06話 お姫様と森の熊さん
腹ごしらえを済ませたマリーたちは密林の最奥部に進むのであった。
道中に草木に傷つけられた体は、アザレアの力によって癒された。
「《不完全な世界の顕現》」
アザレアの中で発せられた淡い光が、水溜まりに落ちた水滴がつくる波紋のように拡がって、現実がだんだん波打っていき、そして霧のように靄になって消えると、傷のない綺麗な体になった。
「こうやって見ると、立派な治癒魔法よね」
賞賛を送ると、アザレアは跪き、歓喜で肩を震わせていた。
「ありがたき幸せ。このアザレア、この為に生まれたのかもしれません」
「あ、はい」
そうしてやって来た密林の最奥部は、さっきよりも広い平原であった。ここがRPGものであったら、きっと、ボスキャラがでてくるであろう。
「ん、あれは？」
マリーが見つけたそれは、苔に塗れた石像だった。その足の砕けた少女像はどこかマリーに似ていたが、風化していたのではっきりと分からなかった。その正面には小さな球体があった。これも風化している。
「文明があった……そして滅んだ？」
ゴクリと固唾を飲む。
（そうだ、並行世界の中の、私たちが住むこの世界が恵まれてただけで、滅んでしまった世界もあるはず）
「どうして滅んでしまったのか……」
（絞りカス、と表現してもいいのかしら。リンゴを一口ずつ齧っていくように、世界を少しずつ削っていく、その最後の方の絞りカスの世界。それが文明の途絶えた世界だとでもいうの？）
「あー、分かんなくなってきた！」
マリーは頭から蒸気を出しながら頭を抱える。
そのとき、茂みの方から物音がした。
ガサガサ。
「え？ 熊？」
マリーは音のあるじが分からないため、先のクマを連想する。
（大丈夫。怖くない。ローズたちだっているんだから、クマくらい、ちょちょいのちょいよ）
身構えながらもローズたちに視線を送るが、居ない。未発見の遺跡があったら、心昂って、どこか探検しにいったのである。では、メイドたちはというと、遺跡の木陰で休んでいるのだった。考えごとをしながら、無意識に移動していたマリーであったから、逆に隠密働いて、誰にも気づかれることなく。茂みの近くに寄ってしまったのだった。
「ちょっと何やってんのよー！！」
声を殺して叫ぶ。前の猛獣を刺激してはいけない。一歩ずつゆっくりと、後ずさる。
「さっき熊鍋食べたからかしら？もしかしてご血縁？結構美味でしたの、お宅の子」
褒めたつもりだったが、これだとサイコな殺人鬼の吐く台詞だ。
茂みの主が怒ったそぶりで、枝を折りながら近づいてくる。
パキパキ。
「あー、ごめんなさい！ ごめんなさい！ ごめんなさい！ ごめんなさい！ 今度はちゃんといただきますとごちそうさまって言うから！」
茂みから出てきたその主は――
「何をしてるのです？ マリー様」
マーガレットであった。
「マ、マーガレット？」
へたり込むマリーであったが、マーガレットに飛びついた。
「もう心配したんだから！どこ行ってたのよ、マーガレット！」
心配したのは主にマリー自身の心配であったが、探してたマーガレットが見つかって安堵したのだった。
「マリー様もご無事で何よりです」
抱きながらもマリーの頭を撫でるマーガレットであった。
（何このイケメン、私が女子だったら惚れてたわ。まあ、私、女子なんだけど）
「しかし、ここは、逃げてください！」
マリーを剥がすと、マーガレットは先の茂みに振り返る。片手には木の枝、そんな装備で大丈夫か。
騒動を聞きつけ、ローズたちとカトレアとアザレアが合流する。
「何かあったんですか？」
ズズンズズン、と地面を鳴らしながら、木をなぎ倒しながら、何かが近づいてくる。
「不覚、マリー様に合流する前に、ケリをつけておくべきでした。ローズ、剣を貸してくれないか！」
マリーたちの中にローズがいるのを確認したマーガットは、ローズに剣を要求する。
「この剣は本来、マリー様を守る剣ですが！目的で同じであるならば！」
ローズは剣を抜くと天高く投げるのであった。空中に放り出された剣は、回転しながらマーガットに届く。マーガットがその剣を掴んだ。そして、巨大な樹木がなぎ倒されると、その何かの正体が顕になった。
五メートルはくだらない、巨大な熊だ。
生存競争に勝ちつづけ、その巨体を手に入れたのだろう。その目は赤く染まり、口から放たれる息は蒸気となって霧散していく。
「ちょっと、こんなのに勝てんの？」
マリーが懸念する中、マーガレットは髪を束ねると、木の枝を捨てて、その巨大な熊を目で威圧する。
「いままではちんけな武器しかなかったですが、この剣なら」
そういうとマーガットは剣を構えた。マーガットの持つその剣は淡く輝きだしたのだ。
「蹂躙という言葉をお教えしよう」
マリーの眼前に閃光が走った。
