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第三話:教主は普通の幼女の振りをして信者の子ども達と遊ぶ、そして王女誘拐の顛末

王女誘拐の部隊を送り出してから、幼女の姿をした教主は高い椅子にちょこんと座り、熱いお茶をふーふーと冷まして飲みつつ、小さな口からほーうっと一息ついた。


教団が所在するレルセム王国は、元々それ程軍事的に精強な国ではない。


昨年まで北方帝国の侵攻に晒されていたこともあり、戦力はかなり衰耗している筈で、王女の国内への行幸にまで、多大な護衛を割けないことが予想出来た。事実、事前の情報でも、供回りの数は20人に満たない程度の数である、ということだった。


その為、教団の思念術士・神聖術士たちでも十分王女誘拐は可能であろう、と教主は判断したのである。数時間後には、王女は教団の手に落ちている筈だった。


「うむ、これは必ずや、ウルン教飛躍の為の第一歩となるであろう」


そう口の中だけで独り言を言ってから、教主は急にそわそわとし始めた。


小さな頭を振って、右を見る。


次に左を見る。


もう一度右を見る。


誰もいる訳がないのに、部屋の中をわざわざ見渡して人の気配を確かめるようなことをしてから、教主は思念術で老人の声を作った。部屋の外に向かって呼び掛ける。


「リゲル、そこにおるか」


「は。なんの御用でございましょう、教主様」


扉の外から近侍の声が返ってくる。


「今から三時間程祈祷の時間をとる。その間は誰も執務室に入れぬようにせよ」


「かしこまりました」


その返事を聞いてから、教主はおもむろに、椅子の背中につかまってずり下がるように、苦労して椅子から降りた。


なるべく音を立てないよう、苦戦しながらだぶだぶのローブを脱ぐ。その下から、見るからに少女然とした、ところどころにフリルのついたブラウスが現れる。下衣は薄緑を基調にしたスカートだ。


脱ぎ捨てたローブを衣装棚の一番下に押し込むと、その横の床板を一枚取り外す。すると、丁度人一人が潜り抜けられる程度の竪穴とハシゴが現れる。敵対教団の攻撃に備えて作った脱出路の一つであり、近侍の者でもこの通路の存在は知らない。


教主は、思念術で老人の姿をとることなく、少女の姿のまま、ためらいなくその竪穴を降りていく。


***


少女の足で、ぱたぱたと小走りに5分程。通路の中にはろくに灯りもなかったが、思念術で作った手元の頼りない光一つで、少女は手慣れた様子で通路を歩いていく。教主は神聖術については達人と言って良い腕前なのだが、思念術については専門の術士にはとてもかなわない程度の腕しかない。それだって常人に出来ることではないのだが。


やがて通路は、再びの竪穴にたどり着く。ハシゴを登った少女は、周囲に人の気配がないかを慎重に確認してから、


「うんしょ…っと」


頭と両手を押し付けるように、苦労して、竪穴の天井の薄い鉄板を持ち上げた。筋力まで幼女並みになっている為、力を使うことについては何をするにも苦労する。


陽光。外の空気。そして、濃い緑の匂い。


そこは、神殿の裏手にある、穀物畑の脇の林の中である。神殿からの脱出用の地下通路の出口は、表からはそれと見えないよう、巧妙に土と草で隠蔽されていた。衣服がなるべく汚れないよう、苦労して地上に出る。再び苦労して蓋を戻す。


「はぁーーーーっ…」


周囲を見回して、誰も近くに人がいないことを確認してから、大きく息をつく。これで今だけは、老人の振りをしないで済む。


「自分の姿と違う振る舞いをしなくてはいけない」というのは、実際のところ非常に大きなストレスになる。神殿の執務室では否応なく「威厳ある教主」としてふるまわなくてはならないが、こうして幼女の姿で外に出てしまえば、だれにも偽ることなく幼女として過ごすことが出来る。


教主にとって、これは貴重なストレス解消の時間だった。一方で、少女の振る舞いをすることに対して、妙な罪悪感と背徳感もある。


「…い、偽りのない信者たちの生活を視察する為の、これも教主の務めだからな。うむ」


そう自分に言い訳しつつ、教主はぱたぱたと、信者の居住区に向かって走っていく。


***


神殿の傍らには、神殿に寄り添うように信者たちの村がある。それ程整った形ではないものの、教団が建築した信者たちの集合住宅と、精霊術士が調整した水精による水道。信者の多くは農耕に従事しており、教団が配給する衣服や食料にも頼りながら、慎ましい生活を送っていた。


「あ、パメラちゃん!」


村の広場で、数人の子どもたちが遊んでいた。うちの一人、幾分か年長の少女が、教主の姿を認めて手を振りながら駆け寄ってくる。


「いらっしゃい。今日はお父様のおしごと?」


「う…うん、クリスおねえちゃん」


教主が、するっと少女口調を使いながら頷く。正直、今は老人の口調より、こちらの口調の方が口に馴染む。彼女は、本名である「パルメック」をもじって、少女の姿では「パメラ」と名乗っていた。先日初めて少女の姿のまま神殿を抜け出してきた時、咄嗟に口から出た名前である。


「…今日もお父様、一緒じゃないの?」


クリスと呼ばれた少女が首を傾げる。やや赤みがかった色の髪を、ストレートに背中の辺りまで伸ばしている。年の頃は、今の教主の姿よりは数歳上であるように見える。


子どもたちには、「よその教区からちょくちょくお使いにくる信者親子」だと伝えている。当然「お父様」などどこにもいないのだが、そこは毎回適当にごまかしている。


「…あのね、しばらくお仕事だから、お外で遊んでなさい、って」


「そっか、じゃあいっしょに遊ぶ?」


「うん!」


明るい笑顔を見せて、教主は頷いた。クリスと手を繋いで、子どもたちの輪の中に入っていく。


***


しばらく「おうちごっこ」という遊びをクリスたちと遊んだ。要はおままごとなのだが、お父さんになったりお母さんになったり護衛の兵士になったり、中途中途で配役がころころと変わる。


たまに教団幹部や教主様の役が出てくることもあり、「教主様」を演じることになったパメラの演技は、「めちゃくちゃ似てる」ということでクリスを始め、子どもたちに大ウケだった。本人なのだから似ているのは当たり前である。


「あー、おなかいたい…パメラちゃんなんであんなに教主様の真似上手なの…」


クリスが、笑いすぎて出てきた涙を目元からぬぐいながらそう言った。パメラは困ったように笑って、


「う、うん…お父様に連れられて、何度かお会いしたから…」


と適当な言い訳をする。正直ちょっとやり過ぎたかな、と思う。まさかこんなことで正体がばれるとは思えないが、調子に乗っていると思わぬところで妙な目を引いてしまうかも知れない。とはいえ、子どもたちの遊びでも教団上層部の人間の名前が出てくるというのは、「広く開かれた邪教」をモットーとしている教主としては、実に良いことだと満足する。


一方クリスは、パメラの言葉を聞いて、ちょっと怪訝そうな顔をしている。


「…パメラちゃんのお父様って、もしかすると、教団のすっごく偉い人?着てる服もとってもいい服だし…」


あ、と思った。教主は幼女の姿になる前は何度となく信者の前に姿を現わしてはいたが、その際は「自分から現れて信者たちと交流する」という形であって、「お父様に連れられて、何度かお会いする」などという状況になったことは殆どないのだ。妙に特別感を出してしまったかも知れない。


服については、教主はさっぱり分からない。幼女化の呪いを受けてから、思念術で偽って「孫へのお土産です」という顔をしてこっそり買った少女服なのだが、「これはいい服なのか」というレベルである。


パメラは慌てて首を振る。


「う、ううん、そんなことないの、ええと、輔祭くらいの、」


「ほさい、ってなに?」


しまった。また、どう考えても7歳児の語彙にはなさそうな言葉を使ってしまった。


「けど、最近あんまり教主様、こないね」「前はよく遊びにきてくれたのにねー」「びょうきなのかな?」


どうフォローしたものか悩んでいると、他の子ども達がてんでに騒ぎ出し、勝手に話題が反れてくれた。とはいえ、「最近教主様が現れない」のは何のせいかというと自分が幼女になっているせいなのであって、それについてはそこそこぐさっと来る。一刻も早く元の姿に戻らなくては、と決意をあらたにする。


「ねえ、クリスおねえちゃん、最近たりないものとかある?」


「たりないもの?たりないものって、遊びに?」


「あ、その、食べ物が足りないとか…お父様やお母さまが困ってなかったかなーって」


「うんーー?食べ物は大丈夫だと思うけど…あ、そういえば、最近屋根が雨漏りして、なかなか直してもらえなくて困るってパパが言ってた」


そんなことを聞いてどうするんだろう、と怪訝に想いながらクリスが答えると、


「そうなんだ…」


戻ったらすぐに屋根の修繕を命じようと教主は思う。


その時。


村の入り口の方からざわめきが聞こえた。「術士さんたちだ!」という声も聞こえる。


パメラがぱっと表情を変える。具体的に言うと滅茶苦茶焦った顔になる。王女誘拐の為に出発した部隊が戻ってきたに違いない。


「く、クリスおねえちゃん、そろそろ時間だから、もういくねっ。また遊んでね!」


そういうと、クリスに手を振りながら駆け出す。クリスはきょとんとしながら、


「…どっちに行くの?」


とつぶやく。パメラが、神殿の入り口ではなく、裏手の林の方に駆け出したからである。


***


ちなみに、大急ぎで元の通路を駆け戻り、執務室に戻ってローブを着て、思念術で老人の姿をとったパメラは、近侍からの報告に仰天することになる。


その内容が、


「王女誘拐は大失敗で、誘拐部隊はほうほうの体で逃げ出してきた」


「おまけにその後、何を思ったか王女本人が神殿まで乗り込んできた」というものだったからである。


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