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二章 ドラゴン巫女 七話

今回はオリヴィア視点です。

 私が蛇竜の巫女として再び雲竜神社で働き始めると、一週間後にはどこから聞きつけたのか私に会いに来てくれる参拝客の方が現れ始めるようになった。

 元々この神社の看板だったヒナノちゃん。

 一年間だけここで働き、竜神とラミアの混合という珍しい種族として話題となった私。

 そしてヒナノちゃんと共に現れた新しい竜人の巫女であるミドリちゃん。

 三人の巫女が揃ったことで、雲竜神社の注目度はグッと上昇したらしい。夏祭りでは私たちと写真撮影も出来ると分かり、みんな楽しみにしてくれているようだ。

 私はチヤホヤされるのが大好きなので、セクハラをされない限りは楽しく写真撮影に応じることが出来るのだが、ヒナノちゃんはとても苦手としているらしい。

 ミドリちゃんは、お金も貰ったし仕事として割り切るスタンスだ。

 写真撮影に関してアキトちゃんが、「それは巫女じゃなくてアイドルの仕事じゃないか?」と言っていたが、ヤマシロではこれが立派な竜人の巫女の仕事なのだ。

 ギドメリアのドラゴン教ほど盲目的ではないにせよ、ヤマシロの六竜信仰では神がこの世に生み出した六体のドラゴンを祀っており、竜人やラミアなど鱗を持つ種族はそのドラゴンの子孫であると考えられているため、竜人の巫女と一緒に写った写真はご利益があると信じられているらしい。

 正直な話、私と一緒に撮った写真など何のご利益もない気がするが、喜んで貰えるのが嬉しいので嫌いじゃない。

 そうして巫女として楽しく暮らしている内にあっという間に月日は流れ、季節は初夏へと移り変わった。


「はうあうああ~」


 仕事を終えて自宅へと帰ってお風呂を済ませた後、リビングのソファに座ってテレビを見ていたら、ヒナノちゃんが全身の力が抜けたように私に寄り掛かり、聞いたこともない様な情けない声を上げた。


「どうしたの、ヒナノちゃん?」

「どうしたもこうしたもないよ。疲れたの~」


 ヒナノちゃんはソファに横になると、私の蛇の下半身に頭を乗せて鱗に頬をくっつける。ひんやりしていて気持ちが良いらしい。


「ヒナノちゃん、今日はお掃除頑張っていたものね。偉いわよ」


 私は素直に甘えてくるヒナノちゃんが可愛くて、彼女の頭を撫でながら今日の頑張りを褒めてあげることにした。


「でしょ? 私、頑張ったよね?」

「ええ。とっても頑張っていたと思うわよ」

「んふふ~、お姉ちゃん大好き~」


 人間でいうところの膝の位置にヒナノちゃんの頭があるのだが、これは膝枕の定番イベントとして、耳かきとかしてあげた方がいいのだろうか?

 とにかく私をお姉ちゃんとして慕ってくれるヒナノちゃんが可愛すぎる。

 エンシェントドラゴンとメリュジーヌでは種族としての格も、本来の姿も全く違うのだが、普段は二人とも竜人の姿で生活しているため、参拝客の方々には本当の姉妹の様に見えると言われることすらあるのだ。

 加えて、ヒナノちゃんは甘えるのが大好きなのか、私を姉としてすぐに受け入れ、妹として全力で甘えてくれる。こんなに嬉しいことはない。


「あら? ヒナノちゃん、それお酒?」

「ん~、そうだよぉ? お姉ちゃんも飲む?」


 そう言って、ヒナノちゃんは抱きしめていた一升瓶を手渡して来た。


「これ、ツネヒサさんの日ノ本酒じゃない。ヒナノちゃん勝手に飲んだの?」

「大丈夫、大丈夫。父さんのものは私のもの」


 どうしようかしら?

 本当はダメだと思うのだけど、このお酒は私も前々から飲んでみたかったやつなのよね。


「あ、ラッパ飲みはまずいよね、ちょっと待って~」


 私が一升瓶とにらめっこをしていると、ヒナノちゃんが起き上がってリビングを出ていった。

 出来ればこの一升瓶も持って行って欲しかった。誰もいない部屋でこんなお酒と二人っきりにされたら、少しの気の緩みで飲んでしまいそうだ。

 はやくヒナノちゃんに戻って来て欲しいと願っていたのだが、それから20分以上の間お酒の誘惑に耐え続ける地獄を味わうことになった。




 10分が一時間にも感じられるような時を過ごしていると、現実の時間で25分程度経過したタイミングで、ヒナノちゃんが母親であるツキノさんを連れて戻って来た。

 ヒナノちゃんの両手には追加のお酒。ツキノさんはお盆につまみを大量に乗せている。


「おっまたせ~」

「おつまみもたくさん作って来たから、一緒に食べましょう?」

「ツキノさん、その日ノ本酒はツネヒサさんの秘蔵のお酒じゃ……?」


 目の前のテーブルに置かれた日ノ本酒は、どれもツネヒサさん秘蔵の名酒だ。勝手に飲んで許されるものでは決してないだろう。

 二人は私を挟むように両側に腰掛けると、ためらいもなくグラスに冷酒を注いでいく。

 私はごくりと喉を鳴らす。

 の、飲みたい。

 でも、今も仕事をしていて帰りが遅くなっているツネヒサさんを差し置いて、私たちが勝手に彼のお酒に手を付けるのはまずい。

 どうして二人はノリノリなのだろう?

 ヒナノちゃんはともかく、ツキノさんも既に酔っているのだろうか?

 すると、ツキノさんが突然光を失ったような瞳で私を見て、告げた。


「いいのよ。ツネヒサさんは今日もアキト君と一緒にお寿司屋さんに向かったから」

「え――」


 またか。

 ツネヒサさんはこのところアキトちゃんとシラツユちゃんと一緒に外食して帰ってくることが多い。お寿司屋さんには一週間前にも行っていたはずだ。

 せめて、ツキノさんにも一緒に行こうとか言えないのだろうか?


「しかも、今回はエメラルドとレフィーナも一緒だってさ」


 ヒナノちゃんが不機嫌そうな顔で言うと、ツキノさんの表情が更に暗くなった。


「私たちだけ除け者にされた気分なのよ。オリヴィアちゃんはどう思う?」

「ど、どうって……」


 ツネヒサさん!

 どうしてその流れで、自分の妻と娘を誘わないの!?

 馬鹿!?

 もしかしてツネヒサさん、馬鹿なの!?

 職場の人間とのご飯に家族を連れて言ったりはしないだろうけど、そのメンバーならツキノさんとヒナノちゃんを誘ってもいいじゃない!

 というか、私も誘われていないんですけど!?

 どういうことなの、アキトちゃん!

 私は脳内で全力ツッコミを入れた後、ツキノさんに力強い声で返事をした。


「許せないですね。飲みましょう!」


 誘ってもらえなかった女三人でヤケ酒パーティーの始まりよ。




 翌日。目が覚めると、リビングが大惨事になっていた。

 まず、私自身はいつの間にか床で眠ってしまっていたようだった。

 見回すと、ツキノさんはソファで一人気持ちよさそうに寝息を立てており、ヒナノちゃんは逆に床に倒れて苦しそうに唸っている。

 そして、空になった酒瓶を眺めて呆然自失としているツネヒサさん。

 私は軽い頭痛を感じて、水流魔法で作り出した水をグラスに注いで飲み干す。

 一気に頭がスッキリし、二日酔いの症状が嘘のように消え去った。やはり私の魔法は便利だ。

 すると、ツネヒサさんと視線が交わる。


「えっと……ツネヒサさん、いつ頃帰って来たの?」

「…………いつだろうか。日付は変わっていなかったと思うよ」


 私はチラリと掛け時計に目を向ける。

 午前5時。

 ということは、少なくとも5時間はそこでそうして空の瓶を眺めていたのだろうか?


「その、ご、ごめんなさい。私たち、お寿司屋に誘われなかったのが寂しくて……」

「……いや、気にしないでくれ」


 そうは言いつつも、ツネヒサさんの視線は一点に注がれている。

 あれは、ツキノさんが最後の最後に蔵から出して来た日ノ本酒だ。瓶がとても綺麗な箱に入っていて、他の酒とは見た目からして違うものだと思った。

 しかし、すでに出来上がっていた私たちはためらいもなく飲んでしまった。とても美味しかったような気はするのだが、正直に言うと味が思い出せない。


「……夏祭り後にみんなで飲もうと思って楽しみに取っておいた酒だったんだが……うん。いいんだ。私がいけないんだ……気にしないでくれ……」


 悲しそうに、空になった瓶を見つめながら、ツネヒサさんは乾いた笑みを浮かべる。

 その顔を見て、私は一気に血の気が引いてしまった。

 あれは私たちと一緒に、忙しい祭りを乗り越えた祝杯として大切に取っておいたお酒だったのだ。

 それを、外食に誘われなかったくらいで自分たちだけで勝手に飲んでしまった。

 誘ってくれなかったのはやっぱり寂しいけれど、その報復としてやっていいレベルを私たちは踏み越えてしまったようだ。

 昔、神社に奉納された貴重なお酒を勝手に飲んでしまった事があったが、ツネヒサさんの悲しみ用はあの時の比ではない。

 お酒の貴重さ以前に、本当に心の底から私たちと一緒にあのお酒を飲むのを楽しみにしていてくれたに違いない。

 私は居ても立っても居られなくなり、急いで苦しそうにしているヒナノちゃんを捕まえると、洗面所まで連れていく。


「うぅ……お姉ちゃん、待って……は、吐きそ――」

「我慢しないで、吐きなさい!」


 私はヒナノちゃんの口の中に軽く手を突っ込んで無理やりえずかせる。

 美人のヒナノちゃんからは想像できないような声と共に、色々とお見せ出来ない光景が目の前で繰り広げられる。

 もはや詳細を語ることすら憚られる状況だ。

 しかし、私の容赦のない行為によって、ヒナノちゃんの頭はある程度スッキリしたようだ。

 そこで追い打ちをかけるように水流魔法の水をがぶ飲みさせていく。

 ヒナノちゃんを無理やり正常な状態へと回復させたら、再びツネヒサさんのいるリビングへと戻った。

 途中で事情を話したので、ヒナノちゃんは涙目になりながらも私に従順に従ってくれている。

 そしてツネヒサさんの前に戻ると、二人で同時に土下座を披露した。


「本当に申し訳ありませんでした!」

「ご、ごめんなさい。父さん……」


 私たちが土下座までしたことで、ツネヒサさんは少し正気に戻ったのか、いつもの冷静な口調で答えた。


「うん……やってしまったことは仕方がないからね。私にも非はあっただろうし、そこまでして謝らなくても大丈夫だよ」

「だ、大丈夫じゃないわ! あれは、みんなで楽しむためのものだったんでしょう?」

「私たちで同じものを買って来るよ」


 かなり希少なものだとは思うが、幸いお金ならそれなりに持っている。


「それは難しいと思う」

「どうして?」

「あれは年間で30本しか生産されない希少な酒だからね。普通のお店では売っていないんだ」


 ヒナノちゃんが目に見えて青ざめる。


「あら? みんなどうしたの?」


 そこで、呑気に眠っていたツキノさんが目を覚ます。


「母さん、大変なんだよ。昨日飲んだお酒、もう手に入りそうもない貴重なお酒だったんだ! それも、夏祭りの後にみんなで飲む予定だったものだって」


 そこまで聞いて、ふわふわと寝ぼけ気味だったツキノさんの表情が引き締まる。


「そう……だったの。ごめんなさい、ツネヒサさん。あのお酒、あなたが誰にも気付かれないように買ってきたお酒だったから、一人で飲むつもりのお酒かと勘違いしていたわ」

「いや、いいんだ。何も説明せずに隠していた私が悪い。それと、次から外食はみんなで行こう」


 全面的にこちらが悪い気がするのだが、ツネヒサさんは自分にも非があると考えているようだ。

 すると、ツキノさんが私とヒナノちゃんを交互に見る。


「二人とも、私を連れて空を飛んでもらえるかしら?」

「えっ? 出来るけど、どうするの?」

「決まっているわ。イズモ中を飛び回って、あれと同じお酒を探すのよ」


 ツキノさんは私とヒナノちゃんを掴むと、ほとんど走るように家の外へと出た。

 その後、丸一日中ツキノさんの知り合いに総当たりで聞いて回り、同じお酒を持っている人物を突き止めると、次の生産分が今後手に入ったら無条件で譲るという約束の元、未開封の新品を手に入れることが出来た。

 私たちはその酒を持ち帰って再び正式にツネヒサさんに謝った後、今度はツネヒサさんから真剣に謝られた。

 ヤマシロの人たちは、本当によく謝る。けれど、自分の非を認めて素直に謝ることが出来るのは、この国の人の美徳かもしれない。

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