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一章 ヤマシロの妖怪 七話

 ミドリを迎えにヤマシロに行くと決めてからの俺たちの行動は早かった。

 まずは長旅用に食料を買い込み、『冷蔵庫』に突っ込んだ。

 次に船の予約だ。ヤマシロまでは一週間の船旅になる。調べたら一般客用の船と、要人や金持ち用の豪華客船があったので迷わず豪華客船を選んだ。

 一週間も海の上にいることになるのだ。出来る限り過ごしやすい環境の方がいい。

 それにしてもミドリの奴、一体いくらくらいの治療費を請求されているのだろう?

 考えてみると、聖属性の回復魔法なんて使える種族はそうそういるものではないので、いくらでもふっかけられそうなんだよな。

 もしも治療後に高額請求をされているようなら踏み倒せるような気もするが、あのミドリが大人しく借金返済のために働いているとなると、金額も分かった上で治療してもらった可能性が高い。

 そうなると、金額がいかに常識はずれな額だったとしても払わないわけにはいかない。俺の預金を使い切る覚悟で向かった方が良いだろう。




 数日後。俺たち三人の出発準備が整い、ミルド村の中央広場に三人で集合すると、村のみんなが見送りに来てくれた。


「アキト、これを」


 村長のお爺さんが小さな革袋のようなものを手渡してくる。

 俺は首を傾げつつも、袋を縛っていた紐をほどいて中に入っているものを手のひらの上に出した。

 革袋の中には、朝の陽ざしを反射して煌めく黄金の硬貨。五百万メリンの価値がある大金貨が五枚入っていた。


「なっ!? お、お爺さん、何ですかこの大金は!」


 合計で二千五百万メリン。シンプルな一軒家が建てられる金額だぞ、これは!?


「村のみんなからかき集めたお金だ。エメラルドさんの借金がいくらなのか分からないが、アキトたちは彼女の代わりにお金を返すつもりなのだろう? なら私たちにも払わせてくれないか。彼女は私たちにとっても大切な村の仲間なのだから」


 俺は五枚の大金貨を握りしめる。

 ミドリがこの村で暮らしていたのは、俺がこの世界に来るより前からの四年間だ。この大金貨は長いようで短い四年という年月で、ミドリがしっかりと村の人々と絆を深めていた証だ。


「ありがとうございます。必ずミドリを連れて帰ります」

「頼んだよ、アキト」


 俺はお爺さんから受け取ったお金をオリヴィアに渡す。今回の旅でのお金の管理はオリヴィアに任せているからだ。

 オリヴィアは俺から受け取った金貨を大切にしまう。

 今回はかなりの量のお金を現金で持ち歩くことになるので、前の世界では一度も海外に行ったことのない俺よりも、海外を渡り歩いて来たオリヴィアに任せた方が安全だ。


「これでミドリちゃんの借金は返済できそうね」

「ああ。俺たちの所持金だけだとどうなるか不安だったし、これで少しは余裕が出来そうだ」


 俺たちが準備を進めている間、村長が王都に行って何かしているのは分かっていたが、まさかこんな大金を用意してくれているとは思わなかった。


「兄上、妾も一緒に行っていいだろうか?」

「ヘルガ……」


 ハチ人たちの中からヘルガが進み出て、心配そうに俺を見上げてくる。

 俺は彼女を安心させるように頭の上に手を置いてやった。地面に膝を付いて目線を合わせると、彼女の頭を優しく撫でながら笑ってみせる。


「ヘルガにはクイーンビーとして、この村でやることがあるだろう?」

「……けれど、兄上に妾は何も恩を返せていない。いや、兄上にだけではない。オリヴィアとレフィーナとも友達になれたというのに、助けてもらってばかりだ。妾にはお金の稼ぎ方が分からないので、ゲンマたちのようなことも出来ない。ならばせめて、共に旅に同行して兄上を守りたい」

「ヘルガ、適材適所って言葉を知っているか?」

「知らない」


 ヘルガは小さく首を振った。


「何かをする際は、それが得意な人に任せようって言葉だ。俺の護衛って意味なら、契約者のオリヴィアとレフィーナが一番適している」

「……妾は自分が得意なことなど分からない。教えてくれ、兄上、妾は兄上やオリヴィアやレフィーナに何をしてあげられる?」

「ヘルガ。クイーンビーの役目はなんだ?」

「それはもちろん、一族を守り、まとめ上げ、子孫を残して存続させていくことだ」

「そうだ。つまりクイーンっていうのは、一族を率いてみんなを守ることに適しているんだ」

「率いて守る……」


 ヘルガは振り返ってハチ人たちと、村の人間たちを見る。


「……そうか、妾はみんなの要か」

「俺たちはこれから遠い国で困っているミドリを連れ帰るために出発する。でもそうすると、その間はこの村がどうなっているのか全く分からないんだ。正直不安でしょうがない。昔、俺がいないときに村が半分壊された事件があったくらいだからな」


 ヘルガは村が半壊した話を聞かされてビクリと身体を震わせた。


「そんなことがあったのか? それは……恐ろしい話だ」

「だろ? だから、ヘルガ。俺たちがいない間、この村をハチ人のみんなで守ってくれないか?」


 村を守ってくれと頼むと、ヘルガの表情が一気に明るくなった。

 背筋を伸ばし、力強い目で俺を見る。


「それは……テキザイテキショ、ということか」

「そうだ。得意だろ?」

「うん。妾に任せてくれ、兄上」

「頼んだぞ、ヘルガ」


 俺はヘルガの頭を優しく撫でる。すると、脇腹に想定していなかった衝撃が加えられる。


「ぐぇっ!」


 漫画の雑魚キャラのような声を出しながらバランスを崩して地面に手を付いた。

 俺の視界の端にはちゃんと犯人が映っていたぞ。真っ白い髪の毛の小さな頭が俺に頭突きを食らわせていたのだ。

 俺は犯人である外見年齢七歳のアルラウネ――パプリカのパールを軽く睨みながら尋ねる。


「ど、どういうつもりだよ?」

「どうもこうもないのです。アキトは私たちの存在を忘れているのではないですか? ミルド村を守るというのなら、レフィーナ様やアキトたちが不在だった間、立派に村を守り抜いた私たちに頼るべきだと思うのです」


 パールの後ろではマリー、ユーリ、スージーの三人も不満そうな顔で佇んでいた。


「あ~、悪い。そうだよな、じゃあ4人は先輩としてヘルガを助けてやってくれないか?」

「……あくまでも中心はヘルガですか」

「パールたちは村を守ることに関しては先輩だろ? それなら、後輩のヘルガを助けてやってくれよ」

「先輩……わ、悪くない響きなのです」


 パールの表情が目に見えて変化する。どうやら先輩という言葉がお気に召したようだ。


「みんな、どう思いますか?」


 パールが振り返って尋ねると、マリー、ユーリ、スージーの3人が頷く。


「そうね。良いと思うわ。あたしたちとヘルガたちハチ人が協力すれば、どんな悪い奴が攻めて来てもミルド村を守り切れると思う」

「うん。ぼくたちとハチ人って意外と相性良さそうだし」

「わたしも、ヘルガちゃんたちともっと仲良くなりたい」

「決まりですね。ヘルガ、私たちが先輩として色々教えてやるのです」


 ヘルガは自分よりも小さいパールが嬉しそうに先輩面する姿を微笑ましく思ったのか、柔らかく笑って返す。


「感謝する。兄上たちが帰って来るまで、共にこの村を守り抜こう」


 ヘルガが手を差し出すと、パールが蔓を伸ばしてその手を握る。

 俺は面白くなってレフィーナに耳打ちした。


「大丈夫か? そのうち配下をヘルガに取られるかもしれないぞ?」

「同じ村で共存するクイーン同士なんだから、別にいいよ。ぼくだってハニービーの力を借りることもあるし、お相子だよ」

「へえ、そういうもんなのか」


 アルラウネとハチ人の相性の良さはこれで証明されそうだな。花とハチと同じというわけだ。


「それじゃ、話もまとまったところで、俺たちはそろそろ出発するぞ」


 俺が声をかけると、村の全員がこちらに視線を向けた。


「レフィーナ様、村の事はあたしたちに任せてください」

「ぼくたちが居ればこの村は絶対に安全です」

「レフィーナ様は安心して行ってきてください」

「でも、寂しいから出来れば早く帰って来て欲しいのです」


 最後の最後で甘え出したパールにレフィーナは苦笑する。


「うん。ミドリお姉ちゃんを連れて、出来る限り早く帰って来るね」


 続いてお爺さんが進み出て、オリヴィアに何かを手渡す。


「オリヴィアさん、これを」

「こ、これって……」

「村で作った最高級のワインだよ。遠く離れたヤマシロでもミルド村を思い出せるように、持って行ってくれないかい?」

「ありがとう、村長さん。お土産はヤマシロ名物の日ノ本酒を買って来るから、帰ってきたら一緒に飲みましょうね」

「それは楽しみだ。のんびりと待たせてもらうよ」


 日ノ本酒――つまり日本酒か。それは俺も飲んでみたいのだが、オリヴィアとお爺さんの飲み会にはどうにも参加し辛いんだよな。

 村の年寄りは他にもたくさんいて、みんなで村長邸に集まって飲んでいるので、若輩者の俺は混ぜてもらい難いのだ。

 ちなみに飲み会の名前はミルド村老人会だ。オリヴィアはそれでいいのだろうか?


「アキトちゃん、これお願いしていい?」

「ああ。飲みたくなったら言ってくれ」


 俺はオリヴィアが受け取ったワインを『冷蔵庫』に保管する。

 実は他にもワインは入っているのだが、今は言わない方がいいよな。


「兄上、妾からもあげたいものがある」

「えっ、何だ?」

「人間たちは御守りという物を持ち歩く文化があると聞いた。そして、兄上は以前、家のリビングに飾ってある羽根を御守りにしていたと」

「ああ、ロゼの羽根か。確かにドレンに戦争に行った時は御守りとして軍服の内ポケットに入れていたぞ」

「さすがにあの羽根の代わりになるとは思わないが、これを持って行って欲しい」


 ヘルガが手渡して来た御守りは、金色のリングだった。


「これって……指輪か?」

「妾の母が生前に身に着けていた物だ。魔力を溜め込む特殊な金属で出来ている」

「え、それって」


 ハルカが持っていた二振りの魔剣と同じ素材ではないだろうか?


「魔力を操作することで大きさも変わるから、兄上でも付けられるはずだ」

「それは凄いな……でも、いいのか? お母さんの形見を俺が御守り代わりに持って行っちまっても」

「大丈夫。妾には村のみんながいる。外に出ていく兄上にこそ御守りは必要」

「そうか、じゃあありがたく貰っていくよ」


 とはいえ、指輪として身に付けて行くのはどこか抵抗があるんだよな。俺中で指輪と言えば結婚指輪だからかもしれない。

 少し悩んだ末、俺はネックレスに通して首から下げることにした。装飾品を身に着けるなど人生で初めてだが、気分は悪くない。


「似合うわよ、アキトちゃん」

「ぼくたちみたいに虹色の魔石も身につけたらいいのに」

「これ以上、着飾ってどうするんだよ。俺はこれくらいで十分だ」


 レフィーナはよく虹色魔石のことなんて覚えていたものだ。俺はいつもカバンやスーツケースの奥底にしまい込んで出すことすらしないというのに。


「ありがとな、ヘルガ。大切にするよ」

「気を付けて、兄上」

「ああ」


 俺は背中から竜の翼を生やすと、元気よく別れの挨拶を告げた。


「それじゃあ、行ってきます」

「みんな、またね」

「行ってきまーす!」


 俺が荷物を持ち、オリヴィアがレフィーナを抱え上げると、一気に空へと飛翔する。

 王都へと向かう高速飛行。風の音にかき消されるほどに小さな声で、俺は呟いた。


「帰る場所があるってのは、いいもんだな」

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