37話 小さなマリーと大きなマリー
結合しました。手抜きではないです。ないです。
王宮のマリーの自室。その絨毯の上にマリーは小さくなっていた。いや、本当に縮んでいたのだった。ペタペタと机の脚を触る。確かに大きな机があったのだ。
「あれ? 眼鏡の話から察するに、私が机を触ろうとしたら私の手も大きくなると思ったんだけど?」
マリーのイメージはこうであろう。大きく〈見える〉だけで触ろうとしたらマリーの手が大きくなって本当の大きさで触れる、と。だが、実際に机は大きくなっていたのだった。正確には「マリーが小さくなった」のほうが正しい。
「《想いの力》は並行世界を現実にする力よね。私が小さくなった世界が存在するってこと? それは考えられない。『私が小さくなる』ことは実現不可能な事象だわ。現実にできないはず」
「……でも、《想いの力》が世界を顕現すると言うならば、その『世界』とは何を指すのかしら? 眼鏡をかけている人は本来よりも小さい世界が見えるのだったら、その人が顕現する世界はこの世界より小さくなる?」
マリーは絨毯に座り込んで考える。小さくなると毛玉が良く見えるのだった。
「確かに私が見ている毛玉も、大きな毛玉も小さな毛玉も想像できる。想像できるならば実現可能だとするならば、これは召喚可能」
《不完全な世界の顕現》
マリーが詠唱すると、その毛玉の横に小さな毛玉と大きな毛玉が召喚された。
「これは毛玉がコロコロ転がって大きな毛玉になったのとは違う。毛玉自体が大きくなってるんだわ」
《不完全な世界の顕現》
次に召喚されたのは水の入ったコップである。マリーは召喚された水を飲み一息つく。
「召喚されたのは私が掴めるコップ。この大きな机の世界が『本当の世界』だったら、召喚されるのは机における大きなコップだったはず、でも召喚されたのは私が掴める小さなコップだった」
これが物語るのは『本当の世界』は存在しない。世界とは人それぞれ見ている世界が違うということだ。そして次に、"絶対的な"大きさは存在しない。並行世界の中には明らかに縮小された小さな世界と明らかに膨張した大きな世界も存在するということだ。
「『本当の世界』は存在しない、か。私が小さくなったのは、アルストロメリアが想像した私が、この世界にとって小さかっただけなのかもしれないわね」
これでマリーが小さくなった理由が分かった。
「つまり、同じことをすれば私は元の大きさに戻れるはず」
《不完全な世界の顕現》
小さなマリーが召喚したのは元の大きさのマリーである。
「よし、これで元の大きさに戻れるわね。……て、あれ? 私、小さいままなんだけど?」
声を出したのは小さなマリーが召喚した大きなマリーのほうであった。
「あれ? ここどこ?」
そう、小さなマリーは別の世界の大きなマリーを召喚しただけであったのだ。つまり、この部屋には大きなマリーと小さなマリーが二人いるわけだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! どういうこと!?」
絨毯に立つ身長15cmほどの小さなマリーが騒ぎ出す。顕現(召喚)されたのはこの世界の本来のサイズの自分であった。身長150cmほどの自分である。その大きなマリーはちゃんと自我をもっていた。
「あら? 何やら声が聞こえると思ったら小さな自分がいるわ。これもあのカエルの仕業かしら?」
大きなマリーは屈むと小さなマリーを指で突っつく。小さなマリーは大きなマリーに手も足もでず、こてんこてんと転されるのだった。
「ちょっとやめなさいよ!」
「あら? 本当に私だわ。口が悪いところも私そっくり」
「それ馬鹿にしてるのかしら?」
「いいえ」
大きなマリーはくすくすと笑いながら、手のひらに小さなマリーを乗せると机の上に運んでくれたのだった。大きなマリーは椅子に座り、小さなマリーは机に座る。
「それで? ここはどこかしら?」
「それは私の方が聞きたいわよ。どうもこうにも全ての元凶はあいつよ」
小さなマリーは自分のベッドを指さす。そこには丸くなって寝ている猫がいた。
「まあ、なんでこんな所に猫が?」
大きなマリーはベッドに上がると黒猫をつんつんして起こす。
「猫さん起きてください」
「んにゃ? もう朝かにゃ? てか貴様、自力でもとに戻るとはなかなかやるにゃ――」
その黒猫は大きなマリーをみて賞賛を送る。でも、視界には机の上に小さなマリーがいるのが見えたのだった。
大きなマリーは猫の脇を抱えて運び出す。
「ねえ、聞いた? この猫、いま喋らなかったかしら?」
「その猫はアルストロメリア。喋る猫なのよ」
黒猫は大きなマリーに抱えられると大人しそうにしていた。
「まあ、なんて人懐っこい猫なのかしら? お利口さんね」
「気を付けなさいよ。あなたも小さくされるかもしれないわ。なんたって私を小さくしたのはそいつなのだから」
「まあ、そうなの? 猫さんもう一度喋ってくれるかしら? わたし、喋る猫をみたの初めてなの」
「そうよ。アルストロメリア、さっさと私を元に戻しなさい」
二人に促された黒猫アルストロメリアはゆっくりと口を開ける。
「にゃ〜〜ん」
その黒猫は猫らしく鳴き声をあげたのだった。
「あら? やっぱり本物の猫なんじゃないかしら?」
「う、嘘よ! こいつ惚けてるだけだわ! ほらアルストロメリア、人語を話なさい!」
「ニャー」
「ほら、『ニャー』って鳴くわ。やっぱり、猫が喋るなんて勘違いだったのよ。わたし、喋る猫なんてみたことないし」
「それは勘違いよ! 喋る猫もいるんだわ! 見てないだけで判断しては駄目よ!」
「でも……」
大きなマリーが視線を落とす。腕に抱えられた黒猫を見るとニャーと鳴いてるのだった。
「何? しらを切るつもり? アルストロメリア。いや、この状況を楽しんでいるのだわ。猫かぶってんじゃないわよ!」
本当に猫かぶっていた。アルストロメリアは大きなマリーに対して猫らしく振る舞うと、小さなマリーに対しては、およそ猫がなし得ないであろう不気味な笑みを見せるのであった。
「なんか腹たってきたわね」
小さなマリーがぷんすかぷんぷんと腹を立てていると、黒猫は大きなマリーの腕の中で眠りはじめたのだった。