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第四話:教主は思念術士の青年ヴェルデを呼び寄せ、王女を懐柔しようとする

数日後。


幼女の姿をした教主は、朝からぷくーーーっとほっぺたを膨らませている。なにやら大変お気に召さないことがある様子で、とがらせた唇の上に家が建ちそうである。脚が勝手にぱたぱたと動いて周囲を威嚇している。


近侍の信者が、部屋の外から恐る恐る声をかけてきた。


「北東教区から、ヴェルデ様がおいでになりました。聖堂でお待ち頂いておりますが」


「ああ、いいよ、ではない、よい、ここに通せ」


老人の声を作ってそう応えてから、ふと気付いた教主は慌ててついたてを机に出す。ヴェルデとは、面と向かって会話する訳にはいかないのだ。


案内に応じて教務室に入って来たのは、薄い緑の色のローブを身にまとった、細身の青年だった。数歩進んで跪く。口を開かないのは、教主が声をかける前に声を出すのは不敬とする、先代からの規則の為だった。教主はそんな規則馬鹿らしいと思う方だったのだが、まだ規則を廃するには至っていない。


「久しいな。息災であったか」


「は。教主様と我らが主のご加護を持ちまして」


すらすらと出る言葉だったが、聞くものが聞けば、あまりにもスムーズ過ぎて感情がこもっていない、と看取したかも知れない。教主はそれを看取した一人だったが、口に出しては何も言わなかった。


「良い、顔を上げよ。北東教区の様子はどうじゃ?」


青年は申し訳なさそうに、


「誠に不徳にて申し訳ないのですが、布教は伸び悩んでおります」


「そうか、いや、そなたが気に病むことではない」


教主と青年の間は、薄いヴェールの衝立が立てられており、教主の姿はシルエットで追うことしか出来ない。もっとも、教主からも自分の姿はシルエットとしてしか見えない、はずだった。


教主の口調がやや改まって、ヴェルデは話が本題に入ったことを悟った。


「我が教団が、王国の姫を手の内に収めたことは知っておるな」


「は。先週の教団便りにて拝読致しました」


教団便りは週に一回発行されている会報であって、思念術士による遠隔念写で各支部の幹部に展開される。「広く開かれた邪教」をモットーとする教主による、教団改革の成果の一つである。


「そなたも知っているじゃろうが、我らが主の降臨には、古王直系の乙女の血が必要となる。教団は、その為の贄として王女を捧げる準備を進めておる」


「存じ上げております」


「じゃが、降臨の儀式の日程には未だ、全く目途が立っておらぬ。…何故か分かるか」


「いえ…」


ヴェルデは首を傾げた。教主の質問の意図が分からなかった。


「申し訳ありません、非才の身にて」


「勝てんのだ」


「…は?」


教主の、たった一言の意味が理解出来ない。


「王女に勝てんのだ。たとえ教団本部の人間が全員束になってもな」


まだ理解出来ない。教主は何か冗談を言っているのかも知れない、と思う。


「それはその…どのような、」


「王女が精霊術士だということは知っておるか」


よほどの使い手ということなのだろうか。


「いえ。王家に時折精霊術の資質を持つものが産まれる、という噂は聞き及んでおりましたが」


精霊術は確かに貴重かつ強力な術式ではあるが、制限が多く有効に動作しない場面も多い。教団の術士が束になっても勝てないというのは、どう考えてもおかしい。


「その噂は半分正しい。正確に言うと、精霊術の資質というより、王家の者の身体に精霊が棲むことがあるらしい」


「精霊宿し…ですか」


元より精霊術の資質を持つ人間は希少であり、人が1万人いて10人いるかどうか、という程度の率だと言って良い。その中でも特に器の大きい人間の中には、精霊それ自体を自身の身体に宿すことが出来る者がいるという。通常、精霊は「その場にいない」と利用出来ないリソースだが、精霊を宿した人間はその縛りを無視して精霊術を行使出来る。


それが出来る人間のことを、俗に「精霊宿し」あるいは「精霊棲み」と呼ぶ。ただ器が大きいというだけの話ではなく、実際に宿る精霊との相性や力関係などもあり、当然とんでもなく希少な存在である。


ヴェルデもその存在を知ってはいたが、実際に見たことは一度もなかった。


「王女にどのような精霊が棲まっていると?」


ヴェルデの問いに、教主は無造作に答えた。


「炎皇と水皇だ」


「………………………………」


数秒経った。


あり得ない単語を聞いたような気がする。


「…………………………は?」


「炎皇ガガックと、水皇メルザルドだ」


教主はゆっくりと、噛んで含めるように繰り返した。


「言い間違いでも聞き間違いでも、そなたを楽しませる為の冗談でもない。あの娘一人の身体に、炎皇と水皇、相反する二柱の精皇が宿っている」


「……………………そんなことが、」


唖然とし過ぎて、口から次の言葉を絞り出すまでにしばらく時間が必要だった。


「あり得るのでしょうか」


「実際存在するのだからあり得るのであろうな」


教主は苦虫をかみつぶしたような顔で投げやりな言葉を投げだした。


「更に厄介なことに、王女はどうも、その二柱を統御出来ている訳ではないらしい。王女に悪意を持った者が近づくと、炎皇と水皇はその者を自動で排除しようとする。王女が気付いていようがいなかろうが、たとえ睡眠中だろうがお構いなく、じゃ。今のところ人死には出ていないが、本部の思念術士が二人大火傷で重体。一人はあと少しで溺死するところじゃった」


「ど、どうやって王女を捕らえたのでしょう?」


「捕らえたというより、王女が勝手に来た、といった方が正しい」


ことのあらましはこうだ。


王女の行幸の情報の通り、王女一行は確かにアルトゥルラ山の参道を移動していた。


ところが、王女略取を狙い、教団の思念術士と信者十数人の実行部隊が王女を捕捉した瞬間、王女に宿った精霊皇が発動。自分が載った馬車と周囲の地形共々薙ぎ払ってしまった。


「略取に向かった部隊は、王女に近付くことすら出来なかった。やむを得ず撤退したところ、その痕跡を辿ったらしく、王女が教団本部にたどり着いた」


それを「手中に収めた」と表現するのはちょっと無理があるのではないだろうか。


「そのまま王女が本部に居留していると…?」


「逃げ出すでも戦うでもなく、そのまま宿泊坊に寝泊まりしておる。意図を知ろうにも事情を知っておる教団の人間は近づけんので、とある巡礼の貴族ということにして、何も知らぬ信者の一人に身の回りの世話をさせておる」


「ははあ…」


「腹立たしいことに、王国は王女を捜索する素振りすら見せておらん。我々に王女を傷つけられるわけがない、と高をくくっておるに違いない!」


その通りだとしたら正確な状況判断だと言える。


「我ら教団としては、威信にかけて王女を贄にせねばならん。…そこでだ」


ヴェルデの背筋にぞくっと悪寒が走った。通常「嫌な予感」と呼ばれることが多い感覚に似ている。


「そなたは、我が教団でも有数の思念術士じゃ。随一と言ってもよい」


「…光栄の極みにございます」


「無論、閉心術の精度においても抜きんでておろう」


「…そこまででもございませんが」


閉心術というのは、思念術の技術の一つで、文字通り自分の心を閉じ、外部に一切の思念を漏らさない術である。術式自体は基本的なものなのだが、思念術自体が「イメージを媒介にする」ものである関係上、完全に心を閉じるにはかなりの熟練を必要とする。


「しかもそなたは顔が良い。いわゆる、いけめんというヤツじゃ」


「は?」


いきなり物凄い角度で話題が変わったような気がした。


「その顔で近付けば、流石に王女も心を許すに違いない。幸い閉心に長けたそなたなら、炎皇や水皇に攻撃される恐れもあるまい」


「え、いえ、その、は?」


「そこでじゃ。教主としてそなたに命じる。王女の元に赴き親交を結び、その上で王女を篭絡し、もって姫を我が教団の贄とする準備を整えよ」


嫌な予感は、大概当たるものなのだ。


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