34話 歪な世界
王宮の一室で、マリーが待っていると一人の男性が現れた。全身に甲冑を着込んだ男性は、どうやらマリーにつかえる〈正規の騎士〉であるらしい。
(ローズがなりたかった騎士っていうのはこれのことね)
〈正規の騎士〉は五人の英傑であり、全員が《想いの力》と剣技を行使できる。たった五人の騎士だけで三千人の兵士を屠ったと噂がある。
マリーの前に跪くその甲冑の騎士が兜をとると、そこに現れたのはマリーのよく知る人物であった。
「カルネラ・アルスバーン…… 」
その青年の顔はマリーが密かに会っていた殿方と同じものだ。あるときはタイムトラベラーだと思われ、あるときは反社会的勢力の指導者といわれたものは、この世界では騎士をしてるらしい。
「マーガレット殿よりマリー様の様子がおかしいと聞き、馳せ参じました。いかがされましたか?」
「あなたは私の婚約者と聞いたのだけど」
「……! 事実です。もし婚約を破棄されるのであればお申し付けください……」
「いや、そういうわけじゃないの。ちがうっくて、あー、なんて説明すればいいのかしら!………私があなたを愛していたのは本当かしら?」
本来、それを分かるのは本人だけだ。マリーがこの質問をしたのは、この世界のマリーが彼を愛していたか、であった。
「……確かのように存じ上げます」
「そう」
(私の世界のあなたは時空の彼方に消えてしまったのだけど、この世界の私が羨ましいわ)
そう思いながら顔を少し赤らめながら彼を見つめていた。
「……私からお聞きしてよろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
「あなたは本当のマリー様でしょうか?」
的確な質問であった。マリーはさっきと違い冷静に答える。
「違うと言ったら?」
「分かりません。しかし、それでも私はあなたを愛したでしょう」
「それは……ありがと」
もし、愛した人が記憶喪失になって思い出やなにやら一切合切無くなってしまったら、その人を愛せるだろうか。 記憶をなくした恋人は別の世界からやってきたとも言える。別の世界から来た恋人は全くの瓜二つであるにしても、ある意味全くの別人であるわけだ。
(カルネラが愛したのはこの世界の本来の私であって、別の世界から来た私ではない、か。なら、私はとっとと元の世界に帰るべきね)
「ハルヴェイユを呼んでもらえるかしら? あの喋るカエルなら、私を元の世界に戻せるはずだわ」
「…………」
――?
カルネラの反応は微妙であった。それは、この世界とか元の世界とかに疑問を持ってる様子ではない。かといって、このマリーを元の世界に戻したくない訳でもなかった。ただ、一点、マリーの言ってることが理解できなかったのだ。
「……その、ハルヴェイユというは誰のことでございましょう?」
(え? この世界にはハルヴェイユはいない?)