二章 ドラゴン巫女 四話
その後、ツネヒサさんの家のリビングへと場所へ移し、自己紹介を含めた今後についての細かな話し合いが行われた。
俺たちは八月の夏祭りまでは雲竜神社で働くことになり、住む場所もツネヒサさんが手配してくれるとのことだ。
オリヴィアはツネヒサさんの家に今も残されていた自室を使い、俺、ミドリ、レフィーナの三人は神社で働いている他の神職や巫女たちが使っているアパートの空き部屋を借りることになった。
ミドリはこれまでオリヴィアの部屋を使っていたということだが、ミルド村ではミドリの部屋をオリヴィアが使っていた時期もあったし、面白い偶然だ。
オリヴィアも俺たちと一緒にアパート暮らしをしたがったのだが、ツネヒサさんの奥さんに押し切られて昔通り一緒に住むことになった。
ツネヒサさんの奥さんはツキノさんと言うのだが、とても押しが強いというか、思い込みの激しそうな人だ。
オリヴィアが出ていった原因を作った事を深く反省していたようで、オリヴィアを見るや否や抱き着いて泣きながら謝罪を繰り返した上で、俺たちの事情を聞くと夏祭りまではオリヴィアと一緒に暮らしたいと一歩も譲らない姿勢を見せて来て驚いた。
悪い人ではないと思うのだが、相手をするのは少々面倒な人だと感じたな。思い込みが強いわりに、ツネヒサさんに指摘されると素直に失敗を認める辺り、良い夫婦なのかもしれない。
ツネヒサ家の家族構成は少々複雑で、子供が出来なかった二人が養子を取ろうかと悩んでいた時期に、突如として神社の本殿に小さなドラゴンが現れたという。二人はそのドラゴンを自分たちの子供として育てた。
ヤマシロという国で神に等しい存在であるドラゴンということで、二人はドラゴンをこの上なく可愛がった。そしてドラゴンが一定の年齢に達した時、竜人の姿へと変身したという。
それが現在のぐうたらドラゴン巫女のヒナノらしい。
ここまで説明されて、俺の頭にはクエスチョンマークが飛びまくった。
ヒナノが竜人ではなくドラゴンだったというのは驚きだが、それ以上にドラゴンとは何もないところから生まれるものなのか?
そして、誰とも契約していないヒナノが常時竜人化を行えるというのも謎だった。
その疑問はミドリの一言で片づけられることになる。
「ヒナノはドラゴンではなく、エンシェントドラゴンです。エンシェントドラゴンとは、ドラゴンの上位種族にして、古の時代から生き続ける世界最強の種族の一つ。エンシェントドラゴンは死後魂が天に変えることなく決められた場所へと戻り、再び新しい身体を手に入れて復活すると言われています」
さすが自分がドラゴンなだけあって、ミドリはツネヒサさんやヒナノ自身も知らなかったことを当たり前のように説明した。
「そのエンシェントドラゴンっていうのは初めて聞いたけど、私は世間的には竜人ってことになっているから、君たちも話を合わせてね」
「分かった。ミドリも表向きは竜人ってことになっているしな」
「アキト様、それは!」
ミドリが目を見開いて俺を止めようとした後で、オリヴィアとレフィーナを見る。
「悪い、ミドリ。色々あって、お前がドラゴンだってことは二人も話してあるんだ」
「そ、そう……だったのですか……」
「ダメだったか?」
「いえ、アキト様が決めた事なら構いません」
俺たちの話が終わったところで、ツネヒサさんが飲んでいた湯呑をテーブルに置いた。
「ヒナノの事はこれまでずっと謎だったのだが、エンシェントドラゴンというのが転生を繰り返して生きている種族だと分かれば納得も出来る。この雲竜神社が祭っているドラゴンが生まれ変わったのがヒナノだということだな」
「父さん、私……」
「大丈夫だよ、ヒナノがどんな種族だったとしても、私とツキノの娘であることに変わりはないのだから」
「そうよ。誰が何と言おうとも、ヒナノは私の娘よ」
「うん……ありがとう」
やばい、何だか図らずも良い話になってしまった。
さっきまで3000万円を取り返されて落ち込んでいた奴と、取り返す側に味方した人たちの会話とは思えない。
いや、自分の娘だと思っているからこそ諫めたという考え方も出来るか。それなら最初の借金の件にももっと口を挟んで欲しかったけどな。
「ちなみに言うまでもないことだが、オリヴィアも娘だと思っているよ」
「ふふっ、ヒナノの方が年下だから、オリヴィアはお姉ちゃんね」
「お、お姉……ちゃん?」
ヒナノとオリヴィアの視線が交わる。
そうか、オリヴィアはヒナノがツネヒサさんと喧嘩して出ていってしまった間、蛇竜の巫女をやっていたという話だったはず、ということはこの二人は初対面なのだ。
そして、こうして出会ってみたら同じ義理の両親を持つドラゴンとメリュジーヌだった。しかもオリヴィアがお姉ちゃんとくれば、俺には次の展開が読めるというものだ。
「オリヴィア、暴走するのはこの話し合いが終わってからにしろよ」
「うっ! ア、アキトちゃん、それは生殺しよ?」
「我慢しろ、話が進まなくなるだろう」
「……わ、分かったわ」
オリヴィアにヒナノを妹として可愛がるのを我慢させるというのは、後で欲求が爆発して大変なことになるということなのだが、それは俺の知るところではない。
正直に言うと俺はヒナノに対して良い印象を持っていないからな、オリヴィアのお姉ちゃん欲を満たすための犠牲となってもらおう。
「ミドリとオリヴィアは巫女をやるとして、俺とレフィーナは何をやろうか?」
「ぼくも巫女じゃダメなの?」
「ダメではないだろうけど、お前は女じゃないし、宗教的にそれがありなのか謎だ」
巫女は女性がやるものと定められているかどうかは知らないが、俺は男の巫女なんて見たことがない。別に男女差別をする気はないが、性別の無いレフィーナが巫女をやっていいのかはツネヒサさんの判断次第だろう。
「待ってくれ、アキト君。その子は男の子なのかい? そうは見えないが」
ツネヒサさんが当然の疑問をぶつけてくる。まあ、普通はそこに驚くよな。ツキノさんも興味深そうにレフィーナを見つめている。
「見た目は完全に女なんですけど、アルラウネは性別がない種族なんです。女の姿をしていますが、アルラウネに男の姿の者はいませんし、子供も花を受粉させて作ります」
人間の男を誘惑するために女性の姿をしているのだが、そこはあえて説明しない。ややこしくなるからな。
「なるほど、私たちとは完全に異なるの種族なのだね。まあ、見た目は女の子のようだし、巫女をしてもらっても構わないよ?」
「だってよ、良かったな」
「うん。ぼくも頑張るよ」
こうして、レフィーナも巫女として働くことになった。
そのまま給料の話になったのだが、ミドリやオリヴィアとは違う普通の巫女扱いなので給料もずっと低かった。レフィーナ自身はツネヒサさんに給料の説明をされても分かっていなさそうな顔で頷いていた。どうでもいいのだろう。
「じゃあ、俺は何をやろうかな……」
話の流れ的には俺も神職として働いた方がいいのかも知れないが、あいにくと無宗教なもので、これといった信仰心もないのに特定の宗教の一員として働くのは気が引ける。
「君、ドラゴンと互角に戦えるんだよね?」
悩んでいた俺にヒナノが何と無しに話しかけてくる。
「互角だったかどうかは分からないが、一対一で勝負して生き残ったのは事実だ」
「なら、退治屋でもやったら? 夏祭りで人が集まるから、それまでにたくさんの退治屋を雇って神社の周辺の安全確保を強化しないといけないんだ」
「退治屋か……でも、そんなのエンシェントドラゴンのお前がいるならいらないんじゃないか?」
「私は巫女の仕事で忙しいから」
嘘つけよ。さっきまで惰眠を貪っていたくせに。
すると、ミドリがヒナノの案に賛成した。
「中々良い案ではないですか? アキト様は真面目に働くよりも、そういった荒事の方が向いている気がします」
「それは褒めているのか?」
「いえ? ただ、向き不向きの話をしただけです」
褒めてすらいないのかよ。もうちょっと可愛げを見せてくれれば妹として可愛がれそうなのに。
でも確かに、俺は魔獣退治の方が向いていると思うよ。
ちょうど狐の相棒も出来た所だったし、あいつと一緒に夏祭りまではこの近辺の魔獣狩りと行きますか。
狐が居ればもしもまた妖怪に襲われても対処できるので、俺が負けることはない。
「分かったよ。外で待たせている狐と一緒に退治屋をやってみる」
「狐ですか? アキト様一人で十分でしょう」
「いや、俺は魔力感知が出来ないからな、あいつが一緒にいると戦いやすいんだ」
「あの魔獣、魔力感知も出来るのですか?」
「ああ。それもかなり優れたやつで、魔力が見えるみたいに立ち回れる」
俺の説明を聞いて、ミドリが一瞬言葉に詰まる。何か変なことを言っただろうか?
「魔力が見える……まさか魔眼ですか? いよいよもってあの狐を調べた方が良さそうですね」
「魔眼?」
次から次へとファンタジーに憧れる少年心をくすぐる単語が出てくる世界だな。
「アキト様も一度戦っているはずです。ミルド村で戦ったヴァンパイアを覚えていますか?」
「忘れるはずないだろ」
あいつは俺が初めて殺した相手だ。
昔の様に罪悪感で苦しんだり、思い悩んだりはしないが、あのヴァンパイアの事を忘れることは絶対にない。
「彼は私たちの攻撃を驚異的な速度で見切って立ち回っていましたよね。あれはヴァンパイアが魔力感知だけでなく、魔眼を持っているからに他なりません。もしもあの狐が魔力を目で見ることが出来るというのなら、それは魔眼を持っているということです。私は魔眼を持つ魔獣など聞いたことがないですけど」
上級種族の魔力に、魔力を見ることが出来る魔眼。あの狐はやはり普通の魔獣ではなく、大昔にヤマシロの人々を脅かした妖怪の一種なのだろう。
俺に友好的なので悪さはしないと思うが、監視も兼ねて早めに契約しておいた方が良さそうだな。
契約しておけば、それが途絶えた瞬間に狐が反旗を翻すのが分かる。
「なら、あとであいつと契約しておくよ。そうすれば安心だろ?」
「そうですね。少なくともアキト様を裏切ることは出来なくなるはずです。契約が切れたらアキト様か私が殺すだけですし」
物騒な発言だが、もし本当に契約が切れたりしたらそうした方がいいのだろう。
「良く分からないけど、話はついたのかな?」
ツネヒサさんが頃合いを見てまとめに入る。
「はい、俺は退治屋として活動します」
「分かりました。ではアキト君とは専属契約をしておこうか」
「何ですかそれ?」
「退治屋は依頼を受けて前金を受け取り、討伐して後金を受け取る職業なんだが、専属契約と言って、定額を支払う事で一定期間指定した区域の安全確保をお願いできるんだ」
なるほど、そうしておけば期間中に魔獣が出なくても俺は金が貰えるし、逆に魔獣が出まくってもツネヒサさんは一定額以上払わなくて良くなるわけか。
どっちがお得かは運次第だが、専属契約の方が安定した収入が見込める分良さそうだな。
「そういうことなら、専属でお願いします」
こうして俺は、八月まで雲竜神社お抱えの退治屋となるのだった。




