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一輪の花  作者: 雨井蛙
五章 最終決戦
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41話

 学院の教室に寝癖の多い教授がいた。アルベルト・マーゼンフリーだ。アルベルトの専攻は光である。


「一秒は一秒である。何処にいても何をしても時計の針は変わらない。これが一般的な常識です」


 マリーは元の世界に戻ったあと、かの殿方を探さずに日常生活に戻ったわけだ。今は真面目に授業を聞いている。


「しかし、これは本当にそうでしょうか。楽しい時間は短く感じ、悲しい時間は長く感じます。時間とは人それぞれ違って感じられるのです。私はこれを論理的に証明しました。私の研究ではタイムマシンが作れるのです」


「タイムマシン?」


 マリーはポツリと呟いた。アルベルトが言ってるのはウラシマ効果を使ったタイムトラベルである。


 *


 中庭の木陰に陣取って昼食を食べていた。右にはマーガレット、左にはカトレアがいた。マリーは木陰に寝そべると天を仰ぐ。晴天であった。水色の空を鳥たちが駆けている。


「平和……だなあ」


 昨日のことが夢のように思ったのだ。鏡の世界から喋る猫を通ってこの世界に戻ってくるまで、たった一晩の出来事であった。


「この平和がずっと続くといいんだけど……」


 鏡の世界に行ったのも事故であったのだ。マリーが不用意に《想いの力》を使わなければ何も起こらない。反社会的勢力のカルネラは既にこの世界には居ない。この世界は平和であった。

 視点を下げるとマーガレットは綺麗な姿勢で紅茶を飲んでいる。カトレアはまだサンドイッチを頬張っている。


 (どこかの世界のアマリリスは人間としてありふれた日常を楽しんだ。どこかの世界のアマリリスは戦争を好んだ。だったら、私はどうしよう。……少し、眠ろう……かしら……)


 マリーは目を瞑る。青空の下で時折吹き抜ける風が心地よい。マリーは呼吸を整えた。自然を肌で感じるのだ。風が肌を伝う感触、草が鳴る音、鳥の鳴き声、そして心臓の鼓動。

 マリーは瞑想の中にいた。広大なる草原にマリーは立っていた。マリーが感じた世界を想像したのである。


 (考えてみれば当たり前だったわ。自然を知覚するには五感を通さないといけない。五感を通った情報は脳に送られる。脳で翻訳され、私は世界を認識する。人はそれぞれ違う生き物だから、脳での翻訳も100%一致するわけではない。皆が感じる世界は必ずしも一緒ではない)


 中庭の木陰で瞑想してるマリーが感じとった世界も、マリーの想像の中で再配置が可能である。風が肌を伝う感触、草が鳴る音、鳥の鳴き声、すべて、この広大なる草原で再現されていた。世界は一つではない、再現可能である。

 瞑想の草原を堪能していると後ろの方で声がした。


 (あら? 何かしら?)


「……た…………」


 そこを見ると一人の少女がうずくまっていた。マリーと瓜二つの煌びやかなドレスを着た少女である。

 マリーはその少女に声をかける。


 (どうしたの? 何かあったの?)


「……た……すけ……」


 その少女が顔を上げるとマリーは驚愕した。よく見ると、右腕は肩のところで千切れており、左足も欠損している。悲痛な顔の目には眼球がなく空洞から鮮血が滴り落ちていた。


「何があったの!」


 声をあげて飛び起きるマリーは中庭の木陰にいた。その声にびっくりした2人のメイドがマリーの様子を伺っている。


「マリー様、どうかされましたか?」


「…………」


 心配するマーガレットの声に最初返事ができなかった。辺りを見渡すとそこは中庭の木陰である。平和な日常がそこにあったのだ。


「……いえ、ごめんなさい。なんでもないわ。少し変な夢を見ていたわ」


 マリーは額に手を当てる。じっとりとした汗が額を濡らしていた。


「マリー様ったらこんな所で寝るからですよ」

「カトレア、君は授業中も寝ていると聞いていたが」

「誰から聞いたんですか!?」

「もちろん他のメイドからだが」


 そんな2人のメイドのやり取りが遠くに聞こえた。


 (夢? 夢にしてはリアル過ぎたような。それにこの感覚どこかで…………)


 思い出したのは鏡の世界で別の世界のマリーからレクチャーされた《不当なる観測者の権限》である。


 (でも、私はその子には遷移(せんい)してない。なら、私がみたのは別の世界の私? 後継者と名乗ったカルネラアルスバーンを別の世界に追いやったことで、別の世界の私が痛めつけられてるって言うの!?)


「マリー様、本当に大丈夫ですか?」


 マーガレットが再び容態を尋ねる。マリーは平静を装ってマーガレットに返事した。


「ええ、大丈夫よ」


 *


 (あれは本当に夢だったのかしら?)


 疑問に思いながら帰路につく。マリーは終始浮かない顔をしていた。気を使ったマーガレットが声をかける。


「マリー様、もしタイムマシンがあったらどこの時代に行きたいですか?」


「タイムマシン?」


「はい。過去か未来か、私は過去に行きたいです。過去に戻ってまたマリー様と同じ平和な日常を過ごしたいのです」


「それって退屈しないかしら?」


「はい。でも将来、私とマリー様が別れることがあるかもしれません。何が起こるか分からない未来よりも既知となった過去を繰り返すほうがいいと思います」


「この先には残酷な世界が待ち受けてるかもしれないってことね。私は……未来がいいかな。たとえどんな世界が待ち受けていようとも、その方が刺激的で楽しい世界だわ」


 世界は進むされど変わらず。未来がより良い世界になってるとは限らない。


「……私、思うのです。時間を超越して別の時代に渡ること、見知らぬ人々、見知らぬ文明、見知らぬ世界がそこにあります。それは別の並行世界に渡ることと違いはないと」


「斬新的なアイディアね。確かに、別の並行世界に渡れたらそこは私の知らない世界かもしれないわね。つまり、別の並行世界に渡ることと時間を超越することは本質的に同じ。でもそれって、見知らぬ並行世界は私たちの世界線の上にあるってこと?」


「逆です、マリー様。時間という概念は並行世界の遷移と解釈できます」


「……?」


「私たちの世界の隣には無数の並行世界があります。そこには過去も現在も未来も同時に存在するのです。私たちは意識を別の並行世界の自分に遷移させることで時間を感じるのだと、私は思います」


 常識を疑う。今回は「時間」という概念を疑っている。その答えのひとつにマーガレットは並行世界を使って時間を再定義したのだ。時間の常識とは、過去→現在→未来である。過去は現在に流れ、現在は未来に流れる。その逆は有り得ない。その常識を疑って、過去=現在=未来としたのだった。


 *


 マリーは王宮につくといつもの俗事を済ませて床に就く。


「過去も未来も存在しない、か。きっと未来はより幸せな世界になるのだと思ってたけど、そうとは限らないわね」


 ふと頭に浮かんだのは昼間みた体が欠損した少女である。


(あれがもし別の並行世界の私だったら、()()()をその世界に送ったのは私だ。私の世界線と彼女の世界線は違うのかもしれない。私はこのまま平和な世界を生きて、彼女は残酷な世界を生きるのだわ。…………いいえ、違うわ。彼女の世界を幸せにすることができる。私にはその力があるじゃない………)


 マリーはそう思いながら眠ってしまった。この世界だけでなく、無数にある並行世界のすべてを幸せする。それはかつて一人の少女が望んだ《完全な世界》であった。

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