表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一輪の花  作者: 雨井蛙
五章 最終決戦
48/52

45話  数万年後の世界

 町の教会には静かに(たたず)む惨状があった。マーガレットはすでに冷たくなっており生命の灯火(ともしび)が消えている。


「死者はもう生き返りません」


 カルネラの吐く事実にマリーは信じられない様子だった。《完全な世界の顕現》には時間遡行(じかんそこう)の性質があると、そう書いていたのは彼であったはずだ。


「いいわ! 私が《完全な世界の顕現》でマーガレットを生き返らせてあげる」


「……おやめください」


「マーガレット、大丈夫よ。私がいま――」


「マリー様! おやめください!」


 カルネラは冷たくなったメイドに話しかけるマリーを掴みあげる。


「……《完全な世界の顕現》は、《完全な世界の顕現》は《不完全な世界の顕現》と同じ力です」


「どういうこと?」


「《不完全な世界の顕現》が有限の並行世界から探索して召喚するのであれば、《完全な世界の顕現》は無限の並行世界から探索して召喚する力です。この力に死者蘇生の力はありません」


 カルネラの言いたいことはこうだろう。《不完全な世界の顕現》では、たとえば3つの世界から探索する。それらは「偽」「偽」「偽」である。召喚されるのは「偽」だ。

 対して、《完全な世界の顕現》はより多い10つの世界から探索する。それらが「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「真」であるならば、「真」が召喚される可能性がある。

 そして《不完全な世界の顕現》と《完全な世界の顕現》は同じ召喚の力である。ここに、死者蘇生の力は存在しないし、時間遡行も存在しない。


時間遡行(じかんそこう)に見えるのは、以前の状態に戻る確率が高いだけです」


「な、なに? じゃあマーガレットは生き返らないの?」


「残念ながら」


「まって、じゃあ意識を移動させるのは? 《不当なる観測者の権限》でマーガレットの意識を――」


「マリー様、気づいておられるでしょう。一度死んでしまったら、意識は存在しなくなることを」


 カルネラはマーガレットに刺さった剣をぬく。そして彼女を仰向けに寝かせると、彼女の顔を綺麗な白いハンカチで隠し黙祷するのだった。

 メメント・モリ。死を忘れるなという言葉にはと友の死も含まれていたのだ。仮にここで死ななくても人はやがて死ぬ。それが早いか遅いかだけであった。不死の少女はこれを永遠に体験し続けねばならない。


「……そんな、マーガレット……マーガレット……」


 白いワンピースを着た少女もまた、マーガレットの死を悲しむのであった。


 *


 後継者カルネラ・アルスバーンの脅威はなくなり、世界は平和になった。それでも、人々は悲しみ、苦しみ、死んでいく、これが世界の運命というのだろうか。

 誰かが言った、死があるから生に喜びを感じるのだと。誰かが望んだ世界は、悲しまず、苦しまず、死なない世界であるならば、感情を殺し不死である世界だとでもいうのだろうか。


 *

 *

 *


 王宮の奥底に白いワンピースを着た少女がいた。数万年経ってもその姿は変わらない。


「……そう、みんな死んでしまったのね」


 少女が再び外界をみたときにはすでに知った人はいなかった。少女の知らない世界がそこにはあった。


「花を、植えましょう」


 少女は花を手向けたのだ。永遠に眠りつづける友たちへ。永遠に続く花畑を送る。それは、その世界全体を一面の花畑にするものであった。


「《完全な世界の顕現》」


 淡い綺麗な光が少女の中から発せられると、水面に落ちた水滴が作る波紋のように広がる。その光は世界を波打たせる。だが、今回はすぐには変わらない。詠唱を終えたマリーが歩きだすと、その一歩でマリーの周りだけが花畑になる。


「マーガレット」


 ブワッとマリーの周囲一体が花畑に変わる。赤や黄、紫で彩られたその中に彼女を象徴する一輪の花が咲いてる。


「カトレア」


 そして、また一歩。ブワッと世界の一部を花畑に変えていく。


「アザレア」


 また、一歩。


「ローズ」


 また一歩。


「ガーベラ」

「サザンカ」


 また……。


 その足はだんだん早くなりマリーは走りながら世界を花畑に変えていく。その瞳には涙が溜まっており、それが零れないようにと少女は走る。

 世界を花畑に変えたあと少女は止まった。どうせなら一緒に死んでしまいたい、その思いさえも不死の少女には叶わなかった。


「《完全な世界の顕現》――《全てを忘れ去る黄金の剣》」


 代わりに召喚したのは、記憶を消去する想いの剣である。死が訪れない、不老不死にとっての死とは記憶の消去であったのだ。

 少女は自分の胸に向ける。だが、思うようにいかない。


「駄目だわ……私は彼女たちの思い出を失いたくない……」


 そのとき、空間が歪曲して一人の青年が現れた。カルネラ・アルスバーンである。神でありながら人として生きたかった少女と、人でありながら神として生きる青年の対面であった。


「カルネラ・アルスバーンいたの?」


 超越者の彼は使命を背負っていた。全ての世界を完全な世界に変えること。彼はアルストロメリアの代理人であった。


「お迎えにあがりました。マリー様。新たな世界があなたをお待ちです」


「残念だけどその話にはのれないわ。私はこの世界のみんなを愛していたのよ。他の世界なんて」


 カルネラ・アルスバーンは少女の召喚した黄金の剣をみる。すべてを理解した青年は少女にこう尋ねたのだった。


「この世界は楽しいですか?」


「いいえ」


「この世界は悲しいですか?」


「いいえ」


「……では全てを忘れてしまいたいですか?」


 カルネラ・アルスバーンは黄金の剣を少女に向ける。だが、返答はない。そして、しばらく経ったあと少女はこう言った。


「ええ、人想いに」


 カルネラのもつ《全てを忘れ去る黄金の剣》が少女の胸に突き刺さる。少女はゆっくりと花畑に仰向けに倒れ込んだ。それでも、まだ深くカルネラは剣を突き刺している。


「……さようなら、マリー様。あなたのすべての想いは次の者が引き継ぐでしょう。どうか安らかに」


「ええ、そうして頂戴。……そう、みんなの想いは私の中で永遠に…………生き続けるのよ……」


そして、少女が気づくとそこは見知らぬ花畑だった。そこで少女はしゃべるカエルと出会う、そんな話があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ