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二章 ドラゴン巫女 五話

 退治屋を始めることになってすぐに、俺は外で待っていた狐に退治屋を手伝って欲しいと相談した。

 狐は少し小首を傾げた後で、頷く。


「ふむ、やはり知能は高いようですね」

「ああ。喋るどころか鳴いたりもしないけど、こっちの言葉は通じているっぽい」

「それなら話は早いですね。アキト様、契約を」


 俺は頷くと、着ていたシャツを脱いで狐の前に屈む。


「見えるか? 俺の契約紋だ。ここにお前の魔力を流して俺と契約してくれないか?」


 俺は左胸にある赤色の大勾玉を指差す。

 すると、狐は俺の膝の上に飛び乗ると、前足を左胸に乗せて魔力を流して来た。

 流れ込む狐の魔力を受け入れ、俺は狐と契約する。


「…………あれ?」


 おかしいな。

 どんなに受け入れようと思っていても、契約が成立しないぞ?


「どうしました?」

「契約できない。どうしてだ?」

「……そうですか」


 ミドリが右手を手刀へと変えて、鋭い目付きで狐を睨む。

 狐はミドリが放つ殺気を感じ取ったのか、飛び退いて尻尾を振り上げると、ミドリと睨み合った。


「待て待て待て待て! 早まるなよ。まだこいつが原因と決まったわけじゃない!」


 俺は狐を庇うようにしてミドリの前に出る。


「ではどうして契約できないのですか? その狐がアキト様を騙して害しようと考えているとしか思えません」


 ミドリが言い放つと、狐は自分にかけられている疑いを理解したのか、俺の足元に寄って来て身体をすり寄らせてくる。

 敵意は無いというアピールだろうが、余計にミドリの怒りに油を注ぐ結果になった。


「殺します」

「落ち着けって!」


 やっぱりこいつって血の気が多いな。

 俺たちのやり取りを眺めていたレフィーナが「あっ」と小さな声をあげる。


「もしかして、その狐の名前を知らないからじゃない?」

「名前?」

「うん。例えばトウマの契約獣はウェインって名前があったでしょ? 同じようにその狐にも名前を付けてあげないとダメなんじゃない? 名前も知らない相手と契約とか、よく考えたら出来るわけないと思うよ?」


 レフィーナの言葉に、ミドリは振り上げていた手刀を降ろした。


「確かに、普通魔獣と契約する際は、まず名前を付けて一緒に暮らし、信頼関係を構築します。そして完全に懐いたところで契約獣として契約するものです。名前を付けるという行為には意味があったということですか」

「じゃあ、狐に名前を付けてやれば良いって事だな?」


 俺は再び狐に向き直ると、屈みこんで視線を合わせる。

 狐の妖怪の名前か、なんかそれらしい日本風の名前にしてあげたいな。


「よし、玉藻ってのはどうだ?」

「タマモですか? 不思議な響きですね」


 日本妖怪で狐と言えば、九尾の狐だよな。あの狐は確か、玉藻前(たまものまえ)という女性に変化していたと聞いたことがある。

 中々良い名前を付けてあげたと思うのだが、狐は嫌そうに首を振ると少し離れたところの地面に前足を使って何かを書き始めた。


「何して――って、まじか……」

「これは、白……何ですかこの字は?」


 狐が地面に書いた文字を見て、ミドリ、レフィーナ、オリヴィアが首を傾げる。

 それもそのはずだ。オリヴィアはいくつもの言語を話せるが字はハウ語以外苦手。レフィーナは現在字を勉強中。ミドリもヤマシロ語は得意だが、字に関しては基礎的なものしか習得しておらず、この前の手紙はハウ語だった。

 狐が書いた文字を読めたのは、元日本人である俺だけだ。


「白露。それがお前の名前なのか?」


 狐――白露は小さく頷く。


「この字はシラツユって読むの? アキトちゃん良く知っているわね。これどう見てもヤマシロの古語よ?」


 この程度の漢字が古語扱いとは、やはり日本とは歴史が全く異なってしまっているようだ。


「昔の俺は勉強熱心だったんだよ」


 実際、前のアキトもアルドミラではかなり漢字を知っている方だったと思う。白露くらいはあいつでも読めたのではないだろうか?


「へえ、今からは想像もつかないわね」

「今の俺ってそんなに不勉強なイメージなのか?」

「というよりも、快楽主義者って感じよね」


 否定は出来ないな。俺は自分の好きなことをして自由に生きていこうとしているわけだし。


「ともかく、これでその狐――シラツユと契約出来るのではないですか?」

「そうだな。白露、もう一度お願いしていいか?」


 白露は再び俺の膝に乗ると、前足で契約紋に触れて魔力を流す。

 する白露の姿が光り輝き、形を変えていく。

 契約による姿の変化が終わると、そこには大きくなった白露がいた。金色の美しい尻尾が増えて、全部で7本ある。


「おおっ! 尻尾が増えた!」


 凄いな。もう完全に妖怪――いや、妖孤って感じだ。


「待ってください。おかしくないですか?」

「何がだよ?」

「魔獣は契約獣になった際に、人間と同等の知能か、魔力の上昇効果を祝福として得ることが出来ます。シラツユは最初から知能が高いようでしたので魔力の上昇を選ぶだろうと思っていましたが、姿が変わるのは異常です」


 言われてみれば、大きくなったり尻尾が増えたりするのはいったい何の祝福だ?

 俺はレフィーナに視線を向ける。


「レフィーナ、白露の魔力量ってどうなった?」

「凄いよ。最上級種族に匹敵する量だね。村の人たちと契約する前のマリーたちと同じか少し多いくらいかな」

「う~ん。頼もしいような、怖いような」


 俺が怖いと口にしたのを気にしたのか、白露は身体をすり寄らせて安全アピールを繰り返す。

 くそう、俺の中のケモナー心が目覚めそうだ。とりあえず、適度に撫でておこう。


「何となく騙されているような気がしますが、契約出来ているという事はアキト様に敵対するつもりはないようですね」

「そうね。けどアキトちゃんが篭絡されないようにお姉さんたちが気を引き締めましょう」

「そうですね」


 なんか俺の信頼って低くないか?

 ミドリとオリヴィアが警戒色を強める中、レフィーナは大きくなった白露に乗ろうとして振り落とされた。

 ウェインじゃないのだから、そんなことをしたら怒るに決まっているだろう。そもそも、サイズが違う。

 大きくなったとは言っても、大型犬くらいの大きさしかないからな。ウェインは大人の人間を二人乗りさせられるくらいの大きさなので乗せてくれるのであって、白露に乗るのはもっと小さな子供でもない限り無理というものだ。


「痛たた……」


 白露が振り落としたレフィーナを睨む。


「ごめんね。もうしないよ。だからそんなに怒らないで」


 レフィーナは白露に答えるように謝った。


「レフィーナ、もしかして白露と話せるのか?」

「ん? そりゃぼくはクイーンアルラウネだからね。でも、今まではぼくと話すつもりがないみたいだったから分からなかったんだ」


 忘れていた。こいつは魔狼のウェインとも会話を出来るのだから、妖孤の白露と話せてもおかしくないのだ。


「じゃあ、今はレフィーナと話すつもりがあったのか」

「うん。うつけって怒られたよ」

「うつけ? ずいぶん古い言い回しだな」


 もしかしてこの狐、何百年も生きている妖怪なのだろうか?


「まあいいや。白露に話すつもりがある時は分かるんだよな? じゃあ、次に何かあったら通訳頼む」

「うん。いいよ」


 これで何も喋らない白露との交流もはかどりそうだな。




 俺が白露と契約し、退治屋を始めてから一週間がたった。

 ここでの生活にもだいぶ慣れてきたな。

 しかしながら、俺たちは今まで一度も退治屋として仕事をしていない。

 このままではただ飯ぐらいをしているのと変わらないので、神社の裏山の見回りをしていると、白露が何かに気付いたように走り出した。


「おい! 何かあったのか?」


 言葉が通じないとこういう時に困るな。レフィーナもいないので、俺はただ白露に付いて行くことしか出来ない。

 そうして走り抜けた先で、俺たちはイノシシと出くわした。


「うおっ!? こ、こいつ、魔獣か?」


 見た目は普通のイノシシと変わらない。

 いや、俺は本物のイノシシを写真以外で見たことが無いので分からないが、サイズ的には想像通りなので、普通のイノシシなのか魔獣なのかの判断が付かない。

 すると、イノシシはこちらに気付いて突進してくる。


「『不可侵領域』!」


 猪突猛進という言葉があるが、まさにそのとおりであり、俺は一直線に突っ込んでくるイノシシにとても綺麗なカウンターを決めた。

 全速力の突進で俺の不可侵領域にぶつかったために、頭が砕けイノシシは一瞬のうちに絶命する。


「う~ん、結局どっちなのか分からなかったな。でも、魔獣じゃなかったとしてもイノシシが神社まで降りてきたら大変なことになっただろうし、仕留められて良かったか」


 あの突進、生身で受けたら全身の骨が砕けそうな勢いがあった。

 俺がイノシシの死体をどうやって持ち帰ろうか考えていると、シラツユが俺に体当たりして押し倒してくる。


「ぬあっ!」


 何事かと思ったら、先ほどまで俺がいた場所に地面から岩の柱がそびえ立っていた。


「だ、大地魔法?」


 シラツユが素早く体制を立て直して木々の奥を睨む。

 すると、木々をなぎ倒して一匹のイノシシが現れた。

 さっき倒した奴とは大きさが桁違いだ。三メートルほどの大きさがあり、一目で魔獣だと分かる。


「で、でけえ。ってことは、今倒したのは子供か?」


 俺たちが倒したイノシシはあいつの子供だったのかもしれない。その証拠に、周りを小さなイノシシが固めている。


「これはいかにもヌシっぽいやつが出てきたもんだ」


 俺はヌシに狙いを定めると、魔力を解き放つ。


「『空間魔法――」


 俺の魔法の発動よりも先に、ヌシの目の前の地面がせりあがって壁を作る。

 無駄だ。俺の魔法は大地魔法では防げない。


「――虚空閃』!」


 俺の虚空閃が目の前の土壁を穿つ。

 しかし、その土壁の両脇から子供のイノシシたちが一斉に飛び出して来た。


「うわっ! 『不可侵領域』!」


 さっきほど俺の不可侵領域を見ていたからなのか、イノシシたちは俺に突進すると見せかけて俺の正面を避けるようにして両脇を走り抜けていく。


「まずい!」


 俺は人生で最初に戦った魔犬との戦いを思い出した。

 あの時、ミドリに大地魔法を使う魔獣と戦う時は距離に気を付けるように言われていたのだ。


「『竜の翼』!」


 俺はとっさにオリヴィアの翼を出して空へと逃げる。

 すると、俺の足元から何本もの尖った岩の柱が飛び出した。


「あ、危ねぇ……けど、ここからだとイノシシの位置が全く分からない」


 上空から見下ろす形では木々が邪魔で大地を駆けているイノシシの姿は断片的にしか確認できない。


「ん?」


 空へと逃げた俺を追撃するように、地面から大量の岩柱が飛び出してくる。これはどう見ても子供のイノシシが出せるサイズではない。

 俺は岩柱を避けながら、ヌシがいた場所を確認する。そこには死体が存在せず、地面に大穴が開いていた。


「あの巨体で地中に潜って移動したっていうのかよ?」


 すると今度は、地表から大量の火の玉が上空へと飛び出した。


「白露の魔法か?」


 空中で散らばった火球は一斉に軌道を変えると地表へと降り注いだ。


「もしかして、あれ一つ一つがイノシシを個別に狙っているのか?」


 俺はより多くの火球が降り注いだ地点に狙いを絞って確認に行く。


「――見つけた。今度は逃がさねえぞ!」


 4つほどの火球が一か所に着弾した地点を真上から確認すると、シラツユと睨み合いをしているヌシの姿が見えた。


「白露、下がれ!」


 俺が上空から叫ぶと、白露は一目散に撤退してヌシから距離を取った。


「真上からなら、地中に逃げても無駄だ! 『空間魔法・虚空閃』!」


 白露が退いたことでヌシは俺に気付いたようだったが、時すでに遅しとはこのことだ。俺は完全にヌシを視認して魔力のラインを奴の身体へと作り出している。もはや逃げる隙など存在しない。

 虚空閃が発動し、ヌシの身体を上空から一直線に貫く。


「おまけだ。『火炎魔法・紅焔』!」


 身体が大きいので手のひらサイズの穴が開いたところで即死はしないと思い、俺は開けた穴目掛けて新しく覚えた火炎魔法を叩きこんだ。

 身体を内側から焼かれ、ヌシは断末魔を上げながら倒れる。


「さてと、後始末もちゃんとしないとな。『水流魔法・海流破』」


 大量の海水を生み出して、火炎魔法が燃え移った木々を消火していく。

 上空から雨を降らせるようにして消火活動を終わらせると、地上へと降り立った。同時に白露が駆け寄ってきたのだが、どこか不満そうにしている。


「白露、助かったぞ……って、どうしたんだ?」


 白露は俺を睨んでから後ろを向くと、七本ある尻尾を見せてきた。よく見ると、水が滴っている。


「ご、ごめん……」


 どうやら、俺の水流魔法に巻き込まれたらしい。


「でも、お前は魔力が見えるんだから避けられると思ったんだよ」


 白露は身体を揺すって水気を切ると、小さくため息を吐いた。

 何だから分からないが、呆れられたようだ。


「悪かったって。帰ったら風呂に入れてやるから、機嫌治してくれよ」


 海流破は海水なので、水気を切っても身体は塩分でベタベタなはずだ。

 しかし、白露の不機嫌は治らない。もともと全く鳴かない狐だが、明らかに俺との間に気まずい空気が漂っている。

 その後、白露は俺の後ろを付いて来るだけになり、俺はそんな白露に睨まれ続けながらアルラウネの蔓を使って仕留めたイノシシの魔獣たちを山から降ろした。

 ヌシは俺が仕留めたが、子供は最初の一匹以外は白露の火球で焼け死んでいたのを確認できた。今回のMVPは明らかに白露だ。

 機嫌も取りたいところだし、何かご褒美をあげたいな。

 魔獣たちの死骸をツネヒサさんに確認してもらってから、呼び出した素材屋のトラックに積み込む。

 走り出したトラックを見送った後で、俺はいまだに不機嫌な白露に話しかけた。


「今日は白露のおかげで勝てた戦いだったな。何か一緒に美味い物でも食べに行かないか?」


 白露の耳がピクリと反応する。

 おや?

 意外と食に興味があるタイプなのだろうか?

 この一週間、俺は白露と一緒に暮らしていたが、他のみんなが巫女の仕事で忙しかったこともあり、外食などはしてこなかった。

 白露は俺が作った飯を普通に食べていたが、もしかしたら不満があったのかもしれない。


「シラツユは食べたいものとかあるのか?」


 俺が尋ねると、白露は視線を横にさまよわせる。

 これは何か伝えたい気持ちもあるが、先ほどまで怒っていた手前、素直に食べたいものを言い出せないといった感じだろうか?

 すると、俺の言葉を横で聞いていたツネヒサさんが口を開く。


「そういえば、狐は油揚げが好きだというけれど、実際はどうなんだろうね」


 その瞬間、白露が素早く顔をツネヒサさんへと向け、七本の尻尾が上を向いた。


「おや? もしかして当たりかい?」


 シラツユは嬉しそうに何度も頷く。

 これは相当に油揚げが好きなのだろう。


「ツネヒサさん、この辺りで美味しいお寿司屋さんはありませんか?」

「寿司屋?」


 ツネヒサさんは一瞬だけキョトンとした後で、俺の考え察してニヤリと笑った。


「そうだね。私の行き付けの店があるから予約を取ってあげるよ。あの店なら契約獣も一緒に入れるはずだ」

「ぜひお願いします!」


 そして俺は、一度家で白露を風呂に入れた後、ツネヒサさんと共に予約してもらった寿司屋へと向かうのだった。

 思った通り、白露は稲荷寿司をたらふく食べてご機嫌になった。

 美味しそうに稲荷寿司を食べる白露の姿はとても可愛らしく、店主にはまたいつでも来てくれと言ってもらえた。聞くと、狐も竜や蛇には及ばないが神聖な生き物だと考えられているそうだ。

 もしかしたらヤマシロにもどこかに稲荷神社があるのかもしれないな。

妖孤はため込んだ魔力量に比例して尻尾の数が増える種族です。

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