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三章 ワーキャットの里帰り 十八話

 森へ向かうと、入り口付近で一息ついているオリヴィアたちがいた。


「あっ、アキトちゃん! こっちよ!」


 オリヴィアが俺に気付いて手を振ってくる。

 直接の戦闘には参加していないサラはもちろんだが、クレスなどボニファーツ中尉の小隊の人たちも全員無事のようだ。

 いや、ワーウルフのカミーユ一等兵の姿が無いな。


「カミーユ一等兵の姿が見えませんが……もしかして」


 エンデ少尉が何かを察したように、カミーユの兄であるジュスタン少尉に視線を向ける。


「ちげえよ。あいつは回復魔法が使えるから、あっちで重傷者の治療中だ」

「そ、そうでしたか。わたくしの早とちりで良かったですわ」


 エンデ少尉はほっとしたように笑うと、衛生兵たちを連れてジュスタン少尉が指差した方向へと走り出す。

 残された俺の元へ、オリヴィアとサラが集まった。有無を言わさず二人は俺に抱き付いて来た。


「無事でよかったわ」

「……ぐすっ……心配しました」

「お、おいおい。契約が切れてないんだから、俺が無事な事くらい分かっているだろ? それに、中尉がそこにいるってことは俺が五体満足だってことは聞かされているはずだ」

「そういう問題じゃないわ」

「この目で見てこそ、安心できることってあるんですよ?」


 二人は俺の無事を確かめるように力強く俺を抱きしめる。オリヴィアの力がかなり強くて苦しい。


「公衆の面前で女性二人と抱き合うなんて、本当にアキトは変わっちゃったんだね」

「ロゼさん、どう思う?」

「……どうも何も、アキトはこういう男だ」

「ここまで女好きで、どうして人間はダメなのよ。異常だわ」


 忘れていた。今は俺の後ろにハルカたちがいるんだった。

 俺は抱き着いてくるオリヴィアとサラをやんわりと引き剥がすと、咳払いをしてから出来る限り冷静さを保った声で尋ねた。


「レフィーナがいないみたいだけど、あっちか?」

「ええ、怪我人の治療中。お姉さんたちは邪魔になるからここで休憩していたの」

「私も手伝おうと思ったんですけど、邪魔になるからって追い出されちゃいました」


 レフィーナの治療に手伝いが出来るのは同じアルラウネくらいだろう。普通の医療では考えられないような魔力任せの治療をするからな。


「ねえ、アキト。私たちも紹介してよ」

「ん、そうだな。二人はオリヴィアとサラだ。オリヴィアとはオルディッシュ島に向かう途中で出会ってから、ここまでずっと一緒だな。サラは冬に遭難しかけているところを助けて、それから雪解けまで一緒にミルド村で暮らしていたんだ。俺が今ここにいるのは、サラの故郷であるこの里を守るためだ」


 オリヴィアとサラはカレンたちに向き合って挨拶する。


「オリヴィアよ、よろしくね」

「サラです。よろしくお願いします」

「私はカレン。アキトの幼馴染なの、よろしくね」

「俺はトウマだ。同じくアキトとは幼馴染だな。よろしく」


 手早く自己紹介を終えた後で、オリヴィアはロゼとハルカへと視線を向ける。


「久しぶりね、ロゼちゃん、ハルカちゃん」

「本当に久しぶりですね、オリヴィアさん。まさかこんなところで会うことになるとは、あの頃は考えもしませんでした」

「リクハルドの隊の奴らもオリヴィアに会いたがっていたわよ」

「うふふ、また、王都で会ったら一緒に飲みましょうって伝えてもらえる?」

「いいわよ。その代わり、その時はあたしも同席するから、あんたの歌を聴かせなさい」

「分かったわ」


 ハルカはまだ酒が飲めないだろうと言いかけたが、アルドミラの法律的には飲める年齢なんだよな。深く考えない様にしよう。

 そういう意味では、俺はもう20歳なので前の世界の感覚のままでも気兼ねなく酒が飲める。今のところオリヴィアとしか飲んだことはないが、居酒屋とかバーにも興味はあるな。


「なあ、ロゼ。良かったら、今度一緒に飲まないか? 確かワインが好きだったよな?」

「えっ……アキト、飲めないんじゃなかったのか?」

「説明すると長くなるんだけど、とりあえず飲めるようになったんだ」

「そ、そうなのか! よし、じゃあアルドミラに戻ったら取って置きのワインを――」


 ロゼが嬉しそうに話しに乗ってきたと思ったら、何かを思い出したように途端に沈み込んだ。


「ど、どうした?」

「いや、私のワインセラーはノーベ村にあるから……」

「ああ、なるほど」


 追い出された身としては、ワインを取りに村に帰るのは気まずいよな。


「じゃあ、俺の家で飲まないか? ミルド村ではワインも作っているから、ロゼの取って置きほどではないにしても、結構美味いんだぞ?」

「ア、アキトの家?」

「嫌か?」

「嫌ではないが……いいのか?」

「もちろん。最近改築したばかりだから綺麗だぞ」

「う、うん、分かった」


 ロゼは嬉しそうに笑ってみせた。

 行く当てもなさそうだし、彼女さえよければミルド村に住んで貰ってもいいかもな。カレンとトウマとも仲良くやっていけているようだし、村のみんなともすぐに打ち解けられるだろう。ミルド村は現在、アルドミラで一番異種族に優しい村だからな。

 俺とロゼの間にハルカが割って入る。


「はい、そこまで。ロゼ、アキトとの楽しいお喋りを邪魔するようで悪いけど、先に確認することがあるんじゃない?」

「それは……確認するまでもないだろう?」

「そうだけど、直接本人の口から聞いておきたいって、あんたは思わないの?」


 何のことかは分からないが、ロゼは小さくハルカに頷くと、真剣な表情でサラを見た。


「私はロゼ。元クイーンハーピーで、アキトの友人だ」

「あたしはハルカ、アルドミラの勇者よ」

「あっ、はい。わたしは――」

「サラでしょ。さっき聞いたわ。そんなことよりも、あんた。アキトと契約しているでしょう?」


 サラがびくりと身体を震わせる。どうして分かったんだろうという顔だ。

 おそらくは、高位魔力感知だな。ロゼやハルカにかかれば、人間と魔力で繋がっている相手を感知することくらい簡単なはずだ。


「は、はい。契約したのは昨日ですけど」

「属性は……風だな。私と同じだ」


 ロゼが俺に向き直る。


「驚いたよ、アキト。まさか本当に可愛い彼女を見せてくれるとはな」

「えっ? いや、サラは――」


 彼女じゃないと否定しかけて、止める。

 確かにサラは彼女ではないのだが、俺に好意を寄せてくれているというのは事実で、俺もサラの事は好ましく想っている。

 直接付き合おうとは言っていないだけで彼女と言えなくもないのだが、それはオリヴィアも同じことなのだ。

 どちらか一人を決めるか、ハーレムを貫く宣言をしない限り、俺と二人との関係は中途半端なままだ。


「ふむ……その反応からして、まだ一歩手前という感じか?」

「ハッキリしないところがアキトらしいわね。い~い、アキト。そういうの、ちゃんと線引きしておかないと、後で刺されるわよ」


 くそっ、俺の罪悪感を刺激するようなことばかり言いやがって。

 言われなくとも、この騒動が落ち着いたら二人にちゃんと返事をするつもりだ。


「さてと、それじゃあロゼ、カレン、トウマ、あたしたちはさっさと出発するわよ」

「えっ? どこに行くんだよ?」

「北東の最前線。ギドメリア軍を全部追い出さないと勝ったとは言えないでしょ? だからこそ、戦いが終わってすぐに休憩したんじゃない。ハウランゲル軍には軍用車を一台借りる約束しているし、さっさと出発して、すぐに片付けてアルドミラに帰るわ」


 凄いな。この小さな身体のどこにそんな体力と精神力が詰まっているんだろう。

 しかも、ロゼだけでなく、カレンやトウマまで付いて行く気満々の顔をしている。


「お前らは民間人だろう?」

「うん。確かに民間人だが、ここまで来たらこの戦いの終わりくらいまではハルカに付き合うさ」

「私も同じ考えだよ。この魔法がドラゴンにも通用するって分かったし、何よりもこれは奪われたものを取り返す戦いだから、私に出来ることがあるなら協力したい」

「俺は三人に比べたら非力だけど、アザミやウェイン、ジェラードがいるし、何よりカレンが戦うのに、俺だけがのんびり待つ気にはならないよ」


 ハルカは軍人らしく敬礼する。


「それじゃ、アキト。今度はアルドミラの王都で会いましょう?」

「お、おう……」

「もっとハキハキと喋りなさいよ。仮にもあんたは、あたしの初恋の相手なんだから」


 ニコリと笑うと、ハルカは踵を返して歩いていく。その後ろを、ロゼ、カレン、トウマ、アザミ、ウェイン、ジェラードが追いかけた。


「ま、待ってくれ。俺も一緒に行くよ。お前らだけに戦わせるわけには――」

「――アキト」


 ロゼが振り返って、どこか悲しそうな表情で言う。


「アキトには、戦いよりも優先すべきことがあると思う。自分が今回の戦いにどうして参加したのか。その理由を見失うな」

「それは……」

「次は平和な時に会いに行く。美味しいワインを用意しておいてくれ」


 それだけ言うと、ロゼはもう振り返らなかった。

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