11話 お姫様は不老不死
何も頼まず暫く座っているとウエイターが水を持ってきた。
「……ご注文は?」
「いやいい、すぐに出る」
「……かしこまりました」
マリーは黙っていた。聞きたいことはたくさんある。でも、何から聞けばいいのか分からなかった。だから、まずは目の前の問題から片付けることにした。
「あなたは誰?」
「オレか? オレはアルストロメリア。貴様の妹だ」
(分からない)
「妹って、私に両親がいるの?」
「貴様に両親は存在しない」
(訳が分からない)
「アマリリスって誰?」
「この世界の王女だ」
「王女と私に何か関係があるの?」
「関係も何も、貴様らは同一人物だ」
(は? 同一人物? 何を言ってるのこの子)
「同一人物って?私とアマリリスは同じ年頃のように思われたのだけど」
「不老不死なんだよ、貴様は」
(不老不死? 私が?)
「冗談もいいかんげんにして!」
強く台を叩いたせいで水の入ったコップがこける。台から落ちたそれは音と共に割れたのだ。
「冗談ではない。事実だ」
「なら!」
なら、と言って掴んだのは割れたコップの破片であった。それを自分の首元へ当てる。
「私が不老不死というなら、こんな事でも死なないということよね?」
アルストロメリアを正気にさせるための、マリーの演技であった。しかし、アルストロメリアは動かない。
「――っ!!」
唇を噛む、マリーは自分の首元を切ったのだ。
ボトボトと大量の血が流れる。顔が青くなっていくマリーはアルストロメリアに言う。
「ほら、血よ。なんの淀みもない真っ赤な血。私、人間なんだわ。そしてあなたは嘘つきだった」
「…………」
しかしながら、大量の血が流れたのにも関わらずマリーの意識は途絶えなかった。そしていつの間にか傷口が塞がり、マリーは生気を取り戻したのだ。
「………!? どういうこと!?」
「言ったろう。不老不死だと」
理解できなかった。理解したくなかった。自らの血を拝めることで確かめようとした死はマリーには訪れなかった。
「……そうか。私、人間じゃなかったのね」
観念したマリーは一人でギルドをでる。
「どこへ行く?」
「……少し一人にさせて貰えないかしら」
◇
マリーは小高い丘に造られた展望にきていた。ここから眺める景色は王都の町と王宮が同時に見られるところだ。落ちないようにと付けられた木の柵を跨いで、腰を下ろし、足を放り出していた。
(もし、ここから落ちても私は死なないのかしら?)
そんなことを考えながら町を眺めていた。すると、後ろから声が聞こえてきた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!! いっちばんのりぃー!!!」
誰かが来た。この展望に上がるには間隔の狭い階段を結構あがるのだが、そこで誰が1番早く頂上にたどり着けるか競っていたのである。あとからやってきたのは、甲冑を着込んだ騎士であった。
「あ、アマリリス様。お待ちください…ぜぇぜぇ…」
(アマリリス?)
その言葉を聞くとマリーは身を小さくしてフードを深く被った。
「だらしないわね、あんた達。わたしに負けた罰としてもう一度下まで下りて上がってきなさい!」
「そ、そんなあ」
「王女命令よ!」
甲冑を着込んだ騎士たちはまたこの階段を下っていくのである。
「いい景色ねーー! あら、先客がいたの?つまり、私は二番着? まあ、いいや!」
こちらに気づいた王女アマリリスは話しかける。
「いい景色でしょう?あの城、私が建てたんだ」
誇らしそう語る彼女は基本、笑顔であった。
(この人が私と同一人物? 私とは似ても似つかないわね。アマリリスは人間でないことを知っているのかしら? どうして平気で笑っていられるの?)
「楽しいですか、この世界は?」
「楽しいよ。私ね、この世界を完全な世界にしなくちゃいけないの。楽しくて喜んで、みんなが笑っているような世界に。だから、まずは、私が楽しまなくっちゃ!」
そう言うとアマリリスは笑ってみせた。
「おーほほほほ! この私こそがこの世界の王女アマリリス! この世界を導く者である! ならば汝、退屈世界を望むか?悲しい世界を望むか? 否! 我が導くのは、輝かしい楽しい世界であり! 笑える世界である!」
そして、王女アマリリスはマリーに向かってこう言った。
「もし私が楽しい世界を創ったら、あなたもきっと笑ってくれるかしら?」
そのとき、春一番を思わせる風が吹きマリーのフードを剥いだのだ。マリーの顔が露わになる。
「あなた、その顔?」
マリーは逃げるよう展望を後にする。駆け上がってきた騎士たちの横を駆け抜ける。
「あれ? アマリリス様どちらに? あれ? アマリリス様が二人いる!?」
「おーほほほほ!騎士諸君、どの私が本物か見抜けるだろうか?本物を見抜けなかった者は罰として私の足を舐めて貰いましょう」
それはご褒美ではないかアマリリス様。そこにアマリリス様の側近とみられるメイドがいた。
「本物はあなたです。アマリリス様」
「おや、マーガレットどうしてそう思う?」
「あの子の足を見てください」
あら、と見たその駆け抜けるマリーの足には、どこかでつけて二度と消えない花の汁が着けた色があるのだった。
「少女よ! 駆け抜けろぉぉぉぉぉ!」
アマリリスが叫ぶ。マリーの表情はさっきと違って朗らかで、どこか楽しそうなのであった。