第三話:セルドはのろわれてしまった
セルドは、ユールナが話しかけてくるのを適当に聞き流しながら、更に村のあちこちを見て回った。
厩がある。当たり前のことだが、馬は繋がれていないし、ここしばらく馬が訪れたような形跡もない。村の近くをざっと回っても、馬が繋がれている様子はない。いくつかの家を回ったが、食べ物がないのは当然のこと、最近人が立ち入った形跡もない。
一言で言うと、この村には生活感が全くない。放棄された村なのだから当然と言えば当然なのだが、だとするとおかしな点がある。
「…さっきから何を探してるんですか?」
ユールナの声。聞いても無駄な気はしたが、一応聞いてみる。
「さっき、俺に切りかかってきた三人組がいたろう。…見てたか?」
「見てたも何も、外が見えるようになって最初の光景が、あなたに飛ばされたあの人たちの生首だったんですけど」
不満そうな声が返ってくる。どうも、生首に加えてトイレシーンまで見ることになったのがよほど不満らしい。
「…別に見せたくて見せたわけじゃないんだが」
「言っとくけど、女の子ってデリケートなんですからねっ。いきなりあんなもの見せられて、夢にでも出てきたらどうするんですかっ」
文句は聞き流して、もう一つ質問を重ねる。
「…一応確認しておくが、あいつらがお前を身に着けていた訳じゃないんだな?」
「違いますよ。前私が身につけられてたのはずっと前だって言ったじゃないですか」
うーーん、とセルドは首を傾げる。
疑問その一。
さっき自分を襲ってきたあの三人組は、一体どこからどうやってこの村にやってきたのか。
この地域は北方帝国との緩衝地帯となっている無人地域であって、有人の街や村から歩いてくるにはかなりの日数がかかる。セルドは徒歩での旅だが、同じように徒歩でやってくるならそれ相応の準備と装備が必要になるだろう。セルド自身、旅先で食糧が手に入らないことを想定して、一週間分程度の保存食は用意してある。
しかし、あの三人は長剣以外ろくに荷物がなかったし、それ以外の旅装も村に残されていなければ、この村で生活していたという形跡もなかった。馬で移動してきたという可能性も、その肝心の馬の形跡がないことから否定される。
他に可能性があるとしたら、この村のすぐそばに、セルドがまだ見つけていない住処なりアジトなりがあって、そこから徒歩でやってきた、という場合だが。セルドはどうも納得いかないものを感じていた。
「…くそ、一人くらい生かしておけばよかったな」
「完全に悪役の台詞ですよ、それ」
…そして、もう一つ分からないのが、こいつの存在だ。
セルドは、改めて左手に絡みついた首飾りを眺める。
陽光を反射してきらきらと光る銀の鎖に、ルビーのように見える真っ赤な宝石。その宝石が載っている台座にも、かなりきちんとした意匠が施されているように見える。
「…ど、どうしたんですか?そんな、急にじっと見つめちゃって」
何故か照れたような声がする。
疑問その二。
この村が盗賊に荒らされた後だとすれば、いったい何故、こんな見るからに高価そうなアクセサリーがさっきの雑貨屋に残っていたのか。あるいは、いったい誰が何のために、こいつをこの村に持ち込んだのか。
「わ、私の魅力に気づいちゃったんですか…?」
まだ何か言っている。
「…というか、さっきから気になってるんだが」
「な、なんですか?」
何を勘違いしているのか、まだ照れたような口調になっている。
疑問その三。
左手で絡みついた鎖を、ぶんぶんと振る。…外れない。
右手で鎖を掴んでみると左手からは外れるが、今度は右手にくっつく。
じゃあ、と思って布越しに掴んでみると、今度は全く外れない。皮膚にくっつくというより、まるで腕と一体化してしまっているような感触だった。
「…おまえ、なんで外れないんだ?」
もしかすると、いわゆる「呪いのアイテム」というヤツに突き当たってしまったかも知れない。自分はユールナのことを知らなかったが、もしユールナが呪いのアイテムとして悪名高いシロモノなら、こんな村で放置されていたのもギリギリ納得できないことはない。
「失礼な人ですねー。こんな可愛い女の子が呪いのアイテムなわけないじゃないですか」
可愛いも何も、見た目は単なる首飾りである。
「…明らかに外れないんだが。お前の前の持ち主も同じだったのか?」
「えーー?」
ユールナが考え込むような口調になる。
「どうだったかな…あれ、確かずっと身に着けてもらってたし、言われてみるとそんな気も…?」
自分でもはっきりしないらしい。
「まあ、外れないにしても、きっとアレですよ。呪いじゃなくて、祝福とか、加護みたいな、そういうのですよ。あなたを守ってあげる、みたいな。私、わりと尽くす方ですから」
「…ちょっと確認だが、お前の前の持ち主って最後どうなったんだ?」
「…亡くなりました」
悲しそうな声が返ってくる。
「死因は?寿命か?事故死か?」
「んーーーー…確か、病気でなくなったような…」
「その前は?」
「事故で亡くなりました」
「その前」
「魔獣にやられちゃったんだったかな…」
「一応、その前」
「やっぱ事故死だった気がします」
「どう聞いても不幸を呼ぶ呪いのアイテムじゃねーか!!!」
まともな死因が返ってこない。さすがにセルドも突っ込む。
「うーん、私はそんな気ないんですけど…」
「お前がどう思ってるかは知らんが、4打数4安打打率10割は幾らなんでも高すぎるわ!」
困ったようなユールナの声に言い返しながら、セルドは荷物を漁ってバサバサと地図を広げる。元々急ぐ旅ではなかったが、解呪が必要になってくると話は別だ。解呪は熟練した神聖術士しか行うことが出来ず、普通の街や村には解呪が行える術士はまずいない。かつ、呪いは時間がかかればかかる程解呪が容易でなくなるので、可能な限り早く解呪しなくてはならない。
最寄りで、解呪が出来そうな場所はどこか。
セルドの指先が、地図の表面を舐める。
「クテューアは…ちょっと遠いか、アサイラまで行くか…?…ん…」
「ねえねえ、だりつ、ってなんですか?」
セルドの指が止まる。直線距離でいうと比較的近いところに神殿がある。確実とは言えないが、もしかすると解呪が出来る腕前の神聖術士がいるかも知れない。
「アルトゥルラ山か」
登山の用意をしないといけないかも知れなかった。