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三章 ワーキャットの里帰り 十四話

 夜明け前、俺たちの作戦は決行された。

 俺は見張りをしていた数名に対して狙いを付ける。


「『空間魔法・虚空閃』!」


 まずは一人。こちらに気付いていないギドメリア軍人の胸に穴をあけた。まさか日本人の俺が暗殺まがいの行いをすることになるとは、一年前は思ってもみなかったよ。

 仲間がやられたことで、他の見張りたちが臨戦態勢となって周囲を警戒する。


「そこかっ!」


 俺の本来の魔力は薄っすらと他属性をまとった無属性だが、魔法を使う時はその属性に変化する。

 それも虚空閃のような強力な魔法を使ったのなら、魔力感知で居場所がバレてしまうのも当然だ。

 だが、いまはそれでいい。敵をこちらに引き付けるのが目的だ。

 俺の攻撃に続くように、足の速い軍人とワーキャットたちが一斉に攻撃する。

 だがしかし、さすがは敵国内に攻め込んで来たギドメリアの軍人、ほとんど不意打ちに近い状態だったにもかかわらず、懸命に攻撃を防いでいる。


「『竜の翼』! 『空間魔法・虚空剣』!」


 俺はオリヴィアの翼を使って飛翔して、敵目掛けて飛び掛かった。

 迎撃の魔法が飛んでくるが、身体の正面に突き出した虚空剣がそれを引き裂いてくれるので、俺には届かない。

 そのまま地上にいる三人を虚空剣でかすめ、一人は首、もう一人は片足を切断した。最後の一人はギリギリのところで飛び退いて回避したので無傷だ。

 足を斬られて体制を崩した敵は、俺に続くワーキャットたちの攻撃であっさりと絶命。残る敵も続く俺の攻撃で仕留めようとしたところで、俺の耳にクレスの声が届いた。


「アキトさん、後ろです!」

「『不可侵領域』!」


 とっさに背後に不可侵領域を張ると、飛来した魔法が弾け飛んだ。


「助かったよ、クレス」

「いえ、それよりも狙い通りです!」

「ああ! 全員、撤退だ!」


 俺が合図するとギドメリア軍に襲い掛かっていた全員が一斉に森へと撤退する。それも、わざとらしく方向が分かるように速度を落としている。

 俺はわざと敵に狙われるように上空を飛んで森へと戻る。すると、怒り一色の咆哮がリネルの里に響き渡った。

 先ほど俺に後ろから魔法をぶつけてくれた張本人。

 今回のメインターゲットである、青い鱗のドラゴンだ。

 俺は翼から出る魔力を調節して空中で静止すると、ドラゴンと向き合った。

 狙い目だと思ったのか、地面から数発の魔法が俺に向かって飛んできた。


「『不可侵領域』」


 下方向に不可侵領域を張って敵の攻撃を防ぐと共に、俺は自分が張った不可侵領域の上に乗って、飛行する際に消費する魔力を節約した。


「こいつはお前たちの手に負える相手じゃない。他の雑魚を追いかけろ!」


 ドラゴンが命令すると、ギドメリアの軍人たちは俺を無視して森へと走っていた。

 くそっ、何人か足止めしておきたかったのに、余計な事をしやがって……。

 森ではレフィーナが待ち構えているが、いかんせん敵の数が多かった。彼女が負けることはあり得ないが、森で戦う全員を守ることは出来ないだろう。

 オリヴィアには空から全体を見て手薄なところを助けるように頼んであるので大丈夫だとは思うが、やはり直接助けに行けないのは歯がゆいな。


「お前、その翼……ドラゴンのものか?」


 しめた。質問をしてきたぞ。ここは会話を長引かせて少しでも時間を稼いでやる。


「これはメリュジーヌというラミアの突然変異種族の翼だ。竜の翼を持った美人のラミアでな、だからドラゴンの翼かと聞かれると、微妙に違う」

「翼のあるラミアだと? ふん、俺の鱗によく似ていると思ったが、紛い物か」

「あ?」


 おい、こいつ今なんて言いやがった?

 俺の聞き間違いだよな。まさかそんな、ドラゴンともあろう種族がこの翼の価値が分からないなんてことはないはずだ。


「……すまない。さっきのお前の咆哮で耳がやられているのか、良く聞こえなかった。この翼が何だって?」

「紛い物だと言ったんだ。お笑いだな、盗人種族が自慢げに掲げる翼が、俺たちの翼の紛い物とは」

「『虚空閃』」


 俺は考え得る最短のモーションで最速の虚空閃をドラゴンの右目へ向けて放つ。ドラゴンは顔の向きを少し変えることで、俺の虚空閃を鱗で弾いた。


「話の途中で目を狙った不意打ちか。自分の女の翼を馬鹿にされて怒ったか? 何度でも言ってやる。劣化した模造品のような翼だ」

「口を閉じろ。この翼の価値も分からないような目玉に存在価値はないだろ。文字通り風穴を開けてやるから、あの世で詫びろ。オオトカゲ野郎」


 俺とドラゴンが同時に口を閉ざし、睨み合う。おそらくは二人とも、同じことを考えているだろう。

 ぶっ殺す!


「『氷結魔法――」

「『空間魔法――」


 怒りを魔力へと変換した二人の魔法が激突する。


「――連式水刃斬』!」

「――虚空閃』!」


 ドラゴンの咆哮と共に、その巨大な口から水の刃が無数に放たれる。

 身体の大きさのせいなのかオリヴィアが使う水刃斬とは規模が違う。今この場にいるのが俺だけで良かった。

 俺の虚空閃が一直線に突き進み、ドラゴンの水刃斬を消滅させる。そのまま口の中まで貫通してやりたかったのだが、ドラゴンは即座に飛び退いて虚空閃を回避した。

 ドラゴンのスピードと避け初めのタイミングから考えて、奴はミドリと同じで魔力感知が出来るに違いない。

 俺の方が魔法を使うタイミングがワンテンポ遅かったので、先に魔法を出していたドラゴンは俺の魔法の力を察知して避ける余裕があったのだ。

 俺はもう一度魔力を右手に集める。


「『空間魔法・虚空閃』!」


 まだ日は登ってきていないが、空は薄っすらと明るくなって来ている。この明るさであれば俺は空間をしっかりと認識できるので、目に当てる事さえできれば確実に致命傷を負わせられるはずだ。

 しかし、ドラゴンは顔を少し傾けることで俺の魔法を顔の鱗で弾く。


「その魔法、ラミアの魔法とは思えない」


 先ほどまで怒りで俺を睨んでいたドラゴンの目付きが変わり、冷静に俺を分析しようとしてくる。


「空間魔法…………まさかとは思うが、お前、エメラルドというドラゴンと契約しているか?」

「えっ、何で……」


 どういうことだ?

 なぜ、ギドメリア軍のドラゴンがミドリの事を知っている?

 俺の反応を見て契約者がミドリだと確信を持ったのか、ドラゴンは不気味な笑い声をあげた。


「まさかそんなことになっているとはな。そうか、あいつは生きているのか!」

「お、おい、待てよ。お前、ミドリを――エメラルドを知っているのか?」

「知っているも何も、エメラルドは俺の妹だ。もっとも、母親は違うがな」

「なっ……う、嘘だ……」

「信じる、信じないはお前の勝手だ。だが俺は嬉しいぞ、お前を殺す理由が増えたからなぁ!」


 ドラゴンは咆哮と共に俺目掛けて突っ込んでくる。


「くっ――『不可侵領域』!」

「『冥界斬』!」


 俺が咄嗟に不可侵領域で防ごうとすると、ドラゴンは身体をくるりと横回転させて、尻尾で薙ぎ払ってくる。

 その尻尾はグレンが使っていた暗黒魔法を纏っていた。

 俺は竜の翼で上空へと飛翔して避ける。不可侵領域を突き破ってきた尻尾が、俺が先ほどまでいた場所を一閃した。

 くそっ、何が何だから分からない。

 ミドリがあいつの妹で、あいつは妹が俺と契約していると分かったら殺す理由が増えたとか言い出しやがった。

 どういうことだよ。あいつは妹に連鎖現象で死んでほしいのか!?


「『暗黒魔法・連式冥界破』!」


 ドラゴンは口から暗黒魔法を放射線状に連発する。夜明けが近いとは言ってもまだ太陽は出ていないので、漆黒の波動が俺目掛けて迫っているのは分かるが、その数や大きさを完璧には把握できない。


「『空間魔法・不可侵領域』!」


 俺は不可侵領域を張って暗黒魔法の速度を遅らせ、即座に急降下して地面へと着地した。最強クラスの防御魔法である不可侵領域も闇属性の魔法を前にすると相殺すら出来ない。一時的に進行が止まるだけで、すぐに不可侵領域を突き破って突っ込んでくる。


「『疾風魔法・風走り』!」


 サラから貰った風属性の魔力で風を足に纏い、大地を賭ける。サラと契約してから、この魔法だけは使えるようになっておいた方が良いと思って、短い時間で練習しておいたのだ。

 この魔法が生み出す加速なら、ドラゴンに素早く接近することが出来る。

 ドラゴンの暗黒魔法の放出は続いており、地上を走る俺へと降り注いだが、暗黒魔法は俺の速度に付いて来ていない。過ぎ去った後方の大地を抉るだけだ。


「ちっ、『氷結魔法・絶対氷壁』!」


 自分の攻撃が当たらないと見るや、ドラゴンは俺を近付かせないように新たな魔法を使用する。

 あれはオリヴィアが良く使う魔法だ。けれどやはり規模が違う。俺が近付いて来られないように前方180度全てを氷の壁で覆ってしまった。

 俺はぶつからないようにブレーキをかけて立ち止まる。

 その瞬間、俺は自分がミスをした事に気付いた。

 薄っすらと見える氷の壁の反対側で、ドラゴンは攻撃モーションに入っていたのだ。身体を捻り、尻尾が横薙ぎに俺へと向かう。


「『冥界斬』!」


 簡略化した冥界斬を纏った尻尾が氷ごと俺を斬り裂きにかかる。地面をえぐるように放たれた尻尾は這いつくばって下をくぐることすら出来そうにない。

 かといって、ドラゴンの尻尾はジャンプして避けられるような大きさではない。竜の翼で羽ばたく余裕もない。


「『竜の――」


 俺が何とか攻撃を防ごうと『竜の鱗』を出そうとしたその時、ドラゴンの尻尾よりも速い何かが、俺の横を通り過ぎた。

 すると、俺の身体が引っ張られるように宙を舞い、尻尾の一撃を回避する。

 何だ?

 何が起きた?

 身体を見ると、見慣れたアルラウネの蔓が巻き付いている。


「レフィーナか!?」


 蔓の先へと顔を向けると、俺の両目に映ったのはレフィーナではなく、紫色の髪の毛をしたアルラウネと、彼女を乗せて空を飛ぶ巨大な鷲の姿だった。


「私をレフィーナ様と間違えるな」


 眉間にしわを寄せてそう言ったアルラウネは、俺を捕まえていた蔓を身体に引っ込めた。


「えっ!?」


 いきなり放す奴があるか!?

 俺が竜の翼で体制を立て直すよりも速く、別方向から聞き慣れた声が届いた。


「アキト、手を!」


 目の前に飛び込んできた人物が俺に向かって手を伸ばす。俺はその手を反射的に取った。

 俺は空中で彼が乗っていた魔獣の背中に乗り直すと、軽やかに地面へと着地する。そして俺たち二人を乗せた魔獣は疾風魔法で加速してドラゴンから距離を取った。


「ふう……危なかったな、アキト」

「トウマ!? ど、どうしてお前がここにいるんだ!?」


 俺を助けたのは同じミルド村出身の人間であるトウマとその契約獣の魔狼ウェインだった。

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