14話 学院生活にて
王立クリューサンテムム学院。王宮に併設されたとこの学校は偉大なるカエルによって建てられた能力育成機関であった。その教室の一つの席にマリーは座っていた。
「では、《想いの力》を使ってその花を咲かせてみなさい」
そういうのは白髪の教授である。生徒の前には一人ひとつ鉢植えが置いてあり、その中には花の種が一粒落ちているのであった。
「並行世界の中から花が咲いた世界を現実にするのです。もちろん、これにはその世界を想像するような想像力、つまりは想いが必要になります」
そう白髪の教授が力説する中にも生徒たちは《想いの力》を使っているのだった。
「《不完全な世界の顕現》」
淡く、綺麗な光が、その者から発せられると、まるで水溜まりに落ちた水滴が作る波紋のように広がり、世界が波打っていく。その波打つ現実は鏡花水月のように消えると思うと、新たな世界が見えるのである。しかし、その波打つ現実は紛れもない現実となり、この世界に顕現するのである。
「やった。咲いたわ」
ある生徒は花を咲かせていた。それは一輪の花であったのだ。
「くそっ咲かねぇー!」
ある生徒の鉢植えには何も咲かないのだ。想いが弱いと咲かない 〈この鉢植えに花が咲いている〉という世界を想像できなかったのである。
カトレアが言う。
「さあ、マリー様も」
カトレアの鉢植えには一輪の花が咲いていた。流石、姫たるマリーに仕えるものと言えよう。
しかし、花を咲かせる者はこのクラスには5割しかいなかったのだ。このクラスは二等級であり5段階ある階級の二番目である。その印にマリーのマントのバッジには青色に輝く水晶が付けられてた。この水晶の色でクラスわけがされているのである。カトレアに急かされたマリーは仕方なく力を使う。
「《不完全な世界の顕現》」
淡い、しかし、力強い光がマリーの中から発せられると、その光に照らされた現実が霧散する。そして新たな世界が顕あらわになった。
「ふう、上手くいったわね。失敗したらどうしようかと思ってたのよ」
「マリー様、それは失敗です」
白髪の教授が怒った素振りで言う。
「あら? でも、ちゃんと一輪の花が咲いているのだけど――」
ふと、周りをみると咲かせなかったであろう生徒の鉢植えも一輪の花が咲いているのだった。
マリーはクラス全員の鉢植えの花を咲かせてしまったのである。
「あれ……?」
カトレアが言う。
「流石、マリー様。お見事です!みんなの花を咲かせてしまうなんて!」
「うお! なんか咲いたぞ!」
「私の力? いえ、マリー様の力かしら!」
「ああ、敬愛する姫君……やはり僕の見込んだ女性だ…」
しかしながら、これでは授業にならない。したがって白髪の教授は怒っていたのだ。
「その力お見事ですが、これでは授業が成り立ちません!」
「すみませんでした」
マリーは深々とその白髪の教授に謝罪するのであった。
***
マリーは中庭の隅にある木陰にいた。この中庭はだだっ広い敷地で隣接するロサ学院と共同で使っているのだった。
王立ロサ学院。王立クリューサンテムム学院の隣に立つその学校は、士官学校であり兵士を養成するための学校だ。
マリーは木陰に敷かれたレジャーシートに横になりサンドイッチを頬張るのだった。
「この力もコントロールが難しいのよね……てか、溢れる木漏れ日が眩しいわ」
「ちょっと、マリー様、寝ながら食事するなんてお下品ですよ!」
「ひゃい、ひゅいまひぇん」
サンドイッチを頬張りながら起きる。このサンドイッチはメイドが作ったものだ。
「マリー様、ごきげんよう」
そこに現れたのはマーガレットであった。マリーに仕えるメイドの一人である。彼女は一等級であったため、マリーたちとは別のカリキュラムが組まれていたので遅れたのだ。
「マーガレットさんの分もありますよ」
「かたじけない……こほん」
「マーガレットってたまに騎士っぽい言葉遣いするよね」
「ええ、私はロサ学院から編入してきたものですから、野蛮な連中の言葉が抜けないのです」
「編入?」
「とあるメイドが一人失踪しまして、私はその代替わりに編入してきたのです」
「へー」
マーガレットと一緒にサンドイッチを食べているとロサ学院のほうから誰か走ってきた。
お馴染みのローズたち五人衆である。
「マリー様ぁぁぁぁぁ!!!」
その先頭に立つ甲冑を着込んだ女性がマリーの前に跪くと他の四人もVの字に跪くのであった。
「今日こそ私どもを騎士とお認めください!」
ここはマーガレットが相手をする。
「ローズ、君は懲りないな。マリー様には正規の騎士がいると言っておろう」
「マーガレット殿、それは承知の上です。私たちこそがマリー様の騎士として相応しいと思いまして、この薔薇騎士団こそが!」
熱く語るローズの後ろで甲冑で顔の隠れた兵士たちが騒ぎ出す。
「薔薇騎士団?」
「ローズ、初めて聞いたぞ。なんだ薔薇騎士団って?」
「ローズの名を冠した騎士団ですの?浅はかすぎやしませんか」
「…………ローズ、騎士団名を決めるなら皆と相談すべきだった」
「なぁぁぁんだ貴公ら!私のつけた名に文句でもあるのか!」
文句なら大ありだと言って、また喧嘩をはじめるのだった。
「どうしますか?マリー様」
「うん! 放っておきましょう!」
といって喧嘩するローズたちをそのままにして学院に戻るマリーたちであった。
◇
マリーが学院の廊下を歩いていると様々な女子生徒に挨拶されるのであった。
「ごきげんよう、マリー様」
「ごきげんよう」
一本歩く度に挨拶されるものだからなかなか進まない。すると、一人のメイドがマリーに話しかけてきた。アザレアである。彼女は三等級であったが二等級の校舎に来ていた。
「マリー様、すこしお時間よろしいでしょうか?」
「あら?何かしら」
アザレアに案内されたのは三等級の校舎の教室であった。
「あれを見てください」
はて、何があるだろう?と、アザレアの指さした方をみてみると、そこには一人の少女が座っていた。しかし、何やら様子がおかしい。
「……カルネラ様。……カルネラ様。」
(なんかぶつぶつ言ってるー! 怖い!)
「あ、あの子は?」
「それが以前、失踪したメイドでして……」
彼女の名前はガーベラ。元、王宮に仕えるメイドの一人であったが、半年程前に、忽然と姿を消したのだという。そして今日学院に帰ってきたらしい。
「では、姫たる私が話しかけてあげましょう。ごきげんよう、ガーベラさ――。」
その時であった。
ガーベラは懐から刃渡り15cmあるダガーを取り出した。そして、マリーにその剣を向けたのだ。
「マリー様!」
「……王女マリー殺す!」
マーガレットが庇うようにマリーの前に立つと、振り下ろされようとするダガーを持つガーベラの手首を掴む。あえてダガーの軌道に辿りながらも別の方向に力を加えたことにより、ダガーが空を切った。バランスを崩したガーベラは宙に一回転して倒れ込む、マーガレットはすかさずうつ伏せになったガーベラの関節をきめダガーを取り上げた。
「大丈夫ですか、マリー様」
「え、ええ、私は大丈夫だけど……」
騒ぎを聞きつけた騎士が駆け寄ってきた。この騎士は隣接するロサ学院の教師でもあったため、すぐに駆けつけることができたのだ。その全身に着込んだ甲冑で顔も見えない。
「あの子、どうなっちゃうの?」
「王女に手を出したのです。最悪、死刑かと」
それを聞き、マリーはガーベラを取り押さえる騎士を止めた。
「待ちなさい!その子、私があずかるわ」
「しかし、マリー様。これは反逆です。本来ならばこの場で処刑するべきかと存じます」
そう言うとその騎士は剣を抜いた。ガーベラをこの場で処刑するつもりだ。
「え、ちょっと待ってよ!」
しかし、騎士は止まらない。ガーベラの首を切り落とそうとしたとき、マーガレットが声を出した。
「騎士よ。これは勅令であるぞ。貴様、理解しておるのか?王女マリーの言葉は絶対である。それを無視してその女の首をはねるということは、貴様も処罰せねばなるまい」
その騎士はその言葉を聞くと剣を鞘に納め、マリーの前に跪く。
「申し訳ございません!王女殿下。君主の命に背くような行為、この命を持って償わせて頂きます」
その騎士は剣を抜き、今度は自分の首元に当てるのだ。
マリーが言う。
「待ちなさい。その忠義をもって貴方の行為は不問としましょう。では、彼女を王宮に運んでもらえるかしら?」
「畏まりました」