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一輪の花  作者: 雨井蛙
一章 偽りのマリー
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08話 二人のお姫様

 学院生活も慣れてきた頃、マリーはクリューサンテムム学院に併設された図書館に来ていた。その施設は吹き抜けで造られており、専用の梯子を使わないといけないほど大きな本棚が列を成して鎮座している。


 その一角にある本棚にマリーは目当ての本を見つけるのだった。


「あった! やっと見つけたわよ! 苦労させてくれるじゃない」


 その膨大な本の中から目当ての本を見つけるのは大変だっただろう。司書に聞けば5秒で見つけて貰えるのだけど、人見知りのマリーはそれができずにいたので、地道に本の列を探索し見つけたのである。


 題名は『シュレディンガーの猫』。


 授業で小耳に挟んだものの、そのままにしていたマリーであったが、ようやくその全容を知ることになる。こういう物は消化不良を起こす前にすっきりさせるのがマリーの性分であった。


「なになに――」


 図書館にあった読書スペースで読み始める。図書館は基本静寂で、たまに本を探しに来た人が司書と話すくらいしか聞こえない。


 ――いつも(うるさ)いメイドたちがいなくて落ち着くわ。


 半ばメイドたちから逃げるように始めた図書館通いも、この世界を知るいい機会になり得るのである。

 もっとも、この図書館は王宮の手先たちに支配されていてマリーの監視が緩むことはないのだけども。


 箱の中に猫をいれ、量子(りょうし)がきっかけで作動する装置があり、作動すれば猫が死ぬ。

 量子(りょうし)というのは、不確定で確率的にしか観測できない。つまり、装置が作動するのかは量子(りょうし)の気まぐれであり、それが50%と50%であるならば、箱の中の猫は50%の確率で死んで50%の確率で死なないことになる。

 そこで、箱を開けないで猫の生死を観測しなかったとき、猫は死んだ状態と死んでない状態の二つの状態が重ね合わせで存在していると解釈できる。そして、箱を開け猫の生死を観測するとどちらかの状態に収束する。



 マリーは一通りの流れを読み終えると頭を休める。こんなのいくつ頭があっても足りないわ。


「重ね合わせの状態で観測すればどちらかに収束する」


 頭の中を整理するマリーであった。この世界にある力はどうであったか。


 《不完全な世界の顕現》―並行世界に存在する〈もしあった世界〉を今の現実にする力。


 《完全な世界の顕現》―《不完全な世界の顕現》によって創られた現実。本当の姿でない現実を元の本当の姿にする力。


 《完全な世界の再現》―並行世界に存在する〈もしあった世界〉を今の現実にする力。ただし、これは一時的で現実となった世界はすぐに消えて元の姿になる。


「どの力も似たり撚ったりなのよね。本質的に同じ力とか」


 考えながら帰路につくと、ばったりマーガレットに会った。


「あら、マリー様。忘れ物ですか?」


「忘れ物もなにも、これから帰るところよ」


 違和感を覚えたマリーであった。


「ですが先程、王宮でマリー様をお見かけしたと思ったのですが……あの?マリー様?」


「どういうこと!? 私をみた!?」


 マリーには心当たりがあった。

 気が付くと花畑にいた少女は、この世界の姫と勘違いされて、そのままこの世界の姫として振舞ったのだ。


 つまり、今、王宮には――


 マーガレットを置いて、王宮に走った。幸い王宮と学院は繋がっているから、平坦な道を走るだけで済んだ。ワイシャツが汗でベッタリ引っ付く。そんなことはお構いなしに普段、私が行うであろう俗事のルートを辿る。


 ――居ない? 居ない? マーガレットの勘違いだった? いや、可能性でありうること。本当の姫が、本人が帰ってくるなんて想定してたじゃない!


 そして、自室のその扉の前に立つ。メイドが驚く目でこちらを見てきたので確信した。

 ここにいると。


 ゆっくりと扉を開けて確認する。


 そこには少女がいた。

 自分と瓜二つの少女がいた。


「あの――」


 マリーが声をかけようとすると、周りが水溜まりに落ちた水滴がつくる波紋のように波打つ。そして、光が散っていくように世界が消えた。

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