二章 ドラゴン巫女 六話
今回はレフィーナ視点です。
ミドリお姉ちゃんを迎えにはるばる東の海を越えてヤマシロという国にやってきた。
やっとミドリお姉ちゃんと再開して一件落着かと思ったんだけど、真っ白な髪と鱗のお姉さんにお願いされて、夏まではこの国に留まることになったんだ。
ちなみにこのお姉さん、ヒナノさんって言うらしい。ミドリお姉ちゃんよりも格上のエンシェントドラゴンという種族だ。
ぼくよりも二段階も上の種族がいるなんで思いもしなかったけど、一目見て分かったよ。本気で戦ったらぼくに勝ち目はなさそうだって。
ぼくが目の前で魔力圧縮を解いても大して驚いていなかったし、なんなら眼中に無い感じだった。
ハウランゲルでアキトくんに、ぼくじゃドラゴンに勝てないって言われて凄く悔しかったけど、やっぱりその通りなんだ。
どんなにぼくの魔力が高くても、地属性しか持っていないぼくは、風や聖、闇属性には正面から勝負できない。
かと言って、ぼくには相手の攻撃を避ける素早さも無ければ、竜の鱗のような頑丈な身体も持っていない。
「はぁ……ぼくは弱いな」
雲竜神社の奥にあった巨木の枝に座って空を眺めながらため息を吐くと、下から女の人の声がした。
「レフィーナちゃん! 御神木に登ったらダメだよ! 枝が折れたら怒られるよ~!」
ちらりと声のした方を見るとぼくたちがここに来る数ヶ月前に巫女になったという人間の女の子が何かを叫んでいた。
「えっと……君、何て名前だっけ?」
「名前? カナだけど、ってそんなことより、はやく降りてきてよぉ!」
「カナ、うるさい。このぼくが木の枝を折るわけがないじゃん。今は休憩時間なんだからほっといてよ」
このカナという人間の女の子は、なぜかぼくの教育係として仕事を教えてくれる立場にいるのだが、誰かにものを教えるのを新人に任せるっておかしくないかな?
本人は後輩ができて嬉しいとか言っていたし、ぼくに仕事を教えることに妙に乗り気だ。
ぼくが突き放すような言葉をぶつけたにも関わらず、カナは地上からぼくを見上げてまだ何か言っている。
ぼくも丸くなったなぁ。昔なら殺していただろうけど、今はそんな気持ち微塵も湧いてこない。面倒臭い子だとは思うけど。
ぼくはカナを無視して再び空を見上げる。
「どこかに竜の鱗みたいに頑丈な植物とかないのかなぁ?」
『お嬢さん、ずいぶんと無茶な夢を見ておるようだのう』
ぼくの呟きに低く優しい声が反応する。
「ん? もしかして、この御神木?」
『如何にも。ここ数百年は人々に御神木と呼ばれておる』
御神木がぼくに話しかけてきたことに少しだが驚いた。
ぼくは植物の声を聞くことが出来るけど、それは植物がぼくに伝えようとしないと聞き取ることが出来ない。
ママの森やミルド村の木々なら分かるのだが、こういう初めての場所の木がいきなり話しかけてくることは珍しいのだ。
「数百年か……もしかして、すっごいお爺ちゃん?」
『そうだのう。もう千年以上はこの地に根付いておるな』
「へえ、それはすごいね」
ぼくのママでさえ200年くらいしか生きていない。とても長生きのお爺ちゃんだ。
「ねえ、お爺ちゃん。さっき僕が言ったような植物ってこの世界に存在しないのかな?」
それだけ長く生きているのなら、きっと多くの事を知っているだろう。
もしかしたら、何か良い情報をくれないかと期待しながら尋ねてみる。
『いいや、そんな植物は聞いたことがない。常識から考えて、竜の鱗に匹敵する硬さを持つ植物など存在しないだろう』
「そっか」
まあ、そうだよね。
ドラゴンとはこの世界で最強の防御力を持つ生命体。その鱗と同等の硬度を持つ植物などあるはずがない。
『お嬢さん、どうしてそんな突拍子もない植物を探そうと思ったんだい?』
「ぼく、ここからずっと遠い国の森で生まれたんだ。森で一番偉いママの娘で、周りのアルラウネたちは子供のぼくよりもずっと弱かった。ぼくに勝てるのはママだけ。森の外で暮らしている人間なんてもっと弱い。だからぼくは、自分がとても強いのだと思っていた。でも違ったんだ。アキトくんと契約してさらに強くなったのに、森の外に出てみたらぼくと同じくらい強い種族はたくさんいた。ぼくよりも……ずっと強いドラゴンもいた」
『ふむ。お嬢さんはドラゴンに勝ちたいと?』
「分かってるよ、無理だってことくらい。どんなに魔力量が多くてもドラゴンの鱗を貫く魔法は使えないし、ドラゴンの魔法を防ぐ頑丈な身体や、攻撃を避ける足や翼を持ってない。自分よりも格下の種族に威張ることしか出来ない情けないアルラウネなんだ」
喋りながら自分がどんどん惨めになってきた。
最上級種族だとか、クイーンだとか、そんな小さなプライドをドラゴンは簡単に打ち砕いてしまう。
『待ちなさい。そう自分を卑下するものではない。お嬢さんにはお嬢さんの強みがあるはずだ』
「ぼくの強み? 魔力量くらいじゃない? でも、無駄だよ。魔法をたくさん使える事と、強い魔法を使えることは違うんだ。竜の鱗相手に大地魔法でいくら攻撃しても無意味だよ」
『どうやらお嬢さんは、自分が何者なのかを忘れているようだのう』
「は? ぼくは、クイーンアルラウネのレフィーナだよ?」
このお爺ちゃんは何を言っているのだろう。
ぼくが首を傾げると、御神木のお爺ちゃんは優しく諭すように続けた。
『レフィーナお嬢さん。お嬢さんは人間や他の種族と一緒に行動し過ぎて、その人たちに合わせすぎているのではないかな?』
「どういうこと?」
『お嬢さんは、動物ではなく植物だということだよ。わしの見立てでは、アルラウネという種族は人間に擬態した植物ではないかな?』
「そうだけど……だから何? それがぼくの強みになるの?」
鱗の様に硬い植物が存在しないのなら、ぼくが植物である強みなど活かせるとは思えない。
『もちろんなるとも。そもそも植物とは大地に根付いて動くことをほとんどしない。では、どうやって外敵と戦うのか。お嬢さんが知っている植物を思い出して見ると、自ずと答えが見えてくると思うがのう』
「植物の戦い方……」
そう言われても、これと言って思い浮かばない。
棘があるものはあるけど、大した強度はないはずだ。せいぜい、人間などの柔らかい皮膚を持つ種族を傷付けられるだけだろう。竜の鱗の前には手も足も出ない。
ぼくが考え込むように下を向くと、そこには不思議そうな顔をしたカナがぼくを見上げていた。
ぼくは蔓を使ってするりと御神木から降りる。
「レフィーナちゃん、いったい誰と話していたの?」
「ん? 御神木のお爺ちゃん」
「ご、御神木と?」
カナは驚いた後で、ぼくの身体をジロジロと見る。
「アルラウネは植物とお話が出来るとか?」
意外に察しが良いなあ。けれど、今はそんな話をしている場合ではない。
「そんなことより、カナはどういう植物が怖い?」
「えっ? こ、怖い植物?」
「そう。勝負したら負けそうな植物とかってある?」
カナは突然の質問に首を傾げながらも、「う~ん」と唸りながら必死に答えを探してくれた。
「そうだなぁ……食虫植物とか? 見た目的に嫌だなぁ」
「見た目じゃなくて、実害があるやつがいいんだけど」
「実害? それなら、やっぱり毒がある植物は怖いよね。死ぬような毒があるものもあるって聞くし」
「毒? あ~、そっか……毒かぁ」
どうして直ぐに思い付かなかったんだろう。そうだよ、毒だ。
どんなに強い鱗を持つドラゴンだって、猛毒を受ければひとたまりもないはずだ。
「カナ、ありがとう!」
ぼくはカナに抱き着いた後、蔓を使って再び御神木を登る。
「お爺ちゃん、答えは毒であってる?」
『うむ。それこそが、植物が身を守るために生み出した最大の武器だと言えよう』
「ようし、ぼくこれから毒に関して色々研究してみるよ」
『大切な人たちには迷惑をかけないようにするのだぞ?』
「あったりまえだよ」
アキトくんたちに毒がかかったら命にかかわる。毒の研究は周りに誰もいないときにするべきかな。
とりあえず、近くのお花屋さんに行って毒のある花が無いか聞いてみよう。この神社の裏山にも行って、毒草探しもしないといけない。
考えたら何だか楽しくなって来てしまった。
ぼくはもっと強くなれる。
この研究が成功すれば、ドラゴンの鱗を溶かす毒すらも作れるかもしれない。それが出来なくとも、目や口など守られていない箇所に毒攻撃をするというのはかなり有効なはずだ。
「あっ、でも待って。攻撃は毒で良いにしても、防御はどうしよう。このままだと一撃でやられちゃう気がする」
どんなに強力な毒を生み出せたとしても、魔法で攻撃されたら意味がない。
『それこそ、植物の力の見せどころだろうて』
「毒以外にも何かあるの?」
『わしには無理だが、植物の中には千切られたとしてもどんどん伸びて再生する種があるだろう? お嬢さんの蔓だって、千切られたとしても無限に生えてくるのではないかい?』
「うん。たしかにこれは千切られても大丈夫だよ」
『では、その身体を魔法で貫かれたとしても、再生してしまえば良いだけではないか。お嬢さんは体内にわしら普通の植物とは比べ物にならない量の魔力を蓄えているのだろう? それを使えばその身体のどこを千切られたとしても、簡単に再生できてしまうとおもうのだが、違うかな?』
「身体を再生……」
ぼくは自分の腕や足を見る。
千切られたら痛いことは確かだが、ぼくの魔力を使って身体を急成長させて再生させることは可能だ。
そうか、そうだったんだ。
そもそも、ぼくには攻撃を避ける必要も、防ぐ必要もないのだ。
相手よりも魔力で上回っているのなら、相手の魔法で身体が破壊されるよりも速く、身体を再生してしまえば良い。
身体全てを飲み込むような大魔法で攻撃してくるのなら、それを超えるサイズへと身体を大きくしてしまえば良い。
簡単なことだ。
「ありがとう、お爺ちゃん。ぼく、色々やってみる!」
『うむ。お嬢さんはまだ若い。自由に生きて、気が向いたらまたわしと話に来ておくれ』
ぼくは御神木のお爺ちゃんにお礼を言うと、蔓を使って下へと降りる。
「レフィーナちゃん?」
「ごめん、カナ。ぼく、ちょっとやることが出来たから、今日は先に帰るね!」
「えっ!? ちょっと、待ってよぉ!」
ぼくは去り際にカナに身体から作った草袋を渡す。
「それ、御神木にかけてあげて!」
ぼくの蜜が入った草袋だ。御神木にかければきっと今以上に元気になるはず。大切な事に気付かせてくれたささやかなお礼だ。いつかぼくが、あのギドメリアのドラゴンを倒した後でこの地にやって来た時に、勝ったと報告したい。
そのためには長生きをしてもらわないといけないからね。




