと、ミドリの怪我の治療をしたヒナノにすげえ額の治療費を請求されたからなんだ」


 怪我の治療費?

 ドラゴンであるミドリが借金をしてまで治療を頼まねばならない怪我とは、いったいどれほどの大怪我じゃったのだろう。


「暗黒魔法の攻撃で腕をかなり深くまで斬られてな。傷は塞がったんだが、暗黒魔法の影響で機能不全を起こして腕が動かなくなっちまったんだ」


 何じゃと?

 ミドリの腕を鱗ごと斬ることが出来るほどの暗黒魔法となると冥界斬じゃろうが、あれの恐ろしいところは身体の中にいつまでも残って蝕み続けてくることなのじゃ。

 我も最後の戦いの時は悪鬼の暗黒魔法を何発か貰ってしまったのを思い出す。

 長く封印されておる間に少しずつ癒えたが、あれをヒナノは魔法で治療できるというのか?

 いや、待つのじゃ……そもそも我を蝕んでいた暗黒魔法は本当に我の中から消えたのか?


「どうした白露、ヒナノが気になるのか?」


 気になるどころの話ではない。あやつの光明魔法、もしかしたら……。


「あっ、おい!」


 我は主殿の制止を無視してヒナノに駆け寄ると、自分に光明魔法を使って欲しいとアピールする。

 しかし、言葉を喋ることが出来ない今の状態ではこんな簡単なことも伝えることが難しい。


「えっと、確かアキト君の契約獣の狐だよね? 何か伝えたいのかな?」


 周りにいた子供たちが我に興味を持って撫でまわしてくる。

 ぬぅ、放さんか童ども。我はおぬしらと遊んでやるつもりで近寄ったわけではないわ。


「白露、お前ヒナノに何か伝えたいのか?」


 頼む主殿。我はヒナノに光明魔法を使って欲しいのじゃ。


「んん? ジェスチャーだけじゃ分かんねえよ。ちょっと待ってくれ、レフィーナを呼ぶ」


 レフィーナを呼ぶじゃと?

 一体どうやるのかと思ったが、主殿は背中か竜の翼を出すと空高く飛び上った。

 上空から地上を眺めた後、何かを見付けたように飛んでいくと、しばらくしてレフィーナを抱きかかえて戻って来た。


「おまたせ。レフィーナ、通訳頼む」

「うん。まっかせて!」


 子供たちがアキトの翼を見て、オリヴィアの翼と一緒だと騒ぎ出す。退治屋のアキトは最近この辺りで有名になりつつあるが、オリヴィアの契約者だという事実はまだ世間にはあまり知られていないようじゃ。


『それで、シラツユは何を伝えたいの?』


 レフィーナが我に思念を飛ばして話しかけてくる。便利な能力じゃ、植物族と虫族にはこういった特殊能力を持つ者が多くいるが、獣族(けものぞく)である我とまで話せるというのは珍しい。クイーンアルラウネ固有の能力かもしれんな。


『我の身体は暗黒魔法によって蝕まれている可能性がある。ヒナノの光明魔法で治療して欲しいのじゃ』

「えっ? そうだったの?」


 レフィーナは目を丸くして我の身体を見回す。

 別に外傷が残っているわけではないから、身体を見ても分からんはずじゃぞ。


「白露は何て言っていたんだ?」

「暗黒魔法で怪我してるみたい。ヒナノに治して欲しいんだって」

「暗黒魔法? そんな凄い魔法を食らってるところなんて見たことないけどな?」

『たわけ。主殿に出会う前の話じゃ』

「アキトくんに出会う前の話だって」

「へぇ……じゃあ、ミドリの腕みたいなもんか。ヒナノ、頼めるか?」


 主殿が頼むと、ヒナノはあからさまに面倒くさそうな顔をした。


「普通の怪我ならまだしも、闇属性を浄化するのって大変なんだよ?」

「金なら払う。ただし、常識価格でな」

「…………10万」

「1万だ」

「それは安すぎ!」

「高いくらいだろ」

「むぅ……」


 ヒナノは不満そうに主殿から目を反らした。こやつはどれだけ魔法を使いたくないんじゃ。稀にみる怠け者じゃな。

 すると、話を横で聞いていた子供たちがヒナノの袴を引っ張って彼女を見上げた。


「ヒナノちゃん、狐さん怪我してるんでしょ? 治してあげてよ」

「そうだよ。可哀そうだよ」

「お金なら、私のおこづかいあげるから」


 ふむ。これは思わぬ援軍じゃ。

 さしものヒナノも、子供らに頼まれては断れぬようで、観念するように肩を落とした。


「分かったよ、やってみる。あと、おこづかいは自分のために使いな」


 ヒナノはしゃがみ込んで子供たちの頭を撫でた後、我に向かって手をかざす。


「『光明魔法・破邪の光』」


 ヒナノの魔法が我の身体を包み込み、暖かな魔力が身体へと流れ込んでくる。

 それにより、我の身体の中をヒナノの魔力と我の魔力が駆け巡る。久しく感じられなかった強い魔力が身体を巡る感覚に全身の毛が逆立った。

 我の尻尾が一本、二本と増え、懐かしい九本の尾が蘇る。

 やはり、我の身体はいまだに暗黒魔法に侵されていたようじゃ。ヒナノの魔法のおかげで全身がスッキリとし、万全の状態へと戻っていく。


「う、嘘……」


 完全復活した我の魔力を感じ取ったのか、レフィーナが一歩距離を取る。


「どうした?」

「信じられない。シラツユの魔力がぼくと同じくらいになった」

「何だって!?」


 主殿が驚いて我を見る。

 この程度で驚いて貰っては困るのじゃ。我の強さは魔力量だけではないからの。

 じゃが、ここは目立ちすぎる。必要なものも足らんし、主殿を驚かしてやるには適していない。


「主殿、場所を変えたいのじゃが」

「喋った!?」

「元々の力を取り戻したからのう。感謝するぞ、ヒナノ」


 ヒナノはポカンと口を開けて呆けていたが、すぐに我に返って頷いた。


「う、うん」


 歯切れの悪い奴じゃ。まあ、魔獣じゃと思われておったようじゃし、言葉を喋れば驚かれるか。


「聞こえなかったのか主殿。我は場所を変えたいと言ったのじゃ」

「えっ!? わ、分かった。どこに行く?」

「ふむ。体格的にはレフィーナが適任じゃな。レフィーナの部屋に行きたいのじゃ」

「ぼくの部屋? いいよ、付いて来て」


 レフィーナは良く分かっていないようじゃったが、自分の住んでいるアパートの部屋まで歩き始める。

 我と主殿が後に続いた。


「ヒナノ、ミドリとオリヴィアにレフィーナの部屋に来るように伝えて貰えるか? 何か重要な話が聞ける気がするからさ」

「わ、分かった」


 さすが主殿、察しがいいのう。

 これはこの神社の存続にも関わる問題じゃからな、契約者を集めてくれるのはありがたい。

 我は九本になった尻尾を揺らしながら、ご機嫌で進むのだった。

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