26話 宿題の答え
学院の中庭、そのいつもの木陰に陣取っていた。マリーは心ここに在らずで何やらボーッとしている。隣にいるマーガレットとカトレアがマリーの状態を心配していた。
「マリー様、どうかされたのですか?」
「それが昨日、帰ってきてからあんな調子なんですよ」
カトレアはマリーに近づくとわざとらしく手を叩いてみた。しかし、マリーは反応しない。では、マリーの耳元で囁いてみることにした。
「マリー様、マリー様」
「ひゃい!」
不意をつかれたマリーは変な奇声を上げるのだった。
「な、何? カトレア」
「マリー様、もしかして……」
(あの方のことを考えてたなんて言えない。でも、打ち明けるべきかしら? 何とも奇妙な感覚に見舞われてるのだけど、カトレアなら分かってくれるかしら)
「あのね、カトレア――」
「もしかしてボーア教授の宿題を考えてたんですか?」
(あ——)
マリーは顔を赤らめながもカトレアの勘違いに同調したのだった。
「そうそれ! ずっと考えたんだけど分からなくってさ」
「宿題というのは?」
「想像と想いの力の関係です」
マーガレットは一等級の生徒であった。すでにこのテーマは履修済みだったのだ。マリーの悩みがそれだと思うと、良からぬ思いを払拭して、マリーの手助けをする。
「マリー様。想いの力は原則、並行世界にある別の世界をこの世界に召喚することでございます」
「確か、カルネラ・アルスバーンの論文にも書いてあったわね。でも、それと想像が何の関係があるの?」
「例えば、マリー様が草原に立ってるところを想像してみてください」
「いいわよ」
マリーは目を瞑り、悠久から続く草原をイメージしてそこに自分を立たせる。
「マリー様、そこには何がありますか?」
「私と、草原?」
「では、マリー様の心臓はイメージされてないのですね」
マリーは目を開きマーガレットに聞き返した。
「心臓?」
「心臓がないと人は死んでしまいます。では、マリー様が想像したマリー様はなぜ生きているのでしょうか?」
「なぜって想像しなくてもあるからじゃないの?」
「それはマリー様が別に想像しなくても、想像されたマリー様はあるってことですか?」
(あら? 私がイメージした世界は私が別にイメージしなくても初めから存在してたってこと?)
「ちょっと待って、これは想像なのだから細部までイメージする必要はあるのかしら?」
「では、想像ではなく現実に話を置き換えましょう。マリー様は私を認識するとき私の心臓まで認識しているのですか?」
「してないわ。マーガレットの心臓は確認しなくても在るはずだわ。あれ?」
「そうです。現実でも細部まで認識する必要はないのです。なら、想像した世界も細部まで想像する必要はないと考えます」
「待ちなさい、マーガレット。想像と現実を一緒にしているわ。これだと想像も現実の一部になってしま、う……わ」
(あれ? 逆に想像を現実の一部と仮定したら、それは何を示すのかしら? 想像は虚構だと思ってたのだけど、想像を現実だとしたら…………。それは…………並行……)
「並行世界? つまりマーガレットは想像は並行世界を見ているに過ぎないって言いたいってこと?」
「ご明察の通りです」
「ちょっと待ちなさい」
(確かに説明がつくわね。コップに水が入った姿を想像できるのも、それは別の世界で実際に水の入ったコップがあるだけでそれを見てるだけだと)
「でも、私が空を飛んでいるのは想像できても実現できないじゃない」
「マリー様、それはどのように飛んでいるのですか? 」
「どのようにって、パタパタ? フワフワ? かしら? 具体的なイメージは……ない。あ、つまりそういうことか! 想像してたつもりになって実は想像できてなかった、と」
(逆にいえば具体的なイメージさえあれば実現可能ということかしら。想像が別の世界を見てるだけなら、その想像も物理法則に従うはず、つまり人間は物理法則の枠組み内でしか想像できないから、考え出されるものは自然に現実と繋がってしまう。これは人間が考えることの限界点ともいえる)
「これが想像できるものは実現可能である、の真相か」
マリーは以上のことを書き起こしボーア・シュトレイゼンに提出した。ボーアはこの意見をみて笑ってしまったのだという。可笑しいからではなかった、この答えが自分のものと同じであったからだ。マリーとマーガレットの会話を聞いてたはずのカトレアは、難しい話になるとウトウトして寝入ってしまっていた。彼女はこの宿題を提出できるのだろうか。