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第一話:ウルン教の幼女教主は教団経営に悩む

これは、救われた後の世界の物語。


***


その部屋の調度は、何から何まで「重厚」という他なかった。


高い天井。ぶ厚いカーテン。どっしりとした机に、装飾過剰の椅子。


言ってはなんだが、「魔王の居室」と言われれば誰もが納得してしまいそうな。椅子に腰かけた悪の大魔王が、今にも「よくここまで来た」「しかしそこまでだ」と口にしそうな。そんな部屋だった。


ところが、その椅子に腰かけている人影は、全くその部屋に似つかわしくはなかった。


肩まで伸びた、キラキラときらめく宝石のような艶やかな金髪。


ライトブラウンに澄んだ瞳と、それを彩る長いまつ毛。


つっつきたくなる程柔らかなほっぺに、しわ一つないつるっとした肌。


大人から見れば頭三つほど低い背丈に、いかにも小さな両手。どう見ても床に届いていない、小さな両足。


それは、誰がどう見ても、7歳か8歳程度の童女、いや幼女と言っていい年頃の、美しい女の子だった。


「こ、こんな時だというのに…」


幼女の口から、全く幼女らしくない、切実な口調の言葉が漏れる。


「わ、わしは、いったいいつになったら元の姿に戻れるのじゃ……!!」


そう。


幼女は、とある術式によって姿を変えられてしまった、邪教の教主だったのである。


***


…そこは、神殿。レルセム王国の北端を守るアルトゥルラ山の絶嶺(ぜつれい)、その威容を背景にそびえたつ、幾何学的な部分と非幾何学な部分が入り混じった、複雑な意匠と異様な雰囲気をまとった神殿である。


アルトゥルラ山は、スティアラ大陸でも最も標高の高い山の一つと考えられており、山頂付近は溶けることのない雪と氷河に覆われている。徒歩で山頂にたどり着いたものは有史以来一人も存在せず、飛行術式を使った空からの接近すら、余りの低温と薄い酸素、そして常に吹きすさぶ殺人的な強風の為極めて困難だった。少なくとも公式の記録に認められる範囲では、アルトゥルラ山頂はかつて一度も人の踏破を受け付けていない。


神殿は、そんなアルトゥルラ山の山麓に位置する、地形を利用した天然の要害だった。敵対教団による攻撃まで考慮して、敢えて複雑に作られている神殿の奥まった部分に、教主の執務室がある。


邪教の教主の悩みというものは、古来よりバラエティに富んでいる。


信者の高齢化。


それに伴うお布施不足。


最近の若者の宗教離れ。


精霊業者への人件費。


神殿建築のローン払い。


迫りくる法人税の支払い期限。


そしてなによりも、ライバル教団に幼女の姿に変えられてしまった、自分自身の立場。


これらは、幼女教主の頭を抱えさせるに十分な強敵だったのである。


***


宗教団体「ウルン教」は、異界と混沌の邪神を崇める、いわゆる邪教として危険集団指定されている。


清く正しい邪教として、教団は自分たちが邪教であることを伏せ、人々の弱ったメンタルに付け込み、救いを期待させる形で信者を増やしてきた。教団には実際に神聖術士も存在し、れっきとした神の力で傷を癒しているのだから強ち詐欺ではない。


つい昨年までは、北方帝国(ほっぽうていこく)の侵攻が長年にわたる脅威になっていた為に、信者の獲得もそこまで難しくはなかった。いつの時代も変わらず、不安と危機感は、人に絶対的な精神支柱を求めさせるものだ。各支部からは毎期景気の良い信者獲得数が報告され、末世感に自暴自棄になりかけていた信者たちからの布施も瞠目せんばかりであった。


ただそれも、何があったか帝国の侵攻が止まり、レルセム王国が平和を取り戻そうとしているこのタイミングでは、もはや期待は出来ない。復興に農作にと続々集会の欠席者が出始め、集会が成立しない支部さえ出始めたとあっては、とても笑ってはいられない。


今こそ教団の危機。本来であれば、教主自らが信者獲得に乗り出し、多くの民の前で教えを説かなくてはならない、まさにその時なのだ。


しかし、


「教主様」


部屋の外から遠慮がちな声がかかった。考えに沈んでいたところ、ハッと気づいて、教主は慌ててイメージを集中させた。老人の声、老人の姿を思い浮かべ、自らの姿にそれを投影する。教主の口から、しわがれた声が漏れた、筈だった。


「な、何か」


「南東教区から念伝が入っております。緊急ということでしたので、ご無礼かと思ったのですが…」


「うむ、いや、構わぬ。少し待ってね、いや、待て」


自分でも気づかないうちにぱたぱたと動いてしまっていた足を止めて、高い椅子から苦労して降りる。布地が多い祭服の為、動きにくいことこの上ない。そのまま、ずるずると祭服の裾を引きずり、ちょくちょく転びそうになりながら神殿の長い廊下を歩く。


彼、いや彼女の名はパルメック・カラマルカ。ウルン教教主であり、現在のウルン教の最高指導者である。


旧態依然とした教団経営をしていた前教主の影響を排し、「広く開かれた邪教」をモットーに教団改革を進めてきた教主の有能さは、教団誰もが認めるところであり、教主は信者や教団幹部たちにも強く敬慕されていた。


しかし、その現在の姿は、「邪教の教主」という言葉から想像される姿とは、あまりにもかけ離れたものだった。


「おなかすいた…」


「は?」


前に立って歩いていた信者が振り向いた。教主は、自分の口から自分でも気づかない内に独り言が出ていたことに気づき慌てる。


「教主様、何かおっしゃいましたか?」


「い、いや、何も言ってはおらぬ。そろそろ昼の聖食の時間か、と思っておったのじゃ」


「念伝を終えられましたらすぐご用意いたします」


人間の思考は、肉体の強い影響を受ける。幼女の姿をした教主は、その思考形態や行動様式まで幼女のそれに近づきつつあった。ふとした拍子に信者家族の子どもがままごと遊びをしているところに混ざりたくなったり、女性の信者に抱っこしてもらいたくなったり、キラキラした髪飾りをつけてしまいたくなったりすることがある。教主は、自分の意識が少女のそれに変容しつつあることに、強い危機感を感じていた。


教主を案内していた信者は、神殿の一室に教主を案内すると、うやうやしく頭を下げた。


「こちらでございます、教主さま」


「う、うむ。休んでて、ではない、休んでおってよいぞ」


思念術、という術式系統がある。スティアラ大陸に伝わる六つの術式系統の一つで、人間の思考やイメージをそのパワーソースとしていることから「思念」の術とされている。


教主はもともと思念術ではなく、神の力をパワーソースとする「神聖術」の使い手なのだが、今の自分の姿をごまかす為、その思念術を行使せざるを得なかった。自分を見る相手の思考に干渉して、自分があたかも以前通りの老人の姿であるかのように、相手に誤認させる術式を張り巡らせているのだ。


これによって、本来見た目はちんまい童女がだぶだぶの聖衣を着てずるずると裾を引きずりながらぱたぱた走っているところ、威厳たっぷりの老人が廊下を闊歩しているように見える、筈であった。


とはいえ、教主は本来、思念術をそれ程得意としていない。これは当たり前のことで、複数の系統の術式に高い適性を持つ人間は、10万人の中に一人いるかどうか、という程度に稀有の才能なのだ。そこを無理やり技術だけでカバーしているだけでも相当な神業なのだが、教主の術式には限界があった。


その為、多くの信者の前に姿を見せることなどとても出来ず、教団の危機だというのに近侍の者にしか姿を見せられていない、というのが最近の事情であったのだ。


<<教主様。教主様…わたしの声が届いておりますか?>>


「うむ、聞こえておる。なにごとじゃ?」


同じく思念術による念伝の声が、目をつぶった教主の頭に直接届く。離れた場所に声を届かせるのは、思念術の中でもそこそこの高等技術で、教団でも使いこなせる人間は限られる。魔力も相当な量が必要とされ、そう頻繁に使える術式でもない為、使われるのは本当に緊急の時のみに限られる。


念伝の声がもたらした情報は、その重要さを即教主に理解させるものだった。


<<お呼び立てをして申し訳ございません。 先ほど入った情報ですが、レルセム王国のティアーニャ王女が、数日の内にアルトゥルラの霊域に、王家の儀式の為行幸するとのことです>>


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