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三章 ワーキャットの里帰り 十七話

 ロゼがリズさんによってノーベ村を追い出された。

 その言葉が俺の心を凍り付かせた。

 リズさんと言えば、姉であるロゼを病的と言えるレベルで慕っていたはずだ。それは俺がロゼとの契約を切った時に放たれた飛び蹴りと罵倒で身に染みている。

 そのリズさんが、ロゼから村長の立場を奪って村から追い出すなど、想像もつかない。


「……ノーベ村から観光客が全員無事に本土へと帰っていった後、私は仕事が手に着かなくなったんだ」

「どうしてだ?」

「それは……」


 俺の質問に、ロゼは言葉を濁す。何か言い難いことでもあるのかもしれない。いや、そもそも村を追い出されたという事自体が言い難いことではあると思う。


「い、色々な理由が重なった結果だ。そもそもドレン要塞都市が敵に奪われたままだと観光地として営業が出来ないし、やることがあまり無くなったというのが一番の原因かもな」


 本当にそうだろうか?

 村長としてだけでなく、旅館の経営者としてなら、従業員の雇用を守るために色々とやることはあるのではないだろうか。


「それで、業を煮やしたリズが方々に手をまわして賛同者を集め、私を村長から解任したんだ。旅館の経営権も取られた」

「そ、それ、本当にリズさんなのか? 俺が知っている彼女はそんなことをする人では無かったんだけど……」

「間違いなくリズがやったことだ。本人に直接言われたからな。もう旅館の事も、村の事も姉さんには任せられない、と」

「そ、そんな」


 あのリズさんがそんなことを言うなんて。今のロゼは俺の知っているロゼと変わりない気がするが、ノーベ村にいた時は違ったのだろうか?

 ロゼは少女趣味だったり、漫画オタクだったりと可愛い一面もあるが、基本的にはしっかり者で、常に凛とした姿勢を崩さない。そんなロゼが仕事を放り出して腑抜けているなど想像もつかない。


「そして、私は村にいない方が良いと言い出して、追い出されたというわけだ。あれからノーベ村には一度も帰っていない」


 ロゼは村の事を思い出すように空を見上げる。


「そういえば、別れ際にリズに妙な事を教えられた」

「妙な事?」

「私はクイーンハーピーではないのだそうだ。グレンも死に際に言っていただろう? ハーピーは雷など使わない。同じ風属性ではあるが、雷鳴魔法をハーピーが使うというのはあり得ないことらしい」

「ハーピーとクイーンハーピーは違うんじゃ?」

「いや、リズも雷鳴魔法は使えない。気になってゲルミアさんに尋ねたのだが、数百年以上生きている彼も、雷鳴魔法を使うハーピーなど聞いたことがないらしい」

「じゃあ、ロゼはクイーンハーピーの突然変異ってことか」

「そうなるな」


 なんてことだ。ロゼが普通のハーピーでは無かったとは。

 オリヴィアのように、前の世界の知識でロゼに当てはまる種族はないだろうか?

 俺は自分の記憶にある鳥系の生物を思い浮かべる。


「……そういえば、サンダーバードっていうのがいた気がするな」

「サンダーバード? 何だ、それは?」


 ヤバい。考えていることが口に出てしまった。

 ロゼが興味津々で聞いてくる。自分の種族に関することなのだから当然か。


「あ~、いや、とある地方の伝説に出てくる生き物だよ。雷を自在に操るらしい」

「伝説の生き物か……もしかしたら、大昔に私と同じように突然変異を起こしたクイーンハーピーかもしれないな」

「う、うん。可能性はあると思う。ただ、桃色の羽じゃなくて、雷のような羽だって話だ」

「雷の羽? これの事か? 『雷刃翼』」


 ロゼがその場で簡略化した雷鳴魔法を使う。

 すると、彼女の桃色の翼が変質して、稲妻を纏う金色の翼となった。


「ま、マジですか……」

「最近、思い付いた魔法だったのだが、大昔に私と同じことを考えたハーピーがいたわけか……サンダーバード。悪くないな」


 ロゼはサンダーバードという種族名を気に入ったようだ。翼を元に戻すと、話を続ける。


「それで村を追い出された私は、行く当てもなくアルドミラ国内をさまよっていたんだが、王都で魔獣狩りをしていた人間が、二人だけで最近発見された魔獣の住処に乗り込んでいったという話を聞いて、様子を見に行ったんだ」

「なるほど、そう繋がるのか」


 そこでロゼは魔獣を蹴散らしてトウマとカレンを助けたというわけだ。


「あの時のロゼさんは本当に凄かったんだよ。何十匹もいた魔獣を一瞬のうちに倒しちゃったんだから」


 カレンが当時の事を思い出して興奮気味に語る。


「倒した魔獣を運ぶのは大変だったけど、かなりの稼ぎになったよな。三人で山分けしても、数年は食べていくのに困らない額だった」

「トウマはお金の話ばっかり」


 カレンは呆れるように肩をすくめる。


「特に行く当てもなかった私は、それからしばらく二人と一緒に王都を拠点にして魔獣狩りをしていたんだ。二人と話していて驚いたよ。まさかアキトの幼馴染だとは思わなかったからな」

「私もびっくりだよ。まさかロゼさんがアキトと知り合いだったなんて思わなかったから」

「アキトがオルディッシュ島でやった事とかを色々聞かせてもらったけど、俺の知っているアキトじゃないみたいだったよ。やっぱり村を出てからアキトは随分変わったんだな」


 トウマの言葉がぐさりと刺さる。

 たぶん、トウマが言っているのは前のアキトのことだ。

 今の俺は自分がアキトだという自覚を持っているが、元々の性格はどうしても秋人だった頃に引っ張られている。何だか騙しているようでトウマの目を直視できなかった。


「そうだよね。あんなに戦いが嫌いだったアキトが、軍に協力して戦争に行ったっていうんだからさ」

「そ、それは、色々事情があるんだよ」

「うん。それもある程度は知ってるよ。でも、それでもアキトが戦場に行ったって聞いて、もう私の知っているアキトじゃないんだなって思っちゃった」

「……それ、悪い意味でか?」

「ううん。良いとか悪いとかじゃないよ。ただ、アキトは旅で色々な経験をして、私の知らないところで成長しているんだなって思ったの。だから私も頑張らなくちゃってね」

「そうか」


 トウマもカレンも、俺が昔と違う事をいい方向に受け止めてくれているようで安心した。

 偽物だとか、本物のアキトを返せとか言われたら辛かったから、俺という人間を認めて貰えた気がして何だか嬉しい。


「でも、アキトは戦いが終わっても全然帰って来なかったじゃない? 王都にいれば帰ってきたアキトに会えるだろうって思ってたのにさ」

「ああ、ドレンの復興作業とかを手伝ってたからな」

「うん。それで今度は私たち、アキトに会いに行こうって話になって、みんなでドレンまで行ったんだよ?」

「え、そうなのか?」


 けれど、俺はドレンでカレンたちに会っていない。ロゼがいれば魔力感知でオリヴィアの魔力を見つけると思うので、ちょうどすれ違いになったんだろう。


「ドレンについてアキトを探し回ったら、アキトは王都に帰ったって言われて愕然としたよ」

「あれには驚いたね。さすがにドレンまで来て直ぐに引き返す気にもなれなかったから、しばらく滞在することにしたら、ロゼさんがハルカちゃんに声を掛けられたんだ」


 ここでハルカの登場か。

 しかも声をかけたのがロゼというところで、内容は大体想像がつく。


「ハルカの事だから、ロゼの魔力量に目を付けて、あたしの訓練相手になりなさい、とか言ってきたんじゃないか?」

「アキト、あんたの中でのあたしってどんなイメージなの?」


 ハルカが心外そうな顔で返してきた。


「血の気の多いブレーキの壊れた暴走娘」

「酷い!」


 激しく怒り出すかと思っていたら、ショックで泣きそうな顔をされてしまった。

 いたたまれなくなって、俺は慰めるようにハルカの頭を撫でる。


「わ、悪かった、冗談だって」

「うぅ……も、もう少し撫でてくれたら許す」


 仕方ないので、俺はハルカの機嫌が治るまで頭を撫でてやった。


「あのハルカちゃんをここまで……アキト、それはわざとやってるのか?」

「違うよ、トウマ。これがアキトなの」

「そうだ。困った奴だろう?」


 トウマ、カレン、ロゼの3人が俺に白い目を向けてくる。


「な、何だよ、そんな目で見るなよな。さすがに失言だったって反省してるよ」


 俺の言葉に3人は同時にため息をついた。

 くそっ、こいつらは完全にハルカの味方のようだ。俺の知らない間にずいぶん仲良くなったみたいだ。


「それで、本当は何て声をかけてきたんだよ」


 こういう時はさっさと話を進めるに限る。俺は機嫌が直ってきたハルカに尋ねた。


「……三人がアキトについて話しているのが聞こえたから、アキトを知っているのって声をかけたわ」

「やべえ、めっちゃ普通だ」

「そうよ。それなのにブレーキが壊れただの、あたしに常識がないみたいな言い方して」

「悪かったって」


 ハルカの奴、変ないじけスイッチが入りやがったな。そういえば、初めて会った時は生意気加減に苛立って、言い負かして泣かせたんだった。

 これを言うと変な目で見られそうだから口には出さないが、ハルカの泣き顔は可愛いんだよな。人間じゃなければ好きになっていてもおかしくなかったと思う。


「それでお前らは、俺の話で意気投合して仲良くなったって感じか?」

「まあ、そうなるわね。アキトが旅をしていた本当の理由も聞いたわ」

「うっ」


 何でそんな話をするんだよ!?


「私も、アキトがアルベールちゃんに振られた話を聞いたよ」

「ハルカ!? 何でその話をカレンたちにしてんだよ!」

「だって……あたしが振られた理由が人間だったからだなんて、ムカつくじゃない」


 それはごめん!

 でも、無理なものは無理だ。俺は人間以外の女性としか恋愛出来ない男なんだ。


「ちなみにアキト、お前がオルディッシュ島で私にしたことも三人には話しているからな」

「いっ!?」


 トウマが意味もなくキラキラした笑顔で俺の肩を叩く。


「アキト、お前にも色々あるんだろうとは思うけど、もう少し相手の気持ちを考えて行動した方が良いと思うぞ」


 ド正論のアドバイスありがとうございます。無事に俺の心が死にました。ごめんなさい。

 俺がもっと相手の気持ちになって行動することが出来ていたら、今の様な状況には陥っていなかったのだろうか?

 どうするのが正解だったのかは分からないが、またまた話題が逸れているし、俺の立場が危ういので無理やり軌道修正しよう。


「そ、それで4人はずっとドレンにいたのか?」


 俺の力技の話題転換にカレンは苦笑しながら乗ってくれた。なんだかんだで優しい幼馴染だ。


「ええ。ドレンの冬はすごく寒かったよ。ミルド村とは比較にならないくらい雪が積もったし」

「アザミはホテルの部屋に籠りっきりだったよな」


 トウマが視線を向けると、アザミが寒さを思い出したのか腕を抱いて震えた。


「あれは地獄だった」


 アルラウネは寒さに弱いし仕方ない。ミルド村よりも寒かったのなら、本来は冬眠するような寒さだろうし、アルラウネは北部に住むことは出来なさそうだな。


「ドレンで冬を越した後、雪が解けてからみんなで王都に戻ったの。ここで言うみんなは、カレンたちだけじゃなくて、ゲルミアたちも一緒よ? で、王都に着いたらギドメリアがハウランゲルに侵攻を開始したって情報が入って来て、ゲルミアたちは大慌てで部隊を編成していつでも援軍を送れるように準備したの。そしたらなんと、向こうの中将からあたし宛で連絡が入ったら驚いたわよ。ドレンの時に助けてくれなったから文句を言ってやった奴だったし、まさか名指しで来るなんて思わないじゃない?」


 それをけしかけたのは俺なので何も言えないな。中将は援軍無しで戦うつもりだったみたいだし。


「話を聞いてみたらアキトがハウランゲル軍に協力しているっていうから、寝る間も惜しんで駆け付けたってわけ。カレンたちもドレンではあたしと一緒に訓練したり、魔獣を狩ったりして強くなってたから、あたしの分隊員として連れてきたのよ」

「……なるほどな、色々繋がったよ」


 この半年の出来事を知らなかった俺にしてみれば異色の混合チームだが、話を聞いてみると、俺という存在を話題の種として知り合った仲良しチームだ。


「ん? 来たみたいだぞ」


 ちょうど話し終わったタイミングで、ロゼが立ち上がって南の方角を見る。

 俺の耳にも何かが走る音が聞こえてきた。


「やっと来た。エンデ少尉、もう十分休めたわよね?」

「ええ。大丈夫ですわ」

「よし、衛生兵を森まで最速で連れて行くわよ」


 ハルカとエンデ少尉が立ち上がると、先ほどまでだらけていたのが嘘のようにキビキビとした動きでハウランゲル軍と合流し、事情を説明し始めた。


「こういうところは、ちゃんと軍人なんだよな」

サンダーバードを知らないという人のために説明すると、よくトーテムポールに描かれている鳥がいますよね。あれのことです。

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