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第一話:ユールナは首飾りの中で目覚める

その時少女は、美しい首飾りの形をしていた。


首飾りの時のユールナは、陽光を反射して鮮やかに映える銀の鎖と、なにやら複雑な意匠を施された金の台座に、ルビーのように見える大きな赤い宝石がはめ込まれた姿をしている。


見た目は、純粋まじりっけなく、いかにも高価なアクセサリーだ。実際に高価なアクセサリーであると鑑定されて、目を丸くするような金額で売り飛ばされたことも、一度や二度ではない。


もっとも、そのお金がユールナの懐に入ったことは一度だってない。当然といえば当然なのだけれど。


ユールナも女の子なのであって、アクセサリーは決して嫌いではない。だから、自分の首飾りの姿もそれ程嫌いではない。


とはいえ、高価なアクセサリーには高価なアクセサリーの苦労がある訳で、自分の奪い合いで流血沙汰まで起こるとなると、流石にちょっと心穏やかではない。


せめてもうちょっと安っぽく見えればなあ、と思うこともないではない。が、それはそれで面倒な思いをすることになったかも知れない。ユールナは泳げない。海や川にでも捨てられた日にはたまったものではない。子どものおもちゃとして、おもちゃ箱の中に放り込まれるのもあまりぞっとしない。


貴重に見える苦労というものもあれば、粗末に扱われる苦労というのもあるのだ。


首飾りの時のユールナは、真っ暗な、窓も扉もない部屋の中に閉じこもった様な感覚でいる。だから、大体の場合、首飾りの時のユールナは寝ている。彼女が目を覚ますタイミングは多くはない。場合によっては、何年も寝たままということもある。


たまに、彼女が誰かに身につけられる時、真っ暗な部屋の中に急に明るい窓が開く。そんな時、ユールナは目を覚ます。窓から外を覗くことも出来るし、窓の外に向かって話しかけることも出来る。


もっとも、窓の外に向かって話しかけることについては、ユールナは随分慎重だ。


大抵の人は、首飾りから話しかけられることに慣れていない。


どうも、首飾りの時のユールナの声は、身に着けた人にとっては「頭の上から直接声が落ちてくる」というような聴こえ方をするらしい。気のせいだと無理やり自分を納得させる人もいるし、パニックになって泣き出す人もいるし、いきなり祈りを捧げ始める人もいる。ひどい時には、呪われた首飾りだと思われて除霊の儀式にかけられたことすらあった。どれにせよ、ユールナの望む反応ではない。


落ち着いてお話が出来れば、それに越したことはないのだけれど。


ユールナは、それ程退屈を感じる方ではない。もしかすると、退屈に慣れきってしまって、退屈を感じる精神が磨滅してしまったのかも知れない。


だから、首飾りでいる時間は、彼女にとってさして苦痛ではない。たとえお月様が上っている時間だったとしても、宝石箱の中に納められてでもいれば、どちらにせよユールナは首飾りのままでいるしかないのだ。


とはいえ、ユールナにも好奇心というものはあるので、たまに窓が開くと外を覗きには行く。どんな人が自分を身に着けたんだろう。前身に着けられた時から、どれくらい時間が経ったろう。今自分がいるのはどこだろう?


ユールナに、時間感覚はあまりない。これももしかすると、退屈に慣れきってしまって、時間感覚が磨滅してしまったのかも知れない。


だから、久々に窓が開いた時、ユールナは、前に窓が開いたのがどの程度前だったのか、ちゃんと思い出すことが出来なかった。目を覚ますこと自体随分久しぶりな気もするし、せいぜい二、三週間ぶり程度な気もする。思い出せない。


ユールナは起き上がった。といっても、今のユールナに体がある訳ではないので、飽くまで彼女の感覚的な話だ。ユールナは、一つ伸びをして、とてとてと窓の方に近寄っていった。


窓の外をのぞきこむと、すぐそこを生首がすっ飛んでいった。


***


その時セルドは、腹痛と排便を我慢していた。


もちろん、ただ排便を我慢していた、だけではない。もう少し正確に言うと、必死に排便を我慢しながら、ぶんぶんと手斧を振り回していた、という言い方になる。更に細かく言うと、排便を我慢しながら、たった今一人の男の首筋に斧を叩きこんだ直後、という言い方になる。


別にやりたくてやっている訳ではなく、本人の主観的には必死である。といっても、必死なのはどちらかというと便意の為であって、眼前の敵は彼の意識の中に大した位置を占めていない。セルドは今、便所に行きたいが為に一秒でも早く相手を斬り伏せようとしている、スティアラ大陸中を見渡しても有数に必死な剣士であった。


<<わきゃあああああああ?!>>


そんな中、頭の上から声が落っこちてきた。


一人目の首に斧を叩きこんだ後だったと思う。

彼の左手に高価そうなペンダントが絡みついているのは、正直な話、単なる手違いである。当初彼は、近くのテーブルに置いてあった硬そうな箱をひっつかんで、相手の顔面にぶん投げようとしていたのだ。


距離の見当を若干間違えたばかりに、彼の手は代わりに華奢な鎖を掴み、あれ、と思った時にはもう間合いが近すぎた。やむを得ず、彼は相手にとって一番気の毒な道を選ばざるを得なかった。


そもそも場所が悪かったのだ。周囲には重そうな箱やらでかい彫像やらが立ち並んでいて、足の踏み場も存在しないとまでは言わないが、相当狭苦しいことに間違いはない。そんな中で襲撃されたとあっては、取れる手段も必然限られる。


そして今、二人目の首が飛んだ。


さして切れ味がいいようにも思えない武骨な外観なのに、手斧が首筋に吸い込まれると、まるでそういう玩具であるかのように首が飛ぶ。首を飛ばされた体は、しばらくの間そのまま立像のように硬直していたが、やがて不承不承という体で傾き始めた。机に倒れ掛かって、気味の悪い角度で床に転がる。


左から水平に剣。斜め上から肩口に入り、右の脇に抜ける剣筋。首を失った体を踏み越えて3人目が飛び込んできた。


こちらはステップが使えない。負傷ではない、便意の為だ。少しでも下半身に余計な動きをさせたら、そのままクライシスを起こしそうな気がする。普段なら空振りさせて体を泳いだところに打ち込むところだが、そういう訳にもいかない。


仕方ない。


剣ごと手首が飛んだ。何が起きているのか把握出来ず愕然とする表情と、一瞬遅れて奔る血しぶき。

「ズル技で悪いね」とつぶやきながら、無造作に斧を横なぎにする。体ごと吹き飛ぶ。


部屋に静寂が戻ってきた。周囲に他の気配がないことを確認してから、セルドは一つ息をつき、おもむろに便所を求めて足を進めた。歩いている間にロングパンツの帯を解く。辛うじてクライシスを逃れることが出来そうなセルドを止めるものは、もはや何一つなかった。

頭の上からは相変わらず、妙な声が落っこち続けていた。


<<ちょ、ちょ、ちょ、ま、な、なぬを、なにを脱いで、きゃ、きゃああああああああ!!!!>>

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