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第五話:月夜のユールナと、野営するセルド

日が暮れた。


明かりがある内に野営に適した場所を見つけるのは、旅の鉄則である。セルドは、二箇所の崖に挟まれて、やや尖った三角形のようになっている草地を見つけると、そこにキャンプを立てることにした。洞窟は獣や魔獣の棲家になっていることが多い。入り口が狭い地形であれば、大型の魔獣がたまたま入り込んでくるリスクは低くなる。


崖を利用して獣の皮で作られたテントを広げると、セルドは近くの林から乾燥した木を集め、焚き火の用意をする。火の精霊が封じられた着火棒を使って焚き火を立てたころには、既に空は墨を流したように黒一色になり、月と星がその姿を見せていた。


近くに川が流れていたが、無人の村で補給した水がまだ残っている。旅先で腹を壊すのは死に直結する。安全な水の備蓄が十分なときは可能な限りそちらを飲むのが、セルドの流儀だった。とはいえ、水の備蓄が少なくなってくれば無論そうもいっていられない。


獣の内臓を使って作られた水筒から、ぐびっと一口、水を飲む。小麦粉と刻んだ干し肉をあわせて団子状にした「フィル」と呼ばれる保存食を何個か木の枝に突き刺して、軽く塩を振ると火であぶり始める。


座り込んで手斧の手入れをしていると、背後から軽い足音がした。無言で作業を続ける。


「…全然驚かないんですね」


穏やかな調子の、少女の声。セルドの横、少し離れたところに腰を下ろす気配。セルドは、じろっと横目を向けて少女を一瞥した。


無言の数瞬の後、セルドが口を開く。


「…誰だお前?」

「気づいてたわけじゃなかったんですか!?」


呆れ半分、驚き半分というような声。銀色に流れる髪が、炎の灯りを反射して夜の中できらめいた。


年の頃は、セルドより数歳下のように見える。白い肌に、僅かに黄色が混じった黒い瞳。美しく整った容姿に、柔らかそうな華奢な体。


艶々(つやつや)となめらかな布地のローブのような服を身にまとって、腰の辺りにサッシュのような帯を巻いている。ローブの表面には、何か魔法文字のようなものが刺繍されているように見えた。あまりレルセムでは見ない服装だが、どの地域の衣服なのかまでは、ちょっと見当がつかない。


まだ怪訝そうな顔をしているセルドに対して、少女はぷーっとほっぺたを膨らませた。


「ユールナですよ!ユールナ!あなたが今している首飾り!」


びしっとセルドの胸元を指差す。セルドの胸には、当然ながらユールナである筈の首飾りが飾られている。だが、ペンダントトップにすえつけられた宝石から、今は光が失われているように見えた。まるでガラス玉か何かのように見える。


「…お前は首飾りじゃないように見えるが?」

「お月様が出てる時だけこの姿に戻れるんです。首飾りが外に出てないとダメですけど」


セルドは、数秒少女の方をじろじろと見ていたが、すぐに手斧に目を戻した。


「…いわれてみるとさっきからなんか静かだったな」

「なんですか、私がうるさいみたいに」

「いや実際議論の余地なくうるさいんだけど」

「…そ、そんなにおしゃべりしてましたっけ…?」


なんか普通にショックを受けているユールナを放って、セルドは草を集めて水で湿らせ、まとめて刃をぬぐう。


セルドの斧は、今日一日だけで、考えられない程の数の魔物の血を吸っていた。


峠で出会った単眼巨人。小型のワイバーンに、見たこともない程大きなコウモリのような生き物。ブロブの類も何匹か相手にしたし、風妖や水妖にまで出くわした。どれもこれも、一般的なレベルの戦士なら数人でパーティを組んでも危なそうな相手だ。


そして、セルドはまるで小枝を折るような容易さで、それらの魔物を手斧一本でなぎ倒してきた。


「…セルドさんって、ものすごく強いんですね」

「そーだな」


何の感動も感情もなく、セルドは無造作にユールナの言葉を肯定した。まるで、「水の中では息ができないですね?」といわれたような、当たり前の質問に当たり前の肯定を返したような口調。


「…っていうか、その斧、全然切れ味がよさそうに見えないんですけど。なんであんなに切れるんですか?刃物って、切ってる内にどんどん切れ味鈍るんでしょう?」


ユールナは、首飾りの中からセルドの戦いを否応なく見せられる内に、セルドの斧が全く刃こぼれなく、様々な魔獣を一振りで真っ二つにしてしまうことに気づいていた。本来斧は刃物というよりは打撃武器に近く、そんなにすぱすぱ切れるような代物ではない。


「別に斧の刃で斬ってるわけじゃないからな。こいつの刃は、俺の生命術だ」


スティアラ大陸には、大きく分けて六種類の術式がある。それらは、何を力の源とするか、ということによって分類される。


思念や精神を力の源とする、思念術。遺物や道具を力の源とする、護物術。精霊を力の源とする精霊術に、神への祈りを力の源する神聖術。異世界と力をやりとりする異界術。


そして、人間や生物の生命力を力の源とする、生命術。


セルドは、生命術を専門とする「生命術士」である。そしてセルドの生命術は、なんらかの物体に力場を張り巡らせて、それを刃として敵を断ち切ることに特化していた。


「別に、相手を斬るだけなら棒切れでも自分の手でもなんでもいいんだが。ある程度丈夫じゃないとすぐ壊れるから面倒くさいし、手で斬ると手が痛いからな。重さも丁度いいからこいつを使っているだけだ」


一通り血糊を落とすと、セルドは僅かに生命力を手斧に注ぎこんだ。虫の羽音が低く唸るような音とともに、斧の刃の部分が僅かに輝く。斧の刃を点検して、力が漏れる程刃が欠損していないことを確かめる。


「…セルドさんは、どうして旅をしているんですか?」


何をいまさら、というように少女の顔を見返す。


「…お前を解呪するためなんだけど」

「いや、何度も言ってますけど、私は呪いのアイテムなんかじゃありませんからね?!…いやそうじゃなくて、元々の理由です。武者修行とか?」

「武者修行ねえ」


気のない感じでそう言う。焚き火にかざした枝を確かめると、フィルに火が通っている。一本とって、はぐっと口に放り込む。熱感が舌を襲ってくる。


「あぢぃ!!」


あわてて水を口に含む。


「…猫舌なんですか?」

「うるさい。…食うか?」


セルドが、枝をユールナに差し出す。素直に受け取ってから、ユールナはしげしげと焼けたフィルを眺める。ちょっと怪訝そうな表情で、くんくんと匂いを嗅いでいる。


「なんだ、変なものは入ってないぞ」

「…いえ…」


しばらく匂いを嗅いでから、ユールナは意を決したように口を開いて、はむっとフィルにかじり付いた。もぐもぐと咀嚼する。塩味の利いた肉団子のような食感。


「…あ、結構美味しい」

「食べたことないのか?」

「…珍しくない食べ物なんですか?」

「まあこの辺だとな」


…そのまま、しばらく無言。二人で黙ってフィルを口に運び続ける。


「…で、結局何が旅の目的だったんですか?」


やがて、ユールナがもう一度口を開いた。


「…まあ、武者修行じゃないのは確かだな」

「そうなんですか?セルドさんって、なんか強さを求める求道者って感じですけど」

「いやまあそれは、もう()()()()()()

「…?」


ユールナが首を傾げる。


「というかお前こそ、見た目普通の女の子っぽいけど。なんで首飾りなんかやってるんだ?」

「いやそんな職業みたいに」


といいつつ、ユールナは胸の前で大げさに腕を組み、難しい顔をして考え込む。きゅっとユールナの形の良い眉がしかめられるのが見える。こうして見ると結構可愛いな、なんてセルドは思う。ただし胸は殆どなさそうだった。


しばらくしてからユールナが口を開いた。


「…なんでなんでしょう?すっごい昔に何かあったような気がするんですけど…」


どうも、よく思い出せないらしい。まあいいや、とセルドは肩をすくめる。元々それ程興味があった訳ではない。セルドは、残ったフィルをはぐはぐと口に収める。


「…けどなんか、こうして外に出るのもすごーーーく久しぶりな気がします」


ユールナが大きくのびをしながら空を見上げる。左右の崖のせいで空はそれ程広くないものの、中天にかかった月は良く見える。その周囲で、月明かりに領域を侵食されながらも、星もそれなりの数瞬いている。


「久しぶりなのか?」

「よく覚えてないですけど、多分」


ユールナはほっぺたに指を当てる。案外しぐさが子供っぽい。


「私が出られるのはいつも夜だから、青い空なんて直接見たこと殆どないんですけどね。けどこの月もとっても綺麗」


ごろんっと草の上に寝転がると、ユールナはそのまま黙って、控えめな大きさの胸を上下させ続けている。


「…毛布いるか?」


セルドの言葉に、ユールナがちょっとびっくりしたように、


「…心配してくれてるんですか?」

「いや。一応見た目上は女の子みたいだから、地べたに直接寝せるのもちょっと落ち着かないんだが」

「なんですか見た目上って。私は最初から女の子だって自分で言ってたじゃないですか」

「そうだっけ」


またほっぺたが膨れる。


「…けど大丈夫です。どうせ、お月様が見えなくなったら、私は首飾りに戻っちゃうので」


言われて上を見上げる。三角形に切り取られた、狭い空。月は既に、三角形の長辺に差し掛かりかけている。


「…もっと空が広いところでキャンプしてやれば良かったな」

「…セルドさんって案外優しいですね」

「そーかね」


ぶすっとした返事。ユールナがくすっと笑う。


「じゃあ、次回から、180度お空が見えるところでキャンプしてください」

「山地をなんだと思ってるんだお前は?」

「山の上だと空が広くありません?」

「そんな高いところまで登る予定はない」


月が崖に差し掛かる。そのまま、すーっとユールナの姿が薄くなっていき、空気に溶けるように消える。


「じゃあ私寝ますから。セルドさんも、あんまり夜更かししちゃダメですよ?」


今度は頭の上から声。無事に首飾りに戻ったらしい。


セルドはひとつ肩をすくめると、残った薪を全部薪に放り込む。毛布を敷きつつ、すぐ脇に手斧。


引っかかっていることがあった。


山地は確かに魔物の活動が活発になる傾向がある。しかし、今日戦った数ほど魔物が活発な山地など、セルドの経験でも聞いたことがない。


しかも、ワイバーンや風妖はまだしも、単眼巨人など極海地方の魔物の筈だ。


「…なんなんだかな」


口の中だけで呟くと、セルドは自分自身、毛布にもぐりこんだ。


***


ちょうどその頃。セルドとユールナが旅をしている地点から、更に三日程の場所。


ウルン教の総本山、教主の私室のベッドで、すやすやと寝息を立てている幼女が一人。


パルメック・カラマルカことパメラであった。


当然のことながら、教主の室内着はパメラの体には全く合わないので、思念術で老人の姿を見せつつ、「孫のです」という顔でこっそり買ってきた、女の子もののパジャマに身を包んでいる。ピンク色の花柄のパジャマが可愛らしい。これは、幼女化した教主の服の趣味まで幼女化しつつある為である。


大抵の場合、幼女の寝相はあまりよくない。パメラもその多分にはもれず、うにゃうにゃと寝言を言いながらごろごろと転がりまわり、時にはベッドから落ちて床に転がって眼を覚ましてしまうことすらある始末だった。


その時も、パメラは自身の寝相で、ベッドの端へ、端へと追い詰められつつあった。


あと寝返り一度で転落。


まさにそのぎりぎりの際で、


「うにゃっ!?」


突然、パメラが大きな声を出した。ぱちっと眼を開く。


まだ頭に眠気が溶け残っている。小さな手で眼をこすりながら、周囲をきょろきょろと見回す。


「い…今の夢は……」


ベッドサイドのテーブルからガウンを取ると、パメラはガウンを羽織る。


どうやら。


今日は、ちょっと寝不足になる必要があるようだった。










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