23話 ナリア・アルスバーンの自白
「私の名は、ナリア・アルスバーン。父は神父、母は教師でした。小さい頃から教育と作法を教えこまれ、王宮のメイドとして仕えられるようにと教えられてきました。それは私が12歳のとき、最初のメイド試験に落ちてしまったんです」
マリーはガーベラのほうを見る。メイドである少女のほうだ。
「わ、私の生い立ちと一緒です」
「でしょうね」
ナリアはわかり切った風に言う。
「そして、メイド試験に落ちたことに母は怒り狂い私を打とうとしました。そのとき、庇ってくれたのが、私の兄、カルネラ様だったのです。兄と言っても義兄でした。兄は養子だったのです」
「やさしく面倒見のよい、頼れる兄でした。彼は私が「お兄様」と呼ばないことに不満を持っていました。けど、私が彼を「お兄様」と呼ばないのは兄妹では抱いてはいけない感情があったからです」
「抱いてはいけない感情?」
マリーはそう聞き返すと、ガーベラのほうをみる。ガーベラは、自分と瓜二つの少女が吐露する事実は紛れもなく自分と同じものだと気づき、少し顔を赤らめて言うのだった。
「そうです。私はお兄様を好いていました」
ナリアは話を続ける。
「カルネラ様も学術試験を受けるとのことでした。私は来年のメイド試験に受かれば、カルネラ様と一緒に王宮で仕えられると思って必死に勉強をしました。しかし――」
『我こそはアマリリス!この世界を導く者である!残酷に!尋常に!非常に!――――』
「それは女王アマリリスによる宣戦布告でした。メイド試験は廃止され、父も兄も徴兵されてしまったのです」
(それって、私が夢でみたやつ……?)
「そして思いました。尊敬していた、信頼していた、そして、愛していたカルネラ様を、アマリリスが奪ったんだ、と」
「そしてその想いも、時間が経って膨れ上がってきたころ、王宮より書簡が届きました」
『――カルネラ・アルスバーン、戦死』
「私はその書簡をくしゃくしゃにして泣きました。しかし、その涙すら出なかったのです。渇きゆえに。その国の民はみな飢えて渇いていたのです。皮肉ですね、アマリリスは人々の涙すら飢えで枯らせることで、誰も悲しまない世界を創り上げたのです」
「そして、私はこの喉の渇きを癒そうと何かないかと彷徨っていました。気がつくと王居より遠く離れた森の中にいました。そして、振り返ると、王宮にはキノコ雲が上がっていたのです」
「ざまあみろと思いました。私の愛した人を奪ったアマリリスは自国の民に殺されたのです。しかし、私はそこで力尽き、倒れてしまいました」
「幻影をみていました。私のかすむその目には死んだはずのカルネラ様が、騎士の鳴らす甲冑と共に現れたのです。そして、彼は私に何かを渡してくれたのたのです。その触感からそれが花であることが分かりました。それは冠花の儀で賜る花だと理解しました。そう思うと少しホッとして目を瞑りました」
「暗く深い闇の中に、一つの光がありました。淡く小さいその光は波紋のように広がると闇であった世界が波打って世界に光が灯されました」
「そして気がつくと、死にかけだったはずの体は癒えて、私は無くなったはずの世界に立っていたのです。街並みや人々、すべてがどこかで見たことある気がしました。そして、私はその人混みの中に一人の青年を見つけたのです」
「そう、それはカルネラ様だったのです。彼に声を掛けようとしたそのとき――、彼の後ろから一人の少女が現れたのです。私に瓜二つの少女がそこにいたのでした」
「意味が分かりませんでした。私はタイムトラベルでもしたと言うのでしょうか。しかし、この世界には二人の私がいました。でも、そんな事もどうでも良く、ただ、カルネラ様が生きているだけで嬉しかったのです」
「しかし、ある日を境にカルネラ様の姿が見えなくなりました」
(カルネラ・アルスバーンの論文の事件ね)
「私は思いました。また、アマリリスがカルネラ様を奪ったんだ、と。この世界のアマリリスはマリーと名乗りこの世界の私と同じ学院に通っていることは知っていました。この世界の私、ガーベラが居なくなったとき、入れ替わりに学院に侵入したのです」
もう一人の少女、ガーベラが言う。
「じゃあ、私の忌引がマリー様に伝わらなかったのは!?」
「私が工作しました」
マーガレットが言う。
「それでマリー様に襲いかかったと言うのか」
「ええ。ねえ、カルネラ様は今どこにいるんですか?」
「それはわからない」
(ナリアの言うことが本当だとすると、やはり、時間移動する方法は何かありそうね。そもそも《想いの力》って何なのかしら? カルネラ・アルスバーンの論文に間違った解釈があるとしたらそれを見つけるのが早いかもね)
「ならマリーの名に誓って私がカルネラ・アルスバーンを探しましょう。それで私を許してくれるかしら?」
「あなたに対する憎悪は消えませんけど……」
「貴様、何を言うか。マリー様が慈悲を与えて下さっているんだ。貴様が嘘を言ってる可能性だってあるかもしれん」
「待ちなさい。マーガレット」
(確かに言ってることは信じ難い。けど、夢でみた内容と同じ世界なら私にも非があるのかもしれない。それに、私たちは知らなさすぎる)
「じゃあ手を打ちましょう。ナリア・アルスバーン、私のメイドにならないかしら? メイドなら私の近くにいることも増えるし、私がカルネラ・アルスバーンを見つけられなかったら、然るべき制裁を受けましょう」
(ちょっと、これはずるかったかしら)
「メイド……?」
それはナリアには願ってもないことであった。カルネラ・アルスバーンに会いたい、その次に、彼女はメイドになりたかったはずだ。
「そうね、名前はサザンカっていうのはどうかしら?その名をあなたに授けましょう」
簡易的な【冠花の儀】であった。しかし、それは紛れもなく、新たなメイドに授けられた。
ナリア・アルスバーンは今まで抱えていた不安が払拭されたのか肩を震わせて泣いて言うのであった。
「有難く頂戴いたします」