20話 アマリリスの世界統一
アマリリスが絶望し完全な世界を諦めていても、時はすでに別の国が興っていた。アマリリスが何もしなくても世界は進んでいく。そして生まれた人は誰かを虐め、誰かを虐げながら生きるのだ。それは己が欲のため、利のために。一人が笑うには一人が泣かなければならない、なんて浅ましいこと。そして、アマリリスは思った。
「世界を、統一しましょう」
アマリリスは戦争を始めた。それは世界に永久なる平和が訪れるために。まずはバラバラになった国、人を統一する。アマリリスの名のもとに永久なる平和を約束する国を創る。その国は世界そのものであり、アマリリスは世界統一を開始した。
《想いの力》は使わない。だって、この力使えないんだもの。平等に武力と暴力で戦ってやるわ、兵士はたくさんいる、騎士だっている。
黄金の甲冑に身を包みながらもスカートとも言える布が翻る。それは全身を甲冑で覆うため女性であることを示す他に、唯一の女性騎士である女王アマリリスを示すものだ。
彼女は剣を掲げると宣言する。
「我こそはアマリリス!この世界を導く者である!残酷に!尋常に!非常に!冷徹に!残虐に!凄惨に!駆逐してこう!我が求めるは永久の平和なり、諸君が求めるのは恒久の平和なり、ならば共に行こう!泥にまみれ血にまみれようが世界は進むのだ!この不完全な世界を滅ぼしていこう!同士たちよ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」
賛同する兵士たちが雄叫びをあげる。そして、足で地面を叩いて拍子をとる。
ダン!、ダン!、ダン!!、ダン!!!
◇
侵攻は順調であった。圧倒的、数の暴力による蹂躙である。
だが、世界の八割を支配していた頃、アマリリスの侵攻は止まっていた。
「今度の国は落ちそうかしら?」
「アマリリス様、もう兵力がありません。食糧もです」
そう言うのは神官であった。主にアマリリスに助言をするもの達だ。
「パンがなければ奪えばいいじゃない?」
戦争により大量の食糧と奴隷が手に入る。しかし、戦闘が止まるとその供給はなくなり、戦争で生き延びていた国々どもは滅んでゆく。アマリリスの国もその窮地に立たされていた。
「アマリリス様、新しい騎士をお連れしました」
――あー、前の近衛騎士たちはこの前の戦争で死んでしまったんだっけ。私は不死だから助かったものの奇襲なんて反則よね。それを言うなら不死も反則か、なんて。
紹介されたのは青年であった。
「名を聞こう」
畏まった様子で跪いていた青年は心臓に拳をあて自己紹介をする。
「カルネラ・アルスバーンと申します。陛下」
青い瞳に野心を燃やした青年であった。
◇
アマリリスは侵攻が止まり戦略にあぐねいていた。戦略も何も不死ゆえの突貫により数の暴力で勝ち進んでいたアマリリスは兵力が足りなくなると侵攻も止まっていた。気分転換にと、王宮の庭園をその青年と散歩していた。
「あなた出身は?」
「この国では無いところです」
「じゃあ敵国の元兵士ってこと?」
「違います」
ふと、彼の方をみる。
出自が分からないものをよく連れてきたわね、神官どもは。まあ私には「暗殺」って概念が通用しないことを踏まえてでしょうけど。あら、そのバッジの文様、私の王宮のものと同じだわ。あんなバッジ作ったかしら?王宮に仕えるものしか許されてない文様なのだけど。
「そのバッジは?」
「ああこれは学院時代のものです」
「学院?」
「心同じくした同士たちが一緒に学術を学ぶ所でございます」
「まあ、それは楽しそうね。もしあったら、私も行って見たかったわ」
「行けますよ。マ、……アマリリス様であれば」
その根拠はどこから来ているのかしら。
「あなた兄弟はいるかしら?できれば女の子がいてくれれば嬉しいのだけど」
「はい、妹がおります」
「なら丁度よかった。はいこれ」
アマリリスは庭園に咲いていた花を摘むと、それを青年に差し出した。
「冠花の儀。本来メイドに贈る花なんだけど戦争が始まってから、メイドは増えなかったからさ。その妹さんの代わりに貰ってくれないかしら」
差し出したのはガーベラの花であった。カルネラはアマリリスの前に跪くと感謝を言うのだった。
「有難く頂戴致します」
◇
すでに戦争は末期であった。アマリリスの兵力は底をつき最後の侵攻と言える作戦を考えていたときだ。
「おお、やりましたな。教授」
兵器開発部で歓声が起こった。もともと、剣や防具を作るところだったのだが、行き場のない元科学者たちがそこの顧問として雇われていた。ただ、アドバイスするだけの科学者たちは自身の研究を進めていたのである。
「何かあったの?」
アマリリスは何か美味しい物でもあるのかと思い。中に入っていった。
「おお、これはアマリリス様。ご機嫌麗しゅうございます」
アマリリスが入っていくと、科学者たちは何かを隠すように振舞った。
「何か隠しているわね?分かってるんだから!そこにご馳走があるくらい!」
そこにあったのは、紙切れであった。
「いえ、サボってたわけじゃありませんよ。これも兵器開発部の仕事です」
科学者が慌てたように言い訳をした。
「まさか、ラブレター?その年頃になって恋文なんて書いてたの?なになに――」
そこに書かれていたのは恋文などではなかった。科学者らしい論文のようだ。
「――ウラン235による核分裂連鎖反応を使った爆弾の提示」
それは原子爆弾の作り方であった。
「これ?作れるの?」
「可能でございますが、少々危険な代物でして……」
「作りなさい。女王命令よ」
◇
後日、献上されたのは3メートルはある鉄の塊であった。――持ち運ぶのも一苦労な代物ね。てかどうやって起動させるのかしら?
「効果範囲は?」
「7km程度かと」
「7km!?」
――これなら現状打破できそうね。問題はどうやって敵地まで運ぶのかと、どうやって起動させるかよね。
「カルネラ、何か策はある?」
カルネラは女王の前に跪くと意見を述べる。
「不躾ならが申し上げます。アマリリス様はこれがどういったものかご存知なのでしょうか?」
「何って大きな爆弾でしょ?」
「可能な限り使わないように進言いたします。これは人類には持て余す代物です」
「あなた、何か知っているようね。でも残念、人類にはといったわね。なら、私が人間ではないと言ったら?」
「どういう意味でございましょう?」
アマリリスは腰からダガーを取り出すと自分の首を切った。
「な、何を!?」
しかし、大量の血が流れ出たはずなのにアマリリスは普通に立っているのである。いつの間にか、その傷口も塞がって。
「ごめんなさい。私、人間じゃないの。戦争が止まっていたから気づかなかったでしょうね」
カルネラは黙っていた。
「では、この爆弾を利用する方法を考えなさい。期日は明日までに」
◇
次の日、王宮の玉座の間にカルネラを呼び出した。もちろん、昨日の回答を聞くために。
「で、案はあるの?カルネラ・アルスバーン」
その前で跪くカルネラ・アルスバーン。その周りには神官たちがいた。
「はい。考えてきました。」
「では、聞きましょう」
「その案は――」
「――なんと!それをアマリリス様にやれと申すのか!」
「不敬でありますぞ!アマリリス様!この者は戯れ言を申しております!」
怒っているのは神官たちだ。
「黙りなさい!私は彼と話をしているのです。では、聞きましょう。カルネラ・アルスバーンよ、あなたの君主は誰ですか?」
「マリー様でございます」
「……ならばよいでしょう。君主にそのような事を申すのであれば、私があなたを斬りました。しかし、あなたの君主は私ではなかったようです」
「アマリリス様!この者の戯れ言を呑むのですか!?」
「ええ。仕方ないでしょう、もう目の前に世界統一、永久なる平和があるのだから」
◇
某日、敵国との国境線において。
アマリリスは大きな荷車とそこにいた。
「止まれ!貴様、王女アマリリスだな」
「降伏するわ。もう兵も食糧もないの」
アマリリスは無抵抗にもみすぼらしい布切れ姿であった。
「ふふ、さては見兼ねた神官どもに棄てられたのだな。世界統一をしていようとしていたものがこんな結末になるとわな!ふはははは!」
「なんとでも言いなさい」
「この後ろの荷物はなんだ?」
「手土産よ。王宮にある宝をすべて持ってきたわ」
「爆弾なんて入っていないだろうな?」
「まさか、そんな事したら私も――死んでしまうでしょう?」
◇
アマリリスは敵国に入ると、本部へと連れられた。
「まさか、アマリリス自ら投降するとはな!」
「しかもかのような美少女と来ましたぞ。宰相閣下、これは夜も飽きませんぞ」
――下衆どもめ。
「それでその後ろの大きな荷物はなんだ?」
「は!財宝だと聞いております!」
「馬鹿か!中を確認せずに連れてきたのか!?」
「しかし、金属の塊のようでしておそらく何かの調度品かと」
そこにはわざわざ荷車から下ろされた金属の塊があった。
――やはり、最新の技術だったのね。この塊をみて爆弾を連想する知識人はこの時代には居ない。
「では、アマリリスよ。ちこうよれ」
「その前に宰相閣下。すこし花火でも見ませんか?」
アマリリスは金属の塊に近寄ると起爆スイッチを押す。
「は?何をいうておるのか――」
閃光が走った――中性子がビリヤードのように弾けまた別の原子に当たり、それもまた弾ける。それが連続しておこる連鎖反応。ただ弾けるだけではなく、分裂するときに放出されるエネルギーは熱と光の固まりである。爆発と爆煙に伴う死の光は浴びただけでも死にいたる剣の光。突風に伴う熱は熱風となり辺りを焦がし焼き尽くしながら空になった空間にまた煙が流れ込むことによってうまれるキノコ雲だ。
アマリリスはその場にいながら自滅の爆発を起こした。それはアマリリスが不死ゆえにできる技である。この作戦を提案したのはカルネラ・アルスバーンであった。君主みずから人間爆弾になれとの発言は彼の君主がアマリリスでなかったから実行されたのだ。
アマリリスは身も消し飛ぶ刹那に思う。
(ああ、これでやっと、永久なる平和が手に入る)
◇
爆煙の残骸から一人の少女が這い出てきた。少女の服は消失し、全裸であった。それはまるで爆発から誕生したような光景である。皮膚は焼けただれながらも再生を始める。
「ケホケホ、ゲホゲゲホ、ゲッホッホ……」
喉に詰まった塵を吐く。
「あ、私これから全裸で帰らないといけないの?」
代わりとなる衣服なんてもう存在しない。少女は全裸で帰宅するのであった。
◇
こうして、止まっていた侵攻は再開された。ただこの戦争は無意味であった。食糧や人すべてが消滅してしまうからだ。だが、侵攻していた。降伏しようと関係がない。アマリリスの世界統一は目の前にあるのだから。
そしてアマリリスは世界統一した。世界をまとめ上げたのである。しかし、その国は見るも無惨に、飢えて枯れていた。
「ああ、成し遂げたわよ。これで永久的な平和が手に入る……」
そう思い、空を見上げて見るとキノコ雲が上がっていた。
「伝令!王居郊外にて大規模な爆発を確認!アマリリス様ただちに避難を!これは我々が持っていた兵器と同じものと思われます!」
クーデターであった。無意味な戦争を繰り返したアマリリスに民は激怒した。
「ああ、これが私の望んだ世界――」
「――なのかな?」
アマリリスの眼前に閃光が走った。灼熱の爆煙に包まれながら呟いていたのだ。人力で起動させられたその爆発は起動者すら飲み込む自滅の爆発であった。
また新たなところで爆発が起きる。
アマリリスの手に入れた世界は一日で消滅した。