一章 ヤマシロの妖怪 三話
リリを連れて村の中へと入ると、俺の家の前に村中の人たちが集まっていた。どうやら、俺が帰ってきたという話を聞きつけて会いに来てくれたようだ。
リリが怖がられてしまうかと思ったが、アルラウネで慣れているせいか村のみんなは彼女を見てもあまり動じていない。アヤノさんと違って危険だという知識もないのだろう。
「「「「レフィーナ様!」」」」
「おっと」
子供アルラウネの四人組がレフィーナに突進する勢いで抱き着く。レフィーナはそれを身体の後ろに根を生やすことで押し倒されずに受け止めた。
考えてみれば、子供たちにとっては人生で初めて母親が不在の日々を過ごしたことになる。娘というよりは女王とその配下として育てられてはいるようだが、こういうところは普通に娘たちって感じだな。
「お帰り、アキト、オリヴィアさん。無事に帰ってきてくれて良かったよ」
子供たちと戯れるレフィーナを横目に見た後で、村長のお爺さんが進み出て俺たちに声をかけてくれた。
「ただいま」
「ただいま、村長さん」
「アキトには色々聞きたいこともあるんだが、まずはそちらのお嬢さんを紹介してもらえるかな?」
お爺さんがリリを見て言う。
「彼女はリリ。モルガタ湿原の奥にある森で暮らしていたハニービーっていうハチ人です。今日は友達になった俺たちの村を見に来てくれました。お爺さんはキラービーを知っていますか?」
「うむ。最近は本格的に異種族について調べていてね。キラービーのことはもちろん知っている。とても好戦的な虫族のことだね。コミュニケーションを取ることはまず不可能だと本には書いてあったが……」
「キラービーとハニービーはまとめてハチ人という種族なんです。役割分担がされていてキラービーは戦いが得意で、ハニービーは蜜集めが得意だそうですが、この国の人はハチ人全てをキラービーだと思っているみたいですね」
オリヴィアがハニービーを知っていたので外国ではまた違うようだが、アルドミラでは全てキラービーだと認識されてしまっている。
敵対種族であり、出会ってしまっても関わらずに逃げるようにしていたせいでハチ人についての理解が低いのだ。
「なるほど、本だけでは分からないことも多い。アルラウネが特にそうだったからね。リリさん、私はこの村の村長をしている者です。よければあなたに付いて色々教えて頂きたい」
「分かった。教える。あなたの名前は?」
「おお、名前を聞かれるなど、久しぶりだね。私はゲンマといいます。村のみんなには村長とかお爺さんなどと呼ばれているので、自分の名前を忘れるところだった」
そういえば、お爺さんはそんな名前だったな。俺にとってはカレンのお爺さんだし、前のアキトにとっては親が亡くなってからの保護者のお爺さんだから、名前で呼ぶ機会が全くなかった。
「名前は大事。忘れたら大変だから、私がゲンマと呼ぶ」
「そうかい? ありがとう、リリさん」
お爺さんが穏やかに笑う。
周囲の村人たちも、興味深そうにリリを眺めているだけで、誰一人として怖がっている者や、嫌悪感を抱いている者はいなさそうだ。
モルガタ湿原やゲイル村にいた人間たちとは全く違う反応に、リリは少しだけ嬉しそうだ。心なしか口角も上がって見える。
「アキト、リリさんと話す時間を私が貰ってしまっても大丈夫かい?」
「はい、それは大丈夫です。リリも今日は泊まって行くだろう?」
「……ミルド村から私たちの森まで、時間がかかる。ゲンマと話して、村を見て回ったら夜になる」
「決まりだな。俺の家に空き部屋があるから、使ってくれていいぞ。俺たちは先に家に帰っているから、お爺さんと話し終えたら訪ねて来てくれ」
俺は自分の家を指差して教える。
「分かった、また後で」
リリは俺の家を見て短く答えると、お爺さんに向き直る。
「ゲンマ、色々教える」
「虫族のお客さんなどそうそう現れるものではないからね。ゆっくり話を聞かせてほしい」
「……私、ゲンマのキャク?」
「ん? そうだね」
「なら、ゲンマの家に行く。私は甘い物が飲みたい」
お爺さんは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。そして、リリを連れて自宅へと歩いていく。
すみません。客とは自宅で飲み物を飲みながら話すものだとハチ人に教えたのは俺です。
「甘い飲み物か……アルラウネの蜜でレモネードでも作ろうか」
「アルラウネの蜜、とても美味しい。嬉しい」
リリは目を輝かせながらお爺さんの後に付いて行く。
二人の姿を見ていたら、ハチ人と人間の共存は案外簡単なのではないかと思えてきた。
その後、リリはお爺さんと長々と語り合うことでお互いの理解を深めた。話が長引いたので飲み物どころか昼食までご馳走になったと後で聞いた。
俺たちはというと、家に帰ってオリヴィアの料理を食べ、その後で片付けや洗濯をしていると、午後の三時頃にはリリがお爺さんと話し終えて訪ねてきた。
そこで俺はリリを連れて村中を練り歩き、村の人たちに挨拶させつつも人間とアルラウネの暮らしぶりに付いて説明していった。事前にお爺さんから色々聞いていたようなので、理解が早くて助かった部分も多かったな。
村を周り終えた頃にはすっかり夕暮れ時になっていたので、俺の家で食事をして早めに就寝した。
そして翌日の朝早くに、リリは自分の村へと帰っていった。
アルラウネよりも更に人間から離れた見た目のハニービーだったが、村の人々は朝早くに西口に集まってリリを見送ってくれた。
この調子なら、次はヘルガやキラービーが一緒に来ても大丈夫かもしれないな。
ミルド村の人間たちがアルラウネと同じようにハチ人と友好的な関係を築いていけそうだと実感し嬉しく想っていると、リリが飛んで行った空の方向を眺めながら、お爺さんが思い出したように俺とレフィーナに告げた。
「アキト、レフィーナさん、村の北側にある森をもう少し大きくは出来ないかい?」
「えっ? まあ、出来るとは思いますよ?」
俺がレフィーナに視線を向けると、彼女は小さく頷いた。
「大きくすること自体は簡単だよ。でも、管理するにはアルラウネが足りないかな。アキトくんが許してくれるなら、後三人くらい子供を作って管理させるけど」
「お、お前、軽々しく子供作るとか言うなよな」
「いいじゃん、人間とは違うんだから。で、ダメなの?」
「俺は構わないけど、大きくするなら北の森じゃなくて、南の畑じゃないんですか?」
北の森は外敵から村を守るための盾の役割を果たしている。あそこは完全にレフィーナたちアルラウネが管理していて、人間たちは立ち寄らない。
対して南の畑はミルド村にとって重要な収入源である野菜や果物を育てているところで、アルラウネと人間が仲良く協力して管理している。
大きくするのなら優先されるのは畑な気がするのだが……。
「実は、リリさんたちがミルド村に越して来たいというのでな」
「は!?」
え? ちょっと、待て。今なんて行った?
「お、お爺さん。き、聞き間違いか? 今、リリたちが引っ越してくるって言いませんでした?」
「そう言ったよ。もともと今回は引っ越し先の村を見定めるために来たと彼女は言っていたんだが、アキトは知らなかったのかい?」
「まったく聞いてない……」
リリの奴、そういう大切なことはまず俺に話せよ。
「だがまあ、私は一応この村の村長だからね。引っ越しの申請なら私にさえしてくれれば問題ないよ」
いや、そうだけど、確かにそうかもしれないけど。
「……リリは言葉で話すのは苦手そうだったから、アキトくんに説明するのを忘れていたのかもね」
「待てよ、レフィーナは知っていたのか?」
「昨日の夜に、オリヴィアお姉ちゃんの部屋で三人一緒に寝たんだけど、その時に聞いたよ」
オリヴィアの部屋で騒いでいるなとは思ったけど、そんな話をしていたのか。
「くそっ、俺だけ蚊帳の外かよ」
「ごめんね。言おうと思っていたんだけど、リリが帰るのがこんなに早いとは思わなくって」
確かに、今朝起きてすぐに帰ると言い出したからな。距離があるとはいっても、もう少しゆっくりしていくと思っていた。
「恐らくはすぐに引っ越しの準備に取り掛かるのだと思う。レフィーナさん、出来る限り早く森を大きくしてもらえるかい?」
「うん。分かった。でも子供も一緒に作るとなると魔力が足りるかなぁ」
「ふむ。リリさんの話によると、ハチ人は森とそこで暮らす小さい虫たちと共に生きる種族だと言っていた。森の管理は彼女たちも手伝ってくれるのではないだろうか?」
「ハチ人に? う~ん、それならまあ、子供はいいかなぁ。育てるのも大変だし」
何だろう、俺ってもしかして必要ない?
全然会話に混ぜてもらえない。
「そうだ、アキトはアルドミラ軍方面との交渉を頼まれてくれないかい?」
「軍と何を交渉するんですか?」
「認証魔石を持たないハチ人たちがミルド村で暮らすというのは、国のルールに反しているだろう? 特例を作ってもらうなり、認証魔石を貰うなり、アキトなら手を回せると思ってね」
「ああ……まあ、頑張れば出来るかもしれません」
俺の役割はどうあがいても軍隊方面の人脈か。
「不服そうだね、アキト」
「い、いえ、そんなことは」
お爺さんは俺の不満そうな表情をみてニヤリと笑う。
「アキトがカレンと結婚して、村長を継いでくれていれば、今回の話はアキトが全て取り仕切ることが出来る内容だったんだよ?」
「何としてもアルドミラ軍から同意を得てきます!」
畜生。その話をされたら何も言えなくなるよ。
相談をされなかったのは悔しいが、今はとにかくアルドミラ軍にハチ人たちを認めさせることに集中しよう。
幸いなことに、リリを村に入れた事に関して話を聞かせて欲しいと王都にいる上層部から連絡が来ているみたいだし、返事ついでにハチ人の安全性をアピールするとしますかね。
俺は村のアルドミラ軍に王都へ向かうと伝えると、竜の翼を広げて飛び立った。




