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第六話:教主は自分でも気づかない内に王女と出会う

「♪ ♪」


いつも通り、教主(パメラ)は少女の姿でぱたぱたと神殿の裏手を走っている。金色の髪が風になびき、太陽の光を反射してキラキラと光る。前回の反省を生かして普通の信者服を身にまとっているパメラは、どこからどう見ても年齢一桁の童女だった。


以前はこの姿でいる時、まるで信者たちを偽っているようで、いささかならず罪悪感を感じてしまっていた。ただ、解放感に慣れてしまったのか、あるいは少しずつ意識が変容してしまっている結果なのか、段々と「パメラ」であることに違和感を感じなくなってきてしまっている。


最近は、教主でいる時もパメラの声と口調のまま喋ってしまいそうになる時があり、自分でもまずいなーと思っている。とはいえ、だからこそ、そんな気を全く使わないで過ごすことが出来るこの時間は、教主の精神衛生上非常に貴重だった。


「パメラちゃーん!」


「あ、クリスおねえちゃん!」


これもいつも通り、信者の少女に手を振りながら駆け寄る。本人の認識がどうかはともかく、少女としてのパメラは、既にすっかりこの年長の少女に懐いていた。信者の子息を年齢層で分けると、クリスの上は既に数歳離れており、子どもたちと一緒に遊んでくれる年齢ではない。その為、子どもたちの中ではこのクリスという少女が一番年長となる。本人も面倒見がよく人あたりが良いクリスは、すっかり子どもたちのリーダー格となっていた。


ただ、この日は少し様子が違う。子どもたちの輪の中に、数歳年長に見える、見慣れないお姉さんが混じっている。質素な巡礼服を身にまとっていつつも、その容姿は服装でごまかせない程美しく、高貴な雰囲気を漂わせている。


しかし、感覚まで童女のそれに近づきつつあるパメラは、単に「きれいなお姉さん」とだけ理解して、無造作に子どもたちの輪に近付く。


お姉さんは、何故かクリスから、草笛の吹き方を教わっているようだった。


「あのね、ティアさんっていうんだよ。今日は一緒に遊んでくれてたの」


クリスに紹介されて、特に何も考えずに微笑んであいさつする。


「こんにちは!わたし、パメラです」


「ティアよ。こんにちは、パメラちゃん。小さいのに礼儀正しいのね」


ティアと呼ばれた女性も、にっこりと笑ってパメラの頭を撫でる。パメラはくすぐったそうな、それでいて気持ちよさそうな表情になる。優しそうな人の手、と感じる。


言うまでもなく、この女性は「教団にさらわれた王女」であるところのティアーニャであり、本来パメラは「王女を生贄にする」と企んでいる張本人なのだが、幾つかの要素が、「炎皇が王女への害意に反応して自動発動する」という惨劇からその場を救っていた。


ひとつ。教主は、王女の顔を直接見ていない。つまり、ティアと呼ばれた女性が王女であることが、ぱっと見では分からない。


ふたつ。今の教主は完全に「パメラ」の気分になっている為、相手が誰なのか、これっぽっちも深く考えていない。


みっつ。ティアはティアで、「自分が精霊宿しであることさえ悟られなければ遊んでいても大丈夫」と考えている為、正体を隠そうとしている。


実は、ヴェルデが「ティアと名乗る女性がしばらく教団内部で行動するが、実はレルセム王女なので事情を知っている教団の人間は近づかないように」という布告を、ティアの容姿の特徴つきで関係者宛てに回していたのだが、よりによってそれを教主だけ受け取っていなかった。別に意図的に外したわけではなく、ヴェルデ自身が「教主は既に事情を知っているから」ということで、回す必要があると考えなかったのである。この点はヴェルデの油断という他ない。


周囲の子どもたちは、ティアを取り囲んできゃっきゃと飛び跳ねている。


「ティアおねえちゃん、草笛吹いたことなかったんだよ!」


「うん、それでクリスちゃんに教えてもらってたの。みんなとっても上手なのね」


ふーーっ、と息を吹き込むが、なかなか音が鳴らない。


ずっと王宮暮らしだったティアには、「子どもたちと一緒に遊ぶ」という経験が殆どない。その為、子どもたちと触れ合うのが心底楽しいらしく、一方子どもたちにとってみると「全力で自分たちと遊んでくれる綺麗なおねえさん」ということで、いつの間にかすっかり子ども達になつかれていた。普段甘える相手がいないクリスも、ティアに撫でられて心底嬉しそうに笑っている。


歌を歌ったり、切り株をたいこに見立てて草笛と一緒に演奏したり。一歩間違えればとんでもない状況になる平和な時間は、それでもパメラを交えて、日が傾くまで平和に続いた。


その時。みんなで転がって草まみれになってしまった服から、お互い草を外していた頃、パメラがふと顔を上げて、神殿の方から歩いてくる人影を認める。


(あ、ヴェルデだ…!)


慌てて立ち上がる。


「じゃ、じゃあ、わたしそろそろお父様のところに帰るねっ。みんな、またね!」


手を振りながら走り出すパメラを、またクリスが不思議そうな顔で見送る。


「…パメラちゃん、なんでいつも畑の方に行くんだろ?」


「お父様との待ち合わせ場所じゃない?」


パメラがヴェルデを避けている理由は、「ヴェルデは思念術の達人であり、教主の思念術による擬態を看破されてしまうかも知れないから」であって、実際は「パメラ」でいる間にヴェルデに会っても特に実害はない筈なのだが、それでも反射的に逃げ出してしまうらしい。


ヴェルデの方は、「神殿の裏手に走っていった信者の少女」のことを特に気にしていなかった。王女とどう接するか、で頭がいっぱいだったのである。


「ティア…さま、そろそろお食事の…」


ティアがしーーっと人差し指を立てる。ヴェルデの耳元に口を寄せて、ひそひそ声で、


「ティアでいいってば、ヴェルデさん。ティアさまなんて、なんか偉い人みたいじゃない」


偉い人みたい、ではなく、実際に王女なのである。


「は、はい…そろそろ食事の時間です、ティア」


「ありがとう、ヴェルデさん。じゃあ、みんな、わたしもそろそろ行くね?」


えーーーっと声が挙がる。男の子たちなどはもっと遊びたがり、ティアも困った顔で笑ったのだが、クリスが「ほら、皆、ティアさん困らせないの!」と言うと場が収まる。さすがの統率力と言うべきだった。


「ふふ、また遊びにくるからね?」


「絶対だよ!」と口々にいいながら手を振る。子どもたちに見送られながら、ティアとヴェルデは、連れ立って神殿への帰途につく。ヴェルデから見えるティアの横顔は、輝く程楽しそうだった。子どもたちと遊べたのがよほど嬉しかったらしい。


「…人探し、というのはいかがでしたか?」


と、ヴェルデ。ティアは、信者家族や行商人に、心当たりがないかを聞いて回っていたらしい。残念そうに首を振って、


「…知っている人はいなかったわ。まあそれはそうよね、皆あんまりこの村を離れる人たちじゃないもの。行商の人ならもしかしたら、と思ったんだけど…」


「場所の心当たりは?」


ティアはもう一度首を振る。


「…分からないわ。多分まだ、レルセムにいるとは思うんだけど…」


「ほかの支部とも連絡をとってみましょうか?探している人の特徴さえ教えて頂ければ、支部はあちこちにありますから」


王女の信頼を得て、ついでに王女を引き留めておく為なのだが、ヴェルデも現在は表向き、王女の「人探し」に協力しようとしている。


「ありがとう、ヴェルデさん。あんまりお手数をかけるのも申し訳ないのだけど…」


この辺り、ティアは本当に王族っぽくない。王族というのは、もっと人に奉仕されることに慣れている人種なのではないだろうか、と、ヴェルデは不思議に思う。


ヴェルデの表情を読んだのか、


「…何か変なこと言った?」


ティアがきょとんとしている。


「…いいえ、ティア」


まだティアとの距離感をいまいち測りかねているヴェルデは、それ以上は突っ込まず、ティアと歩調を合わせて、神殿の入り口への階段を上っていく。




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