第二話:幼女教主は、王国の王女を邪神降臨の生贄にすることを固く決意する
まず、経緯の話をしよう。
いちいちいうまでもないことだが、もちろん教主が、最初から幼女だったわけではない。
邪教界も一皮剥けば俗世とそれ程異ならず、シマとかナワバリといったものがある。つまり、ウルン教にもライバルというか、敵対教団といったものがあり、互いが互いの信者を奪い合っている。
実際のところ、信者も信者で案外強かであって、素朴に神を信じているものもいれば、単に「一時的な食いぶち」として教団の傘に入っているだけの者たちも数多くいる。信者の財産を奪うばかりでは集団は維持できず、富める信者から受けた布施は、貧しい信者に回される。教団の勧誘にはギブアンドテイクの側面もあるのだ。
ただ、だからこそ、教団の規模は運営の為の死活問題であって、ライバル教団にナワバリを荒らされるわけにはいかなかった。
信者獲得争いは熾烈で、血が流れることも珍しくない。教団の思念術士や神聖術士同士が直に戦うこともしばしばあり、時には教主が陣頭に立つこともあった。
そんな、ある時。まさにライバル教団を追い落とせる、というタイミングで、教主は神聖術による呪いを受けてしまったのだ。
「…不覚じゃった…」
教主は独り言をつぶやく。
勘違いされがちだが、「神聖術」という術式は、神の力を借りて傷を癒したり、祝福による加護を受けたりするだけの術式ではない。神の意志を垣間見せて相手を洗脳したり、あるいは神の力をもって罰を加えたり、といった効果も術式に含まれる。その中には、敵対する信者に対し呪いを加える効果もあるのだ。
教主にかけられた呪いは、すぐには効果を表さなかった。何の効果を持つ呪いかということも不明であり、その為解呪も遅れた。単に術式が失敗したのではないか?と思って放置していたのもよくなかった。いわゆる正常性バイアスというヤツである。
気が付いてみると、ある朝、教主は姿見の中に、美しい幼女の姿をした自分自身を発見するのである。
「まったく、こんな、こんなだいじな時だというのに…ほんとにもーほんと…」
妙に幼い口調が独り言に交じっていることに、自分では気づいていない。
呪いというものは、一般的に、時間が経てば経つ程解呪が難しくなる。発動する前なら通常の手段で解呪することも出来たのだが、ここまで時間が経ってしまうと、まともな手段で解呪するのは困難を極める。
教団も一枚岩というわけではなく、教主のやり方に反発する勢力も存在する。そんな連中に今の姿を発見されてしまっては、「幼女に教主など務まるものか」という実にもっともな理由で教主の立場から追い落とされかねなかった。もちろん、多くの信者の前に姿を表すなどもっての他だ。
そんなわけで、教主は日々、幼女の姿に引っ張られそうになる自分自身の意識と戦い、油断すると口をついて出てしまう幼女口調を我慢し、多くのストレスを抱えながら、教団の運営に頭を悩ませているという話なのである。
「しかしこれはちゃんす、いや絶好の機会じゃ。この機会を逃すわけにはいかぬな」
教主は、先ほど入ってきた念伝の情報についてじっと考え込んでいた。
王国の第二王女であるティアーニャ・ノル・フィス・レルセムが、教団本部のあるアルトゥルラ山へとやってくる。
これが、何故重要なのか。
まず前提として、「あらゆる宗教教団は「奇跡」を欲している」という事実がある。
奇跡というのは、滅多に観られない宗教イベントの総称だ。例えば聖人の復活とか、預言の実現とか、神罰の実現などがそれに該当する。
奇跡が起きると、信者は「ああ、神は本当に存在したんだ」と信仰心を強くし、また信者獲得も非常にスムーズになる。教団経営において、「奇跡の実現」というイベントは非常に貴重なのだ。
そんな奇跡の中でも、「神の降臨」というものは、最上級に大きな、また重要な奇跡だと言える。自分たちの宗派が崇めている神が、実際に現界に降臨する。神の力は絶大であって、召喚者の口が上手ければ、様々な恩恵を宗派にもたらしてくれる。また当然、信者の獲得においてもその効果は絶大だ。なにせ「ほんもののかみさま」がそこにいるのだから、それを崇めないわけにはいかない。
しかし、多くの場合、「神の降臨」の為には様々な条件をクリアしなくてはいけない。その条件の内容は、神それぞれによって異なり、当然ながらその条件を満たすことは極めて困難だ。
ウルン教が崇める「異界神」ことイ・ウルンの場合、伝承されている条件は下記の通りである。
1.古王直系の血を引く王家の処女を「扉」として生贄に捧げる
2.「鍵」となるアイテムを同時に儀式の生贄として捧げる
3.上記を満たした上で、邪神降臨の儀式を行う。ただしこの際、10人の卓絶した神聖術士によって、三日三晩中断の許されない呪言を完成させなければならない
4.上記の儀式は、数年に一度、天空の星の位置が定められた位置にあるタイミングで完成させなくてはならない
およそまともな条件ではない。いわゆる無理ゲーである。
しかし、ここで「無理に決まってんだろ!!!!」とコントローラーを床にたたきつけてブチ切れる訳にはいかない。なにせこれは、1000年以上前から伝わる神聖術の奥義であり、そうポンポン実現できるようなものではない大術式なのだ。
「鍵となるアイテム」がなんなのか?それは教主にもまだ分からない。現在調査中である。
三日三晩中断を許されない呪言の内容は?それも未だ良く分からない。現在調査中である。
定められた天空の星の位置とはいったいなんなのか?それも未だ良く分からない。現在調査中である。
ただし、「古王直系の血を引く王家の処女」が誰か、ということはある程度わかっている。
かつて、スティアラ大陸の北半分を統一した「古王」。今となってはその王国は歴史上の存在でしかないが、それでも、古王の血がどの王家に残されているかは伝承されている。
その一つが、教団の在するレルセム王国。そして、その王家の唯一の処女と推測されるのが、未婚の第二王女である、レルセム王国のティアーニャ・ノル・フィス・レルセム王女なのだ。
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もちろん、王女を手中に収めただけで、邪神降臨の儀式が実施出来るわけではない。他の三条件もハードルとしては極めて高い。
しかし、信者大量獲得の大きなトリガーである邪神降臨、その為の大きな大きな一歩となることは確実だ。しかも、もしかすると、自分の幼女化を解除することすら、神の奇跡をもってすれば可能かも知れない。
ティアーニャ王女を手中に収めなくてはならない。
教主はしばらく考えてから、近侍の教団幹部を呼び出して、幾つか指示を与えた。
必ずや、王国の王女を生贄に捧げてやる。
教主は、小さな手をぐっと握って、そう固く決意していたのだった。