一章 ヤマシロの妖怪 六話
ヘルガたちハチ人がミルド村に馴染み、俺はやっといつも通りの日常に戻る事が出来た。
そこでやる事は一つ。
ロゼを出迎える準備だ。
王都のアルドミラ軍に尋ねたところ、ハルカは現在ハウランゲル北東部で門の修復が終わるまでギドメリア方面に睨みをきかせているらしい。
ロゼやカレン、トウマたちはハルカと一緒にいるだろうから、アルドミラに帰ってくるのはもう少し後になりそうだ。
それならば、今のうちに出来る限りの準備を進めておこうと思う。
まず着手したのは約束のワインだ。
レフィーナに相談したら、もともとミルド村で栽培していたブドウを改良して魔力を含んだワイン用ブドウを作ってくれた。
試しに大地魔法で急速成長させて収穫したものをワインにしてみたが、人間の俺が飲んでもとても美味しかった。熟成期間があればもっと美味しくなるとのことだ。
オリヴィアに飲ませてみたら、あれだけの短期間で無理やり作ったワインにしては美味しすぎるらしい。これをちゃんとした工程で作るのならば、ロゼもきっと気に入ってくれると思う。
レフィーナとブドウについて話してみて分かったのだが、レフィーナは糖度や酸味などを自在に変化させられるようになったらしい。なので、ロゼの好みに合わせたブドウを作ることが可能ということだ。
さすがに好みを聞いてその日のうちにワインにするのは難しいが、ゆくゆくはロゼ好みのワインでもてなす事が出来ると分かり、俺はレフィーナに心底感謝した。
そうそう。いつだったか、レフィーナに魔力を分けてやると約束したのを思い出したのだが、さすがに今の状況でレフィーナとキスをするわけにもいかない。血で良ければ死なない程度にあげると言ったら、もっと純粋な無属性魔力だけ貰うと返され、アルラウネの根を身体に突き刺された。
献血の要領で手首に根が刺さり、ドクドクと魔力を吸い上げられる感覚は中々に恐ろしかった。
倒れて動けなくなるまで吸われた後、レフィーナは満足した様に「ごちそうさま、アキトくん」と言って笑ったのだが、俺は意識が朦朧としていて口も動かせなかったので返事が出来なかった。
もしもあの時もう少し元気だったのなら「俺にとってはご褒美だ」と答えていたかもしれない。美少女アルラウネに搾り取られるという経験はそのくらい興奮したな。とてもじゃないが誰にも話せない感想だ。
そんなこんなでワインの目処がたったので、今度は家について考えることにした。
俺は現在、オリヴィアとレフィーナ、子供アルラウネ4人と一緒に暮らしている。ヤマシロからミドリが帰ってくれば合計で7人だ。
アルラウネはいいとしても、オリヴィアとミドリの2人と同棲しているというのは、これからロゼを家に呼んで口説こうというのに外聞が良くない。
オリヴィアたちは隣に新しい家を建てて引っ越すと言ってくれたのだが、現在の家はオリヴィア用の巨大な風呂やアルラウネ用の温室などを完備した彼女たちのための家なので、むしろ引っ越すのは俺の方だと思う。
そこで俺は、村長のお爺さんの家にオリヴィアと共に集まって会議を開いた。
「そういうわけで、俺が隣に引っ越すべきだと思うんだけど、どんな家を建てたらいいと思う?」
「アキト、軽々しく家を建てると言っているがお金はあるのかい?」
村長が心配そうに言う。
確かにそうだよな。普通、結婚するから新居を建てることはあっても、好きな女性を家に呼びたいから新居を建てる奴なんていない。
けれど、もう俺は普通の枠組みから外れてしまっている。
「アルドミラ軍から謝礼金が振り込まれていたので大丈夫です」
「お姉さんの方にも振り込まれていたわ。王都のバーで軍の偉い人に聞いたんだけど、ハウランゲル軍から勇者アキトとその契約者たちへって送られてきたそうよ。私の方でさえものすごい額が振り込まれていたし、アキトちゃんなんて一生遊んで暮らせるくらいの額だったんじゃない?」
「一生とまでは言わないけど、普通に農家をやっているだけなら見ないような額だった。資金に関しては考慮しなくて大丈夫ですよ」
「そ、それは凄そうだね……」
詳しくはあまり言いたくないが、プロ野球の中でもそれなりに活躍している選手の年俸ぐらいの額が振り込まれていて、言葉を失ったよ。
半分くらいはハルカにあげたいくらいだ。
「では、お金のことは度外視して話し合っていこうか」
「お願いします」
「何だかワクワクしてきたわね」
そこからは、お爺さんとオリヴィアがノリノリで色々な案を出してくれて、かなり豪華な家を建てる方向に決まってしまった。
話の流れで、俺が好きな相手がロゼという名前のハーピーだということはお爺さんにも伝えたので、かなりハーピーが暮らしやすい家になるように案を出してくれた。
これでロゼに振られたら、俺はハーピー仕様の巨大な家に一人で住むのか……寂しすぎる。
絶対に口説き落とす気でいるのだが、どうしても最悪の状況を想定してしまうのは、一度振られているが故だろうか。
これだけ凄い家だと作るのにもかなりの時間がかかるはずなので、俺はすぐに王都の建築士に連絡してお爺さんとオリヴィアの三人で考えた案を伝えた。
以前、俺の家をアルラウネ仕様に大改造してくれた建築士なので、今回も素晴らしい家にしてくれると信頼している。
その後、より詳細な話し合いをしたところで、俺の新居の建築が始まった。
今回はアルラウネの力を借りた高速建築ではないので、俺やミルド村の人たち総出で手伝ったりすることはなく、全て王都の大工に任せる形となった。とはいえ木材は良いものを使いたかったので、レオさんのところのアルラウネの木を使ってもらっている。
日々、少しずつ進んで行く建築風景を眺めるのを楽しんでいると、俺の家に一通の手紙が届いた。
海外、それもヤマシロからだ。
差出人の名前を見て、俺は慌ててレフィーナとオリヴィアを呼んだ。
「これを見てくれ」
俺が手紙の入った封筒の裏面に記載されていた差出人の名前を二人に見せる。
そこには、とても美しい字体で『エメラルド』と記載されていた。
「ミドリちゃんから!?」
「ああ。そうだ」
「ミドリお姉ちゃんに何かあったのかな? 帰って来るんじゃなくて、わざわざ手紙を送ってくるなんて」
そう。この状況で手紙を送ってくるというのは変だ。
ただでさえ予想よりもずっと帰って来るのが遅れているというのに、このタイミングで手紙を寄越すというのは、ミドリの性格から考えてもかなり重大な問題が発生したのではないだろうか?
「と、とにかく、読んでみよう」
俺は少しだけ震えている手で封筒を開いて中に入っていた簡素な手紙を取り出すと、リビングのテーブルに広げて三人で手紙を覗き込んだ。
アキト様へ
ようやく暖かな陽気が感じられる季節になってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか?
アキト様が戦地へ向かわれてから半年以上が経ち、それでも契約が続いていることから、無事にミルド村へと戻られていることかと思います。
しかしながら、私は帰国することすら叶わず、今はオリヴィアに紹介された神社で働く毎日を過ごしています。
ご心配頂いた右腕ですが、無事に光明魔法の使い手と巡り合い治療を受けることが出来ました。腕部を侵食していた暗黒魔法の残滓を全て浄化し終えたので、現在は傷を受ける以前よりも調子が良いほどです。
ですが、私の想像していた以上に治療費が高く、とても半年働いた程度では返し切れない借金を負ってしまいました。
何年かかるかは分かりませんが、借金を返済し終えた暁には必ずアキト様の元へ帰りますので、契約の継続をお願い申し上げます。
エメラルドより
ミドリからの手紙を読み終えた後、俺たち三人は顔を見合わせて同時に頷いた。
「ヤマシロに行こう」




