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一輪の花  作者: 雨井蛙
一章 偽りのマリー
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02話 お姫様とメイドたち

 王宮にある大浴場は、一度に十人は入れる大きさであって、全て大理石で造られていた。

 鏡で自分をみてみると、そこには身長150cmほどで、髪は肩にかかるくらいあった。ほぼ完成されたスタイルの少女が見えた。文句をいうなら、その胸が地平線であったことくらいだ。

 貸し切り状態であった。少女ひとりには広すぎる空間であったが、一度肩まで浸かると、心地よいぬくもりに満たされて、そんなことはどうでもよく感じられた。むしろ、この広さが心までも解放された気がして、そのまま体を伸ばすのだった。


「ふぅ……!」


 端をみると数人のメイドが立っている。彼女らはあるじであるマリーに不測の事態が起きた時のために存在するらしい。軽装、もとい全裸で入るのだから身辺警護はもちろんのこと、大理石ですべって怪我をしたり、浴槽でのぼせたりしたときのためだとか。逆にその時以外は人形のように、あるじであるマリーを監視しているのだ。


 (同性とはいえ、見られるのは恥ずかしい)


「いっそのことあなたたちも入れば?」


 マリーは声を掛けてみるが却下されたのだった。


 (やっぱり、身分が違うのかしら? わたしと歳は近しいと思ったから、お友達になりたいと思ったのだけど)


 湯船に浸かった自分の体をみる。そこには花が付けた色がまだ残ってるのだった。


 (あの花畑で着けたものだったかしら? あの空間そのものが、特別だったから落ちないとかあるのかな?)


「うん?」


 ぷかぷかと桶が流れてきた。覗いてみると一匹のカエルが桶の中にミニ風呂を作り、くつろいでいた。


 (やっぱり、このカエル只者じゃないわね)


「マリー様、その足の色もそうですが、召されてたワンピースも色が落ちないようで、新しい着替えを用意させます」


「あれは出来ればとっておきたいのだけれど」


「作用でございますか。では、洗濯したのち保管するように伝えておきます」


「ところで、あなたって性別は?」


「オスですけど」


 なんの躊躇(ためら)いもなく答えたのが最後。このカエルの処刑が決まった。罪状は女子風呂覗き。「乙女の花園は男子厳禁なんだぞ」とマリーは黒いオーラを漂わせて、喋るカエルを掴むと窓の外に向かって放り投げたのだった。今度は故意に投げたので、みるみる彼方へ飛んでいく。マリーは本来運動神経良かったのだろう。


「ちょっとのぼせてきちゃったかも」


 マリーはメイドたちが言う不測の事態に陥る前にとっととお風呂を出たのだった。


 *     *     *     *

     *     *     *

 *     *     *     *


 着替えを済ませると、マリーは自室へ向かう。もちろん、自分の部屋がどこにあるのか分からないので、うろうろしていたら「湯冷めしますよ」とマリーを見つけたメイドが羽織を被せてくれて、自室へと連れて行ってくれた。

 マリーは「ふーーー!」と大きなため息をしながら天蓋の着いたベッドに飛び込んだ。


「誰かの振りをするのは難しいって思ってたけど、記憶がないおかげかそうでもないわね。むしろ、自分が本当のマリーと思えたくらいか、いや、それは言い過ぎか」


 (おぉ! この感触は……堪りませんなぁ)


 その毛布はフカフカであったのだ。ここに来るまでに触感の悪い生き物を触ってきたせいか、その感触が堪らなかったのだろう。マリーは毛布をサワサワと触る。調子に乗ったマリーは毛布あいてに悪どいセリフを吐くのだった。


「ふひひ!ここか!ここがいいんじゃろ! わしゃわしゃ!」


「コホン」


 すると、部屋の隅にいたメイドが咳払いをしたのだった。


「あ」


 (いたの。そりゃそうよね。お風呂にだっているのだから自室はいるのは当たり前よね)


 マリーは恥ずかしいところを見られてしまったのだった。(もだ)え、ベッドの上でのたうち回っていた。気を使ったのかそのメイドは今度こう言った。


「もしよろしければ、今夜、男子を一人お連れしましょうか?」


 この女何を言っている? マリーは最初、言葉の意味を理解できなかったが、次第に言葉の意味を理解しはじめると、顔を赤らめていったのだった。


「ち、違いますー!よ、欲情なんてしてませんから!し、しかも、こ、子供なんて出来たらどうするの!!」


「まあ、マリー様はそこまで考えていらっしゃったのですか」


 墓穴を掘ったマリーであった。性欲を発散させるだけなら前戯(ぜんぎ)まででいい。あいにくマリーは少女であった、年相応の性知識しか持ち合わせいない。


「はーー! はーー!! はーー!!!」


 マリーは言葉にならない恥ずかしさを吐き出していた。そして、からかいに調子がのったメイドは次にこう言った。


「では、女子をお連れしましょう。これなら間違いなんて起こりえません」


 子供の心配をするマリーであったから、同性どうしなら間違いなんて起こらないという発想だ。しかし、これでは同性どうしで(なぐさ)め合うことになる。マリーはあいにくそんな性癖を持ち合わせていなかった。


「そんな性癖ありませんから!」


 *     *     *     *

     *     *     *

 *     *     *     *


 そんな一悶着あった後、マリーはこの世界の初めての夜を迎えた。かのメイドに改めてベッドメイキングされた布団に埋もれながら、もしかしたら本当に誰かくるかもしれない、とドキドキしていたようだ。

 月明かりで薄暗闇でも目が慣れてきたころ、もう頭がポヤポヤして眠りかけたころだった。ガチャリと扉の開く音が聞こえたのだ。


「ヤバい! ほんとに誰か来たんですけど!」


 マリーは声を潜めて叫んだ。出来れば同じ年頃で、同性は勘弁して! と思いながらビクビクしながら布団の中にうずくまっていた。

 そしたらトスンと、ベッドの上に何かが乗った。マリーは、急に乗るなんて結構激しいか!? 出来ればお優しくして! と思いながら、ゆっくりと覗いてみると、……カエルがいた。


「て、お前かぁぁぁぁぁい!」


 マリーは機敏に布団を蹴ってカエルを鷲掴みにすると、慣れたような手つきで窓を開け、放りなげる。空に放り出された喋るカエルが何か言っていた。


「お風呂場でマリー様に投げ飛ばされたあと自力出戻ってきた次第です。って、あれ、また飛ばされてる!?このままでは翼が生えてしまいますよ、マリー様!ってまりーさまあああぁぁぁ」


 彼方へ飛んでいく喋るカエルの声はだんだん小さくなっていく。あのカエル、結構偉いんだぞ。

 結局、朝まで誰もくることはなかった。体良くあのメイドにからかわれたってわけだ。絶対に仕返ししてやると心に決めるマリーであった。

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