04話 少女とリンゴ
そのカエルの教授の授業はこうであった――。
リンゴがひとつありました。
そこには少女がいて、リンゴを一口齧りました。しかし、まだ、綺麗なリンゴが存在します。
少女はリンゴを齧りはしたけど、リンゴの存在を消したわけではないのです。
リンゴの最後の一口を食べ終わってはじめて、リンゴの〈存在〉を消すことができました。
ある日少女は、世界を創ってしまいました。
そこは誰も悲しまない世界、純粋な幸せだけが溢れ、誰も死なない世界でした。
しかし、少女は気づきます。その世界には時間がなかったのです。
少女は思いつきました。
この世界とちょっと違う世界を創ろう。
それは一枚の絵をズラしていきアニメーションを作るような感じだったのでしょう。
このような方法で、少女は時間を創りました。
しかし、時間を創ったせいでその世界は不完全な世界になってしまったのです。
誰かが悲しみ、誰かが死んでいく世界になってしまったのです。
少女は嘆きました。私のせいで、悲しい世界が生まれてしまったと。
少女は思いました。
こんな世界、消してしまおうと。リンゴを一口ずつ齧っていくように、世界を少しずつ削っていきました。
しかしそのせいで、不完全な世界が生まれてしまいました。誰かが悲しみ、誰かが苦しみ、誰かが死ぬ世界です。
そして、その世界がわたしたちが住むこの世界です。
少女はいまも世界を削っているのでした。
――
その童話のような物語を聞き終わるとマリーはあくびをした。
一限が終わるとカトレアに連れられ中庭に移動した。中庭といってもだだっ広い土の敷地だった。普段は体育の授業で使うらしいが、想いの力の演習授業という話であった。隣に見えるのは王立ロサ学院だ。王立クリューサンテムム学院と違い、王立ロサ学院は兵士を養成する士官学校なのだ。どうやらこのだだっ広い敷地を共同で使っているらしい。まあ、王立クリューサンテムム学院も王立ロサ学院も理事長があの喋るカエルらしいから問題もないみたいだ。
「あら、マリー様」
「あ、マーガレット。今度は一緒の授業なの?」
「次は、想いの力の授業ですからね。私、苦手なんですよー、はあ」
カトレアがため息をついた。
三人で話していると、正面から物凄い勢いで誰か走ってきた。
「マリーィィィィィさまぁぁぁぁぁぁ!!」
彼女も同年代の少女であったが、兵士と思われる甲冑をまとい、腰には剣を携えていた。
走ってきた方向と服装からしてロサ学院のものだろうけど。
「な、なにか?」
その女はマリーの前に跪くと、同様に四名の兵士が渡り鳥がV字に隊列を組むように跪いた。
「今日こそ、私共をマリー様の騎士とお認めください!」
(はて、なんの話だろう)
カトレアのほうをみると「あわわ、苦手なんですよ」と、彼女には別の時間が流れてるらしい。
マーガレットに視線を送ると説明してくれた。
「は! 要するに彼女らは、士官学校で同士を集め、部活動の感覚でマリー様の警護をしたいという不届き者であります!」
「ご苦労、マーガレット。下がって良いぞ」
「御意」
「し、失礼ながら! マーガレット殿、私どもは遊び半分で騎士になろうなど思っておりません! マリー様! 信じてください!」
「マリー様、発言の許可を」
「どうぞ」
「メイドにもなれなかったゴミムシどもめ。分をわきまえろ」
「下がりなさい、マーガレット」
「御意」
(マーガレット、当たり強いなー。要はメイド争いで負けた女子たちが、今度は騎士として私に仕えたいってことね。いいことじゃない)
マリーたちの時間に追いついたカトレアが言う。
「マリー様には正規の騎士団がいますので、不要かと」
「あれ? いるんだ。じゃあ――」
要らないや、とは言えなかった。
なんとも捨てられた子犬のようにこちらを見てくるのだ。
「あなた、名前は?」
「は! ローズでございます!」
「では、ローズ。あなたのことを覚えておきます。機会があれば貴方を呼ぶこともあるでしょう。もし、呼べば貴方は来てくれますか?」
「もちろんでございます、王女殿下。この身朽ち果てても、王女殿下のもとに馳せ参じます」
「期待しておりますよ。さあ、行きなさい」
結局ローズたちは、騎士として認められた訳でもなく、かといって不要とされた訳でもなかった。
言葉巧みにマリーにあしらわれたのである。
その話術は、王たる素質というべきか。
さて、次の授業はこの世界の異能、想いの力か。